河北新報
からくりこらむ より
土屋聡
『賞味期限と毒のこと』(4/11)
大河ドラマ「利家とまつ」を見ていたら、まつが人の額に手を当て、熱がありますわと言っていました。私は、体温計にすっかり頼っているので、ちゃんと手で分かるかなと考えました。
賞味期限ってすっかり定着していますけど、登場したのはそう昔じゃなかったと思います。私は、匂いをかいだり、舐めてみたり、色を見つめてみることなく、賞味期限という数字を見て、そろそろ食べないとなぁとか、もうやめておこうとか、判断しています。自分では腐っているかどうか分からなくなっているかもしれません。
牧場の先生にお話を伺ったことがあります。馬や牛が食べるものは、毒じゃない。何が毒なのかを知っているから、動物たちに聞けばいいって。なるほど。そして私は、人間の失ってしまったものを考えました。
私は、市場が好きです。泥のついた男爵さん、わさわさ動くカニくんたち。威勢のよさと、ぴちぴちした魚たちの顔が好き。生きるって営みを実感します。でもスーパーでは、野菜も魚も、みんなパックの中に収まっています。パックがあると、匂いも伝わって来ませんね。野菜や魚と私の間に壁ができて、すっかり疎遠な関係です。食べ物じゃなく、商品なんだなって感じ。
腐っているか、そうでないか。毒か、薬か。発熱しているか、いないか。私たちは、そんな判断力をどんどん失っているようです。計器やらデータなしには判断できず、生き物たちとの距離がどんどん遠くなり、地球で孤立しそうな気がします。世の中は「便利」になり「進歩」していると言われています。本当なんでしょうか?
ひょっとすると、人に対しても、そうかもしれません。まるで賞味期限を見るみたいに、データやレッテルで、判断していそうです。ちゃんと出会っていないことって、ありそうです。私は、大丈夫かな? あなたは、どうですか? 出会いの春。語らったり笑い合ったりする時間を大切にしたいなぁって、思っていますよ。
『はっきり○○ること』(5/09)
「はっきり叱る・はっきり誉める・はっきり謝る」 私が1学期に子どもたちそして保護者に話す第一は、いつもこれです。私のめあてなんです。
叱るのって、結構疲れます。ぷんぷん怒るだけなら、簡単かもしれません。でも、感情だけを闇雲に表現しても相手には伝わらないもんです。だから、うまいこと教育的に響かせるのは、結構大変。ちなみにお節介でおまけに頑固者の私は、ついつい知らない子どもにも知らない大人にも、ずかずか話しかけちゃいます。「君たち、いじめたらいけないぞ!」と、髪の毛の長いバイク乗りのおじさんに言われた少年たち。みんなして息を止めていました。いじめられていた子も、びっくりして、みんなでまとまって、そそくさと去っていきました。「落としましたよ」と拾ってあげたことがありました。信号待ちで自動車の窓から投げられた吸い殻。運転手は、言葉にならない言葉でした。どこでも、まあ同じ感じなんです。
誉めるのって、大切です。みんな、誉められると嬉しいんです。嬉しいとやる気が出ちゃいます。大人も子どもも同じ。もちろん私もです。「○○ちゃんは、〜が得意だね」と言うと、不思議と本当に得意になっちゃうんです。病は気から。その逆もまた真なり。ただし、普段から本音で話していないと、効果はないかもしれません。自分のことばで話している日々があるからこそ、誉めるときのことばが活きてくるんです。
謝るのって、大人はみんな苦手みたいです。「すいません」は言えても「ごめんなさい」は、難しかったりします。大人には謝っても、子どもには謝らない...よくあります。子どもは、しっかり見ています。笑ってごまかしたつもりが、単なる信用ダウンだったりするんです。怖い。だから、私はきちんと謝れるようになりたいんです。信頼関係を、しっかり作りたいんです。
さて、皆さんは、どうです? 私は、まったく反省反省の日々ですよ、いやはや。
※次回掲載は、6/06。最終回です。