ジャスムヒーン 聖なる栄養のプログラム <詳細>


人々は何かに餓えている・・・


神々の食べ物 ― 聖なる栄養とは何か?
ほとんど食べずに生きる人
「食べること、やめました」―1日青汁1杯だけで元気に13年


 皆さんの誰もが、気づいていてもいなくても、何かに空腹感を覚えています。人間の飢えのほとんどは、簡単に知ることができます。ある人は愛に、またある人は富に飢え、健康と幸福の追求に多くの時間を費やしています。今このときにも、人びとは報いを求め、平和とハーモニーを叫び、愛する者を戦場に送り出さないための、正義、真実、優しさを渇望しています。

 ある人は肉欲に飢え、ある人は説明しがたい渇望に導かれて、まるで日々の食事のように悟りを求め、魂の探求をしています。飢えは、その深さや願望によって、様ざまな方法で表現されます。どのような問題も表面を削り取ると、その奥にはいつも、飢えが潜んでいるのです。

 力の飢えは他人の征服、知識の飢えは成長へとつながり、富の飢えは他人を利用すること、利他主義への飢えは豊かさを分け合うことに通じています。コミュニケーションの飢えは他者との結合、真実の食物への飢えは、しばしば欠乏感へとつながります。知恵の飢えは内省へと通じ、内省の段階に合わせたテストが、私たちに用意されています。真実を求めることは、私たちの内に存在する、スピリットというエリクシールで満たされた聖杯の発見へと導きます。

 スピリットへの渇望は、私たちの生命活動をつかさどる非常に複雑なバイオシステムのマスターコンピューターの制御者である「内なる聖なる存在」(Divine One Within 以下DOWと省略)の姿を見せてくれます。63兆個の細胞の構造がある一定のスピードで振動することで、 私たちが体験する様ざまな現実が決定しています。

 このような様ざまな飢えを満たすために、多くの指導者、賢人などが思考と時間を費やしてきましたが、このゲームの奥深い部分まで掘り下げる人は、といえば、非常に稀です。現実に日々の食事を得るのに精一杯な人もたくさんいます。そのような人はもともとそのようにプログラムされているか、もしくは人生の大きな変化につまずきながら、真実の栄養のゲームを理解していくのです。

 完璧な栄養を求めるとき、ひとつの飢えが満たされたとたん、まるで複雑な人生のジグソーパズルに新たな層が加わるように、次の飢えが現れてくるのが、実によく見られます。すべての飢えを満たすことは、時間のかかる情熱であり芸術です。

 飢えを満たすためには、基本的なスキルに加えて、時間、注意力、意志力、願望、フォーカス、夢、計画、お金、エネルギー、協力、他者との結合、コミュニケーション、プログラムが必要です。
 すべてのレベルの飢えを満たすためには、ホリスティックな学びをとおして、自分が本当は誰であるかを理解することが大切なのです。63兆個の細胞が機能する私たちが、本来どのような存在であるかを顧みないということは、視力を否定して人生を暗闇で過ごしているようなものです。初めから視力がなければ、失うものが分かりませんが、そうでなければ私たちは、大きな調整をしなければなりません。実は私たちが呼吸し、生かされ生きているメカニズムの奥にある力こそが、DOW−聖なる自己―であり、そのDOWの存在を知ってほしい、ということなのです。

 DOWは創造的な周波数の基礎として、私たちの細胞や原子の中に存在していますが、焦点を合わせるものが成長する、この次元のバイオフィールド科学においては、DOWの存在がとても弱いものになっています。私たちが、あまりにも長い間このシステムのボスを無視し続け、より物質的な方法で飢えを満たすことに集中してきたので、そのエネルギーフィールドが基礎的なメンテナンスモードに、文字どおり合わせられているのです。

 基礎的なメンテナンスモードのDOWは、私たちを生かし、考えに耳をかたむけ、私たちの学びと成長の過程で自由に実験させたり、苦しませたりします。「私は誰? どうしてここにいるの? この存在により高次の目的があるの? みなが地球で平和に生きることができるの? どうしたらみんなとうまくやっていけるの?」などの質問が湧いてくるまで、DOWは眠った状態にあり、招かれない限りその力、可能性のすべてを開放することはないのです。

 幸いなことに私たち人間の生命システムには、完璧で限りない真実の栄養の供給者であるDOWが備わっています。DOWのパワーとそのグレースを意識的に使うことによって、私たちの人生は気楽さと喜びのゆるやかな流れのように、なにごとをも問題とは思わない、完璧な調和と全体的なバランスをもって機能するようになります。

 DOWを知るという本来の渇望を満たさない限り、私たちが愛、健康、豊かさなどを求めても、満足することは決してないのです。すべての存在はその生命システムの聡明なクリエイター、「神」と呼ばれる内なる力、DOWを知るようにプログラムされています。私たちがそれを思い出し、意識的に融合しない限り、私たちが満たされることはないのです。賢人たちは、この方法を神々の真実の食物へのアクセスとよびます。

    飢えの認識:基本的な飢えは4つのカタゴリーに分類できます。

    ・肉体的な飢え:
    ・感情的な飢え:
    ・精神的な飢え:
    ・スピリチャルな飢え。

    さらに社会の飢え、地球の飢えなどがあります。

 人類には飢えを満たすための知識と道具が細胞レベルで備わっているので、すべてに満足していない限りいつも不安を感じるのです。私たちには、生まれつき自己維持力が備わっていて、人生という旅の上での行動や願望によって、その知識とスキルを解放していくのです。

 肉体的な飢えは、なにか食べるまで続く空腹感としてはっきり分かります。私たちが選ぶ食べ物や飲み物には、体を健康に保ち再生させるものと、体を酷使するような毒素を含むものがあります。正しい栄養素については、多くの研究がなされていますが、私たちはこの本の中で、肉体が健康を維持し、病気から解放されるための、全く別の栄養源を利用する方法を紹介します。この栄養源にアクセスすることにより、肉体だけでなく、感情体、メンタル体、スピリット体すべての飢えを満たすことができます。それがDOWの本質であり、限りない栄養源への鍵なのです。

 飢えの理由は、私たち自身のように様ざまです。例えば、子供のときに充分な愛を得られず、不安を感じ、愛や許し、他人から認められたいと常に願う人のように、過去の体験での不足感に起因する場合。子供が小さく仕事から離れている時に、精神的な刺激や、創造的な出口を求める母親。様ざまな体験が待ち受ける世界へ飛び出そうとするティーンエイジャーや、人生の終わりに近づき若さに憧れる人など。

 メタフィジカルなレベルでは、ある魂は非常に濃厚なベータ・フィールドの世界での体験を望み、またある魂は、そのフィールドを去ることを渇望します。
無数のタイプの飢えを理解するには、まず初めに私たちが、内なる栄養をブロックしてしまう理由を理解し、次に聖なる栄養シリーズや、その他の栄養源についての情報にオープンであるかないかの、人間の気づきの本来のサイクルを考察することが大切です。
聖なる栄養プログラムに進む前に、私たちがアクセスできる3つの栄養のレベルを、もう少し深く観てみましょう。人間を分離させる、カタゴリー分類は好きではありませんが、ここでは分かりやすく説明するために、以下のようなリファレンスを作ります。

 聖なる栄養プログラム(Divine Nutrition Program=DNP)レベル1:
 レベル1のバイオシステムは、とても飢えた状態にあります。平均寿命が70歳程度で、ゆっくりと時間をかけたバイオシステムの崩壊を体験します。肉体、感情体、メンタル体、スピリット体の病気に影響されやすく、健康、幸福、平和、豊かさのレベルが変動します。レベル1がベータ・フィールドを離れることは、実のところ稀です。

 DNPレベル2:
 レベル2のバイオシステムは、すべてのレベルの栄養が充分に供給され、健康、幸福、平和、豊かさのレベルが持続的で満たされています。レベル2は、彼らの脳波をアルファ・シータ・フィールドに保ちます。

 DNPレベル3:
 レベル3のバイオシステムは、地球の資源を必要とせず、食べ物を食べずに健康を維持することができ、病気もしません。レベル3の中には、不老不死の人もいます。レベル3のバイオシステムは、たくさんの超自然的な能力を使い、脳波をシータ・デルタ・フィールドに保ちます。


よくある質問と答え

聖なる栄養とシータ・デルタ・フィールドからの摂取

人類には、2種類の食物があります。ひとつは地球資源から栽培する食物、もうひとつは周波数を調整してアクセスする、神々の食物です。

みなさんはよく、次のような質問をします。

Qa:本当に食べ物に頼らずに生きていけるのでしょうか? :はい。
Qb:ビタミンやミネラルなどの栄養補給が必要ではありませんか? :はい、必要です。
Qc:食事を摂らないで、どうやって生き延びるのですか? :私たちの細胞に常に流れている栄養源にアクセスして、栄養を摂取する方法を学んでいきます。詳しくは、本の11章で述べます。

質問1: もし物質的な食物を摂る必要がないとしたら、胃や歯はどうしてあるのですか?

質問1の答え: 現在の消化機能は、私たちの信念を反映して進化してきたので、その信念が変われば、消化機能もまた変化します。私たちの体の細胞のひとつひとつが、常に私たちの思考、言葉、行動に注意をはらい、分子と原子がそれに答えて、いろいろな調整を行っています。肉体のマスターとして、私たちがDOWの力とひとつになれば、すべてが可能になるのです。西洋で最初のライトイーター(光りを食べて生きる存在)の世代として私たちは、このような機能の進化の過程を見守っています。未来のライトイーター世代の内的機能は、現在とは非常に異なりますので、この質問への簡潔な答えは、進化と時間、そして信念を反映する肉体の能力の問題だ、ということです。食べ続ける人たちは現在の消化機能を維持し、聖なる栄養を摂る人たちは新しい消化機能を持つようになります。

最初にこの地球に誕生したとき、私たちは食物も液体も必要としないバイオシステムをもっていた、と考えられています。長い時間を経て現在のシステムに進化し、私たちのこれからのライフスタイルと選択によって、未来のバイオシステムが進化していくのです。


質問2: すべての王国の真の平和についての聖書の預言どおり、ライオンが子羊と共に横たわることができるのでしょうか?

質問2の答え: これもまた形態形成の分野の話になります。人間が攻撃的な部分を排除し、動物や人間の虐殺をやめるなら、この社会と惑星のバイオフィールドの共鳴を力強く変化させ、全王国を後押しするでしょう。そして、私たちすべてが、完全な栄養のエネルギーチャンネルとのつながりを確信し、常に満たされ、利他的になり、愛すべき尊敬すべきマスターであることに気づき、行動すれば、これもまた全王国を後押しするでしょう。動物の王国にみる攻撃性は、私たちが人間の王国に見る攻撃性を映し出しています。人間の攻撃性をなくし、聖なる愛の放射を押し広げれば、現実に「ライオンが子羊と横たわっている」のを見るでしょう。


質問3: プラーナだけで生きている人は、どのようにして体重を維持するのですか?

質問3の答え: これは心構え、プログラム、信念の問題です。私たちの体の細胞のひとつひとつが、私たちの考えや命令を本当によく聞いていて、私たちがマスターのように振舞えば、肉体は私たちの命令に必ず従うことを、私たちがどれだけ信じているかという、マインドと肉体の関係の問題でもあります。はっきり言っておきますが、私たちが自虐的な行為をしている場合には、このようなプログラムは働きません。物質的な食物の摂取を完全にやめてしまう前に、このプログラムのすべてのコードを試してみることができます。1日の食事を3回から2回へ、さらに量や種類を減らしていくというように、少しずつ試していくことをお薦めします。
聖なる光によって生きるには、肉体、感情体、メンタル体、スピリット体のある程度の準備、浄化、健康が必要です。DOWの力への信頼も必要です。魅力的なライフスタイルプログラム(Luscious Lifestyle Program)と、体重維持に必要な健康、バランス、イメージの命令について話しましたが、後ほどこのことを、気の機械をつかって説明します。興味深いことには、このようなプログラムなしでも体重はいずれ安定しますが、それはたいていの場合、非常に痩せてしまってからのことです。


質問4: 現在ホリスティックな生活を送り、アルファ・シータ・デルタゾーンにアクセスしている人びとの多くは大変センシティブになってきています。ベータ・アルファ・フィールドの社会に溶け込むことを嫌い、まるで隠遁者のように生活しなければならない、と感じているようです。家族や友達のような身近な関係から離れることにより、疎外感も感じます。このことについて、あなたの意見をきかせてください。調査ではどんなことが分かりましたか?

質問4の答え: 次元のバイオフィールドの熟練者は自らのフィールドに影響を受けずに、どのようなフィールドにも調和して存在することができます。すでに話したように、必要とする周波数を自ら選んで吸収するための力強い2つの道具とは:

a) 私たちの意志、意図、心構え、すなわち吸収と放射のゲーム
b) バイオシールド装置の使用(11章で詳しく述べます)
c) またすでに存在するフィールドへの影響の及ぼし方と、よりよい栄養を摂取するための新たなフィールドの編み出し方を知っておくと、とても便利です。

聖なる栄養へのアクセスは、幸運な人、恵まれた人、聖なる人にだけ突然訪れることではありません。私たちの誰もが、マドンナ周波数のフィールドとその聖なる愛、聖なる知恵へアクセスし、プラーナで生きる能力を開発することができるのです。実際にベータ・アルファ・フィールドが優勢な環境では、健康維持のために充分な栄養をシータ・フィールドから摂取することは困難です。そのために、エネルギー接続とバイオシールド装置がプラーナの流れをコントロールするのに、大変便利になります。またクリア・ヨガ(Kria Yoga)、スーリヤ・ヨガ(Surya Yoga)の日々の実習や、愛の呼吸瞑想などのテクニックが役立ちます。
* これらのヨガは、聖なる栄養の流れをサポートする特別なヨガなので、後で詳しく説明します。

次の問題ですが、より滋養のあるフィールドにつながるため、意識的に周波数をシフトすると、周波数が合わなくなった身近な人々から離れてしまうことは事実です。これは、私たちの選択である洗練された食生活や繊細なライフスタイルを、家族や友人が理解できない場合によく診られます。家族とは血縁関係にとどまらず、地球規模ですので、無条件の愛をもって分かち合うことが理想的だと思います。ですから、このような愛を分かち合うために、お互いに有益で協力的な関係を築ける人と出逢えるよう、あなたのDOWにお願いしてください。次に、家族と一緒のときは、お互いの相違点ではなく、喜びを分かち合えることに焦点をおきましょう。(これは"バイオフィールドと至福"のシリーズで詳しく説明しています。)


質問5: aとbではどちらがいいでしょうか? 
a) 聖なる愛、聖なる知恵の栄養を、チャネルとしての自分を通して世界に放射し、自分自身のバイオシステムと世界を同時に変容させる。
b) 栄養の力の蓄えをつくり、そこから機能する。

質問5の答え
両方できるといい、と思います。蓄えは、このライフスタイルを初めて取り入れた時の最初のプログラムとしてつくり、その後の日常管理プログラムとして活用します。両方試した結果、どちらかひとつの方法よりも、両方のコンビネーションが、とてもパワフルに働くようです。遅かれ早かれ、泉が渇くほどに与えなければならないように感じます。結果として私たちは、果てしなく無限な源(8章で示したように)につながっている必要があるのです。また、私たちの放射をライフスタイルによって、純粋に保たなければなりません。瞑想によって摂る食物の影響により、波動の荒い混沌とした都会に住んでいる場合などは特に、静かで快適な空間に飢えるようになります。純粋にベータ・フィールドに存在することは、感情体、メンタル体、スピリット体の拒食症を引き起こし、人間性を不調和、戦争、カオスへと導きます。


質問6: 物質的変容にかかる時間についてはどうですか? 命令やチャントを使っても、瞬時にはなにも変わらないようですが?

