地とか、素のまんまとか(2)
お友達の一人は、絵をやっている。
今は静物などやっているが、先生は裸婦が得意な方なのだそうである。
「ヌード、って何かまずくないかしら。夫には内緒にしといた方がいいかしら?」
と彼女はやけに浮き立っている。
ヌードが一体、なんぼのもんじゃい。何が問題になるのか。そんなん、絵を描く
なら当たり前じゃん。ヌードモデルで問題になるのは、体型よりもむしろ体力だ!!
と、温泉に凝っている私(関係あるんだかないんだか)は不思議だった。
が。このほどわかったのである。彼女が言っているのは、同じヌードでも
男性ヌードであった。おかげで、金沢の曇り空の下に、「あ・ほっっっ!」という
声が轟き渡ることになってしまったではないか。こちとら、世の中にそういうものが
あるのさえ、忘れていたというのに。男どもの着衣の下は、空気のはずなのよ〜!
そこで思い出したのが、別の友達から聞いた話である。
彼女の友達のダンナ様は昔アメフトやってたという体をかわれ、女彫刻家に是非にと
望まれかきくどかれて、今、その分身が横浜の某公園で素っ裸で1年365日、
昼となく夜となく立ち尽くしているのだそうである。
「その公園には、行かないようにしてるの。出会っちゃったら嫌だから。」
友達は、そう語った。私もそう思うが、こういう感覚って、人によるのかもしれ
ない。世の中には、「えっ、xxちゃんのダンナさんの銅像が
ZZ公園にあるの?
是非、拝見させていただくわ!」なんていう人がいるのかもしれないし。
友達は絵をあげると言っている。
ことさら意識した返事は出来ないし、何て言おうかと、困っている。
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夜、車を走らせていたら、ものすごい轟音が聞こえてきた。
これはもしやと思っていたら、目の前の信号が変わった。つまり私は、信号と共に
暴走族を待つことになったのである。うわあ、らっき〜!というような気持ちに
なったのは、暴走族の現物を見たことがないからであった。
音は何度も聞いたことがある。声も聞こえてきた。しかし、現物は、ない。
マンガなどで外見は知っているつもりだが、現物は見たことがないのだ。
暴走族が活躍する時間には私は既に寝ている。音で起こされたところで、
ようよう立ち上がる頃にはもういなくなっている。
轟音は近づいてくる。来るわ、来るわ、来た〜〜〜!!
しかし、「・・・たったこんだけ?」というのが私の感想だった。だって、たったの
2台なんである。音はそっりゃ〜うるさいのに、これくらいなら10台くらいかなと
思って、どんなんか良くみなくっちゃと思って、でもたったの2台。うう。
考えてみりゃー彼らがしてるのは集団暴走行為であって、集団生活ではない。
2台続いていただけありがたく思うべきなのであろう。彼らだって、家を出る時は
ただ一人なのである。わざわざあんな音をさせて、出て来るときは、たった1台。
寂しかないのだろうか。虚しくならないのか。お終いには「自分一人で、馬鹿
みたい」という結論に至ったりしないのか。あのバイクは乗ったが最後、最初から
最後まであんな音をたててしまうのである。
せめて、皆のところにたどりつくまでは、音を小さく出来ないのか。
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たまにする完璧系のオシャレは、仮装や変装をするのに似ている。
そんなことを考えながら色々がんばっていたら、昔の夫の上司を思い出した。
当の上司は、優秀であるとの評判の方だった。優秀という言葉の中には、当然、
社会性も含まれているらしい。彼は人の顔を覚えるのにも長けていた。
長けているのはいいのだが。部下の妻である私まで、本屋でマンガの立ち読み
してるところで声かけられちゃうのである。社会性ある彼のセリフは、「楽しそう
ですね。」というものだったがしかし、そりゃまあそうだがしかし、あわわもいい
とこだ!!大体、開いたマンガ本をどう処理すればいいのか!
同様にして、力一杯頑張って普段とはうってかわった姿を作り上げたつもりで
いたときも、この上司には先に声をかけられてしまった。私を待ってきょろきょろ
してた女友達の方は気がつかなかったというのに。「物覚え」も資源に数えると
して、その活用の仕方は少し問題があるのではないかと思ったものだ。
最初に会ったのが 15年も前で、その人の赴任先が夫の故郷だった。夫の新人
時代の先輩でもあり、一緒に挨拶に伺ったらご馳走して下さった。料理も酒も
うまいうまい、今にして思えばあのとき、途中で寝てしまいそうになるという不始末
を犯したのが悪かったのだろう。もっとこう、記憶に残らない程度に、普通にして
いられたら良かったのかもしんない。
8年前には、転勤先で夫の上司として再会したのだった。
その時、また、夫婦そろってご馳走してもらった。それは別にいいのだが。
後で夫に、実に感情のこもった声で、「君の奥さん、昔はあんなに可愛いかった
のに・・・。」と言ったのだそうである。なんじゃそりゃ、おいこらっ!!
だからその活用の仕方は違うって言っておるだろーが!
それからは、本屋で偶然出会ったりしたわけだ。
県庁所在地といったところで、賑やかな場所は一握り、まして大きな本屋となれば
1軒しかなかった記憶がある。皆、そこで本を選ぶだろうに、今思えば私も
のんきなものだった。そして、内助の功どころか内緒の項、ばかりを増やす体質は
今も変わっていない。きっぱり言ってどうするかといった話はともかくとして。
その方はもう、退職なさってしまった。
忘れようったって、忘れられない思い出を残して。
いっそ、この思い出、返してあげたいんだけど。
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いつの間にかHPの表紙から「雨の森」が消えていた。
本当は「雨ノ森」なので気になってはいたのだが、消えていたとなると、おまけに
気がつかなかったとなると。たはははは。
以前にも書いたが、これは昔一度だけ使ったペンネームである。
考えた当初は、悪かないと思っていた。雨漏りを連想する人は多々いたが、実際、
何時だって何かどうか、必ずモレがあるのが私であり、その連想は失礼というより
は、「いいカンしてるじゃない。へへへ」ってなもんだったのである。
年齢と名前がかけ離れてしまった現在、そのまま使うのもいかがなものかと考え、
当初は名字だけ使っていた。が、考えてみればそれは逆だった。かけ離れているから
こそ、いいのである。で、いそいそとフルネームで蘇らせることにした。
腰が曲がるまで、と宣言するのは無理があるから、
気が変わるまでこの名前を使ってやるぞ。と書いておこう。