はじめ

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73号

◎2003.3.9、エルパーク仙台で、「日の丸」「君が代」の法制化に反対する市民の会が主催する、教育基本法改悪に反対する学習会がありました。私が話題提供をしました。そのときの報告を、転載します。家庭教育までも、国家が管理しようとしています。おかしいです。誰かに生き方を決められてしまうのではなく、自分の生き方を、一人ひとりの自由を、追求していきたいものです。

これからどうなる?これからどうする! 
こどもと学校

土屋聡(小学校教員)

 私は、学校現場の教員ですから、研究者・学者じゃあないんです。学校現場で暮らしていて、私が思うことを話します...ということで、3.09の集まり(教育基本法を守ろう・学習会於:エルパーク仙台)で、話題提供をしました。短い時間ではありましたが、皆さんからいろいろ発言があったので、深めることができました。ありがとうござました。ここでは、当日の資料をダイジェスト版にして、報告に替えさせてもらいますね。

■まえふりとして、学校でのあれこれ
・自分のことは自分で〜
これは、なかなか大変なこと。でも、実のところ、自立(⇔服従)の一歩のように考えています。これまで毎年、一学期の始業式に、この話をしてきました。二年生にも、六年生にも、同じ。しかしながら、子どもたちは、ついつい「〜?」と言ってしまって、大変なことになっちゃったりするんです。...2003年度も昨年に引き続き六学年の担任になりました。今年もやっぱり「これは、君たちのめあてにしてほしいこと。自分のことは自分で...さあ、何が続くと思いますか?」と聞きました。「考える」「やる」などなど、予想通りでした。3.09のときと、まあ似た感じです。そうそう、めあては「自分のことは、自分で決める」でしたね。ん〜、これは大きなめあてです。

・自分のことば
大人は、どんどん自分の言葉を失って、何だかよく分からない無責任な言葉を使います。自分ではなく、誰かが言ったことを、そのまま話しています。感じたり、考えたりするのは、自分なのに、誰かの考え・感じ方を優先させちゃったりしていることってありませんか。その食べ物がおいしいかどうかは、自分で感じること。その映画が素晴らしいかどうかは、自分で感じること。その行為が間違っているかどうかは、自分で感じること。支配されない自分を生きるのは、なかなか大変かもしれませんが、支配されて悩んだり考えたりすることをやめてしまうよりも、ずっと豊かです。

・最後まで聴く
人の話を最後まで聞きなさいという大人が、子どもの話を最後まで聞かなかったりします。最後まで聞く、分かろうとする。そんな努力は、果てしない課題です。私は、今年六年生の担任をしています。卒業を前に、あらためて「最後まで聞きなさい」と言っています。「最後まで聞けるなら、君の話も最後まで聞いてもらえるんだよ」と言っているんです。これは、外国語を話す人にしても同じ。聞くこと・理解しようとすること。そんな努力を放棄することは、人との関係を自ら断つこと。世界を狭めること。どんなに話が難しかったり、つまらなかったり、自分と違う意見であったりしても、最後まで聞ける力を、私は身に付けたいと思っています。

■どうして教育基本法を変えるの?
 「それはね...」と、中央教育審議会中間報告概要を、私的な口調に直して、当日の資料には載せました。どうもT教育熱心Uというといいことみたいですが、その方向性やねらいが、重要です。何のためのT教育熱心Uかを見極めるのは、うんと大切ですね。
 今、政府ががんばっちゃっているT教育熱心Uは、一人ひとりの幸せのためではありません。国家の幸せのためのT教育熱心Uなんです。もう聞きなれてしまっていますが、「人材」ということばがありますよね。そこには、国家のために使える者(物?)という発想があります。パーツとしての、材料としての人なんです。かつて、国家のために殺されていった若者がたくさんいました。あのときの考え方と同じなんです。だから私は、政府のT教育熱心Uを危険視し反対するんです。
 さて、国家のためのT教育熱心Uな人たちは、教育基本法が作られた状況を、よく「戦後の荒廃期」と書いています。あたかも、不安定な、よく検討できなかったかのような表現の仕方です。私は、これは間違いだと思います。または、ずるいと思います。教育基本法は、戦争の過ちを繰り返さないためです。反省の中で、作られたのです。戦争犯罪を反省することを、善しとしない人は、ごまかそうとします、「荒廃期」だなんて。まさに、2003年の今こそ、侵略の歴史を振り返らなければいけない状況なのに! 

・家庭教育の法制化?
《家庭教育の現状を考えると,それぞれの家庭(保護者)が子どもの教育に対する責任を自覚し,自らの役割について改めて認識を深めることがまず重要であるとの観点から,家庭(保護者)の果たすべき役割や責任について新たに規定することが適当と考える。》なんて、中間報告には書いてあります。あなたの子育ては、法律違反だ!なんて、冗談じゃありません!

・子どもの責務?
《子どもが教育を受ける際に,恣意に任せて規律を乱す等の言動は容認されるものではなく,教員その他の指導に従って,規律を守り,真摯に学習に取り組む責務があることを規定すべきとの意見があり,引き続き検討していくこととする。》子どもの責務とはいかに! そもそも教育って、何だと思っているんでしょう! 国家のレールに乗っかり、国家の予定通りに、育つ...責務?! 夢も希望もない...国家が許可してくれた夢?認定された希望?

・何でも決めればできると思ってる?「愛すること」
納得をするための信頼関係がなくては、叱られても「へ」です。罰則を作っても、人の心は変わりません。ましてや「愛すること!」と、強制されて「愛」が生じるほど、人間は愚かではありません。法律を作っても、人は変わりません。ましてや、競争に競争を強いられている中で、説教されても、心には響きません。

・言うことを聞く国民
《よりよい国づくり,社会づくりを支えるのは,国民一人一人の自覚と行動である。このため,「公共」に主体的に参画する意識や態度を涵養する取組を重視していく必要がある。また,我々が個人としての自己実現を図りながらも,「個人」と不即不離の関係にある「公共」との調和の中で生活していくためには,社会的モラルや公共心,自立心,規範意識など,健全な社会の一員として必要な資質・意識とともに,より良い社会の実現に自分自身も主体的に貢献しようという「社会人」としての自覚を有することが当然に求められる。このような観点から,今後,以下の方向で施策を検討すべきと考える。 ○国家・社会の形成者としての資質を養う教育の充実 ○ボランティア活動や自然体験活動などの奉仕活動,体験活動の推進(再掲) ○道徳教育の充実(再掲)》ほ〜ら、やっぱり国家のための人材作り計画なんです。一人ひとりの幸せは、関係ないんだよ!という、教育基本法つぶしなんです。

■これからどうする?
 簡単に「ほいっ!」と解決できるコンビニエンスな方法はありません。だから、おかしいことにはおかしいと言うこと。そんなあたりまえなことを捨てないことから、始めましょう。差別されていい人は、一人もいないこと。闘うということは、嘘をつかないということ。子どもたちは、大人が思うよりも、うんとしっかりしています。学校で仕事する私は、結構希望を持っているんですよ。あわてない、あきらめない、そんな歩みを、一人ひとり進めて行きましょうね。...では、6/01の北村小夜さんの講演会でお会いしましょう!

《教育はお国のためにあるんじゃない!》北村小夜さん講演会
6月1日(日)午後1時半より 県民会館6階大会議室(仙台市・定禅寺通り西へ徒歩5分)
元東京の小・中学校教員、「障害児を普通学校へ・全国連絡会」世話人 
『一緒がいいならなぜ分けた』『「心のノート」を読み解く』など著書多数
主催:北村小夜さんをよぶ実行委員会