
[スクリーンセーバーについて考える]
スクリーンセーバーというのは、そもそも画面の焼き付け防止のためというのは
周知のことですが、最近のスクリーンセーバーは、ほとんどそれを無視していると
言ってよいかもしれません。本ホームページで掲載している作品も
「ダイヤモンドダスト」や
「シャンデリア」を除くものは、全て
焼き付け防止なんてことは頭の片隅にしまい、ただひたすら見栄えだけを追求
して作ってきたものです。あくびの場合は、Windowsに標準添付されて
くるスクリーンセーバーを見て、天下のマイクロソフトさんが無視するんだから
自分もと思った次第です。この後押しがなければ、
「虹セーバー」や
「おっぱいプルプル」などの壁紙を利用
した作品をつくろうなど考えつかなかったと思います。
焼き付け防止を優先して考えていると、本来は真黒な画面をベースにするしかない
わけで、そんなのほんとつまらないものです。
若干話はそれますが、
たった今世界中の電源ONのパソコン(特に会社関係を含める)のうちスク
リーンセーバーが起動しているものはいったいどれぐらいあるだろうと考えて下さい。
残念というか幸いというかひょっとすると最も稼動率が高いソフトかもしれません。
だからこそオシャレでないといけないと思うのであります。
オシャレというのは既成概念を取っ払うところから入らないといけません。
最近ファッションショーなどで出てくる服をみて下さい。
はっきり言って??? いやいや凡人の私には意味がわからないだけ
なのですが...どうも支離滅裂になってきたようなのでこれで終わります。
スクリーンセーバー万歳!!
正確に調べられていませんが、世界中にはスクリーンセーバーだけでも数千種類
あるとされています。Windows版だけに限っても例えばアメリカの有名ダウン
ロードサイトhttp://www.shareware.com/
では400種類弱(98/12現在)、日本最大のダウンロードサイトの
ベクターも、約250種類(98/12
現在)ぐらい掲載されていて、増える量も加速している状況です。
オンラインソフトのカテゴリーは、ゲーム、通信、ツールなど様々ですが、その中で
も最も数の多い部類に入ります。海外ではスクリーンセーバーのコンテストがあったり
して、奥の深い分野になったと言えるでしょう。
しかし、ここまで増えてくるとスクリーンセーバーにもいくつかのパターンに
分かれることが判ってきます。
パターン1:あらかじめデザインされたビットマップを動かすもの
国内でも海外でも一番多いパターンのスクリーンセーバー。デザイン力がすべて。
パッケージ化され店頭で売っているものも多い。あくび作には無いパターン。
パターン2:画面のビットマップを変化させてゆくもの
ちょっとしたジョークもので、マイクロソフト純正のものやシェアウェアに多い。
あくび作では、
「おっぱいプルプル」や
「蜃気楼」など。
パターン3:自然現象やある事象を模倣するもの
雪が降ってくるものや花火関連など、この部類のものは本来のスクリーンセーバー
の役割を果たすものが多い。
あくび作では、
「虹セーバー」、
「オーロラ」、
「ダイヤモンドダスト」
など。
パターン4:数学模様(フラクタル、ライフゲーム)を利用するもの
意外と美しいものや面白いものが多い。
あくび作では、
「The Space of Life/生命の空間」
海外もので「Electoric」はすばらしい。
パターン5:画面をもてあそぶもの
これは、あくびオリジナルの、
「フライトステージ」、
「21世紀デスクトップの旅」
「4次元ウィンドウ」のパターン
で、パターン2に似てはいるものの特に画面を変えているわけでもないので、特別に
分けました。
このようなノリは、今のところ世の中でもあまり見ないパターンです。
ところで、世界のスクリーンセーバーということでは、 http://www.topfile.com/ss/な どは、カテゴリー別になっていたりしてよく整理されています。ちなみにこちらの Artisticコーナーでは「おっぱいプルプル」の英語版 "Bouncing Boobies"も公開していただいています。
人工生命は、実はあくびが学生時代(?年前)から最も興味を持っていた分野です。
始めてパソコンを購入したきっかけも、自己増殖プログラム(最近蔓延している悪性
ウイルスとは違いますので、誤解のないように)を作ってみたいという願望があった
ためでした。人工生命と一言に言ってもコンピューターの中のプログラムだけを指す
わけではないのですが、生命のもつ天文学的情報量を模倣させるためには、コンピュ
ーターを利用したシミュレーションに頼るしかないので、研究する人は自然とプログ
ラムを作ることから入っていることが多いようです。
いくら興味があるからと言っても人工生命を簡単に造り出せるとは思っていません。
つくずく最近はそう思っています。本ホームページで掲載しているライフゲームの
紹介文でも軽々しく「人工生命」などと言葉を使っていますが、これは誇張表現なん
です。この地球に存在する生命をイメージする場合、動物も植物も基本は全て同じ
形式のDNA型の生命なわけですが、これの模倣というアプローチでは、いくらコン
ピューターが進化しても、その莫大な情報、時間、空間の中で繰り広げられてきた
営みは、一寸でもまねできようがありません。
では、この分野はあきらめた方がよいのかというとそうではないと思っています。
NASAなどが地球外生命の探索で、力を注いでいたりしますが、私たち地球上の
生命と異なる形式の生命を知るということは、生命の尊厳を再認識することにつながる
わけで、少し大袈裟ですが人類の意識にとってほんとうの意味での進化になるものと
思います。
ライフゲーム?ほんとうは生命と
程遠いかもしれませんが、そういった意識を少しでもキープさせてくれるところが
あるんです。
自分で上の文章を読み直すと、(生命)=(地球上の動物や植物のようなもの)
を前提にしているところが引っ掛かるのですが、やはりこれも偏見でしょう。
ほんとは「生命」とは何なのか?というところはもっと重要です。