■2002/08/31 (土) 宿題 バイオなサイエンティストの中川大地君に息子の宿題のことで電話。
御題は『炭酸水素ナトリウム/NaHCO3』の熱分解。
私もうすっかり忘れていて、本屋に参考書買いに行ったら売り切れで、得意分野であったはずなのに、思い出せない自分にパニックしたまま夜間でも実験室にこもっていることがある理系オーバードクターな彼に泣きついたというか何というか。
NaHCO3の熱分解時の性質を利用して日常生活に使われているものは何か?
答えは、カルメ焼き。
カルメ焼き……
今は日常生活では作らないって。
私らが子供の頃はお玉使って作ったけど。
ついでにNaHCO3は台所に常備している重曹の事だった。じゃあ『ふくらし粉』じゃん。なら我が家の場合はホットケーキとか蒸しパンに使う。
ワラビの灰汁抜きに使うし……
息子がキチンと勉強しないから悪い。
あう……
まだ宿題残っているよ。
キチンと勉強しない息子とあつみちゃんの社会科の宿題の手伝い。
で、御題は山形旅行計画。
時刻表の読み方教える時点で癇癪寸前になり、山形を習っていながらどこに行きたいかという具体案出せないのにブチ切れる。
で『るるぶ山形』を書店に買いに行き、それぞれに読ませて行きたいと思うところメモしろと言い渡す。
あぁ、あと家庭科と国語が残っている。(注/あつみちゃんは社会だけが残っている)
8月が終わる……
■2002/08/29 (木) 〜31日 残暑 あつみちゃんママと、天然石のビーズ素材を楽しむ。
私たち子供たちの宿題に疲れているみたいで、癒し系の石とか色とか音楽とか求めていたり。
頑張ろうね、あつみちゃんママ。
夏休みが終わったら、一緒にビーズアクセサリー制作に挑戦だわ。
講師は小娘先生。
受講料は天然石のビーズらしい。
某企画書やっとOKが出て力が抜けた。でもこれから。
でもこの企画二年前の十月からあれこれなものであったりして。
私はしつこいのかも知れない。それに引き入れた方たちには申し訳なささもある。お金になるのこの調子だと来年の春過ぎそうだし……
今月で私の定期収入終わり年老いた母に今まで通りにお小遣いを渡せなくなる。
女性向けオンラインゲームのβ版テストプレーヤー募集に応募した。
http://www.s-garden.com/
30日
午前九時半
母倒れる。
救急車呼ぶ。
午後一時半タクシーで帰宅。
お医者さんから「お母さんはもう若くはないのだから云々」とあれこれ。
戦記ライターとして接してきた方たちは母より年上がほとんどだから、70歳って若いと思っていたりしたのが悪いのか。でも母は私が「これは食べるな」「今は暑いから外出るな」「病院へ行け」と言ったって聞かないんだもの。
んで病名は腸炎。
三日前から痛かったのを我慢していたあげくでした。
災難だったのが留守宅を守っていた小娘。
私が弟の(叔父さん)留守電に伝言入れたものだから、弟心配して電話してきて、小娘に「なんで面倒みてないんだ」と怒鳴ったとか。
弟さぁ、子供生まれて半年近く、車で10分の距離に住んでいながら一度しか母の所に子供を見せにこなくてさぁ、そりゃ無いんじゃないの。
かあさんは、あんたの扶養になっているのから健康保険使うとお前に病気がバレルと心配かけると、自費で医療受けると言いだしたりしたんだぞ。
私の財布の中身みせたら健康保険使う気になったけど……
31日
弟夫婦が赤ちゃん連れて来た。
母、とても機嫌良い。
良かったね。
■2002/08/24 (土) 〜28日 夏休み恒例の 夏コミがとても楽しかった小娘、冬コミには売る立場になりたいという壮大な野望を持った。そして小娘なりに色々と考えた。
「最近やりはじめたビーズの手作りアクセサリーとかで売り子やりたい」
そして練習と称して、指輪・ネックレス等を以前より丁寧にちまちまと作り始めた。で仕上がると親しい友人たちにプレゼントして反応を楽しんでいたまでは、まぁ可愛いというか……が、それを見た他のお友だちが「お金払うから私にも作って」と言ってくるからと夜なべな生活に突入。
これは良いことなのだうかと、母親として葛藤していたりする。
息子夏休みの宿題な夜なべに突入。
28日
息子の宿題、やっと三分の一終わる。要領悪すぎる。
某さんにトウモロコシの御礼電話をしたついでに『ヒカルの碁』の人間関係がどれほど素晴らしいかと小一時間。
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酷暑疲れした近しい友人たちが私の声を聞いたとか家に来たとか言いだしはじめた。
なんか心配させている。
この夏一番面白かったのは、そういう話しを一度もしたことがないI家ママが私を見て話したと言いだしたこと。
もちろん夢です。起きていたつもりで夢を見ることは良くあること。
千秋が心配して「失踪したいのなら明石か長野にしてくださいね。丑の刻にベランダに立っていたとしてもキチンと休ませてあげますから」と言ってくれたので少し気が楽になった。
暴が自宅に出没した人魂つきの私に驚いたとか。それって何?
