帰省の記

 今やTVなどでも紹介され、有名になった菜の花・桜祭りである。
菜の花畑では結婚式さえ行われ、川沿いの桜の下を馬車まで走るようになった。
馬車か。私も一度くらい乗ってみたい気がする。気がするがしかし、私の身分が
それを許さない。

 今年は義弟と夫の連休が重なったのを良いことに、妹夫婦と姪とで行ってきた。
遊びにではない。例の如く手伝いにである。普段なら電車で行くのだが今回は
義弟の車に同乗させてもらった。車はモノが積めるので、私も張り切る。

 今回のスペシャル荷物は、殻つきの牡蠣1箱であった。金沢では何かと言うと市場
で買っては開けて楽しんでいたのだが、ここ最近は御無沙汰。しかし、近くのスーパー
の鮮魚部に頼んでみたら、簡単に入手できたのである。もちろん、殻むき用のナイフ
も入れた。

 そこまでは良かったのだが、連休なので道路が混んだ。おかげで、順調なら
3時間半の道のりに、6時間かかった。ほうほうの体で到着して、最初にするのは
牡蠣の殻むきである。渋滞途中、いっそ車のトランクの中に座り込んで、今、殻むき
をしてしまいたいと言ったらウケたが、私は半ば以上に本気だったのだ。

 しかし、始めさえすればいつかは終わるものだ。たかだか30個の牡蠣ならば、
なおのこと。お惣菜もお菓子もそれなりに作って積んで来ていたし、かわいくも
邪魔盛りの姪はじじばばがつかんで離さないので、さしたる面倒もなくビール持って
座り込むことが出来た。

 人心地がつくと、作業の相談である。菜の花畑で結婚式があるやら、風呂の
タイルが2枚ほど落ちてしまったやら。連休に結婚式とくればお客は多いだろうから
品物は多めに出そう、タイルはホームセンターでパテを買って来よう。以前補修した
壁も、あれから4年保っているし、ちょっとくらい格好が悪くても結構なんとかなる
もんだねえ、などと。その横では、一歳と3ヶ月になった大福がビールを狙っている。

 翌朝になると、洗濯機をまわしながら、まず両親の食事。次が義弟と夫の食事。
鍋の味噌汁がぴったりカラになったと喜んでいると、夜鳴き大福の相手をした妹が
やっと起きて来る。大家族って、こんな感じか?いや、もっとすごいに違いない。
介護が必要な老人はともかく、食べ盛りの子供は一人では済まないだろうし。

 午前中はあっという間だった。夫と義弟は車で買物に行き、妹は大福を背負って
祭りの売店に並べるふきのとうを採りに行く。私は台所である。毎度お馴染み猪肉を
カレーやら汁やらにすべく、それらしく切っていく。解凍途中の猪肉を薄切りにして
いくうちに、家から持って来たごまダレで猪しゃぶしゃぶも作ろうかと考えつく。
そう、お惣菜どころか古くなりそうな冷蔵庫の中身まで、殆ど積んで来たのだ。

 やがて買物から帰って来た男二人が昼ご飯を食べながら通り掛かりに菜の花畑の
結婚式が見えたことを話したら、ちょうどTVでその模様が放送された。新郎新婦が
馬車で登場、菜の花の中を歩む映像を見ながら父が、「この花嫁は後妻だというぞ。」
と、誠に余計なことを教えてくれた。

 ごぼうをきんぴらと汁の両方に使うためにささがきにする。私は、ささがきの細さは
女の価値のつもりでいたが、妹は煮物かと見まがうようなささがきを作り、義弟は
「歯ごたえがあって、この方が美味い。」と言うらしい。こういう人々に食事を出す
のはなんと気楽なのかと、怒るより先にうれしくなってしまう。

 猪汁の余りの白菜と、きんぴらの余りのにんじんを切って茹でてしぼって猪の
薄切り肉の茹でたのの下に敷き、ごまダレをかける。おでんのために茹でた大根の
余りと厚揚げを煮たりして、どの料理も少しづつ材料が重複しているが、料理の味付け
が全て違うのと、生のまんま残してある素材がないのがうれしい。両親や妹夫婦は、
働いたあとに料理しなくて済むのがうれしい。夫は。色々あるからうれしい??

