好みというもの

 「妻の料理であろうと、不味いものは不味いと言う。」
そう言うと、女も男も、老いも若きもどよめくらしい。そしてそれが女なら、
そんなこと許せないという顔になり、男なら、それで一体怒られないのか、
と聞くことになるらしい。

 現実に私の目の前でダンナがそう言ったときは、近くにいた若い人達が
あわてまくった。そのとき目の前にしていたのは私の料理ではなかったし、たんなる
事実を話してるだけのことだったのだが、何故そこであわてるのか。
だって、不味いものは不味いじゃーん?

 いやもう、ホントに何の話をしてるのかな、ってくらい不思議な齟齬があったの
だが。普通のウチって、奥さんが不味いもの出しても我慢して食べてるわけ?
うちは我慢せんぞ。下手すると、作った奥さんも不味いと言い出すぞ。

 と書くと余計話がおかしくなりそうだが、つまりあれは、概ね昔の話なのである。
もちろん、今でも不味いものを作ったら不味いといわれることだろう。しかし。
不味いものは作らない。作るのはマンネリな食べ物(定番とも言うらしい)か、
夫の好物か、さもなくば不味いとまで言われず、「並。」と表現される食べ物だ。

 「並!?あんたそんなこと言われて怒らないの!?」といわれるかもしれない。
だってねえ、御家庭の毎日の食事なんぞは、栄養的に偏ることなく、テキトーに吟味
した材料に、ちゃんと火が通っていて、なおかつ問題の味覚は夫の好み次第なのだ
から、「並」というのは、ストライク・ゾーンに入っているという意味なのである。
そんじゃ別にムキになることもないではないか?

 昔はよく、不味いものを作った。それは冒険心のせいだった。
料理本にはこう書いてあるが、これで本当に美味しいのか?その気持ちが事故のモト。
以前も書いたかもしれないが、最悪は某有名シェフによる、「小豆のスープ」だった。
香りづけはローズマリーで、オリーブ油がどっちゃりとのっかるの。

 よくあれを日本人が読む本の中に掲載したよなあと今でも感心する。堂々と掲載
されているので、案外イイのかと、私には想像もつかないが、これこそは新しい
味覚の世界の扉というやつではないかと、開けてみにゃーと、ついうっかりね。

 というわけで、確かこのときもきっぱりと、「不味い」と言われた気がする。
私は私で、「やっぱアナタもそう思う?私もよ〜。」と答えてた。
結局あれは、お互いの味覚を含めての調整期間だったのだな。

 で。私としては、「不味い」と思ったら不味いと言った方がいいと思うのだが。
何か問題があるのかしら。

                  xxxxxxxx

 「子供時代はガキ大将、会社ではコワモテ。」
男の99%は、目の前の女に対してそう言うものだと何かに書いてあった。
その時はそんなものかもしれないな、と思った。普通の男はそう言いたいもので、
女はそれと知りつつ目の前の男をなんとか転がして生きていくのだろう、と。

 しかし、その自己申告を本気で信じているらしい奥方様に出会うことがある。
「・・先生に叱られては、バケツ持って廊下に立たされていたんですって。うふ。」
うふ、ってのはつまりこれってノロケ?てことは、99%の男がすなるというその話は、
相手によっては有効ってことなんだろうか?

 実のところ、私は廊下でバケツ持って立ってる子供を見たことがない。
あれは本当にあったことなのかと聞きたいくらいである。大体、「ガキ大将」だった
ということも、「キタナくて迷惑な悪ガキだった。」と言う程度の意味でしかない。

 同様にして私にしてみれば、「会社ではコワモテ」ときたら、それは「意味もなく
威張り散らす、迷惑なオッサン」という意味ではないのかと考えてしまう。一体全体、
それのどこが「うふ。」なのか。そりゃ、意味もなく威張り散らしていられるならば
幸せだとは思うが。・・(^^;)

 はっきり言えるのは、この奥様は自分のダンナ様が好きなんだなー(全然悪いこと
ではなく、私の周囲にはそういう人が多くて、それ自体は良いことである)という
ことであり、にも関わらず、それをあらわす表現力がいまいち、ということである。

 私は、その人個人であるところの面白さを聞きたいし、発見したい。
だから、他人の自慢話を聞くのは嫌いではない。嫌いではないのだがしかし、
相手が私では、普通の自慢話ではダメなのだ。よっぽどヘンな自慢でなくちゃ。

 「子供時代はガキ大将、会社ではコワモテ」というのは、ダンナ自慢の中身として、
陳腐すぎるのだ。「オモシロそうだと思って話を聞いている君が、世界にただ一人の
ダンナを表現するとき、そんなんでは寂しい。」と思ってしまうのだ。私が。

 これを言う権利があるのかどうかと考えれば、多分ナイだろーことは知っている。
私が贅沢すぎるのだろうとも、知っている。

                  xxxxxxxxx

 「なあ、ワシって、かわいいやろ?」
そのネコからは、そんな言葉が聞こえてきた。そいつは続けて言った。
「ワシ、すこてぃっしゅ・ふぉーるど いうのやでえ。オススメや。」

 何でネコが関西弁なのか、私にはわからない。大体、今となってはオスかメスかも
確かめようがない。そいつは白地に灰色のブチのスコティッシュ・フォールドで、
立ち寄れば必ず覗くホーム・センターの中のペット・ショップで売られていたのだ。

 そのネコは元来耳がたれてるはずなのに、そうではなかった。
ただ、他の特長としてはぴたりだったと言える。つまり、顔は丸く、身体も丸い。
そしてこれも特長のうちなのかどうなのか、子猫らしい溌剌としたところがなかった。

 周囲にいるのは、アメリカン・ショートヘアとか、ロシアン・ブルーとか、
そういう細長いやつだった。こいつらが可愛らしくバタバタやってるときに、
このネコは紙を敷いたトレイの縁に、どてっと横になって寄りかかっていた。

 あるときなどは、横になったまま片方の前脚で頭を支えるという、オッサンの
夏の昼寝みたいな格好で、お客である私を上から下までじろりと見た。
ペット・ショップのネコは、あまり客と視線を合わせない。はずなのに。おい。
通りがかった人まで、そのポーズを見て笑った。

 子猫がじゃれてアホなことしてるのは、かわいい。それは普通のことである。
ただ、子猫はそのままではいない。いずれ成猫となって、落ち着くことになる。
が、こいつは最初からオッサン臭くて、それがみょ〜に味があるように見える。

 何度見てもそのネコはオッサン臭く、もったりしていた。
何度見ても、それがカワイイと思った。それで困ったなーと思ううちに、売れた。
そしたら、他のちゃらちゃらした子ネコでは、満足できなくなったのだ。うえーん。

 これではもう、ペット・ショップに行くことはないかもしれない。
一体あのネコは今頃どこでどうしているのか。とにかくとにかくとにかく、
飼い主には大事にされつつ、自分はと言えば好き勝手にしていますようにと祈る。