今回は、いろんな意見が出ました。意見の相違がありました。だから、よかったなぁと、私は感じています。「別姓を考える会」みたいなところに来る人は、少なからず同じような考え方をしている人が多く、どうしても「そうよねぇ!」「うんうん、分かる!」になりがちです。それはそれでいいんでしょうが、「いろんな生き方あっていい」と言っている会なんです。意見の相違、価値観の多様性を闘わせながら、認め合っていく、そんな時間は大切にしたいものです。
さて、参加者は、いつもの顔触れに、久しぶりの方、会員でなくて初めて参加の男性...の8名でした。テーマは「自然に生きていたら別姓でした」でしたが、まあいつものように、参加者の自己紹介から、話は始まります。今回は、久しぶりに参加した方の、周囲の別姓への無理解について...から、話が広がりました。別姓への理解無理解の具体的な話は、むしろ「家制度」の話題となりました。冠婚葬祭の際に、どんなことが要求されたか、何が問題なのか...などです。
たとえば、焼香の順番へのこだわりについて。故人との関係が深い順序で焼香かと思い気や、「家制度」として「定められた」順序を強いられたという話。冠婚葬祭で、台所に入るのが女性ばかりで、それについて全く疑問を持たない人が多いという話。いろいろと盛り上がりました。
意見の相違は、お金についてです。...ひょっとすると、「相違」ってほどではなかったかもしれません、私一人で「ん〜」と感じていただけなのかもしれません...。冠婚葬祭の面倒くささは、全部業者に任せることで済む...という話が出て、私は、考えました。お金が解決するのだろうか。お金が「家制度」を、包囲し、変えていくのだろうか...。私は、「家制度」という封建的な呪縛ときちんと対峙しなくちゃいかんなぁと、思っています。どうしたもんでしょうか。
あれこれと、冠婚葬祭談義をして、初めていらした75歳の男性Aさんが、まとめてくださいました。「戦争中、爆撃の下で働かされました。TそういうものだUと言われました。私もTそういうものだUと思っていました。でも、戦争が終わり、扉を開けると違っていました。TそういうものだUは、変わります。」
次回は、今回の続きということで、「お葬式の話」というテーマで設定します。どんなお葬式があったか。どんなお葬式をしたいか。はたまたお葬式とは何か...もしも、参加できない方は、是非文書で参加してください。お待ちしています。