質問6の答え
それは変化を抑制する様ざまな内的、外的な要因があるからです。最初の要因は、形態形成フィールドの強さと、その主要なビートです。これは、100人の男性バリトン歌手の合唱中、一人の少年がソプラノを歌った場合、少年の声が非常に力強くない限り、かき消されてしまうのと同じことです。これと同様に、ライトイーターは健康を維持するのに充分な栄養を得るために、シータ・フィールドとつながったライフスタイルが必要なのですが、この惑星の住人全体の1%のうちの0.1%の人だけがこのライフスタイルを実践しているとしたら、この周波数を維持するのは、非常に難しいのです。しかし、ありがたいことに、シータ・フィールドの放射は、ベータ・フィールドをろうそくの火に例えると、原子の爆発のようなものなので、ここでの数は、それほど重要ではありません。

次の要因は、内なる神の存在をどれだけ信じているか、私たちは神が形をとった存在であり、創造、癒し、変容などすべての力を、必要に応じて自由に使えるということを、現実としてとらえているか否か、ということです。頭ではなく、細胞のレベルで理解する必要があるのです。この信頼を築くためには、DOWの力に触れ、その流れと恩恵を体験することが、とても役立ちます。聖なる愛の流れは、知識としてではなく、その流れを自分の内側に感じたときにだけ、信頼し、委ね、その様ざまな特質に触れることができるのです。

3つ目の要因は、カルマの学習、4つ目の要因は、聖なる青写真と、そこで演じることを約束した役割です。しかしながら、すべては完璧なまでに解けていきます。ここで私たちに求められているのは、可能性のすべてが現実化し、最高次の現実が具現化する、ワンネスのフィールドへの回帰を宇宙が導けるように、自分は神が形をとった存在であるというビジョンをもち、本物のマスターらしく振舞うことです。これをやればやるほど、瞬時の現実化の能力が、個人的にも全体的も明らかになっていきます。

この10年程の間に、プラーナで生きる私たちのフィールドで、共に過ごす多くの人びとが、食事の量が自然に減り、そのためにとても健康に感じているという、非常に興味深い現象が起きています。私たちを通して放射される愛(シータ・デルタの栄養を供給する、聖なる愛のマドンナ周波数)のエネルギーと、物質的な食物からの栄養を必要としないことを、経験を通して知っている私たちのバイオフィールドが、周囲の人に影響を及ぼし、細胞内でのシータ・デルタ・フィールドへのアクセスをスムーズにし、観自在能力のような直観的知識、研ぎ澄まされた感性、そして食欲の減少などを事実上、体験するようになるのです。


質問7: 聖なるライトイーターにとって、ヨガの実習はどのように効果的ですか? クリア・ヨガとスーリヤ・ヨガについて、それぞれの違いと効果を説明してください。

質問7の答え
西洋でもヨガがたいへん一般的になりましたが、たくさんあるヨガの種類と、プラーナで生きることとヨガがどのように関係しているかを知ることは、とても大切です。まず初めに、二人として同じ人間がいないように、過去と現在の経験に左右される、人それぞれに違った周波数に対して、聖なる栄養へアクセスするための、ひとつの特定の方法を提供することは事実上、不可能です。しかし、聖なる栄養にチャネルするために、それぞれ個人が試せる道具が数種類あり、そのうちのひとつがヨガです。長年の経験から、ヨガの実習は、聖なる栄養で生きるための必修項目である、と信じるようになりました。

私が共感する、秘儀の師の一人にオムラーム・ミカエル・アイバンホフ(Omraam Mikhael Aivanhov)がいますが、私がこの本の最終項目、「神々の食べ物」を書き始めたとき、彼の教えについて書かれた本が贈り物として郵便で届きました。私はこのような「偶然」をいつも大切にしていますので、フランス語で書かれたハガキと一緒に届いたにもかかわらず、これは読む必要がある、と確信しました。

「太陽のヨガ」−"The Splendour of Tiphareth:The Yoga of the Sun"という本です。この本を受け取る一日前には、太陽のエネルギーで生きることを奨励する、ヒラ・ラタン・マネック(Hira Ratan Manek)のアメリカツアーに招待されました。この2つの出来事に刺激され、太陽の栄養価値をより深くみつめるために、ミカエルの本を読み始めると、私が長年名前さえ知らずに直感的に実習してきた、スーリヤ・ヨガについての重要な情報が、そこに書かれていたのです。

スーリヤ・ヨガは太陽のヨガです。太陽で生きることについては、7章で詳しく述べますが、プラーナを栄養源とする、現代の研究で最も実を結んだものは、今世紀の変わり目にインドのシャー博士(Dr. Shah)と彼のチーム、その中でモルモットとして活躍したヒラ・ラタン・マネック(ヨガ行者Shri HRMとして知られる)によって実施されました。

スーリヤ・ヨガは、ただ太陽をじっとみつめてプラーナの流れを吸収するというものではありません。スーリヤ・ヨガは、物質的な太陽を生かし、その中に流れこむ究極の知能とつながるために、他のすべてのヨガの技法をひとつに統合したものです。太陽を維持させ、そのエネルギーを3次元、4次元の低いレベルにもたらす聖なる力の認識が、太陽なしでは生命が存在できない、という畏敬と献身の念をあらわす、バクティー・ヨガ(Bhakti−Yoga)を創造しました。人類を含めたすべての有機体は、私たちの物質太陽から放射されるエネルギーによって、生かされ生きています。

ハタ・ヨガ(Hatha−Yoga)の様ざまなアーサナーを早朝の暖かさの中や、たそがれ時の太陽のもとで実習することで、私たちのつぼ(経絡)とチャクラを開き、別のレベルの栄養と力を補給することができるのです。マントラ・ヨガ(Mantra−Yoga)でメンタル体にポジティブな思考を投影し、クリア・ヨガで外の光を内部システムに取り込むことで、スーリヤ・ヨガの実習が、より効果的になります。

スーリヤ・ヨガでは、沈黙と、瞑想と視覚化をとおしてマインドに5次元以上の周波数帯を投影することが必要です。この実習では太陽フィールド内に存在する、知的生命体を確認しますので、5,6,7次元や、さらに上の多次元的生命体との体験にオープンな上級者向けです。ミカエル・アイバンホフがスーリヤ・ヨガの本のなかで言うように、物質太陽の高エネルギーフィールドに知的生命体が存在するという考えや、私たちの肉体は自らの原子構造内において、栄養源にアクセスが可能という考えや、原子のひとつひとつが内なる宇宙への入り口である、という考え、またはシャバ・ヨガ(Shabda−Yoga)を通してバイオフィードバックの循環システムをつくり、内なる聖地からより恵み深い紫外線を招き入れることができる、などという考えは、多くの人にとって、とてもばかげた話に感じられます。

アイバンホフは、脳は何かに集中したとき、それを反映し、自らの波動共鳴パターンを変化させる傾向があるという、脳の本質的な部分における最近の研究に同意しています。 彼は、「全集中力をもって太陽へ焦点をあわせると、そこから健康とバランスのために必要な要素のすべてを得ることができる。」と言っています。そして太陽が、全生命にとって必要なすべての要素供給をし、その純粋なエッセンスで私たちは生きられるのだから、「私たちが太陽を見つめるときには、それに気づかずとも私たちの魂は太陽の形を真似て、光り輝く白熱の球体になる。まるでイミテーションのマジックが働いているように、太陽を見つめるとき、私たちは存在全体で、それを真似ようとする。

何かを見ることによってその物質や存在とつながり、無意識のうちに波動を調整して模倣する。」とも述べています。彼はさらに、スーリヤ・ヨガについて「もし太陽のようになりたかったら、大いなる愛と信頼で太陽をみつめなさい。そうすればより暖かく、光り輝く存在として、他者に生命を注ぐことができる。あなた自身が、まわりの人びとにとって、太陽の放射する光、暖かさ、命になる。」と述べています。
太陽がすべての生命の栄養源であること、植物や動物の食物連鎖を通さなくても、太陽が直接的に私たちを生かす力をもっている、ということをマントラ・ヨガを使って確認することができます。

質問8: その他の種類のヨガはどうですか? 聖なる栄養へのアクセスの準備過程に、どのように適用すればよいでしょうか?

質問8の答え
この質問にきちんとお答えするために、まずここで少し時間をとって、いくつかの伝統的なヨガの技法を説明します。聖なる栄養へのアクセスのために肉体、感情体、メンタル体、スピリット体の準備をするのに、是が非でも必要なヨガです。
ヨガはインド、チベット、中国、日本、エジプト、ペルシャ、などで生まれた、メタフィジカルな技法で、すべての宗教が、それぞれ独自のヨガをもっています。例えば、キリスト教的な崇拝、祈り、瞑想、神への献身は、インドではバクティー・ヨガとして知られています。バクティー・ヨガは献身とスピリチュアルな愛のヨガです。聖なる愛の経験を願うことが、神々の食物をひきつけるので、DOWへの献身とその愛を感じる願望がなければ、聖なる栄養につながることはできません。献身、瞑想、祈りが、聖なる栄養とより深くつながるための燃料となるのです。

智慧のヨガとしてしられるジュニャーナ・ヨガ(Jnana−Yoga)は、知識を通して神に帰依する方法で、学習や哲学的に考えることが好きな人に向いているようです。プラーナの栄養で生きることを受け入れるためには、まず創造主の究極の知能を反映した、輝く知能を私たちが内に秘めていることに気づき、その知識に敬意をはらうことが必要です。栄養を充分に得るためには、内なる神に身を任せ、リラックスして生きるための、知識的、経験的なリサーチを充分に行った結果、現れる力を信頼し委ねます。私たちの内にある聖なる知能を発見し、それに敬意を払うことが、本当のジュニャーナ・ヨガの実習です。

カルマ・ヨガ(Karma−Yoga)は無私の奉仕、見返りを期待しない献身を学ぶため実習です。人に対して良いことを行うことで、利他主義を学ぶヨガです。マドンナ周波数の純粋な愛のフィールドにアクセスするために、最も強力な道具のひとつが、親切と慈悲の行為なので、このヨガの実習は、魅力的なライフスタイルプログラムに、極めて重要な部分です。

聖なる栄養源からスムーズに栄養を摂り入れ、健康を維持するには、それを制限する低次の本質の影響を克服し、私たち自身の内なる王国の王女/王になることを学ばなければなりません。集中力と自己コントロール能力を開発するために、ラージャ・ヨガ(Raja−Yoga)を実習します。

プラーナの栄養補給に伴う、聖なる電流のダウンロードに対応できる肉体を作るには、ハタ・ヨガ(Hatha−Yoga)の実習があります。このヨガのアーサナーやポーズの実習は、私たちのバイオシステムのサイキックセンターを刺激します。ハタ・ヨガは、聖なる栄養への旅の先駆者にとって、必要な訓練、意志力、根気を与えてくれます。アイバンホフは、ハタ・ヨガについて、訓練に慣れていない西洋人にはあまり薦められない、と言っています。

クリア・ヨガ(Kria−Yoga)は、光と光の色の配列のヨガで、プラーナで生きる人のほとんどが実習していました。光について考え、視覚化し、まるでタオ・マスターの小宇宙の軌道のように光の流れを導き、オーラをとおして光のエネルギーを感じ、眉間のチャクラや丹田上部をとおして、内なる光の流れを体験するための実習です。ギリ・バラ(Giri Bala)が、飲まず食わずで60年以上も生き続けたのも、ヒマラヤのババジが永遠の命を得たのも、ある特殊なクリア・ヨガの実習によってでした。ジオマンサーや次元バイオフィールド科学の研究者の仕事でも、グリッドの間に光をとおすためにクリア・ヨガを使用できます。クリア・ヨガはまた、私たちのチャクラやつぼに栄養を与えます。

アグニ・ヨガ(Agni−Yoga)は宇宙創造の起源のように、内なる灯火に点火する、火のエレメントのヨガです。アグニ・ヨガは、私たちのチャクラや丹田下部をとおして、セントラル・サンの栄養を摂り入れるための実習で、この能力が、私たちと太陽で生きる人びととの違いです。アグニ・ヨガは、太陽による光の散布をコントロールしている知能、ロード・ヘリオスと私たちを結び付けます。

マントラ・ヨガやシャブダ・ヨガ(Shabda−Yoga)は言葉のヨガで、光をとおして宇宙の知能を導き入れ、特定のバイオシステムを変容させるための、特別なコード、命令、マントラが特別なときに、特定の周波数と強さで使われる実習です。このヨガの実習は、分子の知能にアクセスし、内的・外的なエネルギーの流れを導き、細胞の行動パターンを変化させることができるので、魅力的なライフスタイル・プログラムにおいても、重要な部分です。

純粋に聖なる栄養で生きる準備のために適用できる、ヨガの技法についていろいろと説明してきました。また、心構えの大切さについても話しました。それではここで、聖なる栄養に導かれ、現実に光だけで生きている、シャーマンについてのデータを少しご紹介します。彼らは個人的なメタフィジックの経験により、この概念をより簡単に理解することができるようです。


質問9: シャーマンとはどのような存在ですか?

質問9の答え: 「シャーマン」という単語はアジアの北中央部のツングース族の言葉で、ロシア語を経て英語でも使われるようになりました。シャーマンとは、幽体離脱やシェイプシフトのマスター、意識の状態を意図的に変える能力をもち、瞑想や夢をとおして、肉体を離れ世界中を移動できる人びととして知られています。彼らは形而上学者やヒーラー、風や火のエレメントを支配する人などで、たいていの場合ひとりで働きます。ヨギたちのように、シャーマンも様ざまな人生を歩み、臨死体験や、熱心な修行やイニシエーションを経て、そのような力を身に付けるのです。多くのシャーマンは低次、高次の次元間を行き来し、愛する者の魂を低次元からエスコートして話し合ったり、高次元の偉大な光の存在から、預言的なビジョンを受け取るというような役割を果たしています。シャーマンの多くは、現実や社会の隅でひっそりと生きていますが、数少ないシャーマンは、この低次の現実を冒険し、異なる世界の架け橋として、人びとの困難や危機を見守るのです。


質問10: スーリヤ・ヨガや、太陽で生きることの素晴らしさは分かりましたが、例えば、ロンドンのように日照時間が少なく、プラーナの恵みを遮るような、空気汚染のひどい環境に住んでいる場合は、一体どうなりますか?

