年の暮れ(1)

「クリスマス」と聞けば、私の頭は勝手に「ティファニー」と答えてしまう。
ティファニーに何らかの思い入れがあるというわけではなく、たんに、そういう世代
なんである。そして現代は、余程がんばって避けてみたところで、ブランド物と
無縁でいるのは難しい。

当のティファニーの、何故か私が持っている品は、友達がくれたブック・マーク、
つまり栞、である。身を飾る品物でないところが私らしいが、もっと私らしいのは、
いつも並行して本を読んでいるせいで、逆に銀の栞の出番がないところかもしれ
ない。

ところで、この銀の栞はりんごの形をしている。
今、気がついたのだが、りんごの形なのはつまり、「知恵の木の実」であるということ
で、ティファニーはさりげなく意味を持たせているわけなんですね。ははははは。

その昔住んでいた世田谷の社宅近くにあった安売り酒屋は、クリスマス近くになる
と山下達郎の曲を延々と流していた。あの選曲、未だに不思議でたまらない。
「きっと君は来ない〜」で始まる、あの歌詞。あんなの流して、どうやって
クリスマス用のワインやシャンパンを買わせようというのだろうか。今頃も
流しまくっているかもしれないなーと思えば、「やめろ。」と言ってあげたい。

その昔、「うちの寺では、檀家の皆さんを招いてクリスマス・・パーティーを
やる。」という話を聞いた。先日読んだ本では、「母はクリスマス・ケーキを仏壇に
お供えし、御先祖様に家族一同息災でクリスマスが迎えられることを感謝している」
とあった。・・そう言えば実家では、クリスマス・ケーキの置き場所は神棚だった。
神棚もケーキも、迷惑だったかもしんないが、冷蔵庫には入らず仏壇だと抹香くさく
なるから、という理由だった気がする。

それにしても、クリスマス・カタログが届く頃になると思うのは、日本人に生まれ
て助かった、ということである。毎年プレゼントを考えなきゃならないだなんて
うざったいことこのうえない。あれに比べりゃお歳暮は、ちょろい。
クリスマス・プレゼントに「サラダ油」や「お醤油」ってことはないもんねえ。

今年のうちのお歳暮の傑作は、「蟹かりんごか?」と聞かれて「りんご」と答えた
夫のイトコだ。いい生産者を知ったおかげで、数にして50個くらい届いたはず
である。あれは嫌がらせではなく、誠意、であった。いやほんとに。
あそこんち、来年もりんごかなあ、やっぱり。

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今年もまた、夫の会社では忘年会がある。
忘年会と言えば、自分の年齢を忘れて大騒ぎする集まり。いや、冗談冗談。
その年のことを忘れて大騒ぎするんだよね。どっちにせよ騒ぐわけだが。(;^^)/

実際、男しかいない無礼講となると連中はろくでもないことをやるらしい。
ある年なぞは、酔ってスリッパで池の鯉をばこんばこんと叩いてる人もいたとか。
それを聞いた私は血の気がひいたが、知人(男)は、「そんなの、まだまだ!うちの
会社の忘年会では、池の鯉を捕まえて、温泉に放しちゃいましたよ〜。」 げっ?

「・・・そしたら鯉、すっごく元気になっちゃって〜!」って、おいこら。それを
元気になった、と表現していいものなのか。まったく、ろくでもないったらありゃ
しない。参加したくはないが、もっと詳しくお話を伺いたかった。鯉は一体誰が
発見して、誰が池に連れ帰ったんだろう??風呂に鯉がいたら嫌だよなあ。

去年の夫の会社の忘年会の中身は普通だったらしいが、代わりにというわけでも
なかろうが、その晩大雪が降った。泊りがけだったので、そこから出社しなければ
ならない。地元の人間ならまだしも、雪なんて関係ないとこから来た人間だっている
というのに。夫、雪道の運転に疲れきって(多分同乗した人達も)無口になって
帰ってきたものである。

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万事面倒がりの私に、自宅でのおもてなし、だけはついてまわってきた。
慣れてない頃はあちこちに被害者を作った気がしないでもない。まあしかし、それも
そろそろ時効だろう。こういう罪が時効になるのに何年かかるかって、たんに通常
の女の人のコースを私もたどってきたんだよん、というだけの話である。

最近は、勝手にさせてもらえる限り、料理に問題はなくなったと思っている。
問題が残るのは人格の方で、おかげでたまに「気詰まりな客」というのが出現する。
うちに来るようなのは皆、真面目で、どいつもこいつも学級委員タイプだが、分け
てもそいつは格別だった。

何せ、理屈として通らないこと、道徳的に問題があるようなことを言うと、
生真面目にして優秀な彼の顔色が変わるのである。さすがに説教こそくらわないが、
(あたりまえだっ!)視線が既に説教している。何が嫌って、その視線で説教の中身
を組み立てられる自分がいや〜。

彼の前では、とにかく何とか、どんな話でも、倫理的に問題がないように終わら
なければならないのであった。建設的でなお前向きな酒席の馬鹿話、ってどんなんだ
一体?そして、そんな彼に限って何故か毎回メンバーの中に「いる」のであった。

結局、この、どこかの家のムスメの婿に欲しがられそうな好青年は、「早く東京に
帰って、また僕にゴハンを作ってください。」と夫に言づてて東京に転勤した。
ほー、冗談言えるんじゃん。へー、そういう甘えんぼをする奴だったの。

ボタンの掛け違いという言い方にしてみれば、私と彼とのボタンの距離が多少
縮まった一言ではあったが、出来れば最初からソレでいってほしかった。
こいつは夫が好きだった。私は時間をかけて品定めされていたのである。

ところで、正月こそ「お年始」を受けねばならない。だというのに、ここ半年以上、
私はお客を招んでいない。良いお店に恵まれたのをいいことに、さぼりまくってきた
のである。おかげで私、今やはっきりきっぱりおもてなしのやり方を忘れている。

管理職と言えば単身赴任なのに、今年はもう1軒、奥様ともども赴任なさっている
ところが、ある。てことは、比べられないわけがない。うちの場合、料理の
コレステロール値、アルコールの量と種類に関してだけは勝算があるのだが。

うちの夫は、「毎回同じお皿では・・」と言った私に、「誰もそんなもん見てないよ!
乗っかってるものだけが大事なんだ!」と言い放った前科がある。
確かにお皿をひっくり返して品定めされるよりはマシだが。
だがだがだが。