お宅事情
家探しをしている。
これはもちろんドロボーのことではなく、住処を探しているという話である。
つまり、「やさがし」ではなく、「いえさがし」と読んで欲しいのだが。
わかりきっている?すんません。
会社の方針で、夫が社宅を3年以内に追い出されることになった。
私も夫もいい年であり、そろそろ、といった気持ちはあったが、なんか中途半端
な感じになるのは、もう一度くらい転勤があるかもしれないからである。
条件としては、とっくに決まっていた。
「家はともかく、敷地(庭)が広いこと。バスは使わざるを得ないにせよ、そのバス
の行きつく先が便利な場所であること。夫の会社まで、なるべく一時間以内。」
しかし、現物にあたってみなければとある日散歩途中に入った東急リバブル鷺沼
支店のM氏にそれを伝えてみれば、いきなり答えて曰く、「・・・マニアックな物件だと
言えますね、それは。」うう、「マニアック」とくるか・・・。
「さあ、とりあえず見に行きましょうか。」
というわけで連れて行かれたのは駅から歩いて8分の、なんとか予算内に入る家
だった。「これを大体標準と考えてください。」って、M氏、中々システマチックな人
なのである。
しかし、その標準が。庭は大体10帖分くらいか??庭の目の前は隣の家の壁。
「これは私の家ではありません。」って、我ながらすごいこと言ったもんだが、他に
言葉が思い浮かばない。「それでもいいですから、家の中を。」と言われて入る。
玄関が狭い。階段も狭い。この階段から転げ落ちる自分が見えた。
次に行ったのがどこだったか忘れた。ただ、ヘンな家のことを覚えている。
家は真中にあって、ぐるりと地面が取り囲んでいて、これを庭と呼ぶなれば確かに
そうかもしれない。様様な樹木が植えられている。だが、その家と庭をすっぽり包む
ようにして3軒の家が取り囲んでいて、面している場所が全てお互いの庭なのである。
親兄弟とだって、ここまで親しくないかもしれないと思わせる立地条件だった。
これを選ぶべきだと思う家もあった。
それは新築で売り出されたものの、売れ残っていた。公道に面していて、そこそこ
広い。ウッドデッキも、車が2台駐車できるというのも、余計だった。うらぶれた
アパートや古紙回収業者がそばにあって、田園都市線の雰囲気がまるでない、なんて
ことは、どーでも良かった。近くには林と川があって、これは気に入った。
しかし、これがまたなんというか、ショートケーキのような家で。
ウッドデッキの他にロフトもついてて、ペア・ガラスなのはともかくとして、階段
にはまるで一昔前のぬいぐるみ生地のような毛足の長い敷物が敷いてあって。
窓は特注の洋風出窓、ウォークイン・クロゼットはいいのだが、全体的に白っぽくて
今まで大事にしてきたうちの家具が全然似合わない。
そこに住んでいる自分が想像出来なかった。どこをどこまで壊せば自分の家に
なるのかとさえ、考えた。いくらきれいで条件が有利でも、家は自分の付属物である
べきで、逆ではたまらない。後日この家を見た夫は、「ビジネス・ホテルみたい。」
と言ったが、なるほど窓の感じといいオランダのビジネス・ホテルみたいだった。
そんなわけで、他に買う人が現れたときは、正直ほっとした。
担当者となったM氏は、あちこち物件見せてくれながら、「何でこんなに時間が
かかるのに物件数が増えないのかと考えたんですけど、考えてみればマニアックな
物件というのは飛び飛びにしかないので、まわるのに時間がかかるんですね!」
と言った。
実際、売りに出てる土地つきの家というのは、標準的なものでしかない。
交通至便な20坪ほどの3階建てから、交通至便なら手が出ない、不便なら手が出る
50坪ほどまで。60坪以上になると、分割して2軒新しい家を建てて売ることになる。
その方が儲かるし、お客さんも買いやすい物件になるからだ。普通の人々が
家に出せるお金というのは限られている。てなわけで、私達の条件に合う物件は
少なくなるわけだ。
生真面目にして誠実な知人は、「畑の中に寝泊りできる小屋が一つ、それで十分
じゃないか。」と奥さんに言って、大反対くらったそうである。当時は笑ったが、
