うちのワイルド・ライフ

  母親から、はしゃいだ声で電話があった。
5万円もうけたという。何をどうしてそんなお金が入ったのかと言えば。
唐突で申し訳ないが、実は、イノシシが売れたのである。

  そう聞けば、お宅ではイノシシの養殖(肥育?養猪??)なさってるの?
と聞かれるのかもしれない。そりゃ違う。もちろん、違う。
うちの田舎では、勝手にイノシシがやってきて、獲れてしまうのである。
それじゃ、お宅はそんなに田舎にあるの?と聞かれるかもしれない。
違う。・・・いや、違わないか。だが、田舎ではあるが、山奥ではない。

  なんでイノシシなんか出るようになったのか、それは私にはわからない。
イノシシ達は元々ずっと山の方にいたはずで、20年ほど前は、イノシシなんて
本当の他人事だった。が、いつしか過疎化が進み、最初はサルが出て畑(どころか
冷蔵庫の中まで!)を荒らすという話だったのが、こんどはイノシシまでやって来る
ようになったのである。

  イノシシの気持ちはわからないでもない。畑のミカンや白菜の方が、山のちっぽけ
な幸より好ましいことに間違いはないからだ。いやもう、食うとこ多いし、探す
手間ははぶけるしい〜??ま、あたしゃイノシシになったことはないし、イノシシに
インタビューしたわけでもないけどさ。

  山が杉山だらけになってどーこーという、エコロや生協が好きそうな話をしたがる
人もいるかもしれない。が、それだったらもっと以前に出ているはずである。何は
ともあれ奴等は知ってしまったのだ。ははは。イノシシへの同情論もあるかもしれ
ない。が、うちのイノシシによる損失を知れば、誰も何も言えなくなるものと、期待
している。(世の中無茶な人が多いらしいから、期待する、にとどめる)

  結局、うちの父親は罠の免許をとった。
実家は集落の一番奥、山のキワにある。山ったって20分で越えられるような山で、
おまけにその向こうは別の集落だったりするのだが、イノシシの通り道というのは
その、あまり人が通らない山であり、そのどーでもいいような山というのが、
うちのものなのである。

  ということは、どういう事かと言えば、猟師が鉄砲かついで訓練した犬と一緒に
何日も野山を走り回ったところで獲れないイノシシが、うちの場合、横に
なってるだけで勝手にやってきて、罠にかかるようになったということである。
惜しむらくは、イノシシがあっても、販路がないということで。だが、幸いうちは
田舎にある。

  田舎というのは、実は水面下のお裾分けコミュニケーションがすごい。
一部の地域を除いてフツーはそうであるように、うちの田舎も、お店でイノシシの
肉は売っていない。販路がないってのは致命的なはずだが、うちは田舎であり、
限られた人々の間でしか手に入らないイノシシは堂々たる珍味であり・・・お返しは
伊勢エビ・クラスだと書けばわかってもらえるだろうか?

  そう聞けばうらやましがる人もいるかもしれない。が。何も伊勢エビなんぞ無理
に食べなくたっていいのである。真面目に作った野菜をお金にし、普通に生きて
いければいいのだ。だーれがイノシシなんぞの為に野菜なんか作るもんか。
何十年もかけた果樹だって、イノシシのせいで、もうボロボロなんだぞ!!

  獲れたイノシシはどうするか。まず、殺す。私が実家に帰ってるときに獲れた
ことがないので見たことがないが、とりあえず銃持ってる親類のオジサンに電話
して、バーンと殺ってもらう。それから解体する。

  うちの母親は、初めて解体を見たときには、吐いたそうである。このへん、初めて
の解剖をする医学生みたいで中々カワイイ。が、好きでイノシシの解体を志した
わけではないので、平常心でこなせるようになるまで、3年かかったらしい。
今では「おーい、かかったぞー!!」と言われれば、すぐさま包丁を研ぐように
なったという。ちょっと時間はかかったが、えらいぞ、かーちゃん!

  で、イノシシはお裾分けコミュニケーションによって現金にはならずとも
これならしゃーないかなー、という程度の利益にはなってきたわけなのだが。
で、その日突然、知人の紹介を名乗る人が現れて、獲れたてのイノシシを1頭丸ごと
5万円で買ってくれた、と。

  なんだかんだ言っても、現金だ。
しかし、何kg のイノシシだったのだろう?丸ごと買ったからには、内臓から骨
から、色々試す気なのだろうと母親も言ってたが、私もそう思う。
そういうチャレンジ精神あふれるおやぢには、是非、お友達になって欲しい気も
する。(アッチ方面に気合い入ってるだけの恥ずかしいおぢかもしれないが )

  いやしかし、長かった。そして、損害を思えばモトがとれることなど決してない。

  蛇足だが、フランス料理の最高峰、鳥獣料理の素材としては、そのへんの畑の
白菜やらミカンやら食って太ったイノシシなんてのは、いまいちなんだそうである。
ジビエはあくまでも野山をかけめぐって育ち、そのお腹を満たすのはドングリ関係
でなければいけないのだそうで。

  ま、ギョウザやミラノ風カツレツにするくらいなら十分にうまいと書いておこう。
田舎の人々も、最近ではイノシシに慣れてきて、「イノシシだなんて、気持ち悪い」
から、「イノシシは美味しい」ということになってきたのだそうである。めでたい。