はじめ

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63号

子どもは親の所有物?!・日本人の犯罪
〜ある小学校教員の毎日...より〜

きりぎりす

2001.07.25.

 今日は、夕方から介護へ行きました。出かけに、扇風機で指を切りました。小指。うんと痛い。ここのところ、悪いことばかり続きます。職員室で僕の前の席の先生に「おはらいしてもらったら?」と言われるほどです。

 陸羽東線では、雑誌を読んでいた僕も、小牛田からの東北本線では、眠りました。すっかり仙台まで眠りました。窓が開いていて、風がうるさかったものの、気動車の扇風機を懐かしみつつ、眠りの世界に入り、すぐに仙台に着きました。そして名取。

 あたりは、雷に支配されていて、ちょっとドキドキでした。介護先のお母さんが、心配しないよう、コンビニで傘を買おうかと思いましたが、カッパが同じ値段だったので、カッパにしました。僕は、四輪車と同じくらい、できれば傘に世話になりたくないんです。夜道を歩きながら、雷にドキドキ。「おはらいしてもらったら」という言葉が頭をよぎります。落ちるかもしれない...

僕は、屋根のあるところで見る雷が大好きなのですが、それって、戦争のドキュメンタリーを見るのが好きっていうのと、同じくらい自分本位なんだなぁと、今夜感じました。恥じました。当事者という視点を、失うまいぞ。

 帰りは、新幹線でした。仙台から古川までなので、いつものようにデッキに座り込みです。隣には、お姉ちゃんが二人。携帯を掛けていました。「あたしたち、今日家ないんだぁ」と、あちらこちらに、掛けていました。僕は、缶詰めお酒を飲み、雑誌を読んでいるふりをしながら、様子をうかがっていました。

 10代って感じの女の子二人。携帯の会話から、仙台に遊びに来たということは、分かりました。今日、泊まるところを、探していたようです。ある友だちは、もう眠っていました。ある友だちは、「それならホテルに」と言ったようです。「そんな気ないから」という会話がありました。頑張ってあちらこちらに掛けました。どうなるんだろうって思っていたとき、ふと「すいません」と声を掛けられて、驚きました。「これって古川に止まりますよねぇ」「えっ? ああ、古川に止まりますよ。大丈夫ですよ」盗み聞きしていたことをとがめられたんじゃないかと、ドキドキしました。大昔の僕は、きっと彼女らを嫌悪したでしょう。でも少し昔の僕は、彼女らに「どうするのさ」と話しかけたでしょう。今の僕は、タンクトップに短パン、髭づらの長髪ではあるものの、いかんせんおじさん。どうも日記のねたにしかなりませんね。ドキドキした自分に、中年を感じました。あの子たち、結局、どうしたかな?

 帰ってきたら、連れ合いのぴよさんが、テレビを見ていました。日本赤軍の娘がどうのこうのっていう番組。ちょっと「!」って思ったんで、書きますね。

オウム真理教の幹部の子どもが、学校に通うことを、自治体が云々するということがあったじゃないですか。けれど、クラスメートが、友だちなんだからと、大人に告げたという話。あれって、とても自然だなぁって思いました。そして、大人って、不自然だなぁって、あらためて感じたんですよね。

 それと、同じことを感じました。よど号を乗っ取った犯人の子どもだからって、どうして「運命」を背負わなければならないのでしょう。乗っ取ることが犯罪ならば、問われるのは乗っ取った本人で、その子どもがなんやら言われる筋合いはありません。でも、この列島では、親のあれこれを、子どもが引き継ぐように、できています。この度の参議院議員選挙然りです。二世議員って、何なんでしょう。血縁? なんのこっちゃ?です。〜ブランドなんて言われた日には、政治とは何ぞ!?とぶちたい思いです。

 良きにせよ、悪しきにせよ、子どもに親を選ぶことはできません。子どもに、親の人生を継がせるのが、「常識」とするならば、大きな人権侵害と言えるでしょう。子どもは、親が誰であれ、なにより一個の人格なのですから。日本国憲法に「門地による差別」を行わない旨記されていますが、最大にして最悪の差別は、〜家、〜の子という差別と言えるように、僕には感じられます。逃れられない差別。「家族の一体感」などというなま温かな呪縛が、僕には、問題視されてなりません。親が子を教育していくことに、育んでいくことに、異論はありませんが、あたかも「子どもは親の所有物」または「親と子は一体」「親の血を引く」系の話は、本当に子どもという人格を軽んじていると言えましょう。そのような発想は、きっとせっかんや、心中を育みます。まさに「子どもの権利条約」を読みなさいよ!と言いたい、今日の番組でした。「江川さん、常識ってなんですか?」僕は、いろいろ考えましたよ。(後略)

 

2001.08.7.

今日は、ギターの練習をして、昼寝して、川渡温泉藤島旅館に行って...という日でした。もうすぐ旅に出るつもりなので、ちょいと安静にしていたんです。

 かつて広島に在住されていたというiさんから、昨日メールが届きました。

<ケロイドだらけのお好み焼き屋のおばちゃんや、夏になると鼻血の止まらないおばちゃん達と生活の中で接して...>

ということばを見つけました。心がずんとしました。僕は、まだまだ人に出会っていないなって、思いました。もっともっと、たくさんの人に出会い、学びたいです。iさん、ありがとうございます。

 広島の人 パレスチナの人 南アフリカの人 アボジリニの人... 僕の中には、イメージばかりがあり、全然顔が浮かびません。顔の見える、声の浮かぶそんな関係が必要なんだなぁ。

 マスコミの報道に、犯罪の犯人または犯人容疑者として、「〜人の」「〜国人の」という表し方が、この頃ますます目立ちます。僕は、嫌な気持ちです。ある国の名前をことさらに強調することによって、日常の中の疎外感を増長しています。まだまだ江戸時代を引きずっているこの列島では、日常の中に「鎖国」があるんですね。残念なことです。まだ出会っていないその国の友だち。僕自身、たくさんの人に出会いたいです。そして、子どもたちにも、たくさんの人に出会ってほしいと思います。たくさんの人との出会いを阻害するような報道は、止めてほしいな。あえて国名を言うなら「日本人の」という表記もすればいい。

 昔、僕が予備校生の頃、世界が一つの国になればいい、と考えたことがありました。でも、今はそう思いません。一つの国もなくなればいい。国家って、国境って、なくなればいい。ああ、ジョンレノンさんの「Imagine」が聞こえてきます。(後略)

※「ある小学校教員の毎日〜夕張の父さん母さんへ〜」という日記サイトから転載しました。

 http://www.d3.dion.ne.jp/~kili/(ヤフーで「ゆうばり」と検索すると、分かります)