質問10の答え: これは、まさに私が太陽で生きるというだけでは不十分で、8章にあるように、丹田下部をとおして、セントラル・サンのエネルギーを取り入れなければ、聖なる栄養の供給を維持することができない、と考える理由です。ヒラ・ラタン・マネックを含め、太陽で生きることに成功している人びとはすべて、8章にある魅力的なライフスタイルプログラムの8つのポイントを、彼ら独自のバージョンで実施しています。私たちの健康と幸福のレベルを、一貫して維持するためには、内的、外的な光のエナジーフローに対して、ある種のクリア・ヨガを用いなければなりません。


質問11: 純粋にプラーナだけで生きるため主な必要条件、聖なる光だけで生きるための秘密はなんですか?

質問11の答え: 10年以上にわたる個人的な体験のリサーチと、聖なる栄養で生きることに成功している100名以上の人びととのインタビューを通じて、辿り着いた私のひとつの結論は、成功を左右する鍵は波動であり、それ以上でもそれ以下でもない、ということです。波動は私たちが意図すれば、聖なる栄養を内側から外側へと、細胞の構造をとおして取り入れます。そして、プラーナにとって全生命を維持させるために、主要な要素である気を内にも外にも高めることができます。純粋な心、慈悲と優しさによる奉仕、高次の法則やハイアー・マインドを使うことへの寛大さなど、これらすべてが、超自然的な能力を解放するチャンネルに、私たちを強く結びつけます。しかも、これらの能力は、ほんの小さな副産物にしか過ぎません。


質問12: 栄養失調や肥満、拒食症や体型の問題が、非常に重要視されている世界の中で、人びとが、いつも神の恵みである物質的食物を食べないことは、実に不自然であり、大きな喜びを否定している、と言われますが、これに対しては、どのように考えますか?

質問12の答え
まず初めに、栄養失調、肥満、肉体的な拒食症のすべては、人間の感情体、メンタル体、スピリット体の様ざまな拒食症に原因があり、内側から解放された聖なる栄養だけが、このような症状を癒す力をもっています。次に、一般的な食べ物の選択肢や、セックス、ドラッグ、テレビなどの他にも、私たち自身を満足させる方法が、たくさんあるということです。まだ私たちが、別の選択肢を学んでいないだけで、これらの方法が悪い、と言っているわけではありません。

友達との集まりや、社交の場で食べ物を分かち合うことで得られる、感情レベルの結びつきは、大きな喜びです。すでに物質的な食物を必要としない、ライトイーターたちが時々食物を摂取するのも、この理由からです。私にとっての最高の食事は日光浴ができるビーチを散歩し、風、水、太陽のプラーナを吸収したり、森林を歩いたり、夕日や朝日の光を浴びて、山の上で瞑想することです。約1.2億人が物質的な栄養不足から栄養失調に苦しみ、1.2億人が間違った食物の選択とファーストフード中毒のために肥満に苦しむという、人類史上初の非常事態をむかえ、私たちは真実の栄養を再評価する、進化のステージに入りました。ほとんどの人にとって食べる喜びとは、より深いところにある渇望を満たそうとする、感情体の中毒症状です。この進化のときにあって、肉体、感情体、メンタル体、スピリット体の全体的な健康を維持する喜びを広めるように、私たちは直感的に導かれています。


質問13: 聖なる栄養のパラダイムの世界的代表者、プラーナの栄養に対する懐疑に対応してきた人物として、この世界の将来をどのように見ますか?

質問13の答え: 多くのヨギやシャーマンのように、私も未来をのぞく機会にたびたび恵まれ、プラーナで生きることがもたらす個人的、そして地球規模の恩恵のために、その現実が聖なるサポートを受けて続いていくことを目撃しました。人間も動物の間でも殺戮がなく、そのような性質は野蛮で未開であった過去の私たちに属するもの、と捉えられている世界をみました。この「新しい世界」では、すべての命に対して愛と尊敬があり、人々は肉体、感情体、メンタル体、スピリット体の健康を維持するための教育を、充分に受けているようでした。この世界で、私たちは愛、知恵、健康、幸福で光り輝く虹の都に存在しているのです。

どうやって、そこに辿り着くのでしょうか?
この新しい世界に進化するためには、どのようなステップがあるのでしょうか?


 その答えは、私たちの意識の拡大です。これは脳波パターンを変容させる、ホリスティックなライフスタイルを取り入れたときに起こります。

 懐疑心が健康的である一方で、無知と恐れは教育の欠落に起因します。これが、新しい事例の先駆者にとって、常にマスターとして行動する、ということが大変重要な理由です。マスターは何が起きても、すべての状況下で、常に愛の波動を放射し続ける能力が必要です。

 長年の内なる聖なる存在とのつながりが、すべては光、色、音によって生かされ存在していて、その光線や波長は、まるで巨大な宇宙コンピューターのように、宇宙の法則と理論数学的コードによって動いていることを、私に教えてくれました。このように、意志、意図、想像力ですべてを動かし、役立てることができ、そこには、不可能なことは皆無なのです。私はまた、聖なる栄養と肉体をつなげることは、エソテリック・サイエンスの基本で、進化へ向けた次なるステップだ、と感じます。

聖なる栄養のパラダイムの未来とは、ズバリなんでしょうか?

 このパラダイムは、大いなる挑戦であることが現状で、私たちは、いつか受け入れられることを知りながら、たくさんの嘲笑や反対意見の中を生き抜いてきました。ライトイーターたちが、このパラダイムを実践し、多くの国々で新しいステージが開かれて行く過程では、地下に潜って口を閉ざす人や、公然と協力をする人などがいますが、たいていの人は、慎重に、内なる導きに従い相手を選びながら、このような情報を分かち合います。

 また、変化をもたらす人には波があって、 1970年にウィリー・ブルックスが「ブレサリアニズム(Breatharianism)」(光で生きる)をアメリカに広めた後、私がオーストラリア、アジア、ヨーロッパでプラーナの栄養について、10年近くにわたり公の立場をとり、現在はヒラ・ラタン・メネックが、太陽で生きるプログラムを推進するため、医療や科学の研究チームと共に、インドとアメリカを休みなくまわっています。ヒラ のあとには、また誰かが現れ、この波は続いていくでしょう。この他にもちろん、この現実を根付かせるために、個人的、専門的に貢献している、たくさんの人びとがいます。様ざまなバックグラウンドを持つ多くの人びとが、お互いに面識がなくても同じ考えを分かち合うとき、そのパラダイムは、この現実にとどまるものだ、ということがわかります。最近のエソテリック・サークル内での楽しみのひとつは、意識的に脳波のパターンをシフトしたときに訪れる、贈り物がどんなものかについて考えることです。


質問14: 物質的な食物摂取の必要から解放されたい、という願望だけでは、この旅を続ける動機が不十分で、それには、より大きな構図をみる必要がある、とあなたは言っていますが、これはどういう意味ですか?

質問14の答え: 人類は、内なる神の力を再発見、再認識し、それを体験し、証明できる奇跡的な才能を与えられています。好きなときに聖なる力を証明し、ひとつになれるようプログラムされているのです。私たちは神とよばれる宇宙のコンピューターと同じソフトで起動している、ミニ・コンピューターのようなものです。聖なる力、あるいは神はその恵み深い愛と光を、内なる太陽センターをとおして、私たちのチャクラに供給し、外的な太陽をとおして、細胞に栄養を供給しています。注目すべきなのは、人間が物質的な食物から解放されることではなく、聖なる栄養源から得た光と愛を、人間がそのままに放射する、ということです。

 アイバンホフがこのように言っています。 「宇宙の中心である、太陽に注意を向けているとき、私たちは私たち自身の中心、ハイアーセルフ、内なる太陽に近づいている。そして、そのなかにどんどん溶けてゆく。しかし、太陽に集中するということは、思考、願望、エネルギーの全てを動員して、最高次の理想への奉仕に費やすことを意味している。常に自分の存在を脅かす、内なる混沌を統合して、ひとつの光り輝く、有益なゴールの探求へと推し進めることは、すべての方向に放射が可能な力強い焦点になる。

ひとりの人間が自身の低次の本質をマスターすることが、全人類にとって有益であることを信じなさい。彼はまるで太陽のように光り輝き、彼の内の余りある愛と光を注ぐことで、彼の意識が全人類を包み込むことが、彼の自由となる。愛と光だけが人間を変容させる力を持っているので、世界はこの太陽との役割に、自らを捧げる人間をより多く必要としている。」と。

 飢えを満たすための中毒症状は、ホリスティックな教育や自分の存在への気づきの欠落、そして創造主から分離している、という間違った考えから引き起こされます。私たちの本質を知り、低次と高次すべての本質を統合させると、私たちの内にある神の食物が、私たちの体から流れ出し、飢えと中毒が消滅するのです。


 ライトイーター(光の食事家)の、家族や社会との調和に関する質問は、このシリーズの前の本で紹介しています。しかし、ここでもうひとつ、再提示したい課題があります。多くの人が、よく私に「血液型や体質に合わないから、私はベジタリアンにはなれません。やってみたけどひどかった。医者または栄養士がよくないといった。」などと言ってきます。

 聖なる栄養で生きるうえでもっとも重要なのは、物質を超えたマインドをマスターすることです。私たちの存在は神が形をとったもので、私たちの体は自己再生し、健康のピークと長命を維持するために必要な、すべてのプロテイン、ミネラル、ビタミンを高次の内面と外面から、吸収することができるのです。
また、光り輝く食生活を取り入れると、いままでの汚れたシステムの毒素の排泄を体験することも事実上、よくあります。私たちが聖なる栄養への扉を開くための、最初の一歩としてお薦めするのは、思考のパターンに注意し、制限された信念をすべて無くすように、自分自身をプログラムし直すための準備をする、ということです。




不食なひとびと



地球上にどれくらい不食実践者はいるのか。数千人だというひともいる。事実、たいていのブレサリアンは霊的に発達した人たちで、名声や注目を求めない。彼らの多くがほとんど知られていないのはたとえば飲みに誘ったとして、不和を避けるために普通に飲食するからだ。でも体を完璧な状態にしておくため家では飲んだり食べたり全くしないのだ。

下に挙げるのはよく知られたほんの一握りの不食実践者たちだ。(アルファベット順)

Alenara

ブレサリアリズムについて彼女の経験をもとに、かなり明確に説明できる希少な人。

Barbara Moore

「大胆な勇士、ロンドンのバーバラ・ムア、MD」1951年6月17日のロンドンサンデー新聞でリリースされたものによると:
見た目は30にしか見えない50代の女性が昨日、食べ物を避け、年もとらず
150年は生きるつもりと主張した。20年前、1日3回普通の食事をしていた。12年間の間にゆっくりと、レタス、ナデシコ、クローバー、タンポポ、それとたまに果物ジュースを1日一回摂るのでちょうどいいように変えていった。5年前完全にジュースとトマト、オレンジ、レタス、ハーブだけになった。
今レモンジュースで香りをつけた一杯の水だけの生活をしている。彼女は言う 
「太陽光線や空気の中には目で、また科学的道具で見えるものがもっとたくさんあるわ。秘密ははその特別な、素晴らしい放射を吸収して食べ物に変える方法を見つけることね。」
毎年、彼女はおいしい空気と泉の水だけで山登りするためにスイスを訪れる。「見て、私の体の細胞と血液はとってもいい質になったわ。暑さにも飢えにも疲れにも負けない。」
バーバラはアメリカ横断旅行中交通事故で死亡。

Christopher Schneider

彼は1962年1月20日に生まれた。彼は言う「1998年8月から不食している。いろんな経験をさせてもらった。チョコレートや甘いもの、チーズを毎日食べたり、一週間に一度食べたりしてる。食べる必要はないのだけど味覚を満たすためと地に足をつけるため。ほとんど毎日カプチーノ(習しのようなもの)か水で割ったジュースを飲んでいる。」彼はドイツで1999年から21日間過程のコースを開いている。光で生きることに賛同した人々をこのプロセスを通じて助けている。彼は又自然療法家、出生時再体験心理療法家、運動療法、レイキヒーラーでもある。彼は言う、「僕のしていることは全て、人の中に存在する神聖さと内なる調和力との関わりを見つけるためです。

Evelyn Levy

アメリカで夫のスティーブと暮らすブラジリアン。5日間何も食べずに過ごしたペルーの旅から帰還後、不死と、光で生きることに興味を持った。そして高い波動を身に付ける自然なプロセスを始め、結果として空腹感をなくすことに成功する。後の1999年彼女の夫が食べることを止めた時彼女もそれに習う。

Giri Bala

1868年生まれのインド女性。1880年から食べ物、飲み物を摂っていない。生まれてから死ぬまでビウルのベンガル村に住んでいた。彼女の不食状況はバードワンのマハラジャによって熱心に調べられた。彼女はあるヨガのテクニックを使ってエーテル、太陽、空気から宇宙エネルギーを体に再放射していた。ギリ・バラの話は彼女は68歳のとき出会ったヨガナンダに伝えられた。
そのときすでに液体でさえも56年間摂っていなかった。まだつつましく普通の村人として暮らす間に噂はすでに広まっていて彼女の住む地方の酋長の宮殿に連れて行かれた。そこで厳格に監視された結果、確かに光だけで生きているという太鼓判をもらって解放された。子供の頃は食欲旺盛でよくつまみ食いをしては叱られた。9歳のとき結婚の誓約のもとに夫の家に嫁ぐ。ある日彼女の大食をあまりにひどく非難する姑の言葉に嫌気がさしこう叫んだ。「もう一生何も食べないでやる!絶対!」彼女は泣きながら村を走りぬけ、グルに祈ったそのグルは光だけで生きることを教えることが出来る人だった。グルは現われ彼女にキリージャ・ヨガのテクニックを見せ、彼女を有形の物を摂取して生きる体から解き放った。その時から、ギリは太陽や空気で体のエネルギーを得るヨガを実践し、何も口にしていない。


Hira Ratan Manek(SunGazing)

インドに生まれる。7人の医者が彼が長い断食に入る数日前から調査を始める。
医学的又科学的視点でかなり詳しく調べられた人だ。はじめ、211日間水のみで生き、次に411日間生きた。詳細はこちら

Jasmuheen

オーストラリア人。1993年に行った21日間プロセスを終えたあと2年間食べなかった。そのあと少量のごちそう、コーヒー、紅茶でいくつかの実験を始めた。彼女は食べることからは自由だと主張する、ただ味覚を楽しませることはある程度許していて、コーヒーを飲んだり甘いものを食べたりする。長いフライトのあとはよく眠れるようにエネルギーを落とす意味でジャガイモを食べたりもする。彼女の報告によると、1日に平均して300カロリーの食事を摂っている。ジャスムヒ−ンの2つのインターネットサービスCosmic Internet Academy公式サイトでは人類の霊的成長のために貢献するたくさんの情報を提供している。見る価値があるのはたくさんの記事、Elaanis Voice、公開討論広場など。

Joachim M Werdin

ここのサイトの創始者。詳しいことはここで

Kamilla

ロンドン在住のポーランド人。生命の秘密、秘教に哲学的視点から興味を持ちBlawackaの作品など多くの本を読む。修道院の独房で手ほどきを受けた1999年8月11日、不食生活を始める。数週間前に参加したジャスムヒーンの講座に出て決めた事だ。その会合の何たるかを知り始めたとたん、もう受けるべきプロセスは超えていると「すぐに察した。」彼女は認めている、「メスを使わない手術のようなものね、それでもしっかりと感じとれる。」禁欲の苦行もしないでこう言う「スプーンに1,2杯のわさびとマッシュルームを酢に入れて楽しく食べてる。」カミラの霊性進化が食べ物に頼らない生活を実現し、体も健康を取り戻した。前にした検査では血清ガン、糖尿病、右足麻痺の診断を受けたが、これら全ての症状は消え元気いっぱいだ。

