『別姓通信』55/2000.04.16より

■年度始めの別姓相談室報告 2000.03.25.14:30-16:30 エルパーク仙台和室

さぁ4月から新しい暮らし!:報告

編集部

 年度末の何かと忙しい中、エルパーク仙台の和室で、別姓相談室を持ちました。今回は、4月から新しい学校・職場などで、新しい暮らしをスタートさせる方を対象に企画しました。参加者は12名。「さしあたって大きな問題もないのですが、来ました」という会員の方が多かったです。

 参加者の中には、予備校の先生(別姓を考える会会員)に誘われて来た学生Tさんがいました。彼女は、別姓を選択しようと思っているわけでなく、いわゆる社会勉強のために、やってきました。そんな彼女が「どうして、別姓にするんですか?」と質問をし、みんながいろいろ答えるという感じで、会は進みました。Tさんは、この春から仙台市内の大学に進学するとのことでした。また、のぞきにきてくださいね、Tさん。

 また、今回も秋田から参加者がありました。雪の東北道を、カップルでやってきたMさんとMさんです。妻のMさんは、婚姻届を出したけれど、これまで通りの姓を名乗ることを希望していました。夫のMさんは、別姓に積極的ではないようでしたが、どんな感想を持たれたでしょうか。Mさんの話の中で、健康保険証で、通称を使う方法などの情報交換もありました。運転免許証の話も出ました。県内のHさんが「その手があったか」って顔をしていました。やっぱり、みんなで会っての情報交換は、有意義たなぁと感じましたよ。

 Fさんからは、国際結婚の話題がありました。そうです。別姓のほかにも、様々な差別・無理解が、ありますよね。いろんな生き方あっていい!って、わざわざ言わなくていいような明日を作っていきたいものです。

 次回は、6月3日です。初めての夜の部の別姓を考える会です。これまで、時間が合わなくて来れなかった方、是非ご参加ください。

 

会員のみなさんより

編集部

 郵便振替用紙の通信欄にいろいろ書いてもらうことが多くなりました。いろんなところで、いろんな暮らしをしているんだなぁと、実感します。これからも、葉書や電子メールで、お便りを頂きたいです。よろしくお願いしますね。また、掲載不可の場合は、その旨書いて頂けると助かります。

◇わけあって「妻の氏」で婚姻届を提出して、はや9年。職場は旧姓使用などまったく認めてくれないところで、民法が変わってくれることだけが望みなのですが、あまり期待しているとがっかりするので、半ばあきらめながら、「別姓通信」を元気の素にしています。ちょっと根暗かな?(Kさん)

◇明けましておめでとうございます。なかなか集会に出席できないでいますので、1月15日は、会費のお支払いのついでに顔を出そうと思っておりましたが、別の会の通信発送が午後から予定になっておりました。残念!年が明けてから2ケ月半も過ぎてしまった3/7(Sさん)

◇樋口典子さま遅れてゴメンナサイ。夏にでも会いましょう。上京の折はレンラクを!(Kさん)

◇別姓通信ありがとうございます。結婚という制度を利用して17年になります。最初は通称使用、ペーパー離婚後、4日(仙台市では配偶者が同じ場合4日で認められます。)で再婚。現在は夫が通称使用になっています。将来は事実婚と別居をと考えています。仙台に引っ越してきて9年。ちょうど別姓の会と同じ年です。こちらに来て、仙台の友人に「別姓の会」の事を聞き、入会したのが5〜6年位前だったと思います。でも仕事がサービス業の為、たまにある例会にもなかなか参加できないでいます。土曜のPM2:00〜ではなく夕方PM6:00からだったら参加できるのですが、残念です。(Nさん)

◇会費納入遅れてすみません。ごぶさたしております。子どもがずっとかぜ気味で、会のほうには参加できないでいます。今月は大丈夫かなと思っても当日具合が悪くなったりしていました。子ども関係は戸籍名のためますます、厳しい現状です。(Kさん)

◇毎号楽しみにしております。ありがとうございます。なのに会費の滞納・・・申し訳ありません。2年分(昨年分と)振り込みます。佐野さんはご存知でしょうが、わたしは逆通称使用。これはこれで不便なものです。(Sさん)

