知りたくないの


  うちは転勤族である。度重なる引越し、そのたびに変わるスペース、環境。
だというのに、だというのに、うちは夫婦そろって溜め込み趣味のヲタクなのだ!
同じスペースに4人家族で住んでいるところもあるというのに、
そちらはけっこうこぎれいに住んでいるのに、何故うちだけ、玄関に日通の
ダンボールが4つ積まれている?

  おまけにその上には、苗床が乗っかっていて。いえほんとにね、暗い玄関です
けど、好光性種子も気軽に発芽してくれてうれぴー、なんてのは問題が違うだろが!

  そんなわけだから私、これ以上モノが増えることにつながる話は、知りたくない。
美しい植物も、面白い本も、知りたくない。知りたくはないのだけど、それでも
その周辺をうろつきまわることは止めがたく。うろついた挙げ句に良さそうなものを
見つけてしまう。で、何をするのかと言えば。けなしまくることになる。
見るのはいいけど、現実に入手してしまったらたまったもんじゃないからである。

  本当に自分はこれが美しいと思うのか、本当にコレなしでは生きていけないのか。
イイと思うのは気のせいではないのか???自問自答の末、処分しまくるうちに、
本当に美しいものだけが、必要なものだけが残るはずなのだが・・・。変だ。
処分しても処分しても、後から後から増える一方なんである。なんでなんでー?

  植物だけではない。マンガ、なんてのもうちにはある。作家に耽溺するのは少々
大変だが、マンガはとりあえず簡単で、だから困る。けなしまくり、処分しまくって
きたつもりだが、やはり増え続けている。最近では文庫本まで出て、このへんがまた
甘さのモトになる。

  いやホントに最悪なのは新しくマンガ家を発見してしまうことである。
この年齢になれば月刊誌も週刊誌も全て読むようなことはないから、作家を新人の頃
に発見するということはない。その代わり、いざ発見した頃には、既に敵さんは
出来上がっているので、一気に何冊も増えてしまうのだ。あうううーー。

  実際、堂々たる快感、だ。線1本にほれぼれする。ネームや伏線、背景、コマ割り
に感動し、なめるように読むものだからとても時間がかかる。だが、快感の時間
てのは、やっぱり引き伸ばしたいよなあ〜。

  夫は、処分を迫らない。
何故かと言えば、自分も経験者だからである。一度すべて売りはらった本を、
もう一度全て買い直してしまったんだそうで。昔とった杵づかってやつかな?
いや、やはりトラの縞は洗っても落ちないわけよ。だから、玄関にダンボールが
4つも積んであるんじゃないの。中身は皆、夫の分。

  自分がこういった体質なので、私も夫に処分を迫らない。(処分するなら夫ごと
・・・あわわわわ)かくしてうちでは、処分しても処分してもモノが増える一方
なんである。