送別会


転勤になるだろうという話にはなっていたが、辞令が出るまではどうひっくり
返っても不思議じゃないのが転勤の仕組みというもので。実際、東京で2年過ごした
だけで金沢に来たのだって、大いなる番狂わせだった。

しかし、何と楽しい番狂わせだったことか。
馴染みの店は出来るは異様に濃いつきあいにはなるは。馴染みの店は、オフミ
(=オフ・ミーティングの略)にも使われ、転勤かもしれないと言ったとたんに
「歓送会」が企画され、しかし内容的には食事会、であった。(^^;)店の予約は
私の仕事である。

最初の送別会は「母の日」だった。
約1名は、乾杯するなり生ビールをきゅーーーううっ、と一気飲みしてくれた。
隣の奥方の方を気遣い、「今日は確か、母の日では・・?」と話を向けると、
「いや、今日は僕の日です!」・・・ほほう。君の名前はこれから「僕の日」だ。

仏壇の話で盛り上がる。旧加賀藩は真宗王国、真宗が仏壇に凝るのは有名であり、
加賀仏壇は真宗によってこそ支えられてきたのである。親の、仏壇へのあまりの注ぎ
込み様に、「そんな金があるなら、俺にくれ〜と思った。」と言ったのは、「僕の日」
だったが、家が火事になったら最初に仏壇を担ぎ出すのは彼の役目である。

余所者の私はと言えば、フル・セットの仏壇を見て、「こ、これを皆さんお掃除
なさったり、いちいち磨いたりなさっているんですか!」と間の抜けたことを口走っ
てしまったが、それより何より、仏壇を扱う人々の誇らしそうな姿にこそ、
「真宗王国」を見たような気がする。

ところで、懸案のホタルイカについて聞いてみた。
「余所のホタルイカは光らないって?そりゃーあ、嘘でしょっ!!」と、「僕の日」が
力強い否定をしてくれる。そうだよなあ、いくらなんでもそんなことはないよなあ。
というわけで、富山県は小矢部の人間から一応の答えは得たが、余所のホタルイカ
は見たことないよなあ、多分この人。

原田澄子によれば、「ホタルイカは春になると産卵のため群れをなして滑川、魚津
海岸などにやって来る。普段は200〜600mの深い海底にいて、4〜5月、立山の冷たい
雪解け水が富山湾に流れ込むと深部の海水が上昇、その上昇流に乗って産卵期の
メスが浮上してくる。それを定置網にかけて、とる。」とのことだが。

これだけでは、富山の事情しか述べておらず、なかんずくメスは浮上するにしても
オスはどうなっておるのかもわからず、福井でも金沢でも確かにホタルイカは
獲れるのに、一体全体そのへんはどうなっておるのか。福井や石川の場合は
立山ではなく白山や医王山の冷たい水、とかなんとかアレンジされちゃうのか。

というわけで、話は次回に持ち越されたはずだった。辞令をもちゃんともらった。
舞台も中華料理屋から、ビストロに移された。また予約とメニューの選定は私。
送別会の提案をしてくれた人が約1名、通常のメニューにないものをという希望を
述べたがゆえに、予約は難航を・・極めなかった。養豚をしている人が来るなら豚を
使ってそのへんにないものを、卵の生産者と言ってもニワトリさんではなくて人間
だが、彼が来るなら卵で変わったものを。

で、主と話をするわけだ。「卵使って珍しいメニューって何?」と聞けば、まあまあ
うれしそうに、「スパニッシュ・オムレツ。キッシュにも使うよね。うちのそば粉の
クレープ、食べたことある?あれは美味しい。うふふ。」「卵なんて、朝ごはんって
思っちゃう。」「やだなあ、やめてくれ、って言うんですよ〜。うふふふ」・・・この
人、なんかハイになってないか?

というわけで、オムレツはよそで食べられるし差別化が難しいので、そば粉の
クレープの方をお願いしときましたと提案者に書けば、「そば粉、いいのあるから
持って行こうか?」と来る。さすが福井は蕎麦王国の人間。でも、なんかこれって
持ち寄りパーティーみたいで変じゃないか?(^^;)

岩牡蠣をリクエストすれば、今度は主の顔がいきなり曇った。
腕のふるいようがないのをリクエストすると、機嫌が悪いのである。
結局豚の人は来られないことがわかったので、問題はお肉となる。「何か変わった
のって、ある?」「ハト、なんていいですかね。業者と相談して、手に入ったらです
けど。」よし、それにしようか。

というわけで派手なメニューながら割りと簡単に決った。
予約に行った日の夜、夫より電話あり、「今日は食事に行くから。」とのことだった
が、後で聞けば同じビストロで今ごろホワイト・デーのお返しを済ませたのだそう。
もう6月になろうかというのに、忙しくてそれどころじゃなかったのである。