 

会員間交流についての続報

編集部

 前号で、交流したいと呼びかけている方がいますよ、どなたか連絡を取られる方はいませんか?と載せたところ、すぐに4名の方からお便りが届きました。ありがとうございました。さっそく神奈川県のOさんに連絡しました。Oさんのほうでは、現在あわてずのんびりと連絡を取り合っているとのことです。

 ここのところ、仙台での集まりにも、東京や秋田など遠方から足を運んでこられる方が増えてきました。前号でも書きましたが、郵送されて届く『別姓通信』や、インターネット上の別姓を考える会のホームページから、T文字としてのデータUは大量に得ることができます。数年前と比べ情報量は比較できないほど多くなっています。けれども、実際に会って話したり聞いたりして得られるものは、紙やインターネットでの情報とは比べられないものがあります。切迫した課題がないという方でも、どなたかと会い、話しをする機会を持ってみてはいかがですか。いやむしろ、「お願いします。会ってください」と言う感じかもしれません。専門家でない方の一言、フツウの生活をしてきた方の一言が、しんどい課題に悩む方には、大きな力になるときがあるんです。是非、あなたの力を貸していただきたいと思っています。

 郵便でも、電話・ファックスでも、電子メールでも、結構です。近所の方と連絡をとってもいいよという方、是非編集部にご連絡ください。いきなり会うというのも、なかなか大変かもしれません。「まずはお友達として...」と同様、「まずはメール友だちとして...」でも結構です。お待ちしております。

〈編集部:tutiya@fsinet.or.jp〉

エンパワーメントセミナー「別姓を考えよう」

樋口典子

 さる3月13日(月)宮城県で唯一「男女共同参画宣言」をうたっている県南の柴田町で町の女性政策係の主催により「別姓を考えよう」と題して話をしてきました。

 初めに会場の責任者(男性)にわたしの名刺を出し、「別姓を考える会の樋口です。」と言うと「俺は別姓反対だからっしゃ。」と思いきりジャブ。このような中でも参画宣言にこぎつけた担当の方のご苦労をしのんでしまいました。

 集まったみなさんは、地域で民生委員さんなどをやっている女性の方が30名あまり。夫婦別姓の法制化や考え方、全国的な動きなどわたしの話を切り口に姓について、家族について、夫婦について、性別役割分担についてなどディスカッションをし、話はどんどん広がっていきました。中でも印象的だったのは、「お墓」の話と「冠婚葬祭」の話。後継者が女性だけだとお墓は継げないといわれた。でも継げない墓でも管理費は自分(女性)が払っている。」「冠婚葬祭で出すさまざまなお金の名前は男性。でもお金を出しているのは自分の稼ぎの中から。でも名前が男性なので出された人は(たとえ自分と配偶者が並んでいても)男性の方にしかお礼を言わない。どうも腑に落ちない。」など普段は「かたれないことだっっちゃね。」ということをわいわいと出し、時間を30分もオーバーするという和やかなセミナーでした。

 最後に、「ぶつぶつ言っただけでは世の中は変わらない。自分たちで変える努力をしよう。」「特に子どもには男女の別なく家事をやらせよう。」などの発言は心強く感じました。

 女性政策を担当している担当の方は「まず、いろんなところに顔を売って、女性政策をすすめていってるの。」とパワーあふれる女性です。このエンパワーメントセミナーは予算の関係で1999年度で終わってしまうそうですが、また別な取り組みを考える。ということです。桜の花で有名な柴田町ですが、女性政策を考えている人は、人口比で考えると多いほうだ。ということです。春一番にはちょっと早かった強風の中元気をもらった一日でした。

 

通称名で表彰されました!

