歯医者通いを楽しむ
階下の奥様の子供時代の思い出は、「祖父が火鉢で焼いてくれる砂糖つきの酒粕」
だそうである。私の子供時代と祖父と言えば、「二階で飴」だった。階下の奥様は
それで呑んべえになったのだと主張しているが、私はと言えば、歯医者と縁が
切れなくなったのである。
もちろん!縁が切れないからって、口の中をいじくりまわす歯医者などという
存在がいいものであるわけが、ない。いつだってなんとかして避けよう避けようと
がんばっているのに、事情が許さなくなるのである。実際、ここ最近も、久しぶりに
痛くなり、お近付きにならずにはいられなくなってしまった。
例の如く明日こそは嘘のように痛みがひいてるはずだと思いながらぎりぎりまで
引き伸ばしたのだが、治るわけなんかなくて。結局、絶望的な気分で、馴染みの
中華料理屋の近くの歯医者に行くことにしたのである。
何故その歯医者を選んだのかと言えば、その歯医者がかの店のお客さんだと聞いた
からで。心細い気持ちが、知り合いの知り合いという、しつけ糸のようなつながりで
さえ、頼りにすることになったのであった。なんてカワイソーな私。
その後はもう、殆どストックホルム症候群とやら、である。
「若くてキレイな歯科衛生士のお姉さん達が寄ってたかって御世話してくださるし、
担当はきりっとした女医さんで、オスカル様って呼んじゃおうかな〜。」って、
どっかのおぢさんじゃあるまいし、おばさんが
「若いムスメ達に面倒見てもらう」
状態を有難がるなど絶対におかしいし、増して「オスカル様」って何だそりゃ。
・・だが、つまり、そうとでも考えなければ、自分の口の中なんか任せる気には
なれないのである。やだよなあ、歯医者。
そして、歯の治療の恐怖を誤魔化すためにろくでもない妄想に頭を任せるワタシ。
例えば、こんなに若くてキレイなお姉さん達が集まっているんだったら、たまにゃ
息子のヨメに、とか言われたりしないのかなあ、なんて。そしたら、望まれた人は
だな、「えーっ、あの、歯石をためるのが超早いおぢさんですかあ!?」とか
言ったりするんだな、なんて。
でも先生に、「歯石ぐらいアナタがとってあげればいいじゃな〜い」と笑われ、
お相手は山菜や茸がたくさん採れる山を持っていると言われてぐらりとココロが
動き、あまつさえ竹薮付きと聞いて、とりあえず会うだけならいっかー?と考え直し
たりしちゃうわけだな、なんて。まー今時「息子のヨメに」なんて話、あるわきゃ
ないと言えばまあそうだが。
もちろん、そんなんで長丁場は乗り切れない。その他に、「家庭環境や兄弟姉妹
について想像する」というバージョンもある。それで、けっこー美人なのに化粧っけ
がなくて不愛想なY川さんなぞは私の頭の中では
「推定年齢27歳、割りと年齢が
近い弟が一人アリ」なんてことになっている。
他に、祖父母の名前なんか想像するのもまたイイけど、まかり間違えてツボに
はまると笑いをこらえるのが辛いので、これはあまりおすすめ出来ない。されても
普通はしないかもしれないが。
しかし、妄想のネタもつきる。それに、痛いときはやっぱり痛い。こないだなど、
あまりに痛かったので思わず口閉じてしまいそうになって結果的にお姉さんの
指を噛んでしまった。「ごめんなさい!」と謝りながら私の頭に浮かんだのは、
その昔の懐メロ、「小指の思い出」。つまり、患者が噛んだ小指が痛いわけですね。
だが、近頃は、妄想する視線に不気味なものを感じたのか、お姉さん達ったら
さっさと顔にタオルかけるようになっちゃったし、たま〜に担当する男の先生はと
言えば、奥歯を治療する時、佳境に入るとアゴにツメたてちゃうしで。こういうの
って、下手に注意すると意識した挙げ句にとんでもないことになりそうで逆に
いやじゃな〜い?ったくもう。
歯医者通いを楽しむためにはどうしたらいいのか。一番簡単なのは、新たな痛み
というやつだが、冗談じゃーない。これは外す。で、思い起こせばその昔、流行る
歯医者の条件として「マスク・ハンサム」、というのがあった。どんなんだ、それ。
マスクつけたらハンサムだけど、外したら普通なのか。そのマスクの中にはハンサム
を割り引きさせちゃうような何かを隠し持ってることになるんだ。コワイぞ、それ。
え、これってマスクつけ「ても」ハンサムって意味なの?私はつけ「たら」という意味
だとばかり。
まあ、個人的には美男子なんかどーでもよい。それよりゃ面白い人の方が好きだ
が、歯医者が面白かったら治療なんか出来るわけがない。大体、医者個人にそっち
方向の感情なんか抱いてたら、大口開けることなんか出来やしないはずだ。うん。
すると後は何だろう。歯医者通いに気合いを入れるには。ええっと。
ワタシ的には、待合室の本の充実、ってやつだろうか。
初めて歯医者の待合室に「美味しんぼ」を見た時には何かこれって問題あるんじゃない
のかと思っていたが、思い起こせば私の関係する歯医者は何故か皆、「美味しんぼ」
を置いていたのである。
で、歯医者のくせに食べ物漫画を置くのはいかがなものか、というのではなく、
歯医者だからこそ、食べ物漫画を置くのであると考えたとき、私は積極的に
「美味しんぼ」で手を打とう!という気になったのであった。
が、この歯医者に置かれた「美味しんぼ」は、数が少なすぎる。ここはひとつ、
是非!全巻揃えてもらわなければ。あとは、何だろう。同じパターンで考えるなら
ば、「ブラックジャック」もいいような気がしてくる。いずれも全巻読破するために
通うというのが理想的だ。いっそ、揃えてくれないと、もう通ってやんないぞ!
と歯医者にお願いしようか。これがお願いする態度か。
・・・ハナシは根本的に間違えてるように見える。
しかし、いまどき歯医者がその技術だけでやってけるわけが、ない。してみれば
お互いの利益の一致という意味では、最終的には間違っていないはずである。多分。
わかる人は、わか(ってく)れ。