Kazimierz

ポーランドの上部シレシア出身。リビングオンライトを始める前の1999年
Karwotと2000年の間、霊的発展のためのオープンスペースで過ごした。他の不食家のように、12年間位の霊的発展の成り行きで変化が起きた。彼はブロッドニッキ眺望公園のPokrzydowo村に住み、とてもゆっくりと無理せずそれを身に付けていった。今でもその村に住んでいる。伝授プロセスの2ヶ月前から不食はしていた、と言う。その伝授プロセスは2001年の1月、ひとり引きこもった状態で21日間続けた。はじめの一週間に肉体、霊体ともに生まれ変わった。今彼は自分のことをこう語る。
「私は光で生きている……21日間の隠遁生活の後からずっと」

Martha Robin

この原稿からコピー。
1902年2月生まれ。1928年3月から何も食べる事ができなくなった。無理に食べると体が拒絶してもどしてしまう。飲み込む事さえできなくなった純粋な水でさえ。又眠る事もできなくなった。完全に聖餐のみで生きた。長い時間祈りと瞑想をして過ごした。

Prahlad Jani

これらの記事1.2.参照。
  飲食なしに68年過ごした人。100人ほどの医者によるテストで実証。10日間の厳密な監視の後、完全な健康状態であった。


Steve Torrence Evelynの夫

アメリカ人。リビングオンライトのインターネットサービスを英語とポルトガル語で行っている。
1999年の初め、「Life and Teaching of Far East Masters」の本に衝撃を受け彼がたどり着いた結論は
「我々の体は形ある食べ物を必要としていない、ただいままでそれを体に押し付け、体はそれに適応していただけ。」
「食は必要でないだけでなく、私たちの体と感情に害をもたらす。」
と彼は言う。現在、主にブラジルとポーランドに赴き、セミナーを行っている。

Sunyogi

太陽から直接エネルギーをえて飲食、睡眠の必要をなくす方法を発見。

Surya Jowel



Theresa

1898年、北ババリア出身。20歳のときに事故で失明、体も一部が麻痺。Nermann 1923年St. Therese of Lisieuxへの祈りを通じて奇跡的回復を得る。それ以来毎日少しの清めの水以外何も口にしていない。キリストの愛を感じる 時、キリストの聖痕が彼女の額、胸、手足に毎日現われ始めた。ヨガナンダ は言う「彼女は過去においてMaryMagdaleneであった。ギリ・バラのように 彼女は神の光で生きることが可能だと証明するために又生まれてきた。」
聖痕を得た36年間の間、何千もの旅行者が彼女の住む小さな村にその奇蹟を見に訪れた。1962年死亡。「Theresa Nermann」著者Paola Giovettiの本で、彼女の人生が深く描かれている。

Vasanta Ejma

何年のも間、ヴァサンタは神に尋ねる。「一日のうち24時間あなたの中にいさせてください。あなたに仕える栄光をください。どうか私を雇ってください彼女の中に神を見つけるために10年間、しばし断食をしながら、祈り、瞑想隠遁生活をした。「神が私の要求を、どう受け取ったのか分かりませんが、2001年8月13日、21日間のリビングオンライトのプロセスが私をひきつけた。これは神からの信じられないような栄光です_私の心を3次元から引き離す。天来の自由を経験し、そしてそこへ向かう道を知る事とその道にたどり着く事に違いが21日間の自己変容プロセスの間に経験した自由で認識できたこれを書いて表現できる?決まりも制限もない全てが可能な自由の世界を。私は経験した、神の世界へ飛ぶ経験を。

Wiley Brooks

最も長いブレサリアン生活をしているひとり。30年以上食べていない。彼の言うに、食べるという事は、身につけた習慣である。

Will van der

アメリカ、モンタナに住むオランダ人。2001年3月から食から自由になる。

Xu Fan

18歳のときから食べる必要がなくなった中国人。 


その他何千世界にどれだけ食べず、飲まず生きている人はいるのか。
みんなそれぞれいろいろな分野で、いろいろな生活様式、様々な信念、習慣のもとにいる。それぞれ独自のストーリーがある。
なぜ不食を? どうやって?
しかし彼らのほとんど周囲との摩擦を恐れて不食していることを公にしていない。



ブレサリアンを目指す理由



不食する決意に到るにはいろいろな訳がある。その通り、どの不食家もそれぞれのストーリー。
一番一般的な意見は下記参照

完璧な健康
心も体も完璧に働いているところを想像してほしい。風邪も鼻水も咳も痛みも疲れも絶望感も何も無い。細胞が幼児の時と同じ様にきわめて健全で汚れがない。免疫器官は100%機能する。だから風邪やインフルエンザ、その他の病気の人がいても何の影響も受けることがない。不食は私たちが毎日取り入れている毒素を組織から取り除くからだ。肉、野菜、果物、種子などが農場で大規模に生産されるとき、より速く大きくなるようにたくさんの有害物質が用いられる。食べ物に含まれるそれらの毒素の量は細胞がそれを取り除ける量を超えている。だからはじめの数週間、又は数ヶ月間の不食生活の間に、細胞は浄化を行い、結果健康に結びつく。この浄化期間には安らぎや体、心の軽やかさを強く感じる。

自立
完璧な健康が手に入ると食べるという必要がなくなる。つまりどこに住んでも飢餓や栄養不足、それに伴う症状に悩むことはない。お金持ちのヨーロッパ人であろうと生活力のない乞食であろうと体は健康そのものだ。健康、これは幸福の第一条件である。食べることに依存していない人の人生は食べ物の影響を受けることがない。

時間節約
買い物、食事の用意(切る、煮る、剥く、焼くなど)に時間を割かずにすむ。食器洗い、ふき取り、台所片付けの必要もない(もともと台所が要らないが)仕事中の食事休憩もいらない。それから、不食をするとトイレにいる時間も短くなる。これらとは別に、医者に行くこともない、病気にもかからない。不食家は睡眠も短くてすむ。普通1〜5時間、たまに全く眠らない人もいる

お金節約
上に述べた全てにお金はかかる。食べ物、食器、雑貨、台所装飾や維持、全てに永久にかかる。多くの人が医者や薬に多額のお金を使う。食に関する本や雑誌を買う人もいる。これらは不食を始めるといらなくなり過去の物となる。

自然を守る
生活を変えて気づいたことは出すごみの数が何倍も減っている。ということはかなりの量のごみは食からきている?答えはイエスだ。それらのごみの大部分が、包装材だ。すごく自然を守ることになる事がわかるだろう、以下のことを思い浮かべれば;
少ないごみ;
良い方法で生産が行われる;
動物がホルモン剤や抗生物質を使わずに育てられる;
植物が化学肥料なしに育てられる;
耕作地を作るため、又は紙の生産のために森林が伐採されない;
等など
自然の救済は大きくて測りきれない。地球資源(電気エネルギー_大気汚染につながる電気の素材を燃やすことで生まれる)の節約もそこに入る。

エネルギー感UP
体のエネルギーレベルのことだ。大部分の不食家たちはかなりエネルギッシュで、長時間働き続けることができる。何週間も、何ヶ月も断続的にという人もいる。文学、発明などでもかなりの創造性を発揮する。彼らの多くがほとんど眠らず何十時間の旅をしたあとお風呂に入りすぐ仕事を始める、何の疲れも見せずに。人は私のことをワーカホリック(仕事中毒)というが、自分でもそう思う。コンピューター(かなりエネルギーを消耗するもの)の前で10時間費やしたあとも、私の頭は朝仕事を始める前と全く同じ様にはつらつとしている。休む必要があると感じればスイミングやジョギングをする。時に、食べ物を食べたら、昼から目が痛くなったり、夜は頭が痛くなったりして仕事が続けられなかった。不食家がそれほどエネルギッシュなのは驚くことではない。体は消化の過程で体の90%のエネルギーを使う(99%という人もいる)信じられないだろうが、本当のことである。組織は消化するだけの機械として機能する。不食をすれば自身でこの事実が分かる。同時に言えることは、食物をたくさん食べれば食べるほど人は無力を感じる。たくさん食べたあとすぐ働く気になるか?本当なら逆のはずだ。よく言われる、「たくさん食べて、強くなる。」反対ではないか?実際は、物を胃に入れれば入れるほど組織は無理にその処理にあたる。うまく処理できないと、病気になる。それゆえ、断食が病気治癒の二番目にいい方法として知られている。新しいことわざを作ってもいいようだ。「不食で元気に」

創造性UP
食べ物の消化にはたくさんのエネルギーがいる。だから、消化しなくてよくなると組織は他の目的に使われるようになる、たとえば、創造的なこと。それ以上に食べ物には毒性も含まれている心は直接体と結びついていて影響しあっている。体が浄化された不食家に、何が起こるか。思考プロセスがずっとはっきりし、速くなる。断食をしている人でさえ何日間かつらい日が過ぎたあとは頭の中がすっきりする。不食家にとってはこれは永久の特色だ。だから次から次へ新しいアイデアが浮かび、すばやく考えることができる。今まで頭の中を取り巻いていたスモッグ、雲が消えていく。そうして心の中もはっきりと明るいものになる。多くの不食家が創造的なものを望むのはこういうわけだ。

霊性
つづく



各種メソッド



不食を実践する人の数だけ方法もいろいろある。下に掲げた方法は単に例として扱ってもらいたい。知識として頭に入れておけばよいだろう。これらを指導書として捉えないで欲しい。それぞれの方法は完全ではなく、これから本やテキストになっていく過程の一部に過ぎない。

食事制限法
SUBLIMATION OF EATING

この方法では徐々に食べるものを変えていく。目的は、食習慣を変えることで、食べる事に関する潜在意識のプログラムに変化をもたらす。
まず、胃にずっしりくる物を除去する。:フライ、焼いたり、蒸したりした肉、消化しにくい物。何週間か何ヶ月、場合によっては何年か後、体がそういったものを渇望しなくなったらOKだ。次に、牛乳、乳製品、卵、甘いものなど。このようにして、野菜、果物、種子類だけを摂るようにする。その段階になれば、かなり楽に次の段階、生の野菜、果物、種子だけの生活に進めるだろう。最終的に野菜と果物のジュースだけにする。毎日少しずつ、ジュースを水で薄めていき、最後には、水だけにする。そうなると、その人はもうあと一歩でブレサリアンだ。最後には水さえ必要なくなる。
この方法で不食を目指す場合、大抵数ヶ月、または数年の月日がかかる。

霊的アプローチ
SPIRITUAL

霊的発達につながる経験をたくさんしてきた人たち向けのやり方である。不食生活を決心し、個人的にまたは、グループで頑張って取り組む人たちがいる。それをする場合、隠遁所のようなものを借りたり、修道院、僧院などに加わることをお勧めする。もし良い霊的指導者(グル)がついているならそれでいい。この方法で、霊的成長をしつつ、軽い食べ物から、不食へと進む。そのような人は、聖霊、神、高級エネルギー、アートマン、ブラーマン、アラー、内なる力・・・まだまだたくさんの呼び方がある、しかし経験して初めて分かることなので、頭では掴みきれない、その存在に力をもらうのを感じるだろう。

突然変異
SUDDEN

この場合、体が突然、食べ物を受け付けなくなる。症状は食べ物に対する嫌悪、気持ちの悪さ、無理に食べようとしても吐いてしまうなど。ブレサリアンになる方法と呼べるとしても滅多にないケースだろう。宗教心の強い人が、霊的修行で深い体験をした後などにこういうことが起こるようだ。その他、不快な症状のないものもある。ただ、食べる気がなくなり、空腹も感じなくなるのだ。その食べない状態は数週間、または数ヶ月、時に数年続く。
こういったケースでは、突然食べなくなったように、また突然食べ出す事がある。

力ずく
BY FORCE

このケースは、体が食べようとするのを無理にでも抑えてブレサリアンになろうとするものだ。この場合、空腹感は消えず、全体の過程は断食に近いものだ。この方法でブレサリアンまで到達する例はほとんどない。結局食べてしまうか、死ぬかである。しかし、健康状態という観点で見るならば、ある程度の不食期間の後、適切な時に食べ始めたなら体にとって、とてもいい効果となる。医学的に治癒不可といわれた病気まで治してしまうほどである。

体に無理をさせていると分かる兆候は体重の減少である。スケルトンのように。(みっちのような例外もある。やせていても、気分がよければ問題ないだろう)

21日間プロセス
21DAY PROCESS

チャ−マイン・ハ−レイによって書かれた21日間プロセスはジャスムヒーンの本「プラーナ食_リヴィングオンライト」の中に載っている。21日間プロセスは3つのパートに分かれる。それぞれが7日間のプロセスだ。始めの一週間は食べることだけでなく、飲むこともしないので精神的準備が十分でない人の場合、危険であり、脱水症状をも引き起こす。そんな状態で続けると死を招く事もある(実際、過去に何件かあった)。この全体の過程はかなり徹底的なので、これを始めるにあたっては十分に霊的レベルを発達させていることが、個人個人に求められる。よってこの内容はここでは詳しく述べない。そういった評判にもかかわらず、この方法は人々に親しまれている。この方法の目的を述べるとすれば、意識を導く事、言い換えれば、魂の変換だ。

催眠法
HYPNOTIC

経験のある催眠術師の協力のもと、または自己催眠術を使って、食べなくても、体に力を与えるほかの方法を意識の中に入れていくもの。この方法は、まだ未開発段階で、危険もかなり伴う不食している精神学者の指揮下で常に行う必要がある。この方法を間違った方向で使うとその人の心にダメージを与える可能性が高い。これは時間的に切羽詰った状態(大災害、戦争、遠征、行方不明時など)の時に使う事をお進めする。

全てを含めた、またその他いろいろな方法COMBINED

この方法が一番多く使われていることだろう。個人個人皆違うから一つの方法で誰もがうまくいくわけではない。というわけで、もし不食をしようと決めたならいろいろなのブレサリアンの意見を聞くのが一番だ。

PROLONGED FASTING

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ALTERNATING

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CONSCIOUS

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ONE WAY

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40 DAYS PROCESS

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SUN GAZING

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断食療法


断食を適切に行えば、この世でこれほど健康になれる方法ないだろう。重い病気も治し、体や心の状態を良くし、細胞は生まれ変わり、人体エネルギーレベルも高まる。
いろいろな断食療法があるが、次の二つ、ドライ断食と普通の断食が、一番やりやすく効果的だ。

ドライ断食

これが一番シンプルなメソッドだ。なにしろ何も口に入れる必要がない、水さえも。さらにもっとその効果を高めようとするなら、水にいっさい触れないことだ。断食中はどんな水分からも体を遠ざける。体浄化(排泄機能)の効果は通常の断食の2〜3倍だ。ドライ断食を一週間したなら、その効果は水だけ断食の2〜3週分である。