25日
重箱の隅に悩みまくってからメールする。
26日
小娘とビーズの材料の買い出し。
「練習用は百円均一店のビーズで充分」といのが小娘の出した結論。良い形が出来たときには手芸店で同じ形のビーズを購入している。
池上君と電話でうち合わせ中に息子が宿題の質問をしてくる。
それ聞いた池上君「夏休みの宿題に追われているとおっしゃるから、小娘ちゃんだと思いました。息子君は真面目だからもう終わらせているかなと」
息子はそういう意味での真面目ではなくて要領も悪い。
小娘は要領スキルが年々アップ。
夜、中学校PTAの夜警に出て一時間ほど歩いた。
北海道の某さんからトウモロコシが届く。半端でなく実が詰まっていて大きくて甘い。I家とあつみちゃんちに幸せをお裾分け。
27日
他者がまとめてくれた企画書の重箱の隅つつきまくる。
■2002/08/23 (金) 独りよがり中 あれは誰だったのか。
人の生死をエンターティメントで割り切れと言われても、私にはできない。
人は生まれたとき独りで、死んでいくときも独り。
そう学びはしているが、生と死、その間も経験とかというやつで学んでいる。
人が一点であったのはへその緒が切るられた瞬間のみで、その後すぐに多く手に命をゆだねられる。
そのゆだねざるを得ない立場の人は、そこで殺されるかも知れないし抱きしめられるかも知れない。どちらにせよその時は点という存在から縁を得た立場となっている。
人間呼ばれる存在は数多の縁を得て成長し、考え、群れたり離れたり、縁という名の接触を、自己判断において選べるところまで育つ。
でだ、あれは交流があったものがいて、それを忘れずに覚えているものがいるというのに匿名性という都合良いものに己が紛れるを許す。
それで傷つくものが居るにも関わらず、上辺を漆喰で固め重ねていく。
そう、父は失踪し、匿名という御都合良いものを得た。
あの父を想い感心するのは、自分が死んだことになり、墓まであったというのに匿名のまま何年も別の生活を営めたと言うことだ。
彼はその墓に花を手向けるものの存在を知りながら、匿名という隠れ蓑を最大限に利用し、他に縁を作り育て、実名に戻るときにそれを捨てようとした。
ところがだ、匿名で作った縁であっても、その縁たちには現実だから、それらは彼を追い求めはじめる。父は愚かだからそこで新たな匿名に逃げることができず、二つの縁に引かれ退かれ苦しんだ。
で、あれはどうだ。
あれは頭がよいのだろう。
でもそれが大人の条件だと認めたくはない。
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アニメにだって大人の事情は沢山ある。
ていうかアニメだからな大人の事情もあるし。
『∀ガンダム』のフィルムブックに参加して、監督や脚本家の方々と何度もあって作品が練り上がっていく様子をリアルタイムで知る事ができた経験は、私の宝かも知れない。でも半年前から最終回を知っていたのは残念かも。本放送で観たかった。(最終回どうなるのとか聞きたがる業界仲間。親友にも言えないことだらけな面倒もあった、放映後の最終話についても質問も面倒だったな)
あの作品、富野さんの元でベテランから新人までの脚本家が、(以下削除、私既にフィルムブック他に書いているし)
■2002/08/22 (木) イライラして眠れなくて 久しぶりに国木田独歩の『忘れえぬ人々』を読む。
『高嶽の絶頂は噴火口から吹き出す水蒸気が凝って白くなっていたがそのほかは満山ほとんど雪を見ないで、ただ枯れ草白く風そよぎ、焼け土のあるいは赤きあるいは黒きが旧噴火口の名残をここかしこに止めて断崖をなし、その荒涼たる、光景は、筆も口もかなわない』
