重たい小旅行
金沢に住む機会を得たのだから、力一杯楽しむつもりでいる。
そんな私の為に(えっ?)、GWの代休がやってきた。行く先は、能登半島。
1泊。泊り先は能都町の料理民宿「かね八」。ちなみに、能都町は能登半島の地図で
見れば右側、富山側を2/3のぼったところにある。
そのまま行ったらすぐ到着してしまうので、礪波のチューリップ祭りを見てから、
能都町を目指すことにする。礪波へは、田島町、医王山(いおうぜん)越えルートで
行く。運転するのは私。自分ながら、山道にいやに詳しいのが笑える。
あまりに新緑が美しいので、車の窓を拭かずにはいられない。
山道の溝は、たかだか「溝」のくせして大量の雪融け水が急流を作っている。あまりに
急流なので、雑巾が流されそう。下手に「もみ洗い」などという積極的な行為をしよう
とすれば、水が顔にはねかえる。水、きゃーというほど冷たい。
浅野川では加賀友禅の糊を洗い流すために友禅流しをやっているが、浅野川に
こんな勢いがあったなら布地を傷めてしまうにちがいない。あれはそこそこのゆるい
流れであることが必要なのだということが、今更ながらにわかる。
また、走り出す。福光、砺波。って地名を挙げたところでなんのことだかわかる
まい。福光というのは散居で有名なところで、広い平野、田圃の中に道があり、その
道の行き着く先がどこかの家となっている。家の周囲には木立を作り、昔はそれで
薪もとったという。家と家は道の行き着く先にあって、離れている。
福光の田園風景は私の大好物である。GW直前には田に水が張られ、そこに
家や周囲の木立が映る。庭にはただの、普通の、赤や黄色のチューリップが揺れて
いる。富山はチューリップの球根の産地で、気候にしてからがチューリップに向いて
いる。多分あれは植えっぱなしではないかと思うのだが、確かめたことはない。
一番美しいこの季節には、福光の風景の一部になりたいとさえ思う。その田に
この手で稲を植えたい。・・・もちろん、いまどき平野の田植えを手ですることは、
殆どない。機械植えで欠けた部分に補充するのみである。そして、どこの馬の骨とも
知れぬ奴を大事な田に入らせるはずもない。わかっちゃいるんですが。
砺波(となみ)、チューリップ・フェア会場。実は会期は5/7日の昨日まで、
今日からは無料なんである。うふふ。ただし、物売りは既にいなくなっているし、
撤収が始まっているので邪魔にならないようにねという但し書き付き。
しかし、一度は見ておかねばという気持ちはあった。
そして、「まーこんなもんじゃないっすかー。」というのが、感想だ。
本家オランダのキューケンホフ公園では、もっと広いがそんなのを云々してもしょう
がない。違うのは、根性とか気合いとかいう部分である。キューケンホフでは、
チューリップは会社ごとにまとめられ、会社の名前と品種名の立て札がついている。
富山の場合、会社名や生産者名、組合名を入れなくとも(入れてもいいけど)、
しかし最低限品種名は入れてくれなきゃなあと。でないと、消費に結びつかないじゃ
ないかって、どーして主婦にそんなこと言わす?やれやれ。せめて日本で育種された
チューリップくらい、きっちりと表示してもらいたかった。
会場から外に出ると、会期中はチューリップ狩り
させていた場所を無料開放していた。チューリップが、球根ごとタダでもらえるのである。
花が着いてるくらいだから、球根はまだやせているのかと思いきや、余所の人が掘ってるのを
みたら、充分に太っていた。
砺波をあとにして、能都町に向かう。余所者の私達は、道は山の方を選ぶ。何が
美しいと言って、昔ながらの家々が立ち並ぶ集落の一つ一つがたまらなく美しい。
庭に植えた単純なチューリップ、プリムラ、芝桜やツツジ、楓が風景を彩っている。
まあ、小さな美しい集落。同じ様式の家が立ち並んでいるとこんなにも・・・。
ちがった、全部で1軒だ。母屋、離れ、隠居所、車庫、倉庫、倉、ってとこか。
全ての建物が白壁で、その上に黒い濡れたように光る瓦を乗っけている。
和倉温泉の仲居が言うことには、「このへんの人は、普段つましく暮していて家に
お金をかけるんです。食事なんか、油揚げを3つに切って、今日、明日、明後日と
分けて食べるんですよ。」・・・んまあ、そこまでして美しい家並みを見せてくれる
のねっ!?もっと粗食に耐えてくれても、あたしゃ何の文句もないぞ。
ついでに言えば。土地の人はあれが普通なのだろうが、こちらの油揚げは異様に
大きい。関東のの3倍くらいあるのだった。これって、本当。だからその、仲居の
「まあいやだ」的な口調はあまりピンと来ないのである。しょせんはよそ事だしなあ。
砺波から結局
3時間かけて、能都町。「かね八」は、網元の屋敷だったところだそうで、
目の前が海、津波とか大潮とか関係ないのかと聞きたくなるようなところにあった。
かね八は料理民宿という名前をつけていて、能登ではこういうところがコスト・パフォーマンス
がいいのである。
普通の旅館に泊まったところで、刺し身、天ぷら、小さい鍋、その他色々ってところで、
大きなお風呂くらいはあるかもしれないが、総湯に行きなれていると、もはや珍しく
もなんともなく。前夜山ほど食べて飲み疲れれば、翌朝の朝食が立派なのも迷惑の
うち。朝食にはたまごかけゴハンが1つあればいいと書いたら、大顰蹙だろうか。
色々品数を並べたところで、冷たかったりすればシャクにさわるだけ。
わたしたちにとっては。
民宿の何が嫌われると言って、今どきなら掃除の行き届かないところだろうか。
私は最低限をクリアしてあれば文句はない。あまり。で、能登に行くとなれば料理民宿
を希望してしまう。民宿が好きとか言うのではなく、もはや旅館やホテルである理由が
思い付かないだけの話なのかもしれない。いやほんとに。
食事前に、周囲を散歩した。生のカワハギが一尾、寺の前に落ちていた。上手に
身だけ食べてあった。私より上手だ。鳥の仕業だろうけど。潮の香りのする集落の、
あちこちの家で山野草やツツジ、盆栽を栽培していた。何故か海辺ではチューリップ
よりこちらの方が似合う。パンジーは山野草よりうら寂しい。
食事。画像の通り。イカがうまいっ!!刺し身も当然うまいが、切り方のいちいち
がそのへんの海辺のおばちゃんの仕事ではない。小さな貝がらの鍋の中身は、いしる
(しょっつる)をダシでのばしたもの。酢味噌の中身は、クジラ。これもうまい。
鯛の塩焼きは冷たいが、ま、しょーがない。味噌汁にはゴボウの細いのが入っていて、
その底にはメギスのつみれが沈んでいた。あううう・・、どうしよう、うまいわっ!
民宿のおばちゃんに言うと、
「そりゃ、ここには板前が2人いますから。」だって。
ここは仕出しもやっていて、GW中はミレニアム結婚の結納やら法事やらで、すごく
忙しかったらしい。なるほど。
民宿のトイレは、当然のことながら、ドアが男性用と女性用の二つに分かれて
いた。だが、開けてみたら中身は一緒だった。女性用のドアを開けたのに男性用の
トイレが3つに女性用が1つ。一瞬まごついたが、そう言えば昔温泉でも同じよう
なのがあったらしくて。しかし、その日は2組しか客がなかったので差し支えはなか
った。運転の疲れもあって、9時には寝た。