ドライ断食はその状況によるが1〜14日が限度だ。空気が乾燥し、気温も高かったら、飲まずにいられる時間は短くなる。汗を出すような運動などをする人も長くはできない。もし、これらの状況が平均的な場合、大体7日間くらいだ。断食中は体の中の水分を示す肌の湿度をよく観察する方がいい。もし体の水分量が限界を超えて低下すると、体の機能が停止する。つまりは死ぬ。普通の状況でそのぎりぎりの限度を超える危険を起こさない範囲は大体4日間だ。

もう一つ決め手になるのは、体に蓄積された毒素(水で洗い流した方がいい)の量だ。例えば、もしその人が塩分の多い料理をたくさん食べていたとしたら体がその余分な塩分を出してしまってからドライ断食を始めた方がいい。つまり、水断食をしてからドライ断食に入るのがベストだ。初めの一週間は水のみでして、次の週は水なしだ。もし長く断食をする予定なら前の週の水摂取を控える(5〜6日間にする)とよい。どちらにしても、はじめの2、3日の水断食で、飲みたいという欲求はほとんどなくなることを感じるだろう。どんな断食でも体が求める以上の水を飲んではいけない。


通常の断食

断食とは何も摂取しない事だ。水分に溶けたもの(砂糖、蜂蜜、コーヒー、紅茶、果物など)でさえ。ジュースもここでは勧められない。そうでないとリクイダリアンダイエットになってしまう。断食中飲む水は蒸留水か脱塩(脱イオン)水が良い。ここで重要はことは、飲み水に何かを入れること(味付けのために入れる数滴のレモンでさえ)体が浄化するところを邪魔することになる。

この断食は1日から数ヶ月続けられる。これは蓄積された(主に皮下)脂肪の量による。平均では、一キロの脂肪をなくす(燃焼)のに2〜4日間の断食が必要だ。よって、もし20キロの体重過多の人は40〜80日間断食を続けられる(理論上)。普通は1〜40日だ。一般的に期間が長いほど、効果もよくなる。標準体重の人が2週間以内の断食をした場合、その効果はずっとは続かないかもしれない。体重過多の人の場合、余分な脂肪を落とさないといけないので、体が健康を取り戻して細胞が輝きだすまでの時間はもっとかかるだろう。

もし断食をするのが初めてなら、まず実験したほうがいい。いつやってもよいが、初めてのときは24時間(一日)であること。1週間後かそれくらいに今度は3日間したらよい。また休んで、次やる時は5日間、または1週間やったらよい。その後、それまでに得た自信と経験で、10日間または2週間簡単にできるだろう。そして次は数週間できるようになる。生理学的に見ると、普通の人(体重過多でもやせすぎでもない)の場合、40日間の断食は奇蹟を起こす事もよくある。体の細胞をかなり若返らせ、ほとんど全ての病気を治し(ガンなどの病気は2,3回の断食が必要)しわを無くし、髪を増やし、白髪を無くす。断食をした人達は嬉々として自分たちの体験を話す。「これほどいい気分になったのははじめてだ。」「病気になったことがないといっても、本当の健康がどういうものかは、断食をして初めて分かる。」

断食をする際、体の機能をとめてしまう、危険な事が一つある。それは恐れだ。私たちがずっと慣れ親しんでいる社会通念。人はきちんと食べなくてはいけない。断食は死を招く危険な事だという人の意識下に深く根付いた概念だ。もし、あなたもそういったものを信じるなら、はじめは2、3日でやめたらいい。先に述べた、24時間、2日、3、5、7、10……と経験するうちに、その深く根付いた信念は誤解に基づくものだと分かるだろう。


断食中起こりえるトラブル

断食中、体はいろいろな不快な症状に悩まされる。感じ方は人それぞれだ。期間中、全くそんな症状のない人もいれば、あまりにひどくて死にそうだという人もいる。もし快調なら、別のことをしながら癒し、若返りのプロセスを楽しめばいい。もし不快であるというなら、それは体の浄化のサインであり、それが通り過ぎるのを根気を持って待つべきだ。それらの症状が断食ストップを要求しているというケースはほとんどない。

以下のような不快な症状を経験するかもしれない:

  • 頭痛、内臓の痛み、骨、関節、目などの痛み
  • 虚弱感
  • 脱水症状
  • めまい、立ちくらみ
  • 体重減少
  • 精神不安
  • 突発又は急性疾患(長年の、又慢性疾患の活性化)
  • アレルギー
  • 腎臓;肝臓;胆嚢石の動きによる激痛
  • 発熱
  • 血圧降下
  • 動悸
  • 吐き気、嘔吐
もしこれらの、またはこれ以上の症状が現れたら、数時間、数日、(滅多にないが)数週間、消えるのを待てばよい。これらの症状は体にとって危険な事ではない。しかしながら、これらのうち気をつけなければならないこともある。例えば、もし血圧があまりに下がったら、車の運転をしたり、泳いだりなどの血圧があがる時に注意が必要だ。断食を始める前から血圧が低い場合はもっと注意がいる。危険なほどまで落ちる前に、体操をしたり、ハーブを飲んだりするべきだ。もし、腎臓結石がある場合、断食の前にとってしまうか、スローな断食をしたほうがいい。なぜなら長い断食は石の消え方が速く(それが大きな破片をならなければよいが)その破片が尿管をふさいでしまう(痛みがものすごく、危険といえる;もしこうなったら断食をとめない方がいいがそのふさいでいる破片を取り除く適切な処置をとらないといけない)

まとめると:全ての不快な症状は、体が(長年蓄積した)毒素と死んだ細胞を取り除き、機能を正常にしているサインである。体の完全なる自己統制機能が、完璧な状態を取り戻しているのだ。体に食べ物が入ってこないこの期間に体は元の働きを取り戻し、必要な調整を行う。長すぎないように行えば、断食はとてもよいものだ。長くやりすぎた場合、体の細胞と生命エネルギーを失う。


特筆事項

大腸掃除(浣腸)
断食前また断食中(ドライ断食以外)、水を使った断食(浣腸)で大腸を掃除するのをお勧めする。浣腸というものに嫌悪感を示す人もいる。もしあなたがそうなら、する必要はないが、その方法を手放す前に頭に入れておいて欲しい事は、汚れた腸は腐敗物を含んでおり、その腐敗物は血液中に吸収され体全体の組織(脳を含む)に運ばれる。これらの毒素は不快な症状を引き起こし、腎臓や肝臓に余計な仕事を与え、体全体の組織を回り歩く。一部分の腸内物質は決して排出される事がない;それは宿便となって内部にへばりつく。そのような宿便は潰瘍やガンを含む腸の病気を引き起こす。これらの事実を踏まえた上で浣腸についてもう一度考えて欲しい。浣腸をして、出てきたものを見た時、こんなものが今まで入っていたのかと驚く事だろう。

腸を洗うには、流水を使えばいい。大腸は約80センチで、カーブのたくさんある管だから、完全にきれいにするには、何回かじっくりと行う必要がある。やる回数や、深さについて心配する事はない。例えば、断食のはじめの週、毎日一回してもよいし、次の週は2日に一回、その後は一週間に2回など。腸の中を完全にきれいにするには、一月かかるといっていい。丁寧な浣腸はそれだけでもかなり効果的な療法である。断食をしなくても、いわゆる「不治の病」を治してしまう事ある。特に1週間かそれ以上の断食をした後で浣腸をして、。多くの人が腸から出てきたものを見て驚く。多くが何年も腸管にへばりついていたものだ。子供の頃に食べたものの残りかすが40年経ってもへばりついているのも珍しくない。断食と深い浣腸を組み合わせた場合のみそれは排出できる。

体操

断食中は体を動かした方がいい。オフィス業務など、体をあまり動かさない生活をしている人は特に。ウォーキング、サイクリング、スイミング(自然の中で)がお勧めだ。運動は、体が毒素が排出するのをより速く、より効果的にする。エネルギーの低下でいらいらしたり、だるく感じたりする時は特にするとよい。もっと強い虚弱感に襲われて長く立っていられないなどの時は横になりしばらく休むとよい。あなたの直感でどうするのがよいかわかるだろう。

筋肉を疲れさせずに、体にエネルギーを与える運動(エネルギー体操)がよい。気功、太極拳、ヨガ、アイソメトリック体操、などは特にお勧めだ。それらを知らなくいからといって心配する事はない。人は潜在的に色々知っているのだ。単純に、体の中にエネルギーが流れるところを想像する。考えるのでなく感じる事だ。するとあなたの筋肉(体の部分)がゆっくりと動きたがっている事を発見するはずだ。エネルギー体操をする上で重要なのは、実際の動きでなく、流れゆくエネルギーを感じることである。



不食なひとたちの体験談


複数の人の、不食、断食、リビングオンライトの体験談を以下に記載

Alenara
私はごく普通の食生活をしていた。食物の働きなども全く知らずに。数年前、焼肉を食べた時が私の分岐点だった。それを食べた時、胃は重苦しく、頭はくらくらし、気分は最悪。食べ物は体に影響を与えるのだということを実感して、それまで食べると気分が悪くなっていたもの全部やめる事にした。

でも、回りの人たちは変わった食生活を始めた私を非難した。食の専門家や医者まで出てきて止めるように説得し始めた。それでも自分のの生活を変えたくなかったから、本や他の情報源を探して調べ始めた。

その間見つけた方法という方法は全て試した。ベジタリアン関係、ベーガン、生食、フルータリアン……。でも、真の食事法と思えるものはなかった。直感的に自分のやりたいようにやり、また科学的に栄養や心理について調べた結果、同じ結論にたどり着いた──人は食べなくてもよい!

しかし、いつ、どうやってやめられる? 
果物ダイエットをしばらくした後、断食をしばらくするというような「規則」や「制限」がいつもある。私はそれらを全て試し、それでもいい方法が見つからずにいた。しかし私の食生活を認めようとしない人たちの圧力のもとにいた私は食べ物に最後のチャンスを与えた。全ての食べ物を試したのだ。食べたいと思うものは全部食べ、その事に耽った。もし、食べる事が人の熱源となるならそう感じてもよいはずだ。しかし、私は食べる事に飽きてしまった。その上、人々は私でなく、私が食べる物、又食べない物を見るだけで私を人として見ていないということに気づいた。だから皆を抗議すべく、不食を延期する事を止めた。すなわち食べる事を止めたのだ。

私は空腹感もなければ喉も渇かない。何で生きているのかと聞かれれば、自分自身と答える。食べ物や料理のことを考えもしなければ食べたいという欲求もない。もしあるなら食べているだろう。時々アイスクリームやフルーツジュースを楽しむ事がある。そんな時はそのものが解けてなくなるほど長く口の中に入れておく。そうすると食べ物が胃や体に影響を与えずにすむ。最近、たんぱく質(鶏肉、魚、ピーナッツ)を一週間に2度食べる。その時、完全に不食をしたことで得た、人の通常感覚を超えた感覚が楽しめる。(通常の自分の精神状態より少しアップした感覚がいい。食べ物で、人は変われる)

不食は簡単だ。ものすごい自由をくれる。食べなくてもいいのだ。同時に、食べたいならそうしてもいい。しかし何よりいい点は、自我という素晴らしい感覚を持てる、自分の足で立つ、自分を支える事のできる人になるということだ。何物も,食べ物でさえ、自我の存在を忘れさせないあなたが、あなたという命を常に感じていたら、他から命(食べ物)をもらう必要はないと分かるだろう。

James
1990年代半ば、肉体は光だけで生きられるという情報を目にしたとき、私の心の奥が「そうだ!!」と反応した。何も迷う事はなかった。すぐに納得した。これこそ自分がずっと探していたものだ。すぐこのやり方に自分を合わそうと思った。

その頃までには食事法や食べ物に関する事はくまなく研究し尽くしていた。21日間プロセスの事もずっと頭にあったが最終的にそれは自分むきではないと感じ、しばらくの間、菜食的ライフスタイルにはまっていた。

物事は起こるべき時に起こるようにできているようだ。光で生きるという願いが肩をたたき続けてたのだろう。この6年間、菜食的食事から、卵も牛乳も摂らない完全菜食主義者になり、さらに生食になり、数回の断食したのちに、今ではトロピカルがメインのフルータリアンになった。

それと食べ物をお皿に載せ食べ始め、半分くらい食べると、体からメッセージ「もう十分」というのが聞こえるようになった。
瞑想では最も高い自分のエネルギーに集中、パワフルなビジュアライゼーションをして体のリプログラム(体の状態、体重ともにベスト状態であるように)を行った。ジャスムヒ−ンの調律チャントを読んだ時、いつもならその量だったらすごく体重が減ってしまうくらい少ない食事量で、安定した体重を保つ事ができていたので、不食は、まさに神から私へのプレゼントだと思った。

「今が自分のベスト体重」「今プラーナから栄養を得る周波数になっている」など、何でも思いつくものを唱え続け、同時に、私の中の全ての細胞が内側の世界から光を喜んで吸収しているところを目に浮かべた。このプログラミングを長くする事で、望みどおりの結果を得ることができた。また、神聖なる自我に、この変容過程が楽しく、苦労することなく進むよう導いて欲しいと頼んだ。

この過程において最大の効果を発揮したのは、自然界に存在するプラナを全身に巡らせる潜在意識的プラナヤ−マ(調息法)だ。私は、フルーツダイエットをやめて、「社交上、または楽しみのために食べてもいいが、光が私の栄養だから食べなくても大丈夫」という状態になることを想像した。

ほとんどの日私は食べずに、水かハーブティ、たまに健康的な食べ物を少しだけ楽しみ、自分の肉体から地球、そして魂の状態に益をもたらしていると感じている。だからこの場を借りてきちんと事実を書き留めておきたいのだ。でもそれ以上に、神聖なるものと繋がる自分を感じ、その事を思うと、私の心は喜びの唄を歌い始める。

Bahu
このことを教えてくれた友達に今感謝している。それを聞いた瞬間、それだ! って思えた。その後5年間、食事はだんだん軽いもの、健康的なものになっていき、しまいに食べ物に飽きてきて食べると気分が悪くなった。その友達と一緒に21日間プロセスをした。私の心理的不安をカバーしてくれる相棒の存在は重要だった。

しかし、彼らはそれそれの場所に戻ってしまうと、ひとりですることがつらくなってきた。その上、新しい人々と働き始め、新しい友達ができた。私のしている事を説明したりするのがとてもストレスになってきて、もうどうでもよくなり、調子が悪いから食べないんだということにした。

今でも食べたくない。しかし本当に食べるのをやめる時は今だ──と思える時が来るまで、食べるかもしれない。

確実なことは、私が物を食べる一番の理由は感情的なことである。食べなくても生きられると100%信じているのだから、恐れ、ということではない。なぜなら自分で試して実証したのだから。3ヶ月以上、空気と液体の生活をした。ブレサリアンになれるのではないかとさえ思った。なぜなら、食べ物をとらずにいればいるほど、液体もあまり欲しくなくなった。体が求める時には飲んだが、量はそんなに多くなかった。

とにかく、私の食べ物への執着は完全に感情的なものだ。心理的ブロックや心理的渇望を食べ物で満たすのだ。それが一つの問題。もう一つ、社会的なこと、私が食べない事、またはほんの少ししか食べない事を私の周りの誰もが知っている今の状態でさえ、まだ異常と思われている。20人の医者が何か問題があるに違いないと私を調べようとしている。
このことが、もっと世界に広がり、誰もが心配することなくこの生活ができる世の中に早くなる事を願うのみである。



