田舎の法事(2)

 参列者達は既に集まっていた。久しぶりに見る一番上の叔母は、ようよう歩いて
いる始末。その姿を見たら、お坊さんのスキャンダルなぞはどうでもよくなって
しまった。だが、読経は思いの外長く、丁寧だった。卒塔婆をもらい、しばし
お坊さんと雑談をすることになる。

 一番下の叔母は、こうなったら50回忌も一緒にやってもらえまいか、なんとなれば
自分達はそこまでつきあえるはずもないからと言い出す。お坊さんは、普通は
33回忌までで、残りは「お祭り」ですと答える。確かに、子孫が息災でそこまで
大事にしてもらえるなら、お祭りと言っていいだろう。

 結局叔母は、私に、祖母の50回忌をちゃんとやると約束してもらいたかったの
かもしれない。だが、そのときは叔母達が母親の33回忌に間に合った??ことさえ
珍しいのだからと、「やあねえ、ここまで来たら、ついでにそこまで長生き
しちゃえばいいじゃ〜ん。」と言い放って誤魔化してしまった。

 寺を出たら、雨が降ってきた。
墓は坂道を上ったところにある。時間がかかることは昨日のうちにしてあったので、
お線香とお花をあげる程度で終わる。その後は、参列者を家に誘う。上の叔母は、
母が車で先に連れていっているので、私は末の叔母の車に乗せてもらい、家に向う。

 世間話をしながら家に向かう途中、叔母はぽろっと「家を買ったんだって?」と聞く。
私が何も話さないので、自分が聞くしかなかったらしい。しかし、この叔母に家の
どの部分を話したら喜んでもらえるのか嫌がられるのかが、わからない。

 自慢するのもみっともないし、それ以上に自分でしなくても見栄っ張りな父が
代わりにしてくれているに決まっているのである。てなわけで、「叔母さん達に話す
ような家じゃないのよ〜。おまけに、誰に似たのか園芸なんか好きなもんだから、
駅からバスに乗らなきゃたどりつかないような田舎なの。駅の近くで花が植えられる
ような土地は、あたし達にはとてもじゃないけど買えやしないのよ〜。」と話す。

 叔母達は山持ちの家に嫁いでいる。今どきの山とは不良資産と呼ばれるのだろうが、
そんな人達に向かって、下手な自慢をしたら怪我をするってなもんである。だが
やはりそこは園芸好き、そう聞けばむずむずするのだろう、「今は、何を
やっているの?」という聞き方をする。「初心者で恥ずかしいんだけど、ビオラの
種蒔き。」詳しく話すとうるさくなりそうなので、かわいく話をまとめておく。

 家での会食も、生臭坊主の話でもちきりだった。読経は長くて中々結構だったが、
お袈裟を着るのを忘れていて、お供えものの飾り方もなってない、やはり女が尻尾を
握っていなければダメだとか、いやお坊さんなんてのは檀家が育てるものだとか。

 途中、所用で町議をやってる父の従兄弟が立ち寄ってくれたので、また面白くなる。
田舎の親類は関係もよくわからないままに「親類」で済まされていることが多い。
この叔父さんも、何故こんなに好感を覚えるのかと思いつつ話を聞いていたのだが、
後で聞けば彼は祖父の甥であり、言われてみれば祖父そっくりなのだった。

 母が車で送ってくれる途中に、「ここが」と言って親類と聞かされている別の町議の
家を教えてくれた。親類の内容を聞けば、「おじいちゃんの親は、ここから来た。」
とのこと。しかし、祖父は90すぎで10年以上前に亡くなっている。100年以上
前のことを、一言で言う母だった。

 いつ果てるともない噂話つきの食事が終わったときには、ほっとした。
そして翌日。帰る前に、母の趣味の会の手伝いにつきあうことになる。母の友達が
たくさんいて、口々に「きれいなお嬢さん」と言ってくれる。なるほどつまり、母の
隣にいれば、私は自動的に「きれいなお嬢さん」になるのである。これはお得な話??

 ホームセンターに買い物に行くと、これまた母の同級生とやらに出会い、またまた
「きれいなお嬢さん」と言われる。そこまでは良かったのだが、母の目の前で、
「お父さん似?」と大ボケかましてしまう。母、憤懣やるかたなし。

 よそに行っていたお嬢さんが、亡くなったお母さんの跡を継いでお茶屋をしている
店に、お茶を買いに行く。それはいいのだが、なんとものんきな仕事ぶりで、田舎
らしいというかなんというか。例えばドドメ色の絞りのような柄の袋にお茶を
入れようとする。郵便で送ってもらおうとすれば、送り状が一枚しか残ってない。

 郵便と宅急便の、どっちが安いかという説明もサービスの違いの説明もさりながら、
送り状がないなら自分が書いておくからという言葉もなく、「この間送ってもらった
とき・・・」という母の呑気なセリフには、「あたしゃそんなこと知らんがな」みたいな
顔をしている。母と二人、車の中で、あんなババむさい色の袋にお茶を入れたら、
どんなお茶もカビくさく見えるのに!と思いっきり文句をたれた。

 母と別れて電車に乗り、新横浜に着いたら四時過ぎだった。
毎月参加する園芸の会の2次会が始まる時刻だったのである。いないのをいいことに
どんな悪口を言われていることやらと、目の前にいても悪口を言う私が思いながら
そのまんま、帰宅したのであった。