ごーるでんうぃーく

 特急あさかぜのB寝台、とやらに乗ることとなった。
ゴールデン・ウィーク真っ最中、岩国に行ったときのことである。
往きの電車だけが個室がとれなかったのだ。

 横浜駅で電車を待っていると、目立つ大男が一人いた。
この大男は、やがてやってきた電車に真っ先に乗るや、入り口が最初に一段降りて、
また登る形の段差になっているのを発見、次に乗ろうとした杖をついた老人を
ごく自然に上手にひきあげ、ドアを押えて通してあげたのである。

 へー、この人って一体何者?思いついたにしてはいやにすっきりした身のこなしが
気になって気になってたまらない。しかし、興味は興味だけで終わり、疑問は解決
されることはなかった。ま、普通はそうだわな。

 私の向いの寝台には、駅の構内で見た、子犬を連れた親子連れが眠ることになった。
もっとも、親子と言ったところで、子犬を連れた父と娘の組合わせがあるわけもなく、
当然のことながら母親と息子の組合わせである。自分の向いは母親の方なので、
B寝台の心配の殆どは消えた。

 犬は静かなものだった。片目の色が違うと思っていたら眼が見えないのだそうで、
捨てられていたのを拾ったのだそうだ。それだから、余計に心配で何処へ行くのも
一緒なのだと言う。老後は気の向くまま旅行でも行きたかったのに、そうもいかなく
なったと母親の方は言った。息子は殆ど話さない。

 私は岩国だが、相手はどこへ行くと言ったか。故郷の海で山で、遊ぶつもりなのだ
という。自分の兄弟や甥が世話をしてくれるのだが、レンタカー代や食事代を
支払うことになるのだという。

 彼女は、自分は医者の家で70近くまで家政婦をしてきたと語った。
医者の家では一番目の息子が内科で、血が苦手で泣くような子供だった二番目は
それでも外科の医者になったのだそうだ。

 このほど、内科の方には皮膚科の医者の嫁が来たと聞いてつい、お医者にまでして
お嫁に出すのではもったいなかったですねと言ってしまったら、彼女は黙った。
自分の子供がいても、近しく育った子供にはまた別な思い入れがあるわけか。

 乗車したのは横浜だった。寝入ったあとで、上の寝台にお客が来ていたらしい。
朝になったら、30代半ばほどの大きな男の人が、「腰をやってしまって。」と
言いながら上の寝台から降りてきた。

 「ああ大変、ちょうど私の薬があるから、分けてやんなきゃ。」と向いの客が言って
飲み薬と貼り薬を出す。遠慮する男と向いの客の両方に、「貼り薬だけでも、
もらったら?」と助け舟を出して、男はありがたく膏薬を分けてもらった。
いずれとも名乗ることもなく、別れだけを言って、岩国で降りた。

  岩国で一日を過した後、帰りの寝台車は、個室だった。部屋には洗面台も
電子キーもついていて、非常に快適だったが、それだけだった。
早く寝た。

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 「うちの子が好きなんだ。」
そう言った西洋人が手に持っていたのは、ヨウカンだった。
 ドイツ語を話す人間が購入したのは、なにやら墨書してある色紙だった。
内容を覗き見たら、「少年老い易く、学成難し」というものだった。

 いずれも、夫が原宿の100円ショップで見た光景である。
100円ショップは日本を訪れる外国人の間でも有名らしく、原宿ともなればことに
外国人率は高いらしい。(それでも「羊羹」は、ちょい馴染みすぎ?)

 私はと言えば、「100円って、1マルクくらいかな?」と言って夫の失笑をかった。
成田を出発した最後の旅行は、ハワイだった。その前は、トルコとギリシャだ。
ECへの加入が議論となっていても、ユーロなんて話の外だったのだ。

 そして私にとっては、東西ドイツの統合以前に別々になってたということさえが
殆ど絵空事であり、それよりはずっと南北朝鮮の統合や、中国の台湾併合の方が
「ユーロ」なぞよりずっと現実の問題なのである。

 なんつって、大嘘。たんにすっぽり忘れてたんわ、ユーロなんて。お〜ほほほほ。
みなさん日本でのたのしいご旅行を!

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 犬を飼うことにしたお隣から、声が聞こえてきた。
「あ〜〜ああ、もう・・・!!」、それに続いて「ダメだっ!!ダメじゃないか!!」
と、御主人の声。その後聞こえたのは、「わうっ!わうっ!」という犬の吠え声。

 あれは一体、犬の口答えだったのだろうか?
私には、「いいじゃん、これくらいっ!!」と言ったように聞こえたのであった。