重たい小旅行:2
9時に寝れば、朝6時に目が覚めるのは当然のことであった。
目の前は、海。おお、昨日目の前に停泊してた漁船も、今はいない。今朝はどんな
水揚げがあったのだろう。そうね、あがるといえば、ドザエモン?ちょっと寒い?
部屋の窓からは、隣の家の屋根が見える。屋根の上にはトンビらしい鳥が
3〜4羽いて、何やらついばんだり、ちょっと羽づくろいなんかしている。
トンビの休憩所といえなくもない。
昨夜着たときには何か折り紙着てるみたいだなと思った激しくノリが効いた
浴衣を着替える。後ろの襟のあたりなんて、やけに深いということもあって、
ムチウチ症のギブスみたいだった。それはそれで面白かったけど。
で、着替えようとするとどうもくつろぎ中のトンビと目が合ってしまって。
気のせいかな。気のせいだよね。自意識過剰かもしんないな。トンビに見せたく
ないというのも変だけど、やせ我慢して考えないようにして着替えるというのも。
で、朝食。さすがにタマゴかけゴハン一つ、ということはなくて、フグの干し
たのとかノリとかお漬物くらいは、つく。まあ、このお漬物手作り。その証拠に
ひなびてマズい。でも、干物はうまい。全てにわたってほどほどなのが、いい。
お勘定は、お酒やら何やらひっくるめて二人ぶんが 16000円ほどだった。ほどほど。
宿を出たのが
8時。漁村から出る道は、出勤用の車で混んでいた。
旅行用の私鉄各駅停車的にてろてろした運転とは違い、敵さんたちは中央線快速。
一応遠慮して、後ろに3台車が溜まったら脇に寄って先に行ってもらうことにする。
おおっ、素晴らしい!軽自動車がトラックを追い越していったぞ。
途中、柳田村の国民宿舎でコーヒーを飲む。時間が早いので、どこも開いて
ないのだ。温泉が、400円。しばし迷ったが、やめた。また走り出す。とにかく、
天気がいい。あちこちの庭には赤いツツジを植えていて、これが柳田ツツジだっ
たか?赤いツツジの他に黄色いのも楓も植えていて、石垣には芝桜で、とにかく
とにかく春らんまん。
春らんまんの道を、大きな毛虫が横切っていくのを、何度も見た。
親の与えた環境では、もはや満足できなくなったのか。しかし、この場合の青雲の
志ってやつはちょっと危険すぎないか?ともあれ、奴らはけっこー早い。本当に
「スタスタ」という感じで用ありげに道を渡っていく。誰か、時速どれくらいなのか
測ってえええーー。
時国(ときくに)家をめざす。時国家というのはその昔のこのへん一帯をとりしきった
豪農であり、わらぶき屋根のでっかいお家がある。上時国家と下時国家とがあって、
どちらからも歩いていける距離にある。初めてではない。下時国家の隣には、黄色い
プリムラ(vulgarisだと思ってたけど違った
^^;)を増やし放題増やしてる家があったこと
を記憶していた。
下時国家の隣家では、おばあちゃんが一人草をとっていた。「この花、すっごく
きれいですねー。」と言うと、「ああ、手間ばかりかかってね。」「そんなー。写真撮っ
ていいですか?」「こんなオバアを撮ってどうする。」「そんなことないですよー、
きれいじゃないですかー。」はっ・・今、「オバアを」とおっしゃって?
うわー、ごめんなさいー。
その家の前にはため池があって、その横にもなぜかアジュガや西洋オダマキや
プリムラが雑草に混じって咲いていた。植え場所に困って、こんなとこにまで植え
ている、なんて言い方は私には出来ない。で。時国家の方はどうしたの、と言わ
れるかもしれない。いや、だからその、その隣の家を見に行くために寄ったのね。
夫はこの時国家に、人間の生活を感じることが出来るらしい。で、広がる
田圃の向こうがわの集落からこの家がどう見えるのか、見てみたいと言う。つまり
小作農からの視線で見ようとしたわけだが、行ってみたらそちらの集落の家々も
また、素晴らしかった。
中に、倉の大きさもさりながら、わらぶきの大きな家がある。近寄ってみたら、
それは個人美術館だった。案内によれば、中学校の教科書に載ってるようなビッグ
ネームのコレクションの数々を収蔵している。なんでこんなとこにこんなもんが?
時国家もさりながら、そこは天領(幕府直轄領のこと。九州では日田がそれに
あたり、いずれもそのへんのイナカものとは違うというプライドがあったらしい)
であるこの一帯を治める家であり、東郷くんも乃木くんも来たことがあるらしい。
彼らでさえも、その近くにきたら顔を出さずにはいられなかった家、なのである。
で、これはそういった家の当主のコレクションを見せる美術館なのであった。
展示を見る為に呼び鈴を押すと、わらぶき屋根の母屋から出て来たのは人品卑し
からぬ奥様であった。そして、結局は自分の家にいるというくつろぎを感じさせる
格好。うーん、どう見ても当主夫人。
25代続いたという家の展示品は素晴らしかった。というか、お金と暇の正しい
使いみち、って感じ。しかし、その美術館の内容をいきなり安くしてるのが
「XX探偵団」の取材を受けたときの写真、の展示なんである。夫人が紹介されたときの
雑誌も。個人美術館ゆえ、マスコミのお墨つきでなけりゃいかんのか。それとも、
当主一家は我々が想像するよりずっと庶民レベルにミーハーなのだろうか。
展示品を見学したあとで、母屋の囲炉裏端で煎茶のサービス、がある。
行くと、当主夫人にそっくりで多少若い人が、お盆に4つの湯飲み茶碗を持って
出て来た。顔といい、お盆にこぼれたお茶の量といい、これが嫁の立場の人の仕業で
あるわけがなかった。しかし、何故4つ???
