試練
ましな焼き肉食べてやろうと近所のお店に行ったら、6時だというのに既に
カウンターは満員で、しょーがないんでそのまた近所の熱血中華屋に行く。
あまりに久しぶりなんで、顔を忘れていればいいなーと思って行くのだが
敵も商売ってもんで、覚えていたのがうれしいんだかコワイんだか。
オススメが4つから7つに増えている。
貴妃牛肉、なーんてのがあって、それにしよう!と思う。他にはメニューから
エビで野菜とハムをまいて揚げたものと、蒸しギョウザをお願いした。
貴妃牛肉は、不思議な食べ物だった。ハヤシライスからごはんをぬいたかんじ。
牛肉はごろごろ角ばったのが入ってる割に、900円と値段は安い。安いのはいいが、
このパターンでいくとゴハンくれー!といいたくなる。しかしこの後があるしな、
と思ってすくっては食べ、食べてはビールを飲む。
エビで野菜とハムをまいて揚げたのは、そこそこ美味しかった。
気配を感じて顔を皿からあげると、マスターがのぞきこんでいる。
「これ、余所で食べたことある?」「ない。私は、余所で食べたことのないものを
注文するから。」「味、薄くない?」「大丈夫。もし薄かったら、醤油か塩をかける。」
・・・・これじゃ会話にならない気がしないでもない。
「貴妃牛肉ってどういう意味だかわかる?」「楊貴妃の牛肉。でも、なんでこれが
楊貴妃なの?」「楊貴妃というのは、ヨーロッパの意味があって、西洋風の味付け
してあるものは、そういう名前がつくの。」・・・そうか。この貴妃に関しては、もう
いいや。
やがてやってきた若いお客3人組は、悩んだ末に麻婆豆腐なんか頼んでた。
マスターは勝手に傷つく。ラーメン、チャーハン、焼きギョウザの次に許せない
のが麻婆豆腐らしい。そんなこと言ったって、20代はじめの若さで中華のメニュー
がわかるやつなんて、いるもんか〜。
町田康は、上田と書くのにジョウダと読むかつての同級生について、語っている。
学年が変わるたびに人が名前を間違えるのを訂正しつづけなければならないが、
それが面倒くせえこともさりながら、はたして、自分はここまで自己に拘泥するに
値する人物なのであろうか、とも彼は悩んだにちがいないと。
マスターに、そういった悩みはない。
訂正して、世間を変えることにのみ、必死になっている。
彼の店の経営についてどうなのかは知らないが、おかげでこちらは未だにそこそこ
本格的なものを食べることができるわけだが。
マスターは、自分だってそうなのだと言う。日本料理を食べるときに、冒険して
みようという気になれないのだそうである。
まあねえ。ナマで食べられることをよしとする日本料理を、ナマとは料理して
いないという意味であると考える(下品で野蛮ということになるらしい)文化の人が
食べるのは、そりゃきつかろう。
我々からにしてが、西洋風の料理になれていて、その昔の大ごちそうのはずの
おせち料理なんて、1日食べれば十分だと思ってしまうではないか。
カツヲブシとお醤油で食べるおひたしなんて、何の油も使ってない食べ物なんて、
拷問以外の、なにものでもない。つまり、失敗率は向こうの方がはるかに高い。
いやはや。
・・・そんなわけで、色々考えながらも、今日も私はお腹一杯食べてきたのだった。