不食に関する質問



Q>何故私たちは消化機能を持っている?
人には自由意志(つまり意識)がある。この意識は、体に最大限の柔軟性と適応能力を要求する。だからこそ、体にはこれほどまで多くの感覚機能があり、機械という機械の中で最も複雑なのである。全てが、経験のために必要なのものだ。「私」はこの物質世界を経験したい、だから「私」は心を創造し、心は体と物質世界を作った。消化器官は組織の一つであり、それで食べ物という振動を経験する事が可能になる。心、そして心の中の意識が体の組織を使うという経験をする。しかし、必ずしも、それを経験する必要はない。心はそれらの組織や状況の中で、従事させられるが、その制限から自由になることもできるのだ。つまり、世界で最も強い依存症、食べることから、自立する事はできる。かつて数十億年前の地球文明の中では消化器官に頼らない生活をしていた。
Q>何故人は飢餓で死ぬ?
なぜなら理由はたった一つ、食べないと死ぬと信じ、そうなる事を恐れているからだ。恐れは愛と対極のものである。だから、愛と同じくらい強い感情だ。信念は心にイメージを作る。感情とコンバインされたイメージはものすごい効力を現す。潜在意識は考えず、どんな結果になろうともただ思いの通り正確に働く。単純にまとめれば、もし食べなければ死ぬと信じれば、もちろん死ぬ。不食家は食べる事が必ずしも体を機能させるのに必要でないという事を理解し、信じているから彼らの体は生きて、正しく機能するのだ。
Q>何故その知識を飢えた人々に広めないのか? 
多分信じられないだろうが、世の中には食べ物がなく人が死んでいき、治らない病気に罹り、読み書きできず、環境が汚染されている国があるおかげで利益を得ている人々がいる。力とお金を使って人々を知らないままにさせておき、奴隷にしておくために何でもする。この知識を公言しようとすれば死を宣告されかねない。パン一切れのために何でもするような貧しい人の感情を操縦するのは簡単なことなとだ。だから、豊かな国の人に教育した方が効果的といえる。第3世界の人々は先進国のやり方をまねするだろう。もしお金持ちが、食べずにいい状態でいればそれはいい生きる見本となる。そうすれば飢えた人々も、それに習い、自分たちの自由も手に入れることができるだろう。
上記の質問に私たちは別の質問で答えたい:
何故リッチな国の団体(飢餓を救う活動をしている)は、自分たちの教育にもっと関心を示さないのか、自分たちを自由にするという意識の発達に目を向けようとしないのか。



冷えの感覚



食を制限したり、全く食べなくなったりして寒さを感じる場合、たいていは組織にとってのエネルギー不足からくる。内分泌腺器官と経路器官のバランスをくずすためだ。だから食べ物をとって暖かい流れを感じるかもしれないが、それでは根本的解決にはならない。

ほとんどの場合、人間の心理的(霊的)部分にあるブロックが原因だ。恐れがそのブロックかもしれない、又は自分の価値を低く見ているなど。

リビングオンライト(不食)を目指そうとするとき、暖かさを感じるためには、光が十分に流れるために自分自身を開く必要がある。その光とは言い換えれば、私たちの根本である、愛である。

休息(マインドを脇へ置く)瞑想をまずはじめに、その後その瞑想を発展させ、やがて音と光の瞑想に出会う。すると愛をあなた自身が放射するようになる。そして全ての障害物(ブロック)が解けてなくなる。そのときあなたは本当に光だけで生きはじめる。

また

そのような食生活になって寒さを感じることは多くの人にとっての問題なので、どう対処したらいいか、どう変えたらいいかちょっとした提案をしようと思う。役に立つ場合もあるし、たたない場合もある。そんなときは油入りでもいいから温かいスープを飲むか、何か食べてもいい、砂糖は控えて。それから大部分の果物も控えたほうがよい。

1、交互シャワー
朝起きたら浴びる。簡単な方法である。はじめに耐えられる限りの熱いお湯を数十秒間浴びる。そのあと耐えられる限りの冷たい水で十秒から三十秒間。それを繰り返す。

なぜそれをするか
肌の汚れをながす他に、毛細血管をより柔軟にして血の流れを良くする→(暖かくなる)ウォッカを飲むと同じ様に暖かさを感じるが、これはあまりお勧めできる方法ではない。交互シャワーは経路を通じて全ての器官と、体の筋肉を刺激しブロックを取り除くのを助ける。

2、エネルギーエクスサイズ
この種の、とてもゆっくりとした体の動きはその他の運動とは全く反対の結果をもたらす。筋肉を疲れさせず、体のエネルギーレベルを上げる。体力を保ったまま何時間でもしていられるだろう。
よく知られた技法がいくつかある。気功、太極拳、チベタン、ハタヨーガ、アイソメタリックなど。面白いと思うものがあればやってもいいし自分でやってみてもよい。体が動きたいように動かせる。体を感じて。 直感(超意識)に従い、それに導いてもらうように。動きのことを考えてはいけない、体を流れるエネルギーに集中して。エネルギーを感じてその思い通り体を動かせばその動きがあなたにとって一番良いものとなる。
 
やる時間は好きなだけやればいいが、普通10分位でエネルギーが浮かび上がってくるのを感じるだろう。

3.マッサージ
経路を通じてエネルギー流すいくつかのマッサージがある。試してみる価値あり。


不食との戦い



光(一番重要なエネルギー)から切り離されら人は死ぬ。たとえ毎日たくさんの量の食事をしても(相撲取りのように)、その人は光で生きている。光を持たない生命は存在しないのだから。命は光を動かす意識である。

光のみで生きる状態をブレサリアンの最高度、又は単にリビングオンライトと私たちは呼ぶ。

もし少しでも空腹感を感じたりのどが渇いたりするとすれば、その人は完全に光で生きているとはいえない。他からのエネルギーが必要だ。
もし空腹感ものどの渇きもなく健康的でよい体重を保ち体のエネルギーに満ちているならその体は100%光で生きている。

しかし、盲目の戦いで自分を失ってはならない。このアイデアの真髄は食べることでも食べないことでもない。完全に光で生きることは、あなたのいる意識世界を広げる道へ向かう数ある方法のうちの一つなのだ。このように思っていれば自分を壊すことなく歩んでいける。しかし、ブレサリアンになることを最大の目標にしてしまうとそこで止まってしまう。体と心での戦いになる。戦いは怪我をもたらすので体、もしくは心又はその両方を痛めることになる。その場合は食べ、飲みなさい、機能させてあげるために。


誰でも不食ができるとはかぎらない



だから、大部分の人にとって完全に光だけで生きるのは難しいと言える。ほとんどの生き物の体(地球上の人々を含めて)は、全く食べない場合、数週間から数ヶ月の長さしか耐えられない。その長さは蓄積されたたんぱく質、脂肪、生命状態、感情状況などによる。

もしあなたが100%光だけで生きていない場合、余分な物質(脂肪、死んだ細胞、粘液、たんぱく質など)を燃やすプロセスの後、体重は減り続ける。体重が減るときに弱々しさを感じるなら、体はその命を失い始めているという印である。そんな時にも、食べない、飲まないままでいると。体はもっと弱まっていく。機能が停止→(死)するまで。

これは多くの「ブレサリアン」がたまに少し食べる理由だ。一つの食事法と呼べる。一般的食事量より10分の1の量で何年も生きられる。ほんの少量の食に体は慣れていく。クッキーやジュースをすこし摂るだけで何年も生きられる体である。

実際、この活動の意味は、食べること自体、また何を食べたりどれだけ食べたりするということにはない。私たちのいる意識世界について、そしてそれに基づく体験にある。このようにブレサリアンを扱うことが出来れば、幸福があなたから離れてしまうことはないだろう。

楽しもう。楽しく遊ぼう。あなたがいつも探しているもの、幸せに向かう架け橋を。


愛と不食



戦いと戦う人は相互作用している。つまり、戦いのあることろに犠牲がある。もし自分の体又は心又は魂と戦ったら、何が犠牲になるか。体か心か魂か又はその全部だ。言い換えると:愛に欠けた行為には苦しみが伴う。

これはつまり、もし何か目標を持ち、愛を持たずにそれを目指したら、遠回りになる、より難しくなる、より大変な経験をすることになるということだ。

私たちの選択は無限にある。だからこそ様々な人生がありどれひとつとして同じものは無い。もしまっすぐにゴールに着きたいなら、愛の旅を始めよう。愛は私たちの本質、根源、原始の元である。

つまり、まず自分自身を見つけるいうことだ。自分が見つかったら、愛が見つかる。そうしたら何が自分にとって一番なのか分かる。自分にとって一番の方法がわかる。そこに戦いは無い、犠牲も無い。苦しみも無い。もうすでにゴールにいる。1番自然なやり方だ。

苦しみたくないのならまず、自分自身を見つけることだ。愛であるあなた、最も美しい光を。もし本当のあなたの真実を知れば、ブレサリアンについて一かけの情報を得ただけですぐに完璧なブレサリアンになれる。浄化、食事法、食制限の必要はない。繰り返す:まず、神をつかむ、そうすれば他のものは自ずとやってくる。

あなたの意識が完全に広がれば、あなたが愛であるという認識が可能である。よってゴールへの道はあなたのいる意識の世界を広げることにある。このことに集中すれば、ブレサリアンになること、また完全に光のみで生きることは別効果として現れ、骨折ることなくその生き方が手に入る。

決まり、食事法、食制限などに悩まされる必要はどこにもない。違う風に経験したいのならもちろんやったらいい。よくある方法、又は最も危険な方法でさえあなたが選べる。また、他の人たちの言うことやアドバイスすることを信じてもいい。しかし、それらはあなたが本当に欲しているものをもたらしはしない、悩みは消えない、依然として何かを探している・・・あなた自身をあなた自身の愛を。そのような生活を続けていると体は年をとっていく。そして、終わりに近づく。愛のないところに現われる死。愛、戦いのない全てを持ち備えたあなた自身を探しなさい。そうすれば、もうあなたは完全なるブレサリアン、光のみで生きれる。

さて、どこから始めてどこへ向かうか。まず、私たち自身、体、心、心理についての分析を始める。それらをよく見、感じ、愛し、自由にする。決して戦わず、いつもそれらに必要な愛を与える。自分自身を発見するというプロセスは知性というより、もっとずっと直感を要する。真のあなた、光、愛を感じたければ知性のスイッチを切りなさい。

また、他の人にとってのいい人になる必要はない。他人があなたに求める行動をする必要はないあなたは自由であって、奴隷ではない、他の人の興じているゲームにあなたも惑わされることはない。あなたは自由な光の存在、純粋な愛。それがあなたに求められる唯一のこと。

もし愛であるあなたがその光を放ち始めたなら、あなたはもう何も必要なくなる。他の人もあなたから何もほしがらない。愛の感覚が、あなたとあなたの周りにいる人が欲する全てを満たすからである。

人は、そして数え切れないほどの生物は食べずに長いこと生きれる、ブレサリアンになりえる。しかし、完全に光のみで生きない場合、体は老化し、死を迎える。なぜなら命は意識と愛あって初めて存在するからである。生命はその本質に愛がある、それは純粋意識である。決めごと、食事法、手順、方法などは全て知性(自由意志)が作り出すもので、私たちを連れ去る。意識的にまたは無意識に、何をするかどうするか私たちはいつも選択している。選択はあなたのものであり、それはいつも正しい。なぜなら経験もあなたが決めてゆくものだから。


無条件の愛



(無条件の愛)は、それぞれの意識に直接結びついている。より意識の発達した人はより愛を感じることができる。
よって、愛は頭で完全に理解するものではない、感じることによってのみ理解できる。

私たちは、しゃべり、話し合い、それぞれのやり方で愛を表現することができる。それは全て私たちがそれぞれ存在している意識世界の広さに関係している。だから意識を広ければ、広いほど、愛も深い人となる。

愛と意識はいつも離れることなく共ににある。私たちの中にいる神の、同じ思考の別の表現といっていい。よって、私たちの根源は、愛なのである。
完全なる意識状態になると、頭で考えること→愛をブロックすることが何もなくなる。そして完全に無条件で愛せるようになる。
この状態、段階、域にはそれぞれブロックがある。そのブロックは愛にとって膜のようなもので、愛は条件付の状態だ。私はそれを誘引(魅力)と呼ぶ。

ブレサリアンに関して言えば、完全なるブレサリアンとはブロックの全くない、無条件の愛を完全に感じることの出来る人だ。
無条件の愛に方向を定めて自分の成長を意識することがブレサリアンになる最良の方法だ。
無条件の愛に欠けたブレサリアンは生き延びることができない。


ブレサリアリズムに関するそのほかの見解



不食、ブレサリアリズム、リビングオンライトは必ずしも食べ物に関しているものではない。食べる食べないは二義的なことだ。食べてもブレサリアンといえるし、全く食べなくても、ブレサリアンといえないこともある。

最も重要なこと:

_組織が自然の状態にあること
_頼らないといけないものがないこと

組織は私たちが「物質世界」と呼ぶ波動域で体験をするための道具として働くものである。もしあなたの道具が本来の状態(完全に働いている)であるなら、あなたは最大限の体験が出来る。しかし、どれかが完全に機能しきっていないと、あなたの体験は限られたものになる。

道具の一つは消化器官だ。もし消化器官がないと、それに関する体験が出来ないだろう。口に入れたときの味、硬さ、温度、又、ゴロゴロ感、おうど、下痢、痛み,潰瘍など消化器官で動いたり、たまったりする感覚。その他いろいろ。

もし人に消化器官がなかったらその人は身体障害者のようであろう。つまり普通のまたは良い生活を営むことはできるが、そのない部分を使っての経験ができなくなる。

ほとんど100%の食べたものが排出される理由はこれである。経験し終わったら、もう必要ない、組織を作らない。

この物質界を体験する道具はまだいろいろある。音と私たちが呼ぶ波動もその一つだ。そのほか匂い、光など。

道具は適度に、または過度に使用可能だ。かなり長い時間、過度に使うと、その人の感覚はもうそれなしでいられなくなる。たとえば、コンピューターゲームを数分間でさえやめられない人たちがいる。彼らは見ることに耽溺している(道具:目)。同じようにタバコをすうのを止められない人、彼らは匂いに耽溺している(道具:鼻)。同様に、ラジオを聞かずにいられない人、寝る時でさえついている(道具:耳)。

そして地球上で最も親しまれている嗜癖、味わう(道具:消化器官)。

まとめれば、嗜癖とは、ある道具を過度に使わずには生きられないと感じ、信じることである。
嗜癖を持ち、それが突然取り去られると、その人は苦しみ、最悪の場合、体の機能が止まる(死ぬ)。

組織がどんな嗜癖からも自由になるとき、最大の波動を経験できる道具として完璧なものとなるそうなれば生きるために食べるという必要はなくなる。

つまりあなたの体は嗜癖から自由なため、食べるも食べないも自由になる。クッキーを食べることを選ぶなら食べるという体験をするためにそうする。その体験がしたくなければ数日、数週間、数ヶ月、あるいは全然食べないということも自由に出来る。だから、極端に言えば、たくさん食べ、たくさん飲むブレサリアンもいるといえる。