謎は簡単にとけた。このド田舎の米蔵改造した美術館には、定期観光バスがとまる
のである。連休明けとて、その日も2人ばかり来ていたのだった。その人たちと、
あわせて4つ。いやはや。
だが、彼らは時間が押しているのだそうで、早々に立ち去ってしまった。おかげで
囲炉裏端を堪能出来た。観光用にちゃんと薪をくべ、火もつけてある。当然、その
部屋全体、煤で真っ黒。蛍光燈なんてつけてないから、昼間でも暗い。天井高くて
薄ら寒い。「陰影礼賛」を地で行っている。
他の部屋がどうなっているのか知らないけど、これを維持管理するのは大変だろう
なあというのがこちとらの感想だった。小市民レベルの疑問も次々に湧いてくる。
昔はどれほどのお家だったのかというのはとても良くわかった。が。今は一体?
美術館以外にどういった収入がおありなのかとか、目の前のお嬢さまのお婿さんは、
とか。あうう、余計なお世話とはこのことねー?
金沢、加賀の美術館ガイドを1冊買って、出てきた。
いやしかし、いいもん見させてもらった。人間誰しも大河小説を背負ってると言えば
その通りだが、それが何とわかりやすいお家だったことか。
近くには、東京にしてみれば家3〜4軒分くらいの土地にのんびりと好きな樹木を
植えて遊んでいる家があった。その土地は杉山のキワにあって、杉山にはシイタケ
の原木なんぞ置いている。こ、こいつ・・私をヨメにもらってくださ〜い!
海岸の道を行く。千枚田を通り過ぎる。ここの千枚田は、驚くほど海に近い。
風も強いのに、一体稲というものはそんなに塩に強いものなのかと不思議になるほど
である。そして、不思議といえば、そう聞けば誰しも必ず「お握り用の米を作って
いるんだよ。」と答えることだ。頼むから、もうそれは言わないで。私も聞かない。
千枚田の山側の集落の
1軒では、人なつこく好奇心に満ちた猫を飼っている。
何でそんなことを知ってるのかと言えば、1昨年来たときに首輪をしたそれが
私達を見物にきたからである。あの猫は今どうしているのか。かわいかったけど。
もちろん、さっさと通り過ぎたのであるが。
途中、北前船資料館がある集落に入る。海辺で風が強いので、なにもかも板塀で
囲ってある。どの家も、同じ板塀で、潮風に洗われたそれは灰色に変色している。
全てを板塀で囲ってあるので、ただでさえ大きな家が、余計に大きく見える。集落に
面した道路の向こうは海だというのに、1本入った内側の道の方が潮の匂いが強い。
能登には、関東ではもう読めないような大河小説があちこちに転がっている。
昼ご飯を食べに寄った海辺のフランス料理屋は、結局定休日だった。
レストランの隣には木彫工房だったか染色工房だったかがあって、そちらから
女の人が出てきて、「すいませんね、看板がそのままで。」と謝った。女の人は男の人
2人と一緒になって道沿いに出してあるレストランの看板も直していた。
また少し走って普通の食堂に入ったら、その人達がいた。わらぶき屋根のお寺、
本誓寺なんか見てるうちに、追い越されたらしい。4人は不思議な人々で、見るから
にクセのある、「皆様とはそこそこ親しくしてますけど、私自身はこの土地の一般人
ではないのですよ」的に作務衣を着てる人もいて、一体全体どんな集団なんだか。
大体、お勘定は「別々」だった。
帰りつくまで車内の話題は、彼らについて、だった。
おわり
追記:
寺の前に落ちてたカワハギは正しくは「ウマヅラハギ」だとのご指摘が知人
よりありました。もののついでに、地元ではカワハギを「ハゲ」と呼んでいて、それを
聞くにつけ、ある種の感情が呼び覚まされるとのことでした。ちなみに大分では、
カワハギの皮をまるごとはいだものを「まるはげ」と呼んでいます。しかしご存知の
とおり、私はハゲが決して嫌いではありません。なんのこっちゃ。
メールを下さったかたへ。
チューリップ・フェアのあの画像の中の女性は私ではありません。
これって間違われるんじゃないかと思いましたが、ま、いっかー、なんて。夕食の
向こう側が、私の手です。あと、オーリキュラくらいはお出ししますから、とりに
いらしてください。その時には北陸メンバーと、中華料理を食べましょう。