食の安全らしい話
牛肉のトレーサビリティ、とやらがニュースになっていた。
なんでも、肉の横についた番号を見ればその肉がどういう素性か、
一目でわかるらしい。
それで私はニュースを見てどういうことが頭に浮かんだのかと言えば、
「生産者が肉屋の店頭で、元・自分んちの牛(モモコとか、名前がついているのが
望ましい)の変わり果てた姿と出会う図」なのであった。
素性がわかる、というのはそういう意味でもある、と思うのだが。
私はどこかで何かを間違えているのかもしれない。
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お向かいでも、若いもんはサラダが好きらしい。
大根だろうがなんだろうが、「これを生で食べられたら・・・!」と言われるのだと
奥様は言う。その奥様は食べることに熱心で、生協もとりまとめていれば、近所の
生産者とも仲良しで、サラダにしたい程、良い素材を得ている、とも言える。
しかし、奥様は続けたのだ。「生でだなんて、よくまあ、寄生虫が怖くないこと!」
・・・??山積みの牛糞とかを下手に見てしまったので、昔の人らしく寄生虫を
想像してしまったのかな、と私は考えたのだが、よく話を聞いてみたら違った。
この奥様は、化成肥料の時代も、野菜を煮炊きして食べていたのである。
そもそも金肥の時代に野菜を煮炊きして食べるのが常識だったのは、寄生虫を避ける
ため、ではなかったか。確か、化成肥料に替えることによって、肥溜めの匂いに
悩まされることなく、衛生的で、寄生虫のいない野菜を得られるようになったはず
である。
やがてまた有機農法の時代がきて、寄生虫の疑いを云々されることにもなった
が、本当のところを私は知らない。私は、この奥様は自ら有機農法の方を選び、野菜
の生食はあきらめ、煮炊きして食べることにしたんだろうなと思い込んだのであった。
化成肥料は農薬同様、未完成な部分ばかりを言いたてられているが、ちゃんと
用をなしていたことを、おかげで思い出してしまった。
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うちの子供たちは賞味期限にうるさくて、と知人はコボした。
「私はそういうの、平気な方なんですよ。」だが、子供たちはそうではないらしい。
言われてみれば、昔、賞味期限にこだわる人がいたことを思い出した。
「時計が賞味期限当日12時の時を告げたとたんに、食べ物がぐしゃぐしゃ
ぷつぷつと音を経てて崩れさるわけではないのに、おおげさなんだよねー。」
というのが、私と夫の意見であった。反対に、そうでないから困る、ということにも
なるのだろうけれど。
昔はいちいちそんなの印刷してなかったし、今でも普通の豆腐屋さんや肉屋では、
そんなの書いてはくれない。でも、大丈夫かどうかなんてわかるじゃん。
何のために目や鼻があるのか。(手、も使うかもしれないが、こういう場合、
足の使い道はあまり聞かない・・・)他人の考えた数字をうのみにしてどうする。
と書きはしても、「気分」の存在を全て拒否出来ないのは辛いところである。
ただ、問題の「子供たち」は既にその奥様の作った料理を食べ続けて今や30歳を
超えている。その既成事実?を思えば、「今更何を何を寝言を言ってんだか」
という反論は可能ではないのかと、私だって思うのである。