大根、ルッコラ、くきたち菜、と空豆

11月も末、である。今年の秋は思いの外、長い。
去年の今頃は、うちから見える山は冠雪していた。今年は暖かい日が何日も
続いている。するとどうなるか。スケベ心、が出てしまう。
スケベ心とは何かと言えば「あわよくば」という気持ちである。
ワタクシ的には、もういっちょ何か畑に植えられないか、ということである。

夏の終わりには、加賀野菜のひとつである源助大根を蒔いた。
去年もいまいちだったが、今年も小さい大根にしてしまった。肥培管理がしょーも
ない、と言いながらも平気でいられるのは、現実問題として、小さい方が都合が
いいからである。

問題があるとしたら、大きい大根を収穫するつもりで少なく蒔いたおかげで
結果的に数が足りないという・・・。全ての意味で結果オーライにはならないのが
惜しい!と言っていいのか、あたしゃ。

しかし、大根はうまかった。それで、1週間前にまた蒔いてしまった。
北陸は中間地だということで、何とかなるんじゃないかというスケベ心で。
種子はまだ残っている。3月頃にはまたスケベ心がわいてくる予定である。

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いつ頃からか、「風呂桶一杯のルッコラを食べてみたい!」というのが悲願と
なった。が、畑を借りたおかげで、悲願は悲願でなくなった。ルッコラをハーブ扱い
する種苗会社で買うと種子は信じられないほど少量しか入って来ない。それさえも
イスタンブールのバザールで種子を入手してからは、問題は時間だけとなった。

もちろん食べもした。が、花が咲くまで残しておいた株もあり、種子をつけるまで
ひたすら待って、ある日あるときそれをもむようにして撒き散らし、それ以来
ルッコラは安定供給されている。こういう栽培って、自堕落で素敵。

温室で育てないからか何なのか、うちのルッコラは辛い。ゴマの香りよりも
そっちの方が先に迫ってくるのである。が。サラダの上に、パルメザン・チーズを
削って乗せると、辛さが全然気にならなくなってしまう。そんなこともあって、
結局は今までに風呂桶 2〜3杯は食べたような気がする。この間トルコ種子の残り
をまた蒔いたので、もう2〜3杯はイケそうだ。

秋になってからは、「くきたち菜」なるものも蒔いている。これも加賀野菜だと
いう話だが、あまりお店でお店などで見かけることはない。太胡瓜と違って、他の
菜っぱで代用できるからかもしれない。

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茶豆が夏の必需品となってから、ソラマメ栽培とは生涯無縁だろうと思ってきた。
マメといえば連作障害、連作障害といえば豆、ってなもんで、茶豆を作り続ける以上
は同じ土地で他のマメは作れなくなり、するてえとソラマメはお店で買うしかない、
ことになる。

が。来年は転勤だなあと空を仰ぎ、それまでに冬を挟んで作れるものって大根、
くきたち菜の他に何だろうと考えた時に、ふとソラマメが。結局、高畝の上で
すましていたダイアンサスを畑から追い出し、その場所にソラマメを植えることに
したのだった。ナデシコはマメではない。

ソラマメの種子は安くない。300円で10粒しか入ってない。ソラマメ1粒が
そのまんま種子になるわけだからこの値段はしょうがないかもしれない。
「1粒万倍」と言う言葉はあるが、ソラマメ1株あたり、何倍になるのかと考えると
笑うしかないような歩留まりの悪さ。これに匹敵するのってどんなものがある?

ま、利益を考えなくていいのが趣味家のよいところでもあり、馬鹿にされるところ
でもある。開き直って言うなれば、自己満足こそが趣味家の特権???
まして、今回のように育つかどうかわからない場所で、たかだか早生、晩生と、
合わせて 2袋ばかりの投資では。

そうそう、今年の茶豆。
今年の夏は日照りで、なおかつおりから石川県内に大量発生したカメムシにやられ、
カメムシの香りがする茶豆を作ってしまった。何か違うなー、この香りって何だっけ、
品種格差ってもんかしらと思いながら食べたのち、わかったのだが。気がついたのが
お隣にお裾分けした後だったのはマズかったでしょうか、やっぱり。

毎回、テーマを考えてそれに沿って蒔いている。
毎回、思いもかけぬ方向に答えや結末を見出している。