戸籍というなくすべきもの
戸籍とは、身分登録簿です。かつての奴隷簿です。奴隷所有者が、自分の所有する奴隷を記録するために作った帳簿なのです。それゆえ、所有者は記載されません。ですから、日本国民(ここでは日本国籍を有する者とします)全てが戸籍に記載されているかと言えば、そんなことはないのです。戸籍に記載されていない(戸籍に記載することができない)人はいるのです。それは、皇族です。皇族は、未だに戸籍上支配者であり続けているのです。その証拠に、皇族には姓がありません。名しかないのです。中学校の歴史の授業で、明治時代に誰もが名字を付けることができるようになったと、まるで権利獲得のように習った記憶はありませんか? しかし実際は戸籍編さんに当って、姓というインデックスが必要だったため(全国民を戸籍に記載し、管理支配する目論見があったため)なのです。姓の文化がなかったアイヌの人々や独自の文化を持つ琉球の人々にも、姓は強制されました。大陸侵略に当っては、創氏改名によって朝鮮の文化を、人々の気持ちを、踏みにじってきました。
戸籍に記載されないのは、皇族ばかりではありません。日本国籍を有していない人を、別の名簿に記載するという差別を侵しています。外国人登録です。たとえ、自分の意志ではなく、強制的にこの列島に連行されてきた(この国の政府に!)歴史があっても、たとえこの列島で生まれても、日本政府は、制度として差別をし続けています。実は、国籍で登録簿を変えるという国は、世界的に見ても希です。南アフリカのアパルトヘイトがなくなり、世界唯一といってもいいほど、差別的です。
戸籍から、権利は生じません。戸籍は、支配者のためのものですから、被支配の者としては、義務(租税・徴兵)しか生じさせないものなのです。不要なものなのです。にも関わらず戸籍を温存させるために支配者は、戸籍によって差別を作り出します。被差別部落差別・婚外子差別・外国人差別など、全て支配者が支配体制(戸籍制度)を守るものとして作り出してきたものなのです。
ちなみに、戸籍は、日本の他、韓国と台湾にしかありません。それぞれ日本の侵略の遺物として残っているものです。韓国では、日本の侵略の遺物として廃止運動が進められてきました。台湾では政権が大陸出身者から台湾出身者に替わってから、新戸籍編さんがストップしています。それは、戸籍が大陸出身者と台湾出身者とを差別するために使われてきたことを証明しています。なお、日本は欧米から批判されている差別的戸籍制度を維持するために、東アジア各国に戸籍制度を定着させようと目論んでいます。具体的には、中国の国勢調査を請け負っています。国勢調査簿は、簡単に戸籍簿に転換できます(台湾がそうでした)。また日本は、朝鮮民主主義人民共和国でも戸籍を作ろうとしています。戦後賠償と引き換えに民法の制定をさせようとしているのです。この民法は、儒教の考えに基づく封建的な「同姓不婚」を撤廃させ、その代わり6親等内での結婚を制限するというものだそうです。そこで、6親等を証明するために、日本政府は戸籍を創設させようとしているのです。また国内の外国人登録法では、家族登録制度を導入しています。これは、家族という概念から、戸籍を基軸にするものとして、警戒が必要とされるものです。
戸籍がなくても、生活はできます。差別的記載(婚外子か否かを記す等)を拒否して届け出た出生届が不受理になっている婚外子の中には、戸籍のない子がいます。戸籍がないということが、とても大変と思われる方は少なくないと思われますが、学校入学も、選挙も、就職もできます。はっきりいって、大きな不利益を被られることなく普通に生活ができます。現在、渡航権(パスポート取得)が懸案になっています。逆にいえば渡航以外の全てに渡って、生活で困ることはないのです。戸籍をなくしていく運動を、推し進めていく必要を感じています。
戸籍は、私たちに何の利益も権利ももたらさないゆえ、マイナスの権利・すなわち差別だけを作っているのですから。国家の言うことを聞かなければ、差別するぞ!という脅しとして、使われてきているのですから。
つづき