樋口典子

 仙台市職員として通称使用している私ですが、この3月、仙台市長から通称(旧姓)名で表彰状をもらいました。

 仙台市では98年の職員録から通称使用が認められていますが要綱はなく、「職員録」と「席次表」のみということになっておりました。この度、市長からの表彰にあたり担当課から「戸籍名で」という打診がありましたが、「通称で仕事をしているので、表彰も通称名でいただきたい」と話をしたところ、そのことを聞いた仙台市長が「ご本人がそう(通称にしたい)おっしゃるのならそうしたらいいのではないですか。」ということで、あっさり通称での表彰になりました。ちなみに報奨金の領収書も通称名(印鑑は名)でOKでした。

 ちなみに宮城県での通称使用要綱では表彰については「所属長の行う表彰」が通称ということになっており、「こっちは首長だぞ!」と威張りたい気持ちです。表彰された内容も嬉しかったのですが、表彰状に書いてある「樋口典子」の名前もさらに嬉しかったです。

 

「自由」の強要は、自由じゃない

土屋聡

 これまで何年もずっと、年度終わりと始めの職員会議で話してきたんです。けれども「時期尚早」と論議されないまま、触れられないできたんです。性別混合名簿のことです。それが、私の通う学校でも、この春から突然、公用の禁が解かれ、使われるようになりました。念願が叶ったようにも感じられるのですが、私はちっとも嬉しくないんです。

 私の知る限り、昨年度から今年度にかけて、宮城県内の少なくない数の学校で、性別混合名簿が使われ始めています。その多くは、校長や町教委の指示で始められています。「本校でも、来年度から混合名簿になります...」という具合に。私は、何の論議もなく上意下達で性別混合名簿が使われていくことに、違和感を抱いています。正確に記述するなら、何の議論もなく、性別混合名簿を使わされていくことに、違和感を抱いています。なぜ性別混合名簿を使うのか。本当にそれでいいのか。そもそもの問題の焦点は何なのか。私たちは、個人として、向き合い、論議をするべきです。納得のいかないまま「指示だから」と、性別混合名簿を使い始める人は「どうして変わったの?」と言う子どもに、何と答えるのでしょうか。「きまりだからだ」なんて言ってしまいそうで、心配です。

 子どもを呼ぶときは、「さん」に統一しましょう、という話も聞きます。「君」「さん」を性別によって使い分けるのが、よくないという考えです。そうかもしれません。けれども、「君」禁止をすることによって、どんないいことがあるのかな、と考えます。呼び捨ては子どもの人権上問題だ、という話も聞きます。でも、Tとにかく敬称を付けるUなんてことでいいのでしょうか。ひょっとすると、ランドセルの色も、「黒」と「赤」ではなく、全員「黄色」に、なんて話も、どこかでされているかもしれません。

 私の不安は、論議なく開始されている(開始されたかのようにとられている)「ジェンダーフリー」が、一人一人の人間の多様性を、むしろ閉塞させるのではないかということです。そもそも「フリー」を目指すものなのに、禁止事項が増え、チェック項目が増す事態になりはしないか。「それは差別だ」と指摘されることを恐れ、PL法的に事なかれ主義に(今以上に!)陥りはしないか。ますます官僚主義が蔓延し、責任転嫁が増えはしないか。私は、じぇんじぇんフリーにならない「ジェンダーフリー」を、何とかしなくてはいけないと思っているんです。

 私は、自由に言いたいことを言いたい。私は、自由にやりたいことをやりたい。けれども、そんな自己実現を、困難にさせる理不尽な縛りが、社会にはたくさんあります。あたかも「正義」のような顔をして、それでいて諦めを強要する権力。私自身の子ども時代を振り返ると、学校や家庭での「教育」が、ときにはそんな縛りでした。子どもだった私は、ストレスに悩み、気を使い、よけいな我慢を強いられました。ですから、今を子どものして生きる人たちに、同じ辛さを強いたくはないのです。人生はいろいろあって、楽しいんだよ! もっともっといろんなことがあるんだよ! と、明るい未来を語りたいんです。そして、いろんなことをしたいなぁ、という子どもたちの応援をしていきたいんです。縛りを解いて、希望を手にしたい・させたいんです。

 ジェンダーフリーはたぶん、縛りを解くためのアクションです。なのに、いつの間にか一つの縛りになっていないか。いつの間にかに一つの権力になっていないか。私は、これからが始まりなのだと、感じています。これから、どんな論議をしていくか。自分の言葉で、どんなふうに語り合えるか。模索していきます。保護者として、地域の人として、学校に関わる方、ぜひ学校に、いろいろな議論を持ちかけていってくださいね。(2000.04.16.)

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