ケダモノたち
ネコのお見舞いに行ってきた。
我ながらなんと物好きな人間なのか。入院した隣家のネコを見舞いに行くとは。
自分は飼い主ではないのだからと、お菓子まで携えて。
普通見舞いの品と言えば、入院してる当人に渡すものである。
しかし、相手はネコ。果物も花も、話の外ではないか。
してみるとこのお菓子は「医師への謝礼」ということになるわけか??なんか、ヘン。
飼い主の話によれば、事故だかなんだかわからないが、災難は夫婦でネコを
風呂に入れた、その翌日のことだったらしい。一体それは隣の夫婦が仲が良いという
ことなのか、それともネコが風呂嫌いで大暴れするから、風呂にいれるとなれば
二人がかりになるということなのか。
私がネコを可愛がるようになってから、風呂の回数は飛躍的に増えたに違いない。
ネコはいつも掃出し窓の向こうから私を探していた。私が出て行くと、そこに
ひっくりかえってなでろなでろと催促したが、そここそは私がいつも園芸作業に
使っている場所だったのだ。
秋になってからは、土と関係のない日はなかった。
バーミキュライトやミックス用土が掃除しきれない上で、ネコはごろんたごろんたと
ひっくりかえっていたのである。一方、空気は乾燥しつつあった。なでればネコの
背中はパチパチと音をたてたが、ネコはそれよりなでてもらう方を好んだ。
静電気はネコの背中になおも汚れを呼んだはずである。
動物病院では、アシスタントらしき女の子が予備の診察室に連れてきてくれた。
普段はタカビーなくせに、さすがにヨレっていた。よしよしとなでたら
やっとわかったらしく、エリザベス・カラーをものともせずに、力一杯顔をこすり
つけてきた。これだけフンばることが出来るなら、もう大丈夫に違いなかった。
ながらくなでてやったら、ネコはお礼に?手をなめてくれた。
獣医が来て、結局尻尾は切ってしまい、先日その手術を終えたばかりなのだと
言った。もういいから連れて行ってくださいと医者に言ったら、抱き上げられながら
ネコはこちらに向かって、初めてか細い声で鳴いた。
いっそ、連れて逃げてやりたかった。
ネコだって、連れて逃げてもらいたかったに違いない。ネコにとっては「治療」
なんてことがわかるわけもない。狭いところに閉じ込められ、痛い思いをさせられ、
わけのわからないものを飲まされているとしか思えないはずだった。
「甲斐性なしと言われたオトコの気持ちがわかったような気がする。」
帰宅して半ば涙ながらに夫にそう報告したら、夫は返答に困っていた。
なんでやねん。
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「迷い犬預かってます」
そう記された張り紙をお向かいの門で見たのは、昨日の昼前のことだった。
犬はどこでどうしているのだろうかと庭をのぞきこんだら、手入れの行き届いた
高そうなヤツがつながれたまま、マジメくさった顔で、静かに通りを見据えていた。
ああいう犬なら、すぐさま飼い主は見つかるだろうと考えた通りだった。
夕方には、犬も張り紙もなくなっていたのである。
ゴミ出しのときに事情を聞いてみた。
この近所の犬で、一晩預かっただけで見つかったそうである。
私は犬の散歩を見ると犬ばかり見てしまうが、お向かいの奥さんは人間も見ていた。
それで、近所の同じような犬を飼ってるところに端からあたってみたら、たった
1軒、留守の家があって、どんぴしゃり、だったそうである。
散歩係のおばあちゃんはショックで寝こんでしまったという話だった。
そりゃそうだろう、話によれば、犬は何をあげても絶対口にしない。おまけに
かまない、ほえないとくるのだそうで、そんな犬が心配にならないわけがない。
フトンの中でおばあちゃん、いっそ誰からでもエサをもらう犬ならどれほど
マシかと思ったかもしれない。
それにしても、預かった奥様の話も面白かった。
「生き物はねえ・・・」と言うのである。「私、冷たいのかしら、子供達にも・・・」
って、成人した子供が犬ほどカワイイわけないじゃ〜ん!(;^^)/
逆に、そんな風に悩むところがイイではないか。
この奥さんたら、迷い犬を預かり、飲まず食わずの姿に感動し、いざとなったら
自分が飼うしかないのかと悩みつつ、近所の家をしらみつぶしに探したのである。
冷たいもなにもあったもんか。
この人は既に何でも飼う支度は出来ていて、あとは出会うだけなのである。
それはペット・ショップから買ってくるのではなくて、「仕方ないなー・・・」
というタメイキと共に決定される。
こんな人は案外そこかしこにいて、逆に犬、ネコの方に「見つけられる」ことに
なるのかもしれない。で、日増しに図々しくなる敵さんを見ながら、ある日ふと、
「拾われたのは、どっちの方だったんだろう?」と思ったりするのである。
それでいいじゃん。
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隣家のネコは、退院してきたとお向かいの奥さんがおしえてくれた。
手術の痕がまだ癒えてないので、当分は外出禁止である。
もしも家の外に出てるのを発見したら、強制送還に及ぶこととなる。
「家の中にいた方が安心ですし、当分ネコにも外はナイものと考えてもらわねば。」
これは私のセリフであり、本気である。それじゃネコには会えないのか。
いやあ、「当分」は「永遠」ではないでしょ。いずれ、ネコは家から出て来る。
ネコはその頃には私のことなど忘れているかもしれない。
ありそうな話である。しかし、だからなんだというのか。覚えていたならうれしい
が、忘れていてもいいのだ。だって、改めてなつかせる楽しみがあるではないか。
ネコは、もう入院していない。ひとりぼっちで、不安ではない。
大事なのはそれなのだ。