 「菜の花・桜まつり」が始まり、うちも売店に品物を出すようになって何年になる
のか。終われば様々な在庫がなくなって小金が残るのだが、なんせ仕事も値段も
細かいので、忙しくてたまらない。「お金よりもヒマが欲しい〜」と母が言うと、
知らない人はむっとするが、母の日常を知る人は皆、納得する。

 まつりを始めた頃は、何を出そうかと家族で知恵を絞った。
結局、うちが売店に出す品物は、よく真似されることとなった。小さなみかんを
ほんの少し入れて売っていたら、もっと入れて売る人が出て、ちょっとごたついた
こともあったと聞く。しかし、あくまで在庫整理が目的なら、売れすぎて品物が
なくなっても困るのであった。実際、小梅の漬物は自家用の分を侵食してきていて、
「このままではなくなってしまうから、比較的残りやすいしょうが漬を置いてみるか」
というのが最近の母の意見である。

 翌日、全員に食事を済まさせ、片付けたら10時であった。しかし、昨日と違って
昼に食べるものは鍋の中にある。うちはいつでも仕事が山ほどある家なので、仕事
である限りは何をしても良いことになる。というわけで、私は次の仕事を
「ふきのとう」の採取、と決めるわけだ。

 縁側では、妹夫婦と母が、暴れ盛りで言葉が通じない姪に往生していた。
計量だの袋入れだのの、細かい作業をしているのに、チビ大福はみかんだろうが梅干
だろうが、手をつっこもうとしてしまう。私が背負って行くという手もあるが、
そうすると平らなところでしか採取出来ない。細かい作業をきちんとやりたい人々と
同様、私も自分の仕事の成果をあげたいのだ。(って、何を燃えてんだかなあ〜)

 普通のサクラの時期でも寒いのに、祭りのサクラは早咲きのサクラである。
もっと寒い。だからふきのとうも場所によっては固い、小さなつぼみであった。だが、
その小さなつぼみが、あっちにもこっちにもある。地道に採るが、カゴにはいっかな
溜まらない。仕方ないので日当たりの良いところに移動したら、さすがに大きめの、
「春らんまん」なやつがあっちにもこっちにも出ていた。

 やがて「お昼」を告げる義弟の声に、「先に食べててー」と答えると、「あんな方から
声がした」と言われた。どこに向って告げたのか。お昼なんぞより、ふきのとうに
導かれてしまって、やめるにやめられない。義弟によれば、これは山菜採りに行って
遭難する人々の共通パターンだとのことである。しかしうちのあたりには遭難する
ほどの深い山は存在しない。やがて背筋を延ばし、カゴを持ち上げてみると、最初の
場所とは全然違う重さに大きな満足を得たのであった。どんなもんよ、おっほっほ!

 しかも私達は、この日に帰るのである。5時頃出発することにして、すると午後は
どうするか。売店の様子を見つつ、温泉に行こう。というわけで妹夫婦と大福とで
菜の花畑の売店に行く。「いちめんの」という程ではないが黄色い菜の花がたくさん
咲いていて、甘い香りが漂ってくる。その隅っこに売店がある。

 漁業会も売店を出していて、横には七輪を置いていた。客が買った品物を勝手に
焼いて食べるための七輪である。お客は楽しそうに菜の花の横でてんでに干物を
焼いて食べている。干物もそこそこ美味いのだろうが、本当に楽しいのは七輪の火
なのだろう。まだ、寒いのだ。

 よくよくみれば、本当にうらぶれた光景である。菜の花畑に、掘建て小屋のような
売店。田舎らしい、小さくてしょぼい品物たち。しかし、これでいいのだ。近在には
あまりに売れたので、売店をきれいにしたらお客が激減したところがあるそうだ。
同じ「きれい」でも、「こざっぱり」や「素朴」をとっぱらってしまったのであろう。

 見ていると、連休最終日だからか、お客が途切れない。そしてお客は、菜の花畑
だけを見て帰るのではなしに、必ずこの、ど〜〜でもいい売店を見に集まって来て
しまう。これって、どういう心理なのだろう。

 河津の桜まつりも盛況だそうだ。人間とみやげ物屋を見に行った気になるほどだ
というから、花見の正道をいっている。電車から降りてすぐ、という地の利を思えば
賑わうなという方が無理である。ところが、電車ならともかく、観光バスによっては
その後に客はこの菜の花畑に来るらしい。ものすごい落差である。

 殆ど菜の花しかないここで、客はただ菜の花だけを見ることになる。
でも、それでいいのではないか。出来れば私も、お客の少ない日に一人で訪れて
熱燗買って、菜の花を見ながら七輪で干物を焼いて食べてみたい。菜の花に干物って
いやに良く似合うのである。

 河津桜も本当のところは、交通不便な下賀茂の温泉に泊まって、早朝の、誰もいない
時間に湯けむりを背景に見るのが一番きれいなのに違いない。が、そういった「路線」
の話はともかく、私にはそんな日は来ないし、来たら困りもする。河津桜が咲いている
間は、忙しくてそれどころではないという状態であることが、うちの家族の幸せ
だからである。

 帰りは早かった。3時間半で帰京した。しかし、車に飽きたチビ大福は外を指差し
ながら大騒ぎだったし、妹は上げ膳下げ膳(というのか、あれが?)に気をよくして
食べ過ぎて気分が悪かったので、往路くらい時間がかかったような気がした。