で、そこでは連れて行ったお嬢さんが、「雨ノ森さん、とうとう明日は内示です
ね。」なんていうもんだから、 「うん、そうだな。実は、辞令を受け取るために、
妻に勝負ぱんつを用意させているのだ。」と言いそうになったらしい。あほっ!
どんな風景だ全く。をやぢの勝負ぱんつって何なのよ一体。
カルバン・クラインかあ?ああ恥ずかしい。

その昔見た映画で、過去の世界に行って倒れ、若い日の自分の母親に介抱して
もらい・・今でも覚えているのが「あなたの名前、カルバンって言うのね。
カルバン・クライン。下着にそう書いてあったもの。」というセリフだった。

その昔のアメリカで下着に名前を入れるという行為ってそんなに普通のことだった
のかとツッコミを入れたくもなるが、それ以上に世界中で何万人もの人間が見たはず
のこの映画であるから、一体どれだけの人が「それならオレだってカルバンだよ〜」
と内心つぶやいたことかと思えば、めまいがしたものだ。いやほんとに。

それで何だっけか。
当日集まってくださったのは、兼業農家と専業農家、そして普通の街の人が1名。
結局7人の大所帯で飲むは食うは。そば粉の他に卵、コーヒーが店に差し出される。
飲んではいけない人は、たった一人。山田錦と佐藤錦を間違えた話が説明抜きで通
じる人々と盛り上がりまくり。

岩牡蠣は美味だった。パテは「これって豚だよね。」と言われて「豚だよー。だって
こんなに豚くさいじゃん!」・・多分私はこのへんから飲み過ぎていたのだろう。
「いい、ここのパンは見たことないやつから食べるのが得よ!」って、料理だって見た
ことない奴から注文する私が威張って言う。答えは「バター塗る前に言ってくれ〜」。

そば粉のガレット。そば粉は元来中近東原産で、荒れ地でもよく出来る・・・
らしい。自分でやったことはない。フレンチではブルターニュ地方のが有名。そう
言えば、「美味礼賛」(辻静雄の伝記:新潮文庫)にも出て来たような気がする。
そば粉を薄く焼いて色々乗せたもの。そういう食べ物を、お腹にたまらないように
作ってもらった。でないと後が続かない。普通は。

そして、お魚は何だったのか忘れた。ワインを白に替えて、盛り上がる。
スイカを作ってる人がいて、ちょっとした遊びでスイカ盆栽、というか鉢植えを
始めたとのこと。それはどういうものかと言えば、根域を制限すればなんでもヒネて
育つという、あれを利用した奴で、小さな小さなスイカがついて、それでも食べ
られるのだという。いいなあ。

隣の福井県人は、相手の親の反対を押しきって結婚したという話をしてくれる。
テーマはラブ・ストーリーではなく、反対意見の中身である。「蔵もない家に大事な
娘をやれるか!」ときたらしい。物置ではない。蔵だ、蔵。「昔はあったんだけど
福井地震で倒れてしまって。」福井地震って何時のことだかわからないが。
しかし、蔵。うちの田舎では、「家もないような奴に」って言うんだけどなあ。

引っ越しでは否応でも整理、処分というものをしなければならず、これが辛い
という話になる。だが、卵農場やってる富山の人あたりは、整理だの処分だの、話の
外だ。そんなことをくだくだやってるくらいなら、敷地内にもう1つ建物を建てた方
が早いというのである。やだなあ、まったくもー。

うそー、だの、すごーい、だのとわあわあやってるうちに、ふと、この肉、
いやにコクがあって美味しいなあと気がついた。ああああ大変っ!無自覚に2口も
食べてしまって。つまりは、これがハト。フランスから空輸の。
金沢に来たら予約してまた作ってもらおう。

というわけで、6時から始めて終わったのは、10時すぎだった。
思いっきり食って飲んで、きゃあきゃあと笑って、そして。
別れるときには「じゃあねえ〜、また!!」とそこら中に聞こえるような大声を出し。
タクシーの中でハタと気がついた。「また」じゃないっての。

あまりに楽しみすぎた私は、自分を送るための、別れの会であることを
途中からすっぽりと忘れていたのであった。うひゃああああ・・・・。
ま、いっか、また来れば。言葉の方に自分を合わせる方が楽だろう。きっぱり。

翌日だったかな、その店がTVで紹介されたとメンバーの一人が教えて
くれた。そうか、実はその店はイギリスで出版されている、日本への旅行案内書
にも載っておる。

それでも「自腹の店」だという自覚を持って、目の前にいる客第一にやっている。
それは碧羅もそうで、私達の金沢での幸せは、彼らによるところが大きい。
また、その幸せを分けたい人々もいるということ、これが私達をして、もっと
幸せにしてくれた。