年末年始猫来客
鈴の音が聞こえた。
あれは隣のネコの鈴。しかし、確か正月過ぎまでは外に出さないと言っていたはず。
その日は、暮れの28日だったのである。で、斜向かいの家を覗き込むと、
やはり灰色のネコが枯れた芝の上を、匂いをかぎながら歩いている。
間違えて出してしまったのかと言えば、そうでもないらしい。
なんとなれば、ネコは一度家に帰ると、また出て来たのである。てことは、年末の
忙しいときにネコに責め立てられた飼い主が、根負けしたにちがいない。
その日は手始めというか様子見というか、斜向かいの家と自分の庭だけで過して
いた。うちまでやってきたのは、その翌日である。鈴の音で外に出てみたら、
ふかふかに耕した庭土の上で、今まさにネコは。し終えたところであった。
ううむ、何日ぶりという再開のシーンがコレか。これこそが、日常というものかも
しれなかった。
というわけで私は力いっぱい怒鳴り、怒鳴られたネコは、全速力で逃げ帰ることと
なった。あれだけ教え込んでも、ネコという身の上にとっては、ふかふかで乾いた
庭土ってそんなにもイイものらしい。しょーがないったらありゃしない。理性さえ
なければ、ウンチ拾ってネコに投げつけているかもしれないなあ。
そのまた翌日は30日。鉢増しをしていたら、またやって来た。
ひっくり返ってなでろと催促はするくせに、あまり触られたくない様子。怪我で
永らく入院していたこともあり、これってネコのトラウマなのだろうか。まあ、
ほっときゃ内側も治るだろう。てなわけで、思いきり遊んでやったのであった。
翌日は大晦日で、風でぶっとぶ門松の裏白を直していたら、斜向かいの奥様が
やってきた。最近ネコがまた外出しだしたという話、なんだか少し甘えんぼになった
ような気がするという話、門に飛び乗ろうとして失敗して、奥様が持ってたチリトリ
の上に落ちてきた話・・・。
むか〜しむかし、友達に聞いた、ボーイフレンドと何を話していいかわからない
という悩みを思い出した。その友達は、「いっそ、犬かネコでもいりゃあ・・」と
言ったのである。そういう意味ではあのネコは確かに、このへんの御近所関係を
とりもっているのであった。
実際、人が住んでる周辺なら、ネコくらいはうろうろしてた方が望ましい。
うろうろするネコがうちの庭にウンチしたら怒るけど、でも名前は知っているし、
普段はなでてやったり遊んでやったり忙しいときには無視したり、日常の中に
かわいかったりかわいくなかったりする生き物がいるのが望ましい。
それが出来そうなところに、私は住もうと思ったのだ。
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3日、若いもんを呼んでの新年会、と言っても今年は3人。楽勝モードだあ!!
だからこそねんごろに弔っ、いや違った、ねんごろなおもてなしをしてやりたい。
どーせ年に一度だし、害にはなるべえと思う私は優しい上司夫人・・・??
というわけで、座布団を補充した。座卓は、まだ塗装してなかった(^^;)が、
なんとか組み立ててもらい、上にビニールを、その上にクロスをかけてごまかした。
新年会は毎年やってることでもあり、食器の類は十分ある。
飲み物はワイン系統に泡盛古酒、地ビール、出せばもちろん他にもあって、
食べ物は。紅白なますに豆腐ように数の子に、煮物ときてエビのオーロラソース、
このへんでサラダで、ひき肉のレタス包み出して、この頃には人間らしい気持ちに
なってるはずだから、そしたらローストビーフだして、その後で中華おこわに汁で
なんとかなるだろう。そうそう、甘いものもみつくろっておくか。
助かることには、「煮物はオレが作る!」と夫が言いだし、材料はと言えば年末に
届いた猪・・・そのほか、蓮根、にんじん、昆布、椎茸、こんにゃく。
もののついでに汁も今年は豚汁に似せて、猪汁にしてしまうことにしよう。
いやあ、本当に私って、優しい上司夫人・・・。
ケーキも焼いておいたが、これが例のしょっぱいケーキ。そこまでは客の食欲が
たどりつかなかったので、えいと切って土産に持たせる。話によるとこれは、一部
では「味噌入りケーキ」と呼ばれているそうで、中に刻まれて入ってたアンチョビを
味噌と思った人がいたらしい。似ているような、そうでもないような。
今時、来客だのホームパーティーだのやる人がどれくらいの割合になるのか私には
わからない。ただ、毎年若い人達が帰ったあとで思ってしまうのは、残り物を
片付けるのはかったるいなあということ・・・。
というのは、年始客の人数が確定するのは何故か年が明けてからなのであり、
それでいて店が開いているかどうかわからないという微妙な時期。来るのは食欲を
もてあました若いオトコども。余る場合は盛大に余るのが宿命となる。たったの
3人なら、いっそタッパーでも持ってくりゃいいのによ〜と思う私は、とても
優しい上司夫人・・・???
