世紀を越えて
基本的に、今日は昨日の続きである。今日の翌日は明日、である。
だというのに、いきなり新世紀!何か抱負でもでっちあげねばならないのでは
ないかと悩んでしまう・・・こともなく、新世紀を迎えてしまった。(^^;)
大体このトシで抱負だなんて気恥ずかしい。いっそ、野望と言い換えようか。
どっちも恥ずかしいことに変わりはないな。
寝言はともかく、今年も新年会をすることとなった。
年始客というのは夫の会社の若い人たちで、正月にも関わらず業務でお家に帰れない
人々にせめて温かいものでも振舞ってやろーということで、毎年松の内に行う。
事情が事情なので、妻帯者は自動的に排除される。お店が開いてなくて食いつめた?
若いもんしか呼んでやんないのだ。
去年の正月には、「昨日まで3食カップラーメンだったんです〜!ここはまるで
天国のようだ!」と喜んでくれた奴がいた。・・・少し言葉を考えた方がいいと思う
彼は、今年のご招待からは排除された。めでたく妻帯者、となったからである。
良かったなあ、2度と来るんじゃないぞっ!(;^0^)/
何をお出ししようかというのは毎年の悩みである。
今年は金沢名物大根寿司、そして花くるみも加えた。そう書くとエラそーだが、
大根寿司は切って並べるだけだし、花くるみというのはくるみの佃煮であるから、
ちぎって盛り付けるだけだ。ご当地食とはいえ、なんだか気がひける。
ちなみに大根寿司とは、薄めに切った大根の間に鰊か鯖か鰤の切り身を挟み、
麹を使って漬けたもの、ということになる。(かぶを使ったかぶら寿司というのも
ある)さすがは発酵食品でと言っていいのか悪いのか、ともかく店によって全然
味が違う。
今まで食べた中で一番おいしかったのは、県庁近くの「いたる」で食べた大根寿司。
間に挟まったニシンのおいしかったこと。鰊なんていう魚があんなにうまいもの
とは知らなかった。ああ、また飲みに、いえ、食べに行きたい・・・。うっとり。
階下の一家は、先年夏に東京から引っ越してきたのだが、お嬢様たちが長くお世話
になったリトミック(同じ「元気」でも、道理で動きが違うと思った・・)の先生が、
何故か隠れ大根寿司マニア(ま、普通大声では言わない)だったそうである。(^^;)
嬉々として教え子(の親)の転勤先に乗りこんだ先生は親に案内させ、村上で抹茶を
すすりながら大根寿しについてひとくさり熱く語ったとのこと。・・・変なの。
宴会は5時半から始まった。年末には積もると思われた雪も結局溶けてしまい、
実は元旦から雪だるまのマークが予報には出ていたのだが、平野部の我が家では、
雪は舞うものの積もらず、積もったかと思えばほどなく溶けていくのであった。
何が言いたいのか。つまり。元旦に降り出した雪がぶんぶん積もっていくのに
あせった私は、元旦の朝から畑に車を走らせたのである。シモヤケつくりながら
ルッコラを掘り出し、これで2日のサラダ作りは大丈夫、ほほほほほ〜
と思いきや、その後すぐ雪は溶けてきてしまい、2日にはもうなかったのだ。
少し、機嫌悪い。
宴会スタート前のテーブル
お客は最大6人と聞いていた。普段2人だけの暮らしに、6人いきなり増えると
なると色々差し障りが発生する。取り分け式にすると客が遠慮するというので、
うちでは最低限のものは別々にしている。すると、食器は一そろい5つなのに、
今回に限り自分たちの分まであわせると、何もかも8つ必要ということになるのだ。
だが、お肉を出すための焼き物皿だって1そろいはあるし、実はそれに
もう1そろい、古いのが3皿・・・残りの2皿はと言えば、ご想像の通り。割った。
同じ調子で煮物の鉢だってちょうど8つ。をを、何とかなるもんだのう。
割ったのは自分たちがいただいた結婚祝いであり、それから3年後に結婚した知人
