8月のこのあたりは

  近所の酒屋に買い物に行ったら、奥さんがものすごい顔で生ビールの容器を運んで
いた。7月がお盆だとこないだ書いたが、8月にお盆をやる組もあるうえに、なんだ
かんだ言っても夏休みなので、冗談のように忙しいのだそうである。

  「昨日は山の方まで2回も配達に行ってました。」とおっしゃる。
その意味するところは、お盆もそうだけど、農産物の収穫期なので、余計に忙しい、
ということである。んで、何を配達するのかと聞けば「酒粕一斗とか塩20kgとか。」
なーるほど、お漬物の仕込みですか!!

  彼女によれば、お酒よりも酒粕とか、そういうののほうが同じ重さでもいやに重く
感じられるのだそうで、「寝た子のようなもんかしら?」と言えば、似てるかも
しれないわ、とくる。が、おしゃべりしてるうちに、ふと、気がついた。
それはたんに単価の差ではないかと。ミもフタもないから言わないけど。

  山の方はとうに年寄り二人だけの暮らしになっているのだそうだが、たまに、
見慣れない車が置いてあったりするらしい。聞くと、孫が彼氏と来てたりするとの
ことで。それはご同慶の至りってものではないか。美味しく出来上がった漬物を、
孫娘が彼氏の運転で(^^;)もらいに来てくれるとなれば。

  お盆のスーパーはお刺し身の特大盛り合わせだらけ、であった。
これがまた、驚くようなお値段とサービスで、だが考えてみれば当たり前のこと。
子供達が帰ってくるは、あちこち行き来するはであれば、それはもう、びしっと
気張らねばならず、そんなときに出す刺し身に変なものなど混ぜようもんなら、
買った方も売った方も末代までその咎を言われ続ける、にちがいないからだ。
で、余所者の我々は。
その状況のお相伴に与ったことは、いうまでもない。

  あちこちで小さいのを連れた年配の人、を見るのもお盆らしい。おばあちゃんの
方は慣れたもんだが、おじいちゃんの方は当然不慣れ。そして、何がカワイイって、
孫という小動物と彼が似合わないということで、その似合わなさ加減が、カワイイ。

  前に住んでた社宅の中の 1軒に、非常にご立派な、いかにも功成りとげましたと
いった感じのおじいちゃんがおばあちゃんと一緒に手伝いに来ていたことがあった。
そこんちは男の子ばかり3人というご家庭で、一番下は人見知り真っ最中の赤ん坊。

  面白かった、いえ、とてもカワイかったんですね。おじいちゃんが。
彼が抱いているのは、まだ言葉の通じない赤ん坊。それがどうやら、他のメンバーは
皆出かけてしまったらしく、おじいちゃんだけが孤立無援状態で、泣き喚く赤ん坊
抱いて庭に立ち尽くし、途方に暮れているわけです。

  耳をつんざく赤ん坊の泣き声と、ご立派なおじいちゃまの困った顔。そのあまりの
そぐわなさ、カワイさに、物陰からその姿を眺め、こっそりと「もっと泣け・・。」
と、つぶやいてしまいました、私。・・・たまには人間、少しだけ、人でなしに
なるのも楽しいですね。

  通勤路で夫に吠えかかっていた犬は、その時間に食事を与えるという方法によって
文字通り口をふさがれていたわけだが、それだけでは足りないと飼い主が思ったのか
その時間に散歩に連れ出されるようになってしまった。

  そして静かな道に慣れた、お盆明けの朝のこと。その家の近くまで来ると、
クソ懐かしい犬のわめき声が。お盆休みにすっかりなれて、飼い主ったら食事を
与えるでもなく、散歩に連れていくでもなかったらしい。

  その犬は、私が通りすぎようとしたその瞬間になってやっと、はっとして、身を
ひいた。そして、私から顔をそむけるや否や、今度は夫の方に向かって改めて
吠え始めたのであった。間違えたのね、この犬コロったら。

  犀川の鴨は、私達が通りかかる時刻には、水から上がって岩の上などに座っている。
身体全体が羽根布団なのだから夏ならいっそ川につかっていた方が涼しそうに思える
が、別にそうでもないらしい。

  木彫りの鴨の置物で、デコイというのがある。やつらは、概ねあの通りの座り方を
している。それを真似て作ったのがデコイなんだから、当たり前だといわれるかも
しれないが、日々鴨の経験値を上げている私達は、知っている。あの通りの座り方を
している鴨だけではない、ということを。例えば、横座りの鴨、なんてのもけっこー
いる。いまいち絵にならない。

  しかし、横座り程度では手ぬるかった。もっとすごいのがいた。
その鴨は、岩の上に、お腹だけのっけて脚は後ろに流して休んでいたのである。
あれで一体全体ラクなのか、外敵から逃げるときに時間がかかりすぎやしないのか、
大体どうやってあんなふうに座れたのか??いや、あれは座ってるとは言わない。
一体何のメリットがあってそのような格好をするのかと、鴨に聞きたかった。

