はじめ

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68号

河北新報 からくりこらむ より

土屋聡

「千年後の子どもたち」(6/06)

「この頃の子どもは変わりましたか」と聞かれることがある。

 子どもは、原始時代から変わっていない。誉められたら嬉しい。嬉しいと笑う。失敗したら辛い。嘘付いたら嫌な顔になる。変わったのは、大人が作る時間・社会・環境だ。私は、明るい夜に慣れてしまった。でも、実は大人も変わっていないかもしれない。変わっていないのに、変わったつもりをして、あれこれと余計なことにあくせく。急ぎすぎる時間の中で、たくさんの忘れ物をして、どんどん貧しくなっているのかもしれない。

 天然に自信を持ちたい。自分の中の天然。自然や才能や本能でもない。元々ある力、輝き。私が生きる限り、私の中でひっそりと生きている私の天然。感動する心、感謝する温かさ、抵抗する魂。私の天然は、完成されきらない自分をずっと支えている。

 天然を失うこと。それは養殖に甘んじること。私は、養殖物にはなるのは嫌だ。自分を捨て、便利に改良された商品にはなりたくない。

 自分とは?自分らしさとは? 大切にしている何かは、確かにある。奪われたくない何か。それを守るため、ときに周囲の期待から外れ、理不尽な差別やいじめに遭うこともある。そんなとき、いじめる側に逃れるか、いじめと対峙するか。私は大らかに対峙したい。自分のことばで語れる自分であり続けたい。

 「この頃の人間は変わりましたか」と雲に聞かれたら、何と答えよう。不安ばかりの昨今だ。けれども、たぶん千年後もこの川の畔では、夕焼けがきれいだ。夕焼けに照らされたおじいさんが釣り糸を垂れ、もう少し遠くで自転車に乗った子どもたちがはしゃいでいる。どこかからギターの音がぽろんぽろん。千年後の今夜も、蛙たちの声が田んぼに響き渡ると、いいな。私は、未来を捨てたくない。あなたはどう考えます? この頃の人間は変わりましたか?

 私は、また旅を続けますよ。今朝は、修学旅行の朝。十五人の六年生と一緒に、新たな発見の旅に、さあ出発です!

※毎月一度の連載もおしまいです。半年間連載させてくださった河北新報に感謝です。