『天地寥廓、しかも足元ではすさまじい響きをして白煙濛々と立ち上りまっすぐに空を衝き急に折れて高嶽を掠め天の一方に消えてしまう。壮といわんか美といわんか惨といわんか、僕らはだまったまま一言も出さないでしばらく石像のように立っていた。この時天地悠々の感、人間不在の不思議の念などが心の底からわいて来るのは自然のことだろうと思う』
私の記憶にある阿蘇火口は四たび
中学・高校の修学旅行。これはバスで火口。
2000年12月27日、アルファ・システム訪問後に小型飛行機から鳥瞰。
2002年6月6日に中川大地君運転するレンタカーで登った火口。
高校時代だったか中学時代かの記憶には修学旅行時噴火に巻き込まれた兵庫県加古川市の高校生たちの慰霊碑があった。
今年の登山で参ろうとしたが、その辺りは噴火で地形が変わり立入禁止となっていた。
火口を望むと、私の記憶より壁が赤い。たずねると、あれは熱を持っているからだとあの赤いがあるから余計に立ち入り禁止となっているのだと、阿蘇の案内人がいう。慰霊祭は麓でやるようになっていると。
西条八十作詞の校歌で知られる加古川の伝統校の生徒たちが噴火に巻き込まれたのが昭和33年6月。この噴火での死者12名。
今、阿蘇火口周辺に散らばる鉄筋コンクリート製の避難壕は彼等の犠牲をもって建造されたと聞く。
その前で土産物を売る女性は『おかげで何度助かったか』と語る。阿蘇の噴火は地鳴りと共に噴煙巻き上げ高く上がる。その時に壕に入り布で口鼻を守る。そして高く高く噴き上がった熱い土砂が降る。「入り口が真っ黒い壁に塞がれるような降り」が収まるまではさほど長くなく、その土砂降りが一度収まれば危険地帯から脱出かる時間ができるという。
今では噴火予知の技術もすすみ、噴火前の入山規制のおかげで、この壕もあまり使われなくなった。
この日、熊本市内の気温はこの時期の気象観測記録を塗り替える猛暑。だが火口付近は涼しく、風により火口を覆うガスは払われ、火口の水溜まりは不透明な水色で美しくあった。
■2002/08/21 (水) 〜22日 嘘かえの儀 彼女らは聡明すぎるから……
浅い底を幾重もの硝子の煌めきで、深いでしょう、澄んでいるでしょう、美しいでしょう。と惑わすことなんかできやしないよ。
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好き嫌いがはっきり出てきていて戸惑っている。でその中に「すげー嫌い、嫌悪状態っ!」てな対象も生じ、一度嫌い始めると際限なく嫌えるものなんだなと感心している。この技を思春期に得ていたら、私の対人関係での数多の悩み「この人はなんでここまで攻撃できるんだろう」とかの苦い思いは殆どなかったんだろうな。だって嫌だと思いはじめたら相手の何もかも否定できるようになれるんだもの。昔なら他者否定という気持ちの芽生えに苦しんだが……
そう考えればスキルアップしたか私。
やっとガンパレのアニメ化情報が解禁となったけど、憶測なのに断定口調で語る人とかもいるし、しばらくは錯綜するんだろうか。なんか変に不安感とか不快感を煽って何が楽しいのだろう。
もう稼働してしまったのだから、良い出来であることを祈るだけ。
来須が矢尾声のままであって欲しいとか……
アルファで発表されている外伝とか本流とかではなく、世界の謎を知らなくても楽しめ感動できたゲームのガンパレであって欲しい。とか…
来須のシャワーシーンも入れてよね。
とか…は言いたいが。
ガンパレに夢中になって軍事架空戦記系業界人の集まりである総力戦研究会の飲み会に分厚い資料ファイル持ち込んで、このゲームを知らなければ後悔しますよ。と叫んでいたのが購入して一月も経っていない秋の日のこと。
ゲーム批評の記事のため熊本まで矢上さんに会いに行ったのが2000年の12月26日。
