湯涌温泉のそーゆー誘惑

  西暦2000年の3月8日、もう終わりかと思っていたのに、また雪になった。
普段なら家の中でおとなしくしているのだが、今年は転勤かもしれず、雪も最後と
くれば話は変わってくる。最後の雪を堪能するよすがを考えたとき、以前一度行った
きりの湯涌温泉の総湯(温泉の共同湯:入湯料300円だ)を思い出した。

  金沢市湯涌(ゆわく)温泉は、うちから一番近い温泉場だ。車で20分くらい。
しかし、雪の日に出かけようとなると、ちょっと大変。まず、駐車場の雪かき。
それから、車の前と後ろのガラスの雪を落とす。もちろん、屋根も。手抜きをして
屋根の雪を落とさずにいると車内が暖まるにつれて走行中にじわじわと雪の塊が
シャーベットとなってフロントガラスを滑り落ちていくのを見ることになる。これ、
すっげー邪魔!!

  その他、後ろの方に雪を残しておくと、走行中に雪が落ちる。これが道に落ちる
くらいならいいが、風に乗って後ろの車にかかる。私も、きゃー前が見えないー!
というような目に何度あったことか。(^^;)
だから落とせる雪は落としておかねばならない。で、落とすのは当然車の両側、前後
なので、下手に雪を積もらせすぎると落とした雪をまた除けなければならない。

  で、それらをあんまり丁寧にやってると、落とすそばから雪がつもって、さて出発
というときには既に最初に落とした場所にまた積もっているということに・・・。
その日はそんなに雪は積もってなかったので助かった。

  ちなみに、うちから近いということは金沢全体からも近いという意味である。
湯涌温泉の某板前氏によれば、「近場の湯治場ですからねえ。たとえば食事なぞは
ごちそうはいいから普通よりちょっとだけいいものを、と言われます」とのこと。
これってもしかしてごちそう作れって言うよりキツイ要求ではないのか。

  このへんでニホン旅館のハシゴでもしようもんなら、毎晩毎晩、ズワイガニと、
茶碗蒸しに天ぷらに小さな鍋(固形燃料でじわじわやるやつ)、の類を出される
ことになる。が、湯治ともなれば毎日同じところに泊まるわけで、だからカニや
エビでごまかすわけにはいかないのね。

  誰か同じ日本旅館に1週間続けて泊まった人はいないかー?と聞いてみたい。
能登の料理民宿では連泊の常連客にカレーなんか出してやってて、なるほど民宿
なりのおもてなしのやり方というのはあるもんだなと感心した。

  で。話は温泉なのだった。
初めて行った時は、ダンナの長湯がみょ〜に早かった。聞いてみればあまりに混んで
いて、狭くて面白くないのでさっさと出てきてしまったのだという。行こう行こうと
誘ったのはダンナの方だというのになんと皮肉な。女湯の方にあった露天風呂も、
男湯の方にはなかったらしい。

  露天風呂ったって、虫が入ってくるという理由で周囲は網戸で囲ってあるし屋根も
ある。が、網戸を通して外気も入ってくれば景色も見える。風呂場の後ろは崖になっ
ていて、その上には樹木や竹薮が見えた。崖には少しながら前回の雪も残っていた。
それで私の方は珍しく長湯になったのだった。人も少なかったし。

  そんなことを思い出しながら車を走らせる。雪道の運転は最初はびびりまくって
いたが、やってみればなんてことはなかった。単にゆっくり走ればいいだけのことで
ある。元々私達が行くのは管理された道路だ。こちらで冬期管理出来ない道路はと
言えば、「冬期通行止め」となる。湯涌への道はそのへんの道より立派である。
トラックが普通乗用車を追い越して行く。つまり、職業運転手にとっては、こんな
のは雪道ではないのだ。

  300円支払ってお風呂に入る。降る雪を見ながらの温泉である。ふと、お酒なんか
あるといいよなあと思ってしまう。お約束の燗酒もいいけど、こないだ飲んだ萬歳楽
のしぼりたて(冷や、ざんす)なんぞ思い出す。つまみはしゃもじ屋のホタルイカ
の塩辛が良くて、などと勝手にメニューをこしらえてしまう。でもそれじゃ、あっと
いう間に酔ってしまって、湯あたりしちゃうかもしれないなあとまで考える。←バカ

  時折風が吹くと、崖の上から、竹に積もった雪が塊で落ちていくのが見える。
温泉の中でそんな風景を見ていると、自分が別のものになっていく気がする。が、
これから私は濡れた身体をタオルで拭いて、鏡を見て髪を直し、また服を着て車を
運転して家まで帰るのだ。私はどちらの世界の存在に驚いたらいいのだろうか。

  このへんの雪は「重い」ということになっている。重い雪だから庭木に雪吊りが
必要になるわけだが、こちらに来て本当に重いと実感したのは、雪が降った後、竹薮
の横を通ったときだった。竹はしなるから強いのなんのと言われているが、雪の
重みであちこちで簡単に折れていたのだ。崖上の竹も1本縦に長々と裂けていた。

  翌日も温泉に行った。何がすごいと言って、前日より雪が増えていたということ。
こちらの人にしてみれば、降り続ければ積もるのは当たり前なのかもしれないが、
何度も書くが総湯の裏手は崖なのである。そこの崖に雪が積もり、ぼやっとしてると
雪崩れが起きて、雪に埋まりそうになっているのだ。が、それはそれでまたいい景色
だった。

  3日目になるとさすがに雪はやんで青空となった。
総湯は朝7時からで、こりゃうまくすればダンナを温泉に入れてから出社させること
が出来るなと考える方も方だが、折りよく敵に夜勤が入った。で、青空と雪景色の
組み合わせに連れ込むことが出来たのだ。ダンナは今度は小一時間も入っていた。
人が少なく、おまけに横になったスタイルでお湯につかる場所があったのだそうで。

  こちらはと言えば、早めに出たおかげで、20分も待ってしまった。
女湯はと言えば、崖の竹の間から陽がさしていた。雪は昨日にもまして積もり、
外の椿の葉からは融けた雪がつららになって垂れ下がっていた。そして、風呂には
他に誰もいなかったのである。

  だが、そんなことはまた行けばいいだけのことである。雪は当分残っているだろう
し、雪が融けたあとは今度は春の湯涌を堪能すればいいのだった。
わっはっは、どーだうらやましいか。
yuwaku.jpeg - 23,358Bytes