なぜいわゆる「霊的指導者」が食べ、なぜ私たちに消化器官があり又地球上にはたくさんの食物があるのか、そして最後に、なぜ何も食べずとも完璧な健康状態で生きていられるのか、これで分かるだろう。

もっと詳しく説明するには、意識世界について話したいが、それは又別の、かなり長い主題である。

リヴィングオンライト、ブレサリアリズムはあなたのもつ意識の世界を広げる一つのステップである。


心の中の無意識の部分



あなたは言う。
人は食べなかったら数週間で死ぬ。だから断食をとめた――と。
正しい事だ。確かにあなたの言うとおり。何日も食べなかったら人は死ぬ。
それは本当のことだ。それを信じる人にとっては。

しかし……そう信じず、食べず飲まずで生きている人はたくさんいる。彼らにとってはその意見は真実ではない。
このようにある人にとっての真実は他の人にとってもそうとは限らない。

肝心なのは思いだ。あなたが思いを作り思いは体を作る。いつもそうし続けている。いつでもあなたの信じる思いに従って体は作られている。

もし体を変えたいのなら、思いを変えることだ。頭で考える部分でなく、知と呼ばれるその相棒よりもっとずっと発達した潜在意識の部分。潜在意識は感情に彩られた画像だけを捉えることができる。説明など理解しない。だから、何かを知りそれを頭は理解し解明しても体はそのようにはならない。

意識発達の段階で人はその全ての部分と、各次元を発展させる。そして、無意識の部分は変化していく。そして、ブレサリアンと呼ばれる段階を通るならば、当然起こってくると予想できること──無意識が食べ物を受けつけなくなり、一種のドラッグのようなものに思えてくる。

ブレサリアンになることを一番の目的にしないようにと私が言うのはこのためだ。しかし体浄化のため、潜在意識に影響を与えるため、またはその他の理由で断食をするのはいいと思うが、多くの場合それはただの解決法というだけである。



ビジュアライゼーション(映像化)



リビングオンライト、又体に生じる変化のほとんど全てが心の中にある無意識の部分(潜在意識)から来る。心の潜在部分は蓄積された情報の集合体で、プログラム(思考)を司っている。体であれ感情であれ習慣であれ、あなたが変えたいと思うこともすべてこの集合プログラムで変えられる。

このプログラムを変える方法が、ビジュアライゼーション(映像化)である。 実際これほど自覚的方法は他にない。なぜならそれこそが、無意識が感じることのできる唯一のものだからだ。あなたが意識的にやっても、そして、これはいつも起こっている事だが、誰かが、あるいは何かがあなたの気づかないうちにやっても同じだ。 映像化は、潜在意識に送る唯一の有効なプログラミング言語といっていい。だから、そのやり方が分かったら、あなたも今すぐにプログラム更新が可能になる。

もしあなたがあなたの体、または人生を変えたいと願うなら、ビジュアライゼーション(映像化)を利用すべかだ。これから、効果的に映像化するための要素を述べる。これらの要素を十分に用いればビジュアライゼーションはすぐに効果をもたらし、もしそうでない場合でも、あなたの粘りで後々現われてくるだろう。

1.最終的目標のライブ映像を作る。映像は変えられないから作る前に自分の欲するものをはっきりさせる必要がある。もし後でそのイメージを変えたら、明確にした将来を壊さなくてはならない。

一番重要なことは、以下のことだ。その映像は生きづいていて、リアルな生の感覚がそこにあり、限りなく現実的であるように。あたかも目の前に実在するように、あなたの想像の中で、感じ、思い描くができるように。

2.その映像の最終的目標は、今この瞬間、もはや達成していると思いこむ。
「……したい」「……を願う」「……であるように」などと考えると効果は期待できない。
なぜなら。それはずっと「……したい」「……を願う」「……であるように」であり続けるからだ。
そうでなく「今こうだ」「もうこうなった」という風に考える。あなたの今の思い描きが目標を達成する。

3.今がもうその状態だと認識すること。信じようとしてはいけない。信じようとすると、同時に疑うことになる。ただそうだと認識すること。最終目標が実現したと「感じる」こと。

4. 次に、思い描いたものにエネルギーを注ぐ。すると心の無意識領域が最終目標を生み出す。

最もパワフルな感情は、愛から生まれる。それは生命エネルギーを生み出す根本でもある。 愛に身をゆだねるがいい。愛があなたから自ずとあふれ出るに任せるのだ。本来のあなたはその根源にいるのだから。あなたは純粋なる愛、光なのだから。
だからただ「感じ」たらいい。作り出そうとするのでなく。あなたはその源。その源泉。ただそれを自分で感じたらいいだけだ。
愛は湧きあがりあなたを圧倒し、心の中の無意識の部分に大きな変化をもたらすだろう。

そして最終目標も生まれでる。その感情が沸き起こった時に、先ほど作ったライブ映像をたかだかと掲げるのだ。
そのような状況において心の中の無意識は他の選択をなしえない。なぜなら無意識は判断しなし、考えない。ただ行動するだけだ。無意識が映像をはっきりと見、エネルギーを十分に持てば、それを現実化させるだろう。

これらの事を正しく行えば、プログラムに変化が起こり、最終目標は実現する。
実践あるのみだ。そのうち手の中から物質を生み出したり、体の形を変えたりできるようになるだろう。どのようにそうなるのか、物質として捉えられているものが、心の思いと、光から作り出され、それがどのようにして有形の幻覚となるか判るだろう。


時間と知性


時間は知性の産物である。もっと正確に言うと、知性が存在するために生み出されたものだ。知性は私たちが感知している時間と空間の中だけの存在であって時間や空間がなかったらお役御免だ。よって知性は空間においての断続的動きが必要になる。

知性は何をするのか。問題を解く、答えを得るために問題を投げかける。その行為をするために時間というものが必要になる。

もし時間というものを体験したいのなら、未来または過去にいようとしてみればいい。そんな事はできないと分かるだろう。それらは、知性が生み出した定義に過ぎない。存在の100%が「今」にあり「今」には時間というものはない。なぜならあなたが「今」を思う瞬間も、もうすでに過去のものだからである。

時間というものは存在しない。時間の中にいることはできない。なぜなら私たちはいつも「今」「ここに」いる。知性を用いる限りそれは変わらない。しかし、知性を脇へやると「今」「ここ」以上の体験ができる。そんな体験は、時間も空間も関係ないところで起きていると感じる事ができるだろう。

知性は進化過程の極めてわずかな段階のものだからそのような事を理解する事ができない。
時間や空間を完全に理解するためには、直感の世界にまで自分を成長させる必要がある。
直感は、質問に答えるのに「時間」を費やさない。情報をつむぐ必要がないので問題が生じたときにもう答えは出ている。実際直感には問題も答えもない。そこには二元性(明るい−暗い、高い−低い、強い−弱い、好き−嫌い、寒い−暑いなど)がないのだ。それらは知性の中だけにあるものだ。

無論、本能−知性−直感の三位体はとても面白いテーマである。


体重


もし誰かが光で生きているとすれば、その体はごく自然な状態にあり、体重も一定である。もし光で生きることなく、それでも長いこと食べずにいたら体は苦痛を経験し始める。その場合の目立った兆候の一つは体重の減少である。体重減少の過程はかなり長くかかるがいずれ肉体は消耗しきり、その機能がとまる。すなわち死だ。

食べなくても体の機能が停止するまでかなり持ち堪えることができる。数週間、数ヶ月、数年でも。しかしその体が光に生きているのでない限り、徐々に体重は減り続け、やがて死を迎える

なぜそんな事が起こる?

私たちの体は、つねに体を構成する原料を費やしている。だからその使われた部分──細胞を再構築させる源が必要になる。もし他から、又は光からそれらの物質を得ないと、ある程度まではそうし続ける事ができても、いずれは使い果たしその細胞の生命力は失われる。

つまりどういうことか。

何ヶ月も食べたり飲んだりしていないから、光で生きていると思うなら、本当にそうかチェックできる。
どんな気分? 体重はどう? エネルギー感はある? 
もしそれほど気分はよくないと感じたり、体重が減り続けていたり、エネルギー感が低いと感じたり、感情的に問題があるとすれば、本当に光で生きているとはいえない。 特に、体重と気分をよく注意してみること。もしあまり太っていなくても体重が減り続けるならself eating≠フ段階にいると言える。体を機能させるエネルギーを得るために、体は自分自身を食べている。他の三つのエネルギー源が十分でないからだ。

変容

長期間断食の変容状態は遅さである。血糖値も低くなる。呼吸はゆっくりと浅いものになる。心拍数なども同様に。一つの理由は体がその蓄えをセーブしている。その場合には弱しさ、きつい寒さ、悲しみ、無関心等などを感じたりする。体が、外に身をさらす事を避けたりなどの「様子見状態」になっている。

十分に光で生きている場合、そのような事は起こらない。気分も最高で、エネルギー感、創造性に満ちていて、体重も変わらないのだ。


体が真に求めるものは何?



――その人が、その時、本当に必要なものをどう見極めるか。
――組織がそれを作る原料を求めるのはいつ? 又それは何?

人が食べる理由はいくつかある。しかしその中の一つだけが体を作る原料を作る組織にとって真に必要なものだ。人体の細胞は絶え間なく使われ、もし食べ物のかたちで組織を作る原料を体に与えなかったら(光だけで生きている人は別)組織は完全に機能するために必要なものを失くすだろう。それを私たちは飢餓と呼ぶ。

体は常に真に体が求めるものを示す。これは代謝によって起こる。代謝は潜在意識の具現化の一つだ。あなたは空腹を感じる。もちろん空腹を感じる原因は他にもある。例えば(一番多いケース)出せない感情、考え、したいという意思。ここからゲームが始まる、あなたが感じる空腹はどこから来るのか。感情からか、何かをしたいながらもいまだ表せずにいる意思か、それとも出せずにいる何かからくるのか。
それは本当の体の要求か。

静かな場所に座って、完全にリラックスし、自分に尋ねてみなさい。

この空腹感は何? 頭より心を使ってこの質問をする事。答えが自ずと湧き上がるまで待ちなさい。
ここで一番にすべきことは、何もしないことだ。
頭の活動をやめ、思考を止める。なぜなら頭を使って答えを見つけるのではなく、感じる必要があるからだ。そして何らかの感情、イメージ、考えが生じるのを感じる。

多くの場合、もしそれが真に体が欲するものなら特に何も起こらない――食べたいものがもっと具体的になるかもしれない。そうでない場合、空腹感は消え去る。ということは、体が真から欲していたものではなかったと知る。
多くの場合、あなたにとって重要な感情やイメージ、考えなどが浮かび今まで心の奥で欲していたものが何かのヒントとなりえる。

もしそのような事が起こらない場合は、もう一度考える。
心底欲しているものはなにか。何を心から食べたいのか。もし、例えばそれがゆでたジャガイモなら、パンを手にしてはいけない。頭でなく心で、じっくり自分に聞いてみる、本当にゆでたジャガイモが食べたいのか。
そして、もし本当なら――。

1.ジャガイモを目の前に置いて座る。ジャガイモに全ての神経を集中して、組織体にとってこれが本当に適切な物質なのか「感じ」とる。そのまましばらく黙想する。

2.ジャガイモをとり口の前に置き匂ってみる。同じ様に黙想をして体と心の答えを感じる。

3.ジャガイモをかじり、ゆっくりと、長時間、少なくとも2分間――できれば3〜5分、噛み続ける。その食べ物の味が変わるまで噛む。
物を食べるとき、噛む時、味が変わるまで噛み続けるというのが一番重要だ。それくらい噛むまではけして飲み込んではいけない。
味が変わったときに初めて、それが本当に体が欲しているものなのかどうかが分かる。だからそうなるまで待つべきである。
食べ物の味が変わった時、おいしいものでなく不快とさえ思えて飲み込みたくなくなるかもしれない。食べ物への依存を絶つ上で役立つ一つの方法だ。

4.この方法を飽きるまですると良い。この方法なら、いつもよりずっと少なく食べるようになると気づくに違いない。

この方法は、意識的食事法と呼ばれる。意識的食事法は体重過多の問題を解決する。この食事法によって余分な体重を落とし、体が本当に求めるものだけ受け取るようになるので健康になる。意識的食事法はブレサリアンへの道の一つである。
なぜなら肉体的効果だけでなく、あなたと食べ物の関係を理解させるからだ。食べ物から学ぶ事ができれば、それはそれで十分といえる。




意識世界を拡げることでブレサリアンに



全ての人が光で生きている。光がないところに生命はない。生命は、意識が光と呼ばれる元素エネルギーを動かす時、振動させる時に始まる。だから、鉱物、植物、動物、人間そしてその他全ての生き物全てが光で生きている。体(組織、物質)がどんな風に、またどれくらい光から直接合成するかで違いがでる。

平均的地球人の場合、組織体が直接光から合成をする割合はとても少ないので、人は食べ、飲み、息をし、皮膚から光を吸収する。
直接合成する割合が増えれば、エネルギーも、また他の供給源からの食べ物も少なくてすむので、食べる量も減る。この割合は私たちのいる意識の世界が十分に拡がった時にはじめて拡がる。もしあなたがこの拡がった意識の中にいるなら食べる必要はなくなる、しかし、食べることができないというわけではない。

あなたはブレサリアンになりたいか? もっと早く霊的発展をしたいか? 神(=愛)を近くに感じたいだろうか?

これら全てを得ることは可能だ。そんな状態をもっと楽しむことは可能だ。たとえ普通に食べていたとしても。
ブレサリアリンになることは、それらを得るための条件ではない。助けにはなるが、解決をするわけでも、霊的発展を促すわけでもない。
実際、逆である。ブレサリアリズムは霊的成長に、あなたの意識世界の広がりに付随する側面的効果である。

あなたはずっと長いこと、問題解決の方法や幸せを、あなたの外の世界に目を向け探し続けている。
本当はそれら全てが、全ての幸せが、全ての解決法が、全ての愛が、あなたが探している全てまたはそれ以上のものが、あなたの中にあると気づいていない。
あなたの中の真我≠ェ全てを持っている。だからあなた(=知性、自由意志)に求められることは、その真我≠ェ心と体を使ってそれを具現させるにまかせるだけだ。あなたは真我≠ノ身をまかせるだけでいい。何をせずとも、それだけで、あなたは全てを受け取れる。

なぜあなたは私や他の人に、食べたり飲んだりしてるかどうか尋ねるのか。
なぜあなたは他の誰かと自分を比べたがるのか。なぜ、自分の幸せや自分の自由その他様々のものを他の誰かにゆだねようとするのか。

もしわたしが毎日豚肉を食べるとする。それが何だろう? もしこう答えたらあなたは違う反応を示すのか――私は全く何も食べない。でも、それがあなたにとってなんなのだ?