社長・芝村さん・矢上さん・長さんたちとの長時間の語らい。
あの時が、謎ゲームの一つの終わり。
私たちが社屋に入った瞬間がそうであったと聞く。
『ゲームの言葉』というミニコミ誌のメンバーでもあった私たちが約束していた時間が矢上氏が設定したタイムリミットだった。その後の七千人の祭の時。12月末まで続いた不思議な充実感と損失の想い。
なんかゲームのコマの一つになった気がしたっけ。
「ゲームに踊ったのではなく、ゲームマスターの手の中で踊らされたのだろうか」
それでも私は今のような状況は想像していなかった。
ただガンパレード・マーチというゲームに惚れこんで踊っただけだった。
今もなんだが。
■2002/08/20 (火) 親 http://www.city.akashi.hyogo.jp/comware/bbs/freetalk4/20020614131209/index.html
■2002/08/19 (月) 胃が痛い あれこれ電話あり、私の立場では言えないこともあるのが大人の嫌らしさ。
誘蛾灯から意識して離れていただろうに何故また飛び込む?
せっかくの優秀な羽なのだから別のところで羽ばたいて欲しいというのは自分勝手か。あの誘蛾灯は電線のところどころに綻びがあるから、うっかり近づくと飛び出した線が突き刺さり、そのまま焼かれていくということになりかねないのに。
あ、焼かれつつ恩恵も得ているんだよな私は。ならば他者へのこの物言いは許されないか。
昨夜それ程飲んでいないのに酔ってあほな言動したのは、遊就館の新しい塗料の臭いによって疲れていたせいだと自分を誤魔化して。
某からいつも指摘される私の弱さが出たとげっそり。
矛盾に気がつきつつも、それに真摯に向き合おうとしている純粋さを忘れていないものたちを傷つけていることに気がつかないと罵る私は何様。貴方が大人なら私は蚊帳の外のままで良いよ。とまで言わせないで欲しい。
約束を守ってくれているのは信じてるけれど、それは幻ではなくて?
度量の狭い私。
ある個人掲示板をブックマークする時に付けた名前が『心穏やか時専用』。
何が嫌かと言えば、そこのメンバーは他所において自分がそう思ったから書いているくせに、他の人たちのために閉めましょうと、他者の代表意見というかたちを隠れ蓑にし、否、葵の御紋の印籠と使うこと。
無責任と思う。
昨日休憩中の富野監督と雑談したときにも戦争話が出たけど、こういう考えが出る時代というのは平和という時代での慣れでしょうねと話せた。ネタ感謝か(苦笑)。
もうネタね。
気の毒なのはその意見で凹んでしまった他の書き手さんかな。正直に自分の中にある『迷い』『曖昧な感覚』を露出してくれ語ってくれたのは素晴らしいことであったのに。残念。
あっ、某ちゃん。
私が苦手というか会わせたら危険なタイプに追加。
自己判断のみで取り締まりたがるヤツ。
以上宜しく。
『さるさる日記』の更新のお知らせメールの登録フォームがいつの間にか初期化されている。
■2002/08/16 (金) 〜18日 朝食は御飯と味噌汁ととろろ芋、ハムサラダ。で放し飼いの鶏が生んだという産直卵を食堂に持ち込み、生卵御飯の幸せ。ここ水がよいから御飯だけは美味しい。
山と渓谷をドライブした後、小娘と夫はミニ遊園地へ。私はその間仕事の電話とメール。
帰宅したのは午後三時頃。小娘即お友だちの家にお出かけ。息子「流しそうめんするなら行ったのに」と我が儘なのたまい。だって竹が使えるとは思わなかったもの。
17日
午前中爆睡。
夕刻から暴とあれこれ電話で。胃が痛くなる。
18日
朝八時から団地の定期清掃。
