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というわけで、また忙しかった。
秋の展示会の準備と共に、秋の教室の準備も必要になったからである。
一番忙しいときは、午前中はチラシを持ってポスティング、午後からは苗探しという
パターンで動いていた。面白がって歩数計を持ち出したら、この頃は1日に2万歩を
くだらなかった。
うちの周囲は平地ではない。
自分が住んでいるところも丘の頂上に近いところにある。すると、家から下って
行って、新たにまたあちこちの丘に登っていくことになる。けっこーな運動量で、
しかし何故かやせない。夜になると、今日も働いたなあ!といった気分でビールを
たんまり飲んでいたからかもしんない。
ポスティングは相変わらず面白かった。
ちょっとオシャレなことを言いたい人々は、日本もヨーロッパのように町並みは揃える
べきだと言っている。が、私にしてみれば家の見本市みたいで楽しい。そして家並みが
ごちゃごちゃ、であるように庭もまたそれぞれで、それが自ずと語っている。
例えばおじいちゃんの時代から庭木は全然変わってないなりに草取りだけは
完璧にしてある庭とか、ちょっと前に目覚めて様々な花を植えてみたはものの今や
飽きてしまって草さえもとってない庭とか、全て植木屋さん任せなのとか。
コワイというか素直というか恥ずかしいというか、金の成る木ばかり増やして
並べている家もある。
ハンギング・バスケットをやりそうな家を選んで、ご案内のチラシを入れた。
(そういう意味ではポスティングよりもハンティングに近かったかも??)
似合う家、にも入れた。庭が広すぎる家は似合わないし、概ねやらないと考えていい。
シンビジウムばかり、でもきちんと育てている家なんかの場合はちょっと迷う。
古典的にマニアックな植物ばかり並べている家は、やらないだろーなーと思いつつ、
やはり入れてしまう。
安くない栄養繁殖系の花ばかりをどかどか咲かせている家には当然、入れる。
その手入れがてきとーで、結果的にぼろっちくなっている家には入れたくないが、
一日の終り頃ならばどうでもよくなってきて、入れてしまったりする。
自家栄養繁殖、にハマってる感じの家のポストには入れない。ポーチュラカだらけ、
なんてのがその例である。
たまには「入れないで!」と言われることもある。チラシを作るのにも労力とお金が
要るのだから、そう言われれば入れない。が、今にして思えばお互いに反応が暗すぎた
かもしれない。「中身を見てもいないのに、なんですかあ〜。それじゃあ奥様、
手・わ・た・し!」とかなんとか明るく言って押しつけてやりゃ良かったのだ。
ポストによっては「チラシ、勧誘、セールスお断り!」というシールが貼ってある
こともある。あらイヤだ、これはチラシでも勧誘でもセールスでもなく、「お教室の
ご案内」なのよ〜、というわけで庭の佇まいによってはポストに入れる。しかし、
そのうえなお、「ただいま金穴中!」とまで書いてあったお宅には感動した。よくぞ
ここまで踏み切った、というわけである。真似はしたくないが。
こんなふうなので、1地区まき終わると、「よし、この地区は制覇した。」といった
気分になる。私にも世界征服の野望、なんてのがあるのかもしれない。レベルは
違うにせよ。違いすぎか。ははは。
そんなこんなで1900枚を消化したわけだが、反応はと言えば6人であった。
山の上の家のそのまた階段の上にあるポストを思えば、がっかりすべきかもしれない。
いや、ちゃんとがっかりしている。何ががっかりするかと言って、残りの1895軒に
住む人々が全然ハンギング・バスケットに関心がないわけではない、ということに
がっかり、なのである。(全然制覇してないじゃん!!)
・・・ちと高いなーと思ったり、自分に出来るのかと不安になったりして、
ぐじぐじ悩んでいるうちに実行できない人々が文字通り草場の陰に隠れて存在する
のだ。需要が全くないとなれば教室なんざやめたっていいのに、この中途半端はどうだ。
ぐじぐじしてるヤツらは、しんねりと黙ったままでいて私にどうしろこうしろとは
言ってこない。はっきりして欲しい、はっきり。まったくもー!
もっとも、申し込み締め切りが過ぎた。そうなれば問題は、今現在目の前に存在する
「やる気」の生徒さんたちである。今度は花材を調達するために動き出すことになる。
しかし、9月の終りはちょうど端境期だ。まだまだ暑いくせしやがって、パンジー
だのシクラメンだのばかりが大手を振って流通していやがる。
当の生徒さん達はと言えば、「3回講座ということになってますけど、3回教われば
自分で出来るようになりますか?」と聞いてくる。私の責任により、私の選んだ花材で、
私の目の前でやれば、小さい器材にそれなりに植え付けられるようになることだけは
保証する。しかし、これが一体「自分で出来るように」なったかと言えば??