  私は密かに、鴨が置物そっくりの姿でくつろいでる姿を「デコってる」と呼んで
いる。犀川の河川敷では、時には鳩やカラスまでもデコっているが、芝の上に
つくねん、と鳩が何羽も座り込んでる姿は、非常にカワイイ。

  あまりにカワイイので、そいつらの隣を通り過ぎるフリしつついきなり横っとびに
えいっ!とおおいかぶさって捕獲してしまいたい、なんて。鳩、大迷惑?思うだけ、
なんだけど。大丈夫、私、トロいもん。ううん、なんだかくすぶっちゃうなあ。
いっそ今から鍛えてみるべきか?鳩を捕獲して遊ぶ為にか。

  金沢にゴキブリはいない、と思っていた。
というか、うちでは 2年間出なかった。3年めに入って、まず風呂場の方から1匹。
それで、東京から持って来て死蔵していたゴキブリホイホイを、たったひとつその
へんに置いた。翌朝、見事に1匹、かかっていた。ウブなゴキだとその時は思った。

  先日、パソコン部屋の、この場所からしてみれば後ろからゴキブリがささささ、と
やって来て、電話中の私の目の前を机の下に入り込んだ。電話終了後、私はまた
ゴキブリホイホイを持ってきて、机の下に押し込んでおいた。
その翌朝、またとれていた。

  金沢にもゴキブリはいる、ということはわかった。
ゴキブリホイホイは 2年経っても使用できるということも、わかった。
それは別にいいんだが、問題は自分が見た数しか、罠にはかかっていないということ
である。2匹 見たということは、あと60匹がそのへんに潜んでいるはずなのに。
金沢には見た目通りの数しかゴキブリがいないということなのか。
余所者には、どうもよくわからない。金沢、侮りがたし。違うか。

  八尾(やつお)に行ってきた。おわら風の盆、という祭りがあって、ガイドブック
に載っていた踊りの写真に一目ぼれしたのである。男も女も、花びらもちみたいな
形の笠をかぶって踊るから、顔が見えない。これが滅法色っぽい。世の中にまだ
こんなものが残っていたのかと、うれしさに鳴咽をもらしながら高速道路を運転
すること30分。その後、一般道に入って1時間、はかからなかった。

  着いてみたら、どーわあああ、すっげえ田舎町!って、そんなん当たり前だ。
そしてそんな田舎でもその昔は立山を背にして良質の材木がとれ、商業も盛んで
富山藩の御納戸と呼ばれていたのだそうである。

  八尾は坂の街で、家々は細長い台地のキワにある。通りを歩いていると開け放った
家の座敷の向こうにそのまま川と対岸が開けているのが見えた。ああ、きれいだ。
こんなところじゃ離れられまい。って、一瞬にして納得。

  踊りは、若いもんしか踊らないようだ。子供も踊る。囃し方は年齢には関係ない。
楽器は、三味線も使うが、胡弓も使う。この胡弓を使うというのがおわら風の盆の
特徴。踊りは暗くなってから始まり、そして街を練り歩き練り歩き朝まで踊り続ける。
子供もフラフラになりながら夜を明かす。

  何がいいって、男も女も、笠をかぶっているから、踊りしか見えない。その踊りが
男は「かかし踊り」で女は「春夏秋冬」をあみこんだ振り付けになっているそうだが
女は女らしく、男は上手く踊ると非常に頼り甲斐のある、腕のよい仕事人に見える。
女も男もこんなふうなら、八尾はなんとよいところだろうかと思えてくる。

  いくつもある坂を下って河川敷に置いた車に戻った。
その途中、本当に胡弓の音がしてきた。おじさん、本番前の練習中だったのである。
本番にはこの風の盆を見るためにこの街の収容能力をはるかに超える 30万人の人が
集まり、その数は年々増えているのだそうだ。

  日本の道百選、というのがあるらしい。金沢では兼六園周囲の道がそれにあたる。
47都道府県だから、1県あたり2箇所平均ってところだな?などと考えてしまうが、
そう聞けば、近くに来たならば訪れてみようかという気にもなるだろう。
この八尾の街の上諏訪通りも、そのうちのひとつである。

  8月はこんな風にして過ぎた。全く雨の降らない夏だった。暑かった。
部屋には熱いとはいえ風が吹き込んでくるので、クーラーもつけずに窓を開け、
ホコリごと金沢の風を浴びて暮した。これを誰も「ホコリ高き生活」、とは言っては
くれなかったのは残念だ。

  そして、八尾に行くことを決心したおかげで、私は初めて一人で高速道路を走る
こととなった。運転始めてまだ丸1年経っていないのに。でも、これでなんだか
一種のフンぎりがついたような気がする。さあ、もっと世間に迷惑かけるぞう!!
ふふふふふふ。次はどこへ?