ビストロで:3
その日、私はくだんのビストロに食事に行った。
夕方早めに店に入り、外を見ながら食事しているうちに時間は過ぎ、やがて新たなる
客、おぢさんが二人やってきた。50代おぢさん二人でビストロ、というのは珍しい。
いや、おぢ二人がフレンチ・レストランにいる、というのは珍しくないのかもしれ
ない。接待、という名目があるからである。しかし。ビストロは経費じゃなくて、
自腹で食べるとこなのだ。おぢさん達は、接待ビジネスマンっぽくなく、カジュアル
な姿だった。そのうえ、何だかいやにきゃぴきゃぴしている。
「皆、来ないねえ。車だから、置き場に困っているのかなあ?」
「そうですよね、皆、この店知ってるのに。」
てことは、今日は予約した常連の集まりってことか。6月半ばのこととて、まだ
外は明るい。時間を読み違えそうな明るさでは、ある。
おぢさん二人の話は、今日の会場であるところのビストロの話にうつる。
「東京にも、色々な店はありますけどねえ。」
「数があるだけで、まともなのはそうそうないやね。」
誠にそのとおりである。が、ここは金沢であり、東京というのは金沢の人間に
とってちょっとしたコンプレックスでもあり。この人たちは、東京に対しても、
金沢に対しても、いやに乾いていた。てことはこの人たち、関東の人間?
相手の声が大きいのをいいことにそのまま盗み聞きしてるうちにわかったことだが、
この人たちはどうやら大学関係の人らしかった。なるほど、学会であちこち行ってる
からこういうセリフになるわけだ。
しかし、やはりおぢさんはおぢさんで、そのうち会話の内容は、誰それが「胆嚢で
入院して。」ってな話になるのであった。なんでわざわざ胆嚢なんだかなあ。
そうこうするうち、やっと男性ばかり7〜8人、一度に店に入ってきた。店は狭い
が、おぢ or
おにいさん達の会は、すし詰め状態さえも楽しそうに始まった。彼らは
最初、タンパク質の話なんかしてたが、やがて、食べ物談義に入った。
「フランスのブレストに行ったときにですねえ、場所は、確かフランス西部です。
僕は、タルタルソースがかかってる何かだと思って注文したんですが。」
それで?
「生肉が出てきてしまいまして。」・・・ぶははははははっ!!
「いやあ、結局ね、香辛料だらけにして、やっと食べることが出来ましたよ。」
「そうですかあ。私も実はシュツットガルトに行ったときに同じめにあいましてね。
シーメンスの人と一緒だったんですが、失礼だから食えって言われてねえ・・。」
そう、外国での食事は、そういったことになりやすい。
私だって、「内臓ではないものを食べたい」といった言葉は覚えてから行く。
だが、生の牛肉くらい、誤差の範囲内ではないのか。しょせんは牛刺しではないか。
それにしても、その「ブレスト」とやらは鶏で有名なブレスのことではないのかと
私は気になる。だが、確かめようがない。盗み聞きの身でおぢさんに聞くわけにも
いかず、忙しく働いてる店主にも聞けず。
手元の世界地図では Brest
で、カタカナでもブレストだ。で、ここが鶏が
美味しいブレスと一緒かどうかを、どうやって確かめたらいいんだ。そして、確かめ
たからと言って、私の口にかの若鶏が入るわけでも、ないが、その有名な鶏を食べず
に生牛なんか食ってたかと思えば、他人事ながらもったいない気がする。
そして私は、タルタルステーキを食べたことがない。タルタルソースも最近は
お見限りだ。あれはフライの上に乗っかってることが多いし、私は揚げ物をあまり
食べないし。茹でた野菜に添えてうちの夕食に登場しても良さそうだが、当の夫は
マヨネーズ関係を好まないから、わざわざ作ることも、ない。
生牛肉といえば、青池保子はやはりドイツで生肉に遭遇、その結果、「癖になった」
だったか、でなくば「味をしめた」と書いている。彼女は馬刺しも好物だそうだから、
生肉じたいにそれほど抵抗がなかったのだとしても。一度くらいなら食べてみても
いいかもしんないな。でも、どこで?
馬刺しといえば、私は一度、馬刺しの中でも珍味になるのだろうが、たてがみの
あたりだという真っ白い部分を食べたことがある。どんな味だったかは忘れてしまっ
たが、とにかく美味しかったことだけは覚えている。
それは別にいいのだが。馬を見るたびに、乗るたびに、目の前の馬のたてがみの
つけねあたりが気になってしょうがなかった。だから落とされたんだろうか。
別に噛み付いたわけではないんだが。
・・・おぢさん達の話は楽しそうに続いていたし、私も恩恵に与った。
お勘定済ませて出よう。お店を手伝っているお嬢さんも忙しそうだ。普段は勘定書き
を持って来てもらうのだが、その日に限り、レジまで行った。お嬢さんはとても
申し訳なさそうだった。それは別にいいのだが。
いつもお勘定のときに寄越すメレンゲを忘れたのは、ゆるしがたかった。
帰りながら、次に行ったときにどうやったらあのメレンゲを下品にならずに2つ、
ふんだくれるかと考えた。答えは出なかった。ううむ、泣き寝入りか。
ともあれ、望み通りには、なった。一人でのんびり食べられた。
ただ、幕の内フレンチというか、洋風懐石状態は続いていて、これでは美味しい
ものをココロゆくまで食べるには、予約してから行くしかないようだ。
レンズ豆ならお腹壊すまで、煮込み関係なら、「鍋の底が見えるまで」。
参考:「食客旅行」玉村豊男 中公文庫
現地から遠く離れるに従って、様々なアレンジが施されてしまうのは料理だけでは
ないと思うが、とりあえず少し前、アメリカの回転寿司には中華料理がつきもので
あると、何かで読んだ。
何故かと言えば、お寿司だけでは彼らには食事にならないので、サイド・
ディッシュ(寿司と中華で、寿司の方が主なわけね
^^;)として中華料理も用意して
あるのだとか。
幕の内フレンチを食べていると、つまり我々はその逆を行ってるんだなと思う。
それと、少量は上品であるという伝説(または言い訳)も抜き難い。
ケチやビンボーをそこまで昇華出来る日本人って、すごいかもしれない。
しかしそれは、やることやってからの話じゃねえか!?←(^^;)
一皿丸ごと同じで、なお大盛り状態でも食欲が止まらないような料理をまず、
作ってほしい。大量だからと顰蹙かうくらいなら、それはたいして美味しくない料理
なんである。美味や実質じゃなくて上品の方をレストランで求める奴の頭のネジは、
はずれているのだと思いたい。
まあね、おかげで私、少し脂肪肝なんですけどね。(^^;)
というわけで、このビストロの料理は美味しいのだが、なんせ幕の内フレンチ
してるわけじゃん?ほんの少ししかないから美味しく感じてるだけなんじゃないかと
心配になる。ここは一発、予約してから勝負、ということになるのだろうか。
がんばってしまおう。何を?いや、だから望みを的確に伝えられるように。
客が見当違いのわがまま言うのも嫌いだな。でも、幕の内形式と、どっちが楽で
実入りがいいのだろう?幕の内は手間はかかるがどれかが美味しければいいわけだ。
ビストロ方式は、その逆か?
普通の客は、わがままも本気の感想も言わない。
それじゃおまえは普通じゃない客かと聞かれるかもしれない。
確かに普通じゃないかもしれない。普通じゃなく、意地汚い。いやはや。
私以上に意地汚い友達、求む。