先日自分も同じようなことを口に出していることに気がついた。(しかし、会社から
1時間という場所にそんな物件、あるわけがない。)
家が小さくても、部屋数だけは確保されているように見える。土地がそれなりに
大きいと、上モノの家の部屋数も大きくなってしまう。すると庭はどっちにせよ
狭くなるわけだ。
ある家を見ていて、ぼや〜んとした色で統一されてるのに何故この家はこんなに
拒絶されてる感じを受け、そして圧迫感を感じるのかなと不思議に思って考えて
みたら、一々個室を作ろうとしている「ドアがうるさい」と気がついたこともある。
うちは夫と二人きりである。ドアを閉める必要があるのは、トイレと風呂、そして
物入れ、あとは冬場の暖房効率を慮る場合だけだ。必要なのは部屋ではなく場所、
である。(あとは庭だが、これは部屋ではないな。)
一体これって、わがまま勝手なだけなのか。ともあれ、行きつく先は決まっている
ような気がする。つまり、いつものことながら、色気とハッタリに欠ける家になる
のである。
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試練は、向こうからやってくる。
ヘンなもので、しかし試練は求めるところに限ってやって来るみたいなのであった。
例えば私は転勤族と結婚してから、園芸にはまってしまった。社宅に関しては
古かろうがなんだろうが、文句もたれずに住んでいる。しかし、何故か庭に縁がない。
庭がなけりゃあぜ道に花壇を出現させることまでした。いくら会社が社員の妻の
趣味まで慮ってくれるわけがないとはいえ、わざわざ庭がない社宅に入ったり、2階
に住むことになるのも不思議である。
隣の奥方は庭いじりなど好きではなかったが、別のところでむかむかしていた。
彼女は「家の中がきちんとしてないと嫌なの。」と言っていたのだが、何故かそういう
彼女のところに限って、風呂のタイルがぼろぼろ落ちる。うまく水がひかないと
思っていたら、排水口にコンクリートの塊が入っていたそうである。
そして風呂場から上がった部分は塗っても塗っても塗装がめくれ、はげていく。
会社の住宅部に彼女のダンナが行くと、「またですか?」と言われ、ダンナはダンナで
「そりゃこっちが言いたい!」と怒っていたそうである。彼女の夫の言うとおり。
だってうちの風呂場も上がり場所も、そんなことはなかったのである。
ここで問題になるとしたら、「それではその人のところに以前住んでいた人はどう
していたの?」ということだが。それは単身赴任の人であった。気にしなかったのか、
気がつかなかったのか。そしてその前に住んでいた人は?さてそこまではわからない。
ところで、私の試練は庭がないこと、転勤があること以外に、まだあった。
その中身は、実に外壁工事に縁があるということ。大分ではなかったが、次の東京の
社宅から、始まった。その次の金沢の社宅でもあったが、現在の川崎の社宅でも
ベランダてすりとドアの塗装工事にでくわしたことはこの間書いたばかりである。
外壁なら庭に関係ないのかといえばもちろんそんなことはない。
まず、足場を組まれてしまう。その下にあった植物、まして茂りすぎたものなどは
折るとか切るとかされてしまう。重たくてかさばる荷物をかついでいれば、足元に
注意して歩ける方がおかしい。かくして茂り過ぎてなくても踏まれ放題踏まれる。
ベランダの塗装工事となれば、ベランダの植物をのけなければならない。庭が狭い
と、どこに置いても結局塗料だらけになる。今回はフェンスの塗装工事もあったので、
その近くに植えてあったローズマリーに、水色の点々がつくことになったのである。
社宅は住まざるを得ない場所でもあり、住まわせてもらってる場所でもある。
てなわけで、私の一存で塗装工事をパスするわけにはいかない。しかし自分の家なら
塗装工事を勝手にやってくれるなんてことはないのだから、少なくとも家を買う
ことで外壁の塗装工事からは逃れられるはずである。
もちろんそうしたら、今度は別口の試練がやってくる気もする。
受けて立つだけの話である。