「冬のソナタ」終盤

 「冬のソナタ」を見ている。
韓国のトレンディ・ドラマと聞き、韓国の暮しや人の思考回路に興味を持って
見始めたが、主人公チュンサンの直球勝負な誠意、対するユジンのもの言いに
素晴らしい新鮮さを感じ、ハマりこんでしまった。

 で、ハマるのはいいのだが、当初の目的を見失っているわけではないのですね。
つうか、嫌でも違和感は感じるのである。例えば前回は、二人が兄妹と知った
チュンサンは悩み、ユジンと別れようと決心して海辺に旅行に出かける。夜遅くなり、
二人は他に客もいない民宿に泊まるのだが。

 この海辺というのが純粋な「海辺」で、別れをひかえ、悲劇を目の前にした二人の
目の前には、幾本ものロープが渡され、そこにはイカの生干しがぱーっと干して
あるのだ。

 そして民宿はといえば、靴を脱ぐ場所が「軒下」で、戸板一枚隔ててすぐお部屋。
部屋は当然床で、オンドルってやつなのでしょう。タンスが一つ置いてあって、
その上にフトンがのせてある。枕は細長い俵型。そして、部屋を照らしているのは、
裸電球一つきり。

 別に文句をたれてるわけではない。こういうところが物珍しくて面白いと書いて
いるのである。韓国だろうがトルコだろうがインドだろうが、生活感のあるドラマ、
どーんといらっしゃい!てなもんだ。「おしん」を見た外国人達もこんな気持ちに
なってたに違いない。おしんがどうなるかもさりながら、仕事のやり方とか、
畳での生活とか、それも大きな楽しみだったに違いないのだ。

 ところで、私はこのドラマの最初の方でこれは兄妹オチだと見ていたのだが、
残念ながら兄妹ではなかった。それはいいのだが、いくらなんでもとんでもないのが
チュンサンの母親を始め、主要登場人物の親達である。

 彼の母親ときたら、奔放な過去もさりながら、息子の記憶を入れ替えちゃったり
して、やることなすこと極端で奇妙奇天烈。もう一歩踏み込んで言えば、この人が
「脚本のつじつま合わせ」をひきうけてることになるのだが。

 兄妹ではないかという伏線を張りつつ、実はこっちと兄妹だった、てなどんでん返し
がまかり通るのは、結局その昔、全員身に覚えがあるのが前提ということにもなる。
伏線だのオチだのは数あるほど楽しいはずだが、しかしこの内容はいくらなんでも
問題があるのではないか。なんでそう、あっちともこっちともヤってしまうのだ。

 「冬のソナタ」は、見逃した部分もあり、是非、再放送して欲しいものである。
チュンサン素敵〜〜!!といった見方もあるし、透き通るようなイカが干されている
のを見て韓国料理に思いを馳せるという手もあるし、脚本にツッコミを入れるため
改めてメモをとる、といった楽しみもあるだろう。

 再放送されたら、がんばらなくっちゃ!

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 「冬のソナタ」感動の名セリフ、とやらを募集している。
言われてみればドキドキしながら見ていたのだが、心に残るというか、記憶に
残るセリフはと言えば、ろくでもないのばかりである。

 1)「お願いよユジン、サイヒョクと結婚してあげて!なんなら、同居しなくても
   かまわないわ!」

 2)「君が自殺未遂をしたときのことを、覚えているかい?」

 (1)はユジンとの結婚を反対してた、幼馴染サイヒョクの母親のセリフ。
サイヒョクはユジンに失恋したショックで病気になってしまい、慌てた母親は
かつて冷たくしていたユジンにお願いに行く。・・・それはいいのだが、息子とヨリを
戻して欲しいという交換条件に、若夫婦との別居を提示しますか。というわけで、
こんなセリフに大笑い・・・。(^^;)それとも同居は韓国では生死に関わる大問題?

 (2)はかつての恋人、チュンサンの母親に対する、サイヒョクの父親のセリフ。
仲睦まじくお茶なんか飲みながら昔話をするシーン、だというのに、「そう来るか」
である。サイヒョクの父親は、この会話の末に、自分がッチュンサンの父親ではないか
という疑念を抱くのだが、それにしては強引すぎる。。フツー、昔話のなかで、相手
の自殺未遂に触れるだろうか。

 いずれもうろ覚えのセリフだが、話としては間違えていないはずである。
ヘンなもので、ユジンがけなげに強く振舞うシーンは覚えているし、ミニョンの
誠実さには涙さえ出たはずなのに、思い出せるセリフは、こういうのばかり。

 多分、それまで浸りに浸ってきてるのに、それをいきなりぶちこわしてくれた
ものだから、心に、というよりも頭に残っているのだろう。
これでは応募どころか、他の「冬のソナタ」ファンに総スカンを食らうではないか。

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