再現への努力

ホタルイカといえば、富山湾が有名である。
ホタルイカは富山に生息していないように思われているが、そんなことはない。
福井にも静岡にもホタルイカはいる。ただし、富山のしか光らない。

寿司屋でそう聞いたときには、「うっそだあああああ!!」と叫びそうになった。
だが、敵を嘘つき扱いするには、まだ早い。敵を嘘つきとして認定するには、適当な
時期に福井や静岡まで足を運び、くだんのイカをホタルイカとして同定し、しかる
後に確かに光らないということを、確かめねばならないのである。それをしていない
現時点では、嘘つきとは言えない。

それにしても、本当だろうか。ホタルイカは危険を感じた時に光る、と何かで
聞いた。してみると、つんつん、とつついてみれば、「何すんのっ!」とばかりに
光るはずなのだが・・。しかし、福井と静岡で実験するなんてことが出来るわけも
なく、上記の理屈でいけば死ぬまで本当かどうかなんてわからないわけだが。
誰か教えてくれえ!

・・・・光るからかブランドだからなのか、金沢の近江町市場でも富山の
ホタルイカは概ねお高い。それで私は割とお安いような気がする福井のホタルイカ
を買っている。高かろうが安かろうが、関係ない。問題はそのホタルイカで何を
するか、である。そりゃもう、塩辛。美味しい。何も富山のでなくてもいいじゃ
ないか。塩辛が光ったら、嫌じゃないか。って、話が違うか。

しゃもじ屋でホタルイカの塩辛を食べて以来、ホタルイカの塩辛は私の愛の対象
だった、とまで書いては変かもしれないが、とにかく行くたびにホタルイカは必ず
注文し、食べていたわけだ。が。ある日を境に、これではいかん、自分で作れる
ようにならなければ!!と思うようになったのである。

何が私に起こったか。ある夜ハルカは突然に。←未だに慣れない自分のP.N.
つまり「しゃもじ屋」のやつが、ホタルイカの目をとらなくなったんである。(T^T)/
あの、なんともいえない感触が、目ん玉二つで、いきなり台無しなのであった。
背骨はたいして関係ない。口触りに問題を作るのは、イカの目玉だ。
これがあるとないとでは、えらい違いである。

というわけで、私は手作りを決心したのだが、もちろんホタルイカを産もうという
のではなく、養殖しようというのでもなく、たんに市場から買ってきて塩辛を
作ろうとしたわけだ。しかし、どうすればあのお味の塩辛になるんだろう???
問題は割と簡単に解決した。

金沢港の市場で、魚屋のオバサンが教えてくれたのである。
「これって味醂とお醤油が1:1くらいですかあ?」「んー、好みにもよるけど、
それじゃちょっと甘いかな?」ほほう、にゃるほど。というわけで、お醤油10
に対して味醂7という数字で漬け込むことが出来たのだ。

もちろん、目をとった。ホタルイカなりに眼窩の汁が、ぴしゅうっ!と音をたてて
はじけとんでくれるのは中々の迫力だったが、あのお味を思い出せばな〜んてことは
なかった。生きるって罪深いことなのねとつぶやきながら待つこと1昼夜、
翌日の夜、御近所の人々は、私の高笑いを聞いたかもしれない。

何度目かに、階下の日本酒マニアの呑んべえの奥様のところに持って行った。
奥様ときたら、「親娘4人で、ああっという間に食べてしまいました〜!」と言って
くれるのはうれしいけど、お宅の娘達ってまだ小学校2〜3年だろ?そんなもんの
味がわかっていいのか?それとも血筋ってやつだろうか?

問題は、その後「作り方、教えてください!」ときたときに発生した。
教えるうちに、暗い雰囲気が漂ってきた。あまりに簡単だったので、気を悪くした
らしい。あの感動は何だったの?と言うわけだ。だが、そんなもんである。
つまりそれが素材が良いということであり、それで済むということが近江町市場で
買う醍醐味なのだが。ま、こんなことはそのうちわかるだろう。

そして、しょせんホタルイカの味に負けただけのことはあり、彼女はあっという
間に気をとりなおしたのであった。何日か後、外で植物の整理をしていたら、
「先刻、やってみたんです!」と言う声と共に出現。何を?とは私も聞かなかった。

それはいいのだが。その後、「あれっていつから食べられるんですか!?」
あなたが食べられると思った時から、と答えそうになるのを我慢し、「明日の夜
あたりに。」と答える。すると今度は、「いつまで大丈夫なんですか!?」
・・・ううう。アンタねえ、その質問にどう答えろというの?

その質問の正しい答え方はだなあ、いきなり表を出してだ、
「そうね、私も毎日午前と午後に1つずつ食べてみたんだけど、快感曲線はこうで、
ヤバそう曲線はこの日付あたりからいきなりこうきちゃうわけ。味への慣れという
要素をどう計算に含めるかが問題だとは思うけど、このあたりに来るとさすがに
お腹を下すようになるのね。で、このへんになると、ちょっと口に出来ない。
でも、こう日付がくると、今度はいしる(魚醤)として使用出来るから、ものは
考えようかもしれないわね。」(あのー、快感曲線て、何ですかあ?)

「でもね、結局は季節と素材の新鮮さ、あと、お醤油のブランド、何よりも家族の
体調、普段の鍛え具合によると思うわ。それでかなりの誤差が発生すると思う。」
とシメることになるわけだが、いくら物好きでもそこまでやらん。そんでもって、
いしるには味醂なんか含まれていないはずだから、ホタルイカの塩辛のままいくら
待ってもいしるにはならない。と思う。

結局、「加熱してないわけだから、お刺し身のつもりで食べるのが安全だと思う
のね。量を作り置きしないでこまめに作って早めに食べるというやり方にするしか
ないと思うのよ。」と答えておいたのだが。階下の奥様ときたら、何であんな答え
にくい質問しておいて、ここで不満そうな顔が出来るのか??

彼女はそして、翌日出来たのを持って来たのである。「これでいいでしょうか?」
って、そんなん知るかあ!!いいかどうかはそっちが決めること。電話番号や、
HPのアドレスとは違うの。電話番号は、山田さんとこにかけてしまって
高橋さんのつもりで話すわけにはいかないし、HPのアドレスだって NOT FOUND だ
けど、食べ物は、アナタが美味しいと思えばそれでマル。私に聞いても意味がない。

と思いつつ、もらったホタルイカの塩辛を一口ぱっくり食べてみたら。
しょっぱいのである。何か特別なことをしたか、さもなくば、うちのと違って醤油の
塩分が多いのだろう。ちなみにうちのは、金沢は大野町の「こいくち直っぺ」。

変な名前だが、会社の名前が直源醤油、だかららしい。エラそーに食べ物の話を
書いているくせに、私ってばスーパーでぼけっと無批判にお醤油買ってますね。
友達の一人は味醂マニアで、そう言えば旅先からわざわざお醤油送ってくれた友達
もいたりして。皆、ごめん。あたしだけアバウトで〜。

というわけで、再現性こそが科学である、とは良く聞く(ダンナが理数系なもん
で。)が、料理の再現は難しい。我が家の醤油で作る味は、我が家の味でしかない。
知人宅のお醤油で作った料理を我が家で再現しても、知人宅の料理にはならない。

同じのを作ろうとしたら、結局、同じものを使うか、調節をするしかない。
そして、全く同じでないにせよ、なるべく近い値にまで持って行く。
それが料理の再現性の科学??いや、たんなる、再現するための、努力。