七転八倒だったのよ

 物事は、重なるときはとっても重なるものらしい。
妹は出産を控えていた。私はお花の試験を終えて、あとは卒業制作展と、もひとつ
ある展示会に、個人の作品だけならともかく何故か共同制作まで参加することになり、
その会期の途中にはフリーマーケットへの参加も予定していた。

 ところが展示会の1週間前、共同制作の制作の後、片付けの場ですべって転んで
打撲、してしまう。骨に異常はなかったものの、これが通院だのなんだので余計な
仕事を増やすことに・・・つうか、痛いのなんの!!

 例えば起き上がるのの辛いこと辛いこと。背筋をまっすぐにしてないと、患部に
ひびく。痛みをなるべく少なくしてフトンから立ちあがろうとすると、ゆうに
2〜3分はかかるのである。

 身動きを間違えたときの痛みの感じは、さながら内部で傷口が開くようで、
立ち上がってから痛みなしに腰を落とそうとすると、動きはヒンズー・スクワット
かグラン・プリエになる。そして他人の同情もいつまでも続くわけでないから、
夫さえも3日目あたりからその姿を見て背後で忍び笑いをもらすようになるのである。

 そういう状態から一週間で展示会初日。会期は二週間なので、結局怪我と一緒に
展示会につきあうこととなった。元々はお当番の他にはこれと言った用事はないはず
だったが、会場は戸外なので、当然のことながら風が吹いたり雨が降ったりする。
様々なアクシデントにふりまわされ・・だからこそ、楽しかったが。怪我の痛みは
余計だったのだ。くそ〜〜。

 なんだかんだで会場に通ってばかり、そんな中でフリーマーケットの日も刻々
迫っていた。フリマに何を出品するのか。社宅時代に使っていた、ガス湯沸し器。
これを処分したかった。が、これだけ置いて一日過すのではいくらなんでも。
で、ハンギング・バスケットもついでに出そうなんて考えてしまったのである。

 もちろん、こんな田舎の、しかもフリマでH.B.なんぞが飛ぶように売れるわけも
ない。だが、それでいいのだ。気がつけば小さな器材が沢山あって、つまりこれも
不用品処分の一環。ただ、苗を沢山使うがゆえに、フリマの商品とも思えない
値段になってしまうのは、致し方なかった。

 結果としては、もちろん、売れなかった。が、全然売れないということではなく、
目標には一つ足りなかったということで。で、その最後の一つは終わり頃挨拶に
いらした会場の人に、会場に寄贈を申し出ることで達成するのである。
しかし、挨拶にいらした会場の人に寄贈を申し出たら、周囲がどよめいたのには
驚いた。ナンで驚く??

 で、その4日後には展示会が終わり、搬出日なのである。ところがその前日、妹が
入院したと電話が入る。そんなこと言われたって、私に何が出来るわけがないので
心配は両親や妹のダンナに、処置は病院に任せて私は搬出。

 で、姪が生まれたのはその翌日夜だった。
病院はカトリック系なのに、仏滅産まれはうちの姪だけだった。それかあらぬか、
最初から最後まで妹には看護婦が二人つき、いざというときには医師4人に囲まれて、
「お姫様のようなお産だった〜。」・・・ああそうかい。合理的な娘になりそうだ。

 それから妹が退院するまでの1週間の間には3つの見学会があったのだが、
これがうまいこと私の面会担当日(義弟の出勤日)と重ならない。うちは母親が
事情で来られないのだが、こんなにタイミングが良くていいのだろうか。

 そして退院。ところがここで妹は体調を崩してしまう。妹だけ退院、赤ちゃんは
少々黄疸が出たとのことで、小児科に預かってもらうことに。元々は妹の姑が来て
一週間ばかり赤ん坊と嫁の面倒を見るはずだったのだが、姑は嫁の面倒を見ることに。

 姑様が田舎に帰ったら、私がテキトーに通ってお惣菜の面倒を見ることになって
いたので、私はのほほんとしていたのである。その頃までは。ところが、妹が
退院した3日後、また電話が入る。こともあろうに、妹の入っている社宅で改装工事が
始まったという報せで。そんなもん、するんじゃないっ!!(;^0^)/

 おかげで、赤ん坊と妹は我が家に居候することとなった。一ヶ月検診が終われば
ド田舎で超静かなうちの実家に連れて行くことになるのだろうが、この家だって来客
皆驚くほど静かなのである。しばらくうるさい旨、断っておかねばならない。
でないと、「あの奥さん、いつ産んだんだろう?」ということになるかもしれない。

 コドモなんてのは、「いてもいなくても苦労する」ことになっている。
しかしこういうのも、「いない苦労」のうちなのだろうか。
「ええっと、ちょっと待てよ、16日は講習会が。するとええっと・・・」
間髪を入れず、妹は答えたのだ。「大丈夫、退院は17日だから!!」

 新生児室の姪は、周囲中泣いていても構わず自分は眠りこけ、自分がお腹すいた
となったら余所の赤ん坊まで起こすような声で泣き喚いていたという。
怪我の痛みも殆どなくなったが、当分かまってる暇はないだろう。