中米のパナマに来ている。仕事はきのうのうちにあらかた片付けてしまった。サンタ・マリア・ラ・アンティグア大学で講演し、政治家なのか学者なのかよくわからない学長とも夕食をともにした。若い学長の語り口はおそろしく長ったらしくて、内容を把握するのに骨がおれた。途中から意味を追うのをあきらめて、適当に相づちをうって、蟹や海老を食べることに専念した。
いまはホテルの部屋の窓辺にすわって、暮れゆく太平洋をながめている。バルボアが十六世紀の初めにこの海をみて、太平洋と名づけたのはうなずける。湖のようにおだやかだ。パナマ運河を抜けてきた船が、音もなくゆっくりと海面をすべっていく。船尾をみていると、どの船もかわいくて、たよりなげだ。
今朝はタクシーに乗って、パナマの旧市街へいってみた。きのうも近くをとおったので、だいたいの方角はわかっていた。パナマ市は小さな町だ。道路がやたらと広くて、家並みが低い。こちらはまだボンネットバスの全盛時だ。赤や黄の派手なボンネットバスとどんどんすれ違う。旧市街の手前に、そうしたぴかぴかのボンネットバスが一台乗り捨てられてあった。略奪にあったみたいに窓もドアもすべて開け放たれ、細長いシートがひとつ開いた窓から突き出している。ぬけるような青空の下でその光景は、どこかこっけいで、無残だった。
旧市街に足を踏み入れると、とつぜん空気が濃密になる。道路がぐんとせばまり、軒先にぼんやりと突っ立っている黒人の姿が目立つ。ちょっとおっかないな、と思いながら迷路のなかに分けいる。バルコニーが張りだした家並みは、コロニアル風でおもむきはあるが、さびれて、わびしい。玄関先の石段に腰をおろした太ったおばさんが、しかめっつらのままじっとこちらを見ている。
ぼくは緑色のペンキがはがれかかった街角のカフェに入る。なかはほの暗く、ひんやりとしている。金属のテーブルと椅子が無造作にならび、マスターがカウンターのうしろで頬づえをついてラジオを聞いている。ぼくをチラッと見ただけで、動こうともしない。ぼくは奥のテーブルにすわって、大きな声でカフェ・コン・レチェをたのむ。
熱いコーヒーと牛乳がべつべつのポットに入ってでてきた。ぼくはそれを半分ずつカップにつぐ。一口すすると、さまざまな遠い記憶がよみがってくる。マドリード、メキシコシティ、リマ……
ラジオで神父が「汝らは地の塩なり」の一節をひいて説教をはじめた。その声は熱っぽい。きょうは日曜日だったのだ。マスターは何やらうなってラジオのスイッチをひねる。するとざらざらした音につづいて、やわらかな凛とした歌声が流れてきた。ティト・ロドリーゲスかな、とぼくは聞き耳をたてる。DJはきょうが彼の二十年目の命日だといっている。甘くてのびやかな声は、うらぶれたカフェテリアをやさしく包みこむ。あたりの空気がきらめきだす。マスターのしおれた体にも生命力が吹きこまれていくようだ。ぼくは肩の力をぬいて二杯目のカフェ・コン・レチェをつぐ……。
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panama/ CAFE CON LECHE