の引き出物であり、いずれも10年以上経っている。引っ越しが終わって荷物を開い
たら割れていたのもあったが、定石通り?うちの皿鉢関係も、お気に入りとか使い
やすいのから割れていったのであった。いやはや。
笑えるのがグラスだった。シャンパングラスなんか、「割ったら殺す」グラスと、
「あらお気になさらないで、ほほほ」グラスと、「シャンパンは飲み干した後、グラス
を割って祝うもんです」グラスの混成部隊。そして椅子は会社から借りてきた。(^^;)
新年会だって業務の一環だ〜、椅子くらいケチケチしないで貸してもらおう。
だが、結局客は4人だった。「割ったら殺す」グラスを、さっさと片付ける。
刺身はふくらぎ(ぶりのちょっと若いの)と鯛を1尾づつ造ってもらったのだが、
これがまた客の出身地に合わせて消費されていく。富山の人間はふくらぎを、
福岡の人間は鯛ばかりをつまみあげる。長野は鯛だった。松任は・・何でも食べた。
最初の年から来ているのは、1人。初めてみたときには細くてひよひよしていたが
まあこの人が晴れ晴れと笑えるようになって、3年目ともなればうまいことミにも
ココロにも筋肉ついたんだなと、こちらまでうれしくなってくる。
女の子が良く食う。男の子が「これ以上口に入れたら、僕は死にます。」と言って
いる横でごはんのおかわりまでしてくれる。大体、新しい料理を運び入れるたびに、
ぽん、と手が鳴るのである。口角が上がっている。そのさまを見ているうちに
なんだかおかしくなってしまって、端から運んであげたくなる。誠に失礼ながら、
お相撲さんにゴハンあげるタニマチの楽しさってこんな感じかなと思う。
今年笑えたのはこのお嬢さんのセリフであった。
「結局アンタはね、道端の柿をおいしそうだと思ってもいで食べたら渋くて死にそう
になったという経験をしてないのよっ!」
なんであんな話になったのかはわからないが、言われた相手はなるほどコドモの頃
であろうとも道端の柿になど手を出しそうには見えず、彼女の方こそは今でも時々
やりますと言われても何の不思議もないという感じで・・・。いいぞ、好きだ。
そして今どきの子供は、道端の柿になど手を出さないらしい。ヤバいながらも
楽しい思い出?を持つオトナ達は、そんな子供達が不思議でたまらない。オトナ達は
むしろ子供達に同じことをして欲しいと思っていたりするのに。ガキどもよ、
よそんちの柿に手を出せ。なんなら私にとってきてくれてもいいぞ。
なるべくなら、品種は「富有」にしてね。
新年会の翌日。今日は昨日の続きで、その翌日は当然明日ということになり、結局
何が言いたいのかと言えば、しずこころなく、しみじみと、料理のあまり物を
片づけた、ということである。足りないよりは多いくらいの方がいいが、しかし
余り過ぎるのも考えもので、今年はちょうど良かった。うれぴー。
結局、今年一番美味しかったのは蓮根だった。
加賀野菜のひとつ、小坂蓮根。普通の蓮根と違って粘り気が強くてどーのこーのと
言われるが、「しょせんは蓮根」くらいに考えていたので、お煮しめにも軽い気持ちで
入れたのだった。まるで栗を食べているようだったのには驚いた。こんなに美味しい
なら、もうちょい少な目に盛れば良かった、なーんてね。けけけけけ。
来年はどんなメンバーが集まるのか。大体どこで正月を迎えるのか。
来年は、花くるみも小坂蓮根も出せない。半ば畑の雑草と化したルッコラを使った
サラダも出せない。だからなんだというのか。私の行く先には、別のうまいもんが
あるに決っている。でなくば・・・料理が上達するかの、どっちかである。(^^;)
いずこのお客さん達にも幸多かれと祈って正月を終えた。
いや本当に。嘘じゃないってば。
減るもんじゃなし。