それにしても、駅からタクシーを使うにも関わらず来るくらいだから、皆、夫の
ことが大好きである。この時とばかりに、夫がどんな家を選び、どんな生活をしてる
のかと、PCから本棚からはては道具箱の中身まで、詮索しまくってくれた。
多分休みあけには、悪気どころか、見たといううれしさそのまんまに、夫の好き
勝手な生活は皆に言いふらされることになるのであろう。来年は確かめに来る客が
増えるのか、それとも駅から遠いというので少数精鋭??のままになるのか。
どっちにせよ、あたしゃやることやるだけの話なのだが。
意外性という点では塗装してないテーブルの脚が一番ウケていたが、いやに
盛りあがっていたのが、フランスで買ってきたガラスの地球儀だった。ちょっとした
ジョークのような品物であるにも関わらず、地図の縮尺やら位置関係がおかしいのが
気になるらしい。
しかし、「こういう認識、なんでしょうか。」といわれても、日本人だからって、
47都道府県全ての位置関係と大きさがわかっているとは限らないのと一緒、という
論点で攻めていくべきなのか、それとも値段と品質という話にしちゃうべきなのか。
(これは安い飾り物であって、社会科の教材ではないのだよ〜ん、てか。)
そして優秀にしてマジメなエンジニアどもは、掛け軸の話となると、自分の座右の銘
について、しば〜〜らく悩んでもいた。座右の銘を考えつかないということは、
自分の人生に対するテーマを言葉で持っていないということになる。せっかくなので
ほったらかす。座右の銘なんて、ないよりゃあった方がいいに決まってるのである。
翌日、目が覚めたら久しぶりに二日酔い気味だった。ついでに風邪もひいていて、
治すのに丸々一週間を使った。1月上旬がぶっとんだ。久しぶりのゴミの収集日に
酒を数えたら、地ビールの1リットル瓶と、ワイン関係が9本、カラになっていた。
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30日に実家に電話したら、出なかった。
正月支度を終えて、食事にでも出たのかと思っていたら、さにあらず。
後で聞いたら、モチ作りの真っ最中で、電話に出る暇などなかったそうなのである。
モチ、そういえばそういうものがあるのを私は忘れていた。
だって、キライだもん。だからウチは毎年、モチなし正月なんだよ〜ん。
しかしあれは、好きな人は大好きだ。年末にスーパーに行ったら、鏡餅を
選ぶのに親子でモメているのを見た。小学校も低学年とおぼしきオトコの子が、
「ダメだよ、こんな小さいのじゃあ。」と、親にクレームつけているのである。
親は親で、必死である。
「切り餅をあんなに買ったじゃないの。ね、これは飾りなんだから、そんなに大きく
なくてもいいのよ。」そのコドモにとっては、モチはどんな形をしていても、
モチでしかないのであろう。
私もモチはキライだし、夫も別に食べたいとは思っていないらしい。
ただ、鏡餅だけは飾らないわけにはいかないと思っていて、いつもなら小さく
済ませるものを、今年は下手に床の間なんてあるものだから、大きいのを
張りこむことになったのである。
張りこみはしたのだが。真剣に困っている。食いたくないのである。
いっそあのモチ好きのコドモに、持って行ってもらいたいのだが。
誰か、欲しい人・・・いないよなあ、いくらなんでも。