フグと高崎山と貧乏な私

大分在住の友人は、忘年会には皆でフグを囲んだとのことであった。
フグと聞けば、一応は「高級」ということになっている。だが、そこは大分で、
店にもよるが、フグはそれほどお高くはない。そんなわけだから、習い事の皆様で、
忘年会には、フグ「でも」食べますか、という言い方が出来るのである。

いや本当にさすがは大分、話は中々ダイナミックなものであった。
先生ときたら翌日胃カメラを飲むことになってたのを忘れていたのである。
おかげで9時までに食べ終わらなければならなかった。←何時に始めたのかは不明

いちいちネギなんか挟んじゃいられないから、ネギはぱあっとフグ刺の
上に散らし、がっさがっさと混ぜて一度に何枚もつまみあげる乱暴狼藉ぶり。
努力のかいあって、お雑炊が終わったのは9時30秒前だったそうだ。
大分のいい年齢した人間にとって、フグとはこの程度の魚なのである。

実際、私も大分に赴任していた頃は良く食べた。
また、何組もの人々がフグを食べに大分に遊びに来た。
にも関らず、一番思い出深いのは、夫と二人で食べたフグである。
高崎山で遭難しそうになった、あの日のフグ・・・。

高崎山に登ってみようかと言い出したのは、夫の方だった。
高崎山は、別府湾と大分湾の両方を眺めて富士山のようにただ一つ、すっくりと
立っている。高崎山といえば有名なのは餌付けされたサルであるが、
その日登山道で見かけたのは多数の「糞」だけだった。

富士山のようにと書いたが、格好は同じようでも、高崎山の場合は標高にして
1000m はなかったような気がする。季節は春、それもまだ浅い頃で、お握りにお茶
なんか背負って行った気がする。私はハイキングのつもりでいたのだが、さて山頂
から下りる道がわからなくなり、おかげで「ハイキング」は「登山」に昇格した。

海を見ながら下っていけばいいのだとはわかっていたが、急な斜面をおりても
おりても終わらない。道なき道を高村光太郎方式で、ひょろ長い割には花つきの悪い
椿につかまりつかまりして、乾いた日陰の斜面をただひたすら下っていった。

ときおり目印の海が見えなくなると、「遭難」という言葉が頭にちらついた。
実際、同じ山で遭難した人がいたのである。私達が断崖絶壁に出会うこともなく、
ニュースのネタにもならずに済んだのは幸いだった。日豊線の線路を横切り、
別大国道(別大マラソンの舞台でもある)の海風に吹かれながら、「今夜はフグね。」
と夫に言ったもんだ。

フグ刺しは大きなお皿に花のように盛られてくると思われがちだが、中にはケンカ
にならないよう?別々のお皿に分けてくれる店もある。だが、その日は当然、大きな
お皿で出す店だった。その日に限って、1皿のうちの、私の権利は 2/3。大分生活
何年目だったかは忘れたが、ひときれづつ、なんていうまだるっこしいことは
「とっくに」しなくなっていた。

それはともかく、先日、某所でフグを食べるなら大分だという話になった。
そこまでは良かったのだが、「フグも、もう何年食べてないかしらん。ええっと、
東京2年、金沢とくれば結局5年も食べてないわ〜。」と能天気に口走ったら、
目の前に座っていた人が、居心地悪そうにたじろいだ。

何故??と不思議に思ったが、今にしてみれば私は、「私は貧乏です」と言った
ことになるのであった。いやあのその、つまり私は東京や金沢でケチくさいフグを
高いお金を出して食べる気にはなれないというだけのことで、必ずしも、食べたい
のに食べられないという意味ではないんですけど〜〜。

でもまあいっか〜、貧乏で。実際、貧乏ではないか。
金沢からお店に予約の電話して、ちょっと航空券買って、ぶ〜んとひとっとび。
「いくらケンカしたとは言え、一人で食べてもねえ・・でもやっぱおいしいわね。あ、
ひれ酒まだあ?」なーんて感じで、ぱくぱくと〜。こんなこと、やろうと思っても
やれない。うーん、あたしってやっぱり、貧乏なのよっ!!(^^;)←そんな問題か?

そう、フグは大分だ。5年も食べていないはずだ。
だって、5年も大分を見ていないのだ。初めて九州の土を踏んだのが大分だった。
あら、なんか、涙出てきちゃった。