はじめ

目次

66号

河北新報 からくりこらむ より

土屋聡

なんで髪伸ばしてんの(1/17)

 いやはや、毎日おもしろいことをおもしろがっていると、いろんなことがあるもんです。

 私は、比較的髪の毛が長いんです。後で結んで八年になります。髪の毛を結んでいる男性って比較的珍しいから、いろんな人に出逢えます。「切れよ、その髪」という人には、何人もお会いしました。子どもたちも「切ってみてよ」と言います。旅で出会った人なんかは「陶芸か何かしているんですか」「じゃ、ミュージシャン?」って感じ。なるほど、髪が長い男性となると、そんな感じなんですね。でも私、何てことない普通の小学校教員なんです。

 よく聞かれます「なんで伸ばしてんの」って。私はその度に、いろんな答え方をしますが、まあ、これに尽きます。おもしろいから。いろんな人と出逢えるから。しかしながら、女の人にはなぜ「なんで伸ばしてんの」って聞かないんでしょう。ましてや「切れよ、その髪」って言わないんでしょう。その人には直接関係ないことなのに、どうして私の暮らし方に指示や、ときには命令までしたくなっちゃうんでしょうね。

 私は、北海道出身です。一番目の息子、いわゆる「長男」です。ですから、宮城県で仕事をして十年以上たっても、ときどき言われるんです。「長男なら、家に戻るべきだ」と。私は、その度考えます。もしも私が二番目に生まれた息子や娘だったりしたら、こんなふうに言われないだろうなって。私が一番目の息子だから、私の親を知らない人までもが、指示したり、ときには命令までしたくなっちゃうんですよね。

 私は、私の暮らし方を自分で決めていきたいんです。誰かに、人生を決められちゃうのは、嫌。ふむ、でも私自身、誰かの生き方を決めつけてはいないかな。皆さんはどうですか。

 さあて、明日はどんなことがあるかな、いやはや。

 

苦いチョコの思い出(2/14)

 いやはや、バレンタインデーとは、何とも罪なもんです。

 高校時代の私は、ヘビー級に無口で「学校に行っても誰ともしゃべらない記録」を更新する毎日でした。女友達はおろか、男友達も猛烈に少なかったんです。図書室の新潮文庫をわんこそばのように平らげ、やり場のない社会正義だけ燃やし、日記にあれこれ独り言していた日々でした。唯一、文化祭のときは、演劇脚本演出役として過剰に饒舌になり、後で独り思い切り落ち込んだりしたもんでした。

 私には、常に好きな女の子がいました。憧れの女の子。いつも全身全霊を傾けて、片想いでした。オーラだけ放って、話すこともできなかった私。ちょっとストーカーだったかもしれません。

 そんな私は、バレンタインデーが大嫌いでした。超緊張の一日だったんです。「あっ、ほしそうな顔している」とか「あいつは、一個ももらえなかったんだ」とか「あんたにあげるチョコなんかないよ」とか、実際には言われないのに、そう思われているんじゃないかという想像に縛られ、息苦しかったんです。だから一日中、下を向いて過ごしていました。そして「チョコレート、ちょうだい!」と臆面なくおしゃべりしているクラスメートが羨ましくてなりませんでした。ああ、あんなふうに自由に話せたら、どんなに楽だろう!

 チョコレートがほしいとか、恋人がほしいとかよりも、「チョコ、くれ」とか「愛してるよ〜」とへらへらしゃべられる自由。私は、自分で自分をふさぎながら、そんな自由が眩しくて、仕方なかったんです。

 あれから二十年以上過ぎ、私は随分変わったかもしれません。でも、自由に気持ちを表せなかった頃の記憶は、忘れてはならないなあって思っています。あなたは、自分の気持ちに正直に暮らしていますか。ふさいでしまって、疲れていませんか。

 今日はバレンタインデー。何のことはない、いつでも告白したり、愛を口にすればいいのにね、いやはや。

 

はてしない将来の夢(3/14)

 いやはや、子どもたちの成長は早いもの。もうすぐ卒業式。みんな、いい感じに輝いています。

 さて、数年前まで、卒業シーズンになるとサイン帳が流行っていました。かわいいメモ帳みたいなやつに、名前・住所・電話番号等を書くんです。「趣味」の欄。「好きなアイドル」の欄。「好きな食べ物」の欄。そんなのに続いて「将来の夢」なんて欄があるんです。私が何を書こうかと迷うと、子どもたちは「つっちー、もう先生だよ」「もう大人だから、書かなくていいよ」と言いました。「むむ、大人に夢はいらんというのかい? まだまだ人生楽しまんとのぉ」と言い返す私。大人になってもいろいろ楽しそうだなあと、子どもたちに感じてもらいたい私は、ちょっと「将来の夢」にこだわる大人だったんです。

 ふと、六年生のカードを見ると「Jリーガー」とか「デザイナー」の文字。なるほど、「将来の夢」とは、職業選択のことでしょうか。確かに、思い起こしてみると、小学四年の僕はドリトル先生に憧れて獣医に、六年の僕は新聞記者や報道カメラマンに、中学生の頃には映画監督になるのが夢でした。職業選択がそのまま実現させたい「将来の夢」のようでした。

 そんな私は結局小学校教員という職業を選択しました。子どもたちに言わせると、ここからもう「将来」はないかのようです。でも、憧れる暮らし方、実現させたい野望、いろいろ密かに「将来の夢」はあるんです。

 自給自足半農半漁。定住せずに諸国を巡る旅暮らし。居酒屋の料理人。バンドを組んでコンサート。子どもたちに囲まれ賑やかに暮らす・・・あれっ?「夢」と言いながら、どれも何とかすればできそうな、そんな感じがします。ちょいと踏み出せば、実現できそうなこと。ちょいと踏み出さないばかりに、実現していないこと。

 さあ、あなたの「将来の夢」はどんなものですか? 思い描くだけで、すぐに諦めてはいませんか? もう春です。スタートの季節です。

※6月まで、毎月半ばの木曜日に掲載されています。次回は、4/11です。