織部焼



織部焼は、桃山時代に始まった。
特徴は、造形の奇抜さ、凹凸の激しい多種多様な形状、抽象絵画を思わせる新 鮮な文様と、緑色の釉調である
土味は、ざんぐりとした荒い土味ではなく、滑るような鉄分の少ない土で独特 の魅力をもっている。

名前の由来は、桃山期の茶匠”古田織部(1544〜1615)”が好んでいた事から 、付けられた。
古田織部とは、美濃の土豪の出身であり、信長、秀吉、家康と動乱の戦国を天 下人三代に仕えた武人である。
信長の死後、秀吉の御伽衆の一人としてとり立てられ、秀吉の死後は、伏見の 織部屋敷で茶に専念した。
のち、家康方に反旗をひるがえす計画が未然に発覚し、1615年伏見の織部屋 敷で切腹した。

古田織部は、千利休の弟子であり、利休七哲の一員であった。利休は、常々、 茶の道は自由闊達な
創意ある工夫を凝らすべきだと、説いていた。そして古田織部は、利休の茶に 反し、自己の好みの
作意を強く打ち出している。


影陶作 左)織部丸型手鉢 右)織部松皮菱手鉢  注)画面上の価格は卸価格です

上のイメージの説明 −青織部−
器物の一部に銅の青釉がかかり、他の部分に鉄釉によって文様が描かれている ものを青織部という
青色の釉薬は長石、土灰釉に銅(ほとんどは銅はなという)を混入してつくる 。必要な事は、長石釉の選択である。
施釉法は、筆や刷毛で塗らずに、いわゆる「突っこみがけ」か、杓で上からか ける「流しがけ」がおこなわれる。
青釉以外につけられている黒線の絵模様は、褐鉄鉱による鉄釉であるが、これ も、褐鉄鉱の性質と基になる釉の性質、
焼成の具合で、黒の発色はさまざまに変化する。
鉄釉下の白釉は、長石に少量の灰釉が混入されたものです。

焼成は、銅の青釉が還元焔(炭素が多く、酸素の乏しい不完全燃焼の火焔。こ れによって鉄分は、青色に変化する)で
赤く変色してしまうので織部の青を出すためには、かならず、酸化焔(完全燃 焼で酸素が豊かな火焔、窯中の通風性が
よいときに生まれる。鉄分は赤く発色する。)でなければならない。
 ただし、はじめから、完全な酸化焔では、青釉の発色は美しくても、薄っぺ らくなってしまう。



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