それでも私の教室では最初の1回で、最低限自分で作れるようになってもらっている。
で、2回めからあらためて、植物選びのコツや、「ハンギング・バスケット」という
特異な状況における生育の違い、園芸力とのからみなどを、ねちねちと伝える。
これをやると1回目が終わった時には皆、勝ち誇った顔をしているが、3回目が
終わったときにはちょっと困ったような顔をしているものである。わはは。
教室用の苗の調達をする頃には、秋の展示会用の作品はなんとか作り終えていた。
展示会のシーズンには大概3つ作る。まず、手慣しとして、1つ。大物を作るのは
久しぶりなので、作り方を忘れている。出来たときにはそこそこ良いものに見える。
2つ目を作ると手慣しの作品のアラに気がつき、3つ目に入ると2つ目が凡庸なものに
見える。それなら4つめはと言えば毎回時間切れとなる。これまた、わはは、だ。
2つ目あたりでは、飽き飽きしてしまう。自分の庭の来シーズンの支度も出来ない。
煮詰まった私はとうとう知人に「展示会で何か賞にひっかかることが出来たら、来年は
もう出展はやめる!」とまで言った。だが、少し経ったところで気がつくのである。
賞なんか関係なく、やりたくなけりゃ勝手にやめればいいんだわ〜、と。
で、ぼけっと事務局から展示会のポスターなんか見てみたら、そうそうたる人々が
参加することを今更ながら知るのである。賞にひっかかるもなにも、これでは
とっくにひっかかりようがなかったのであった。いや参ったな〜。
それでも、参加すると表明したからにはとにかく今年の分だけは作らねばならない。
で、渋々ながら3つ目を作るのだが、そのあたりで何故か毎回、「ををっ!」という
発見があって、2つ目より格段に良い(と自分では思っている)のが出来る。
それとは別に、あることにも気がつく。今年は出来なかったけど、来年はコレで
行こうと思ったりする。やめるんじゃなかったのか、おい!と私は自分にツッコミを
入れたい。しかし、気がついてしまえばこれを見せて「どうよ?」と言ってみたくなる。
誰も頼んじゃいないのに。
で、私の七転八倒をよそに生徒さん達は、展示会を見に行くという。
度胸のあるやつらである。1回めの教室を終えたばかりでそんなん見に行ったら、
腹こわすぞ。それでも奴らは既にしてから「高見の見物モード」に入っている。
私に止める権利はない。
既に彼女たちの腹はゆるい。私の出展作品を見て、がっかりしているのである。
カラーリーフ使いの意味がわからないこともさりながら、彼女たちの大好きなお花が
開化調節中で、咲いていないのが原因である。だから、腹こわすと言ってるのに。
ともあれ、作品は出来た。装飾も作った。装飾なんてあってもなくても良い。
中には装飾で損をしている作品もあるくらいだ。おまけに私は装飾をバカにしていて、
しかし、バカにするなら自分はちゃんとクリアしてなきゃいけないから、作る。
赤ワイン片手にナッツをつまみながら作ったからか、翌朝は鼻血が出たぞ、私。
ここまでやれば、あとは野となれ山となれ、運を天に任せて・・これからフリー
マーケットの準備である。使わなかった花苗などを二束三文、またはふっかけて?
売り飛ばすための準備だ。目玉は苗床で、本葉3〜4枚状態のポット苗の苗床を
いくつか作って売る。誰もが知っている花で、なるたけ簡単で、ただし色だけは
珍しいものが望ましい。1ポットに5株以上も入っているのを見た人々は欲にかられて
買って行き、やがて園芸に目覚めるはずである。多分。もちろん客寄せに、小さな
ハンギング・バスケットも作る。生徒さんが釣れたらいいのだが。
そうそう、話はそれるがポスティングの最中に私は財布を拾ったのである。
郊外のこととて竹藪の横は何度でも通ったのに、拾ったのは茶封筒に入った100万円の
束ではなく、免許証の他に診察券やらポイントカードやらがたんまりと入った若い
男の子の財布であった。幸い交番は近くにあったし、本人は翌日血相替えて現れた。
謝礼というか、手数料のつもりで5000円だけもらって、時給と考えればハンギング・
バスケットの先生やるのよりずっと良い。
10月18日現在、19日、20日と展示会の搬入がある。
その後はフリーマーケットと、次の教室の準備である。フリマ前日あたりは売り物と
自分用の苗床も含め、庭が最高潮にごったがえすことになるであろう。すっからかんに
売れますように、ってもはやお金ではなく、そっちの方が大事だったりする。
自転車操業という言葉もおなじみとなった。いいのか、これで。
いや、普通、人生って大なり小なりの自転車操業ではないのか。
してみると人並みになっただけか。