敷地内の桜の木に毛虫がいると苦情。雨の中桜の枝を皆で切る。桜は剪定とかしちゃいけない樹じゃなかったっけと思いつつ、毛虫の被害届が増えていくのも嫌だしねと。けぶるような雨の中で枝に鋸が入るとぱあっと桜の香りが鼻腔をくすぐる。桜の悲鳴のよう。
掃除終了後夕食の準備を済まし、午後一時と約束していた靖国神社に半時遅れて到着。
矢本君、池上君、中川君と共に靖国神社の生まれ変わったという遊就館へ。
遊就館の展示……
随分とかわった、振り子が大きく動いてしまった。
いつもお世話になっている遊就館の方たちには申し訳ないが、私は……
夕刻東中野へ。
◆8月18日(日)夜7:00より
第5夜「わたしの物語とあなたの物語」
上映作品:『∀ガンダムII・月光蝶』
トーク&ティーチイン
出演:富野由悠季(演出家・アニメーション作家)
聞き手・氷川竜介(アニメ評論家)
特別鑑賞券(2200円)。
五時過ぎに東中野入りし、開演までの時間は企画書の話し合い。
立ち見も出る中で中川君がゲットしておいてくれた整理券のおかげで座れ、気がつくと後ろの席には富野監督。慌てて挨拶すると「もしかして貴女は観賞券買って入ったの? 連絡くれればいいのにごめんね」そんな畏れ多い。で監督となりに座っていた方に「この人、変な人でね。云々…」あうっ、最大の誉め言葉よね。
富野監督の『ターンAガンダム』という作品、私はTV放映中から大好きで、とくに戦争というかたちへの民衆の動きの描かれ方に心惹かれていた。(もちろんキャラ萌えもしましたけど)でそのタイプの感想を言ったのが私が初めてだったそうで、当時監督は「やっと言ってもらえた」と…以下省略。
トーク終了後韓国料理店で飲む。
帰路に矢本君に絡んだ記憶がある。
■2002/08/15 (木) 終戦記念日 キャンプ。 朝、I家あつみゃんちの両家のパパが火をおこしてくれて、両家ママがスパムとフレンチトーストを焼いておいてくれたところに、仲村夫妻のこのこ。何故か私たち二人きりの室内で一つの寝袋状態だったから寝坊した。(小娘が同い年のI家長女と共に例によって女の子にはプライベートが重要と主張し、別のバンガローを一部屋占領したため、しかも寝具多めに持って行きやがった)
んで御飯が芯の残る状態で炊かれていたから、寝坊したくせに姑根性な私は炊き直す。
あと終戦記念日なのでコッフェルに油を垂らし、カレー粉を炒ってビーフシチューの缶詰を加えて、カレーライスを用意する。
この調理法で作ると、以前旧海軍艦爆乗りの叔父様から「このカレーは艦で食べたヤツに味が似ているんだよ」と教えていただいた某メーカーのレトルト海軍カレーに似た味になるから不思議。
野菜が煮くずれたとろり感で、大人たち用の辛さ。
I家(夫妻・男子二人・女子一人)は朝食後離脱。
昼はバーベキュー、あつみちゃんち(夫妻・女子四人 甥二人)の祖父母と大叔母さんと叔母さんに、あつみちゃんママの友達一家(夫妻・男子三人)合流。
炭火で焼く牛肉がとても美味しかった。
この時点であつみちゃんパパはノコギリクワガタの雌と、カブトムシの雄二匹に雌一匹ゲット。
子供たちは川で泳ぐ。
私も水着用意していたけど、かなり酔っていたから諦める。
夜は宿泊棟……
おかずがとても不味いのはなんでなの。去年も壮絶に不味かったけれど。箸おいただけで油がにじみ上がる揚げ物ってどうやったら作れるんだよ足立区っ!!
この素材でどうやったらこうなるんだ状態〜
前回宿泊棟に泊まったときもだったけれど、なんでこうまで不味いのだろう。でも宿泊棟は料理込みの値段で大人3700円で、畳の部屋にクーラーとお布団だから。で人によっては御飯食べないで外食にしちゃったり外で作ったりだけど、そうなると手をつけていない料理が残飯になるしで、もったいないから食べるんだけど苦行の食事って何よ。
辛かった。
午前様程度に飲む。