20数年前から昨日までのこと

 政治なんてものは考えたくもナイ。
しかし、9月17日、私は朝から晩までTVにクギ付けだった。
言わずと知れた、小泉の北朝鮮訪問の日、である。

 国民の最大関心事がどこにあったのかはわからないが、拉致問題は最初っから
大きく報じられていた。私は、あれこそは永久に解決しないもんだとばかり思って
いたので、野党党首達が首相が訪朝するだけで大したもんだというのを聞いて
「そーだよなー」と思い、自民党の役員達が「拉致された人々を連れて帰ってこられな
ければ、首相は退陣すべきだ。」とやっているのを見ては「あーあ、下手に成功する
と自分の番が来なくなるもんだから〜。」と思っていた。

 ところが、そのうち小泉自身が拉致問題の解決に政治生命をかけると言い出した。
何があったんだ、小泉?そんなこと言っていいのか小泉。いや、確信があるからこそ
言っているんだろう、小泉。でも、20年もほったらかしにされてきたのに、
そんなことがあるのか、小泉。

 てなわけで、朝からTVにクギ付けになるしかなかったのである。
大体、朝から雨だった。北朝鮮は、だというのに晴れていた。眉間にしわ寄せて
専用機から降りる小泉を見て、私は「決意」を示す表情とかなんとかいうより、たんに
小泉は日差しがまぶしいんだろうと思っていた。

 出迎えを受けた小泉は百花園なる北朝鮮の迎賓館に連れて行かれ、11時過ぎに
会談は始まった。最初の挨拶で、金正日がここまで来ていただいて、「申し訳ない」と
言ったとき、ここまで言うとは一体全体何があるのかしらと思った。
挨拶が済んだらすぐ、報道陣は部屋から追い出された。

 別々のお昼ご飯を間にはさみ、2時から会談は再開された。途中、記者会見が
あったが、朝日の記者がめまいするくらいろくでもない質問をしたのを覚えている。
数人の安否確認という情報が入ったのは何時かは忘れた。それからすぐ、全員の安否
が確認されたという情報が入った。

 その瞬間まで、まさか本当に、拉致問題を北朝鮮が認めるとは思わなかった。
そこまで北朝鮮が困っているとは知らなかった。朝鮮総連の送金が止められたことは
知っていたが、そしたら次にあるのはテロだと思っていた。北朝鮮とは、自国の
スパイに日本人のふりをさせて韓国の飛行機を爆破させちゃう国だったから。

 それが何故、認めたのかといえば、国交正常化のためである。
正常化もなにも、こんな国と誰がつきあいたいものかと思うのが普通だが、しかし
それを認めてでも国交正常化することを北朝鮮は選び、認めさせなければその先は
ないと小泉は示したのである。

 小泉だからこうなれたのかは、私にはわからない。わかるわけがない。
時が来ただけなのかもしれない。だが、それで十分ではないのか。20年以上も
娘の帰りを待っていた母親は、「帰って来たら抗議をする」と言っていた。
誰に、なんと抗議をするのか。

 小泉は、生存する故人の娘を含め5人に自分を会わせろと言ったと、今朝のTVが
伝えた。亡くなったのが11人中6人とは多すぎると被害家族の一人が言った。
死んだのではなく、殺されたのだと言ったが、それはそうである。例え本当に
自然災害や病死したのだとしても、それは北朝鮮に殺されたのである。

 私は金沢で日本海を見るにつけ、この向こうはアメリカではなくて朝鮮半島
なのだと繰り返し思ってきた。美しい海岸線を見ても、ここから人が連れ去られた
のだという気持ちが頭から離れなかった。テポドンなるミサイルがニュースで伝え
られたとき、それが発射されたら最初に落ちるのは金沢だと思ってきた。当時の
首相は、石川県から出た森だった。

 しかし、金沢にいた私に、誰も拉致事件やテポドンの話をしなかった。
当時、遠くから遊びに来た人は「あんなにマスコミに叩かれても、まだこの土地の人は
森さんが好きなの?」と聞いた。失礼と言えば失礼であり、ピントが外れていると
言えば確かに外れている。

 地元が好きで好きで、幹事長時代から地元に帰ってばかりで、東京にいなくて
困ると言われた森だった。当然のことながら地元利益誘導型の最たる人だったらしい。
石川県民が、自分達のために働いてくれる人を嫌いになれるはずもない。だが、その
一方で、地元ばかり贔屓にする首相が、余所の土地で好かれるはずもない。

 道路や北陸新幹線の方を大事にするから、森は地元に好かれた。
拉致事件やテポドンのことももう少し気にすれば、全国的に人気が出たのかといえば
どうもそうではないような気がするし、それは同時に石川県民の不幸でもあった。

 小泉の地元は、聞けば神奈川県だそうである。(←すいません、知りませんでした)
森の地元が神奈川県なら良かったのか、小泉の地元が石川県なら森のようになった
のか。こんなことは、考えてもしょうがないことである。

 今回のことで驚いたのは、北朝鮮がマトモな国になるやり方をは知っていたという
ことと、小泉が拉致事件の解決なくして国交正常化はないと本気で言っていて、なお
かつ実行に移したということであった。

                              2002年9月18日