あなたの愛は、幸せは、真我≠ヘ、神は、どこにあるのか……。




体の構造と渇望



ブレサリアンになる際の生命体の状態について簡単に説明する。
人は、いろいろな物で生きることができる(実際生きている)。人がきちんと機能するためには生命体とマインドが生きていて自然な(完全な)状態にないといけない。生きるためには養う必要がある。
人としての生命体はこれらのものから絶えず作られている。
1.食べ物、これは各部に分けられる(主に基礎有機化学体)、エネルギー(振動、色)。これらは使われ残りは後までとっておくもの以外排出される。
2.肺、皮膚呼吸、ガス(酸素と窒素)が基礎有機体の化学合成のために取り入れられる。
3.太陽光とその他広い範囲の振動も合成に使われる。(振動の密度を上げることで又触媒として働くことで
4.光(意識によって共振する主要素_ここから全てが生み出される)からの直接の合成)
すべての”普通”の人の中でこれら4つの体構造物質が違った割合で使われている。

1、最高で30%、2、最高で40%、3、同じく40%、4,1〜5%
これらの割合は変えることができる。以下の事をすることで可能になる。
・食事法(例、ヴェジタリアン、リクイダリアン(液体))
・呼吸法(例、プラナヤマ)
・エネルギーエクスサイズ(例、気功、ハタヨーガ)
・太陽凝視、沐浴
・意識拡大
・その他
ブレサリアンになりたいと強く願うとはじめの3つの源が光のみで生きるという最終目的と共により活性化される。この段階は時間がかかり、多くの場合労を要する。
ブレサリアンになろうと思って行動する時、体に起こっていることを理解しないままいると間違いを起こす。

大概失敗は、生命体がその保持のために何を必要としているかに関する誤解から起きる。ブレサリアンになる段階でもし体がある体構成要素を使い果たし、今度は脂肪、たんぱく質、マグネシウム、その他食物からの供給が必要になったときはそれを体に与えるべきである。もしそれを与えずに、ほかの3つの源からも十分に得ることができないと、組織は完全ではなくなる。組織は傷つく。
傷は見えないかもしれないがそのうちに感じるようになるだろう。たとえば、とても冷たい手、弱弱しさ、長眠、体重の減少、しわなど。

組織が必要としている物質が欠乏しそれを与えないでいると組織は病む。体はあなたにそのことを知ってもらいたくて、率直な空腹感として現れるか、渇望の形をとる。
あなたは自分自身や周りに味覚を満足させるために口にするのだと説明するかもしれない。又はまだ食べ物に依存していると思うかもしれない。
そうではない。体は使い切ったものを再建するのに、食べる必要があるのだ。

人体は常にその原料を失っている。
毎日何百万もの細胞が死に排出されている。それが作り直されなければ体重が減る。つまり組織が組織を食べるのである。


意識、光、命



はじめに無、全くの無意識、完全な暗闇があった。そして意識が現われ、ひらめきとして感知され_光と呼ばれた。次に光から数え切れない種類:鉱物、植物、動物、人など、意識世界の広がりに順じて次々と生命が創造された。全ての生物がその持つ意識によって違う世界にいる。意識世界が広いものほど多くの光を放っている。

神の意識は無制限だ。神は全ての命の源、本質、始まり、核である。神はその生命の意識が許す範囲でその姿を現す。よってその生命の持つ意識世界が広いほど、より強い光を発して暗闇(無意識)を照らすようになる。

その光から、数え切れないほどの生き物が創造された。それらは全て全く違っていて想像力をはるかに超えた存在だ。

・・・この物語には始まりも終わりもない・・・

全ての人が、生き物が、光で生きている。光のないところに命はありえない。暗闇(無知)に意識が生まれた時、光が生じた_創世記または生命の起源と呼ばれる。光が生じる、それは生命創造の印である。意識が消えてなくなるとき命も消え、光は認知されなくなる。

ゆえにあなたが十分に意識していれば、あなたは何によっても生きることができる。なぜなら実際、あなたの命の源はあなた自身なのだから。

鉱物、植物、動物、人々、その他の生き物全てが光で生きている。外のものに注意(力)を注げばそれによって生きることになる。しかし真我≠ノ十分な注意を向ければ、真我≠ェ心と体の主人公となる。


光から物を生み出す法



この質問に答えるためには光とは何かについて説明する必要がある。(記事14参照)

何か物を分解していくと分子になる。分子を分解すると原子になる。原子を分解すると電子、陽子、中性子になる。電子を分解するとより小さい部分になる。この分割を続けていくと光、音、温度、匂い、ラジオ波、X線などの波を通る。こうして又続けていくとやがて終わり、最後の物質にたどり着く。それはもう分けることができない。この最後の物質は「本質」と呼ばれる。それは何なのか知ることは重要ではないがもし興味があるなら・・・・・それは、無だ。完全なる無。無は全くの暗闇、完全なる無意識とも呼ばれる。ということはつまり、この物質世界は形あるものの中に存在しているのではない。それは、心の中だけの存在なのだ。

意識が無/暗闇(無知)の中に現れると、それは光として認知される。もし物理的見解と定義をもっていうなら、それは振動だ。最高レベルの振動だ。意識は、無限に高い振動であると定義できる。

簡単にいえば、意識あるところに光がある。光は全ての源だ。それが振動(X線やラジオ電波、温かさ、色、音など)、原子、分子、細胞、果物、肌、何でもいい、全てが光で構成されているのだ。

では、もし上にあげたうちどれかを光によって生み出したいならある一定の振動数を与えて生み出す必要がある。つまり振動を下げる(ゆっくりにする)。どんな物体(人体なども)光でできた物質の集合体である。

では、人体の組織を作り出すためにはどうしたらいい?

はっきりとした絵(模型)を頭に浮かばせ、それにエネルギーを与える。心象形成(ビジュアライゼーション)。もし正しくすれば、それは物質となって現れる。光から創造されるのだ。

難しく思えるかもしれないが、上に書いたとおり単純な事だ。しかしただの知識であるから、その知識だけでもって光から物を生み出す事ができるとは言えない。しかし少なくとも理論は理解した。あなたの中の真我≠ノ遭遇し、体験した時が、この理論を実践に移せる時かもしれない。


断食中生じる虚弱感



体が本当に弱っている(休養が必要)場合と、エネルギーの低下している(エネルギー体操が効果的)を見分ける必要がある。
断食中、体は運動(エネルギー体操でさえ)をせず、休む体制をとるかもしれない。そんな時はほとんど全ての生命エネルギーが体のヒーリングに注がれている。発熱、めまいなどの症状がでるかもしれない。それで、あなたは体に「悪い」ことが起きていると思うかもしれない。そんな時エネルギー体操をしても助けにはならないから、しないことだ。もう少しの間ベッドに横になっていたらいい。体のためと思って余計傷つけてしまう事もあるのだ

少し気分がよくなったら、交互シャワーをする。(記事1 参照)大切な事は、最後は冷たいシャワーで終えること。そしてエネルギー運動を15〜30分する。その後どう感じるかみてみるもしまだ虚脱感を感じるようならベッドに戻るなり、黙想やヴィジュアライゼーションなどをして過ごすことだ。

ある時は倦怠感と共に目覚め快調とはいえないがそれほど悪くもない場合、交互シャワーとエネルギー体操をすれば、元気になり、幸せな感もやる気も与えるはずだ。そんな状態のときもベッドにいるというなら体にいいことはない。むしろ体が欲するエネルギーが得れなくて弱まるかもしれない。

朝起きたときの気分を見極める事が大切である。体が本当に休みたがっているのか、一時的感じる弱々しさなのか。
もし体が本当に休息を求めているなら、そうしたらいい。眠るなり、横になるなり、気分が優れるまで。もし、それほど強い虚弱感、倦怠感でないなら上に挙げたように体を動かしたらいい。



赤ちゃん、潜在意識、ブレサリアリズム



潜在意識(本能)は人の一部である。物質世界を生み出し、組織体を生み出す。潜在意識、文字で説明するなら、大きなデータベース、そしていつも計画を実行している一つのグループだ。全ての組織体の反応、血圧、体温、味覚、唾液・ホルモンの分泌量、鼻の形、髪の色、消化、健康状態、睡眠の量、その他諸々、全てが潜在意識においての計画によって作られたデータの成り行きである。

潜在意識はコンピューターのようなものだ。あなたが実行したいプロブラムを実行できる、消したいデータも全部消せる、コンピューターをやめてしまうこともできる、もしくはあなたのやりたいことに沿ってかなりいい計画をたてることもできる。全てあなたが与える命令によるのだ。潜在意識は決して考えない、ただ動くのみだ。それがセルフヒーリングであれ死であれ構うことはない。潜在意識はただそれをするのだ。それに対してはこう動くとプログラムされた通りに。

だから、毒を飲んで平気な人もいれば、何年飲み食いせずに平気な人、何時間も死ぬほど冷たい水につかっていても平気な人、その他諸々のひとがいる訳だ。

潜在意識はいつもプログラムされていて、新しいデータも届けられている。このプロセスは受精時に始まる。知性と、いわゆる社会的通念(外界の影響)が新しいプログラムを作り、もとから存在するデータを修正または削除する。つまり、人がこの世界にやってくる(生まれる)時、その人の潜在意識はすでにプログラムされている;もしそうでなかったら人生で起こってくる問題に対処できないだろう。

人と「食べ物」の関係に関しても一つのプログラムとデータがデザインされる。そのプログラムとデータは子宮の中で過ごす間に織り込まれる。このプログラミングは人の知性が行ったものではなく、社会通念:彼女/彼の母、親戚、彼女/彼が会った人々たちがそうしたものだ。

地球では普通、食べるようになっているので、赤ちゃんがブレサリアンになることは期待できない。なぜなら彼女/彼の潜在意識がブレサリアンを支持する正しいプログラム、データを持っていないからだ。

しかし、もし人間の体が、他のブレサリアン(近くにいる人の影響は大きい)の中で生活するブレサリアンの母親の子宮で育まれるとしたら、その赤ちゃんはきっとブレサリアンとなって生まれてくるはずだ。なぜかといえば、食べるというプログラム、データが、その赤ちゃんの潜在意識の中に入っていないからだ。

地球には母乳を飲む赤ちゃん、飲まない赤ちゃんがいる。もちろん、飲まない赤ちゃんにはめったにお目にかかれない、よって一般大衆にも知れわたる事チャンスはめったにないといえる。

さて、以上のことから分かる事だが、ブレサリアン、またライタリアンになるためには、あなたの潜在意識にあるプログラムを変える必要がある。そのプログラムが食べ物とあなたとの関係を決めている。もうあなたが子宮の中にいない以上、知性を使って再プログラムする、その方法はまた別のところで。



平和な世界のために何ができるか?



どのようにメディアが人々に影響を与え、その結果として地球にもたらされるものは何なのか。例えの一つとして米−イラク戦を報道する時の表現方法が挙げられる。お気づきのようにその記事の見出しは大きく太い文字で書かれ、発現録は戦争の画面がマインドに刷り込まれるかのごとくだ。そのような見出しはいわゆる「闇の力」(暗黒)と呼ばれるものを強め、「良い力」(光)を弱める。

人が例えばこう耳にしたとする:「米−イラク戦」、「戦争の脅威」、「戦争は起こるのか」、「あと数日で戦争に突入」、「戦争準備万全」、全て「戦争」という言葉を含んでいる。このような文句はそのことが起きるイメージを育て、実際明白な関連要素となる。起こって欲しくない避けたい事であるのにもかかわらず。一体私たちは戦争と平和のどちらを求めているのか。

観察力が鋭く疑い深い人は、私たちは「闇の力」を強める目的を持った地球規模のメディアに操られているとさえ思うかもしれない。多分それは正しい、つまるところ、操作する側の思う壺となるイメージを引き起こすような感情表現を用い、人々を操作するのは簡単なことなのだ。

想像してみたらいい。そのような表現を何億もの人が聞き、見、読んだ時、地球を支配するのは何か。どれだけの人たちの心に、平和や愛の絵が浮かぶか。

しかしあなたは同時に想像できる。同じ事実を伝えながら心に浮かぶ絵が平和である表現を。上の例えですれば:「米−イラク平和の果て」、「平和の危機」、「平和は持ちこたえるか」、「あとは数日で平和に終止符か」、「平和の断絶は確実」。

さて、それぞれの表現の違いを感じてみて欲しい。「戦争」という文字と「平和」という文字を耳や目にした時、心と頭に浮かぶものの差を。まだ「闇の力」は心を支配しているか。

誰もが自分にこう聞くことができる:力のない私個人に何ができるのか、何もできない。本当? イラクとアメリカ双方の平和をいつも心に描く事で「良い力」を強める事ができるのだ。

一番小さな思いでさえこの宇宙に影響を与える。その影響は一陣の風のように目に見えないものかもしれない。でも確かに影響はある(事は思いから生じる)。

あなたの想像する全てが現実化する部分を含んでいる。私たちは環境(家族、地区、町、国、星、銀河)という条件の中にいる。何故ならその環境に身をおくことが具現化されているからだ。

もし地球上のたった一人でもそのイメージを変えたら、全てのイメージが変わる。
小さすぎて分からないって思う? しかし変化は事実起こっている。そしてより多くの個人がイメージを変える事ができれば、現実化が目に見えるようになってくる。全ての人間同士がいつでも影響を与え合っている。だからもしあなたが心のなかで平和のイメージを思い浮かべれば、それが連鎖反応となり、やがて米−イラク関係の平和構想が地球規模で起こってくる。

いつも、決めるのはあなた自身だ。世間の波に乗り操作されるままでいることもできるし、自分の想像を他の誰かがするのを許さないことも可能だ。

そしてもう一つ。ここで一番大切なこと。
あなたがもっと平和のためにできることは何か?
宇宙の中で最も偉大な力、生命を創造する力を使えばいい。その力は愛だ。
地球全ての住人の中で今、特にイラクとアメリカが、私たちの愛を必要としている。何故なら恐れが愛を脇にやってしまっているからだ。

あなたはいつも選択できる。あなたの本質である愛をあなたを通して顕すことを。

時間を見つけて静かなところ(必ずしもそうでなくてもいい。バスの中でも、仕事場でも、風呂の中でも)で自分に注意を向ける。あなたの本質が愛であり、それはあなたの心と体を通して現れることを感じて欲しい。この愛は全ての生命の泉であるから、それで平和をイメージすれば、愛がをそれを現実化する。

宇宙で最も偉大なこの力は、あなたのイメージを強め、またあなたがその絵を家族や友達と分かち合えば彼らも同じ様に思い浮かべるようになるだろう。そしてその連鎖反応が起こりはじめれば、地球平和が具現される勢いはもう止まらなくなる。

それが平和のために、あなたができる事のすべてだ。
まずあなたが始め、共同作業で実現する。愛を武器にして。そしてその恩恵を一番に受けるのはあなた自身だ。
現実はどうであれ、イラクとアメリカの間に平和があろうがなかろうが、平和の思いは常に現実化し続ける。だからずっと続けていこう。

この事実を他の皆とも分かち合おう。それがあなたの地球平和への貢献となる。



神について



個人的には神について論じるのは好きではない。神について何か言えば神を制限する事になるからだ。神に制限はないから定義する事もできない。多くの人が神を定義しようとしてそれぞれの見解が作る。(しかし誰も真実を知らない)

神は私たちが定義しうるもの以上のものだ。私たちは知性を使ってそれを説明しようとしているが、それは知性という意識世界よりはるかに広いものである。

私たちが話したり、書いたりする場合、私たちは知性の範疇にいる。だから私たちが神を説明することは、説明できないものを説明しようしているに過ぎない。その場合、私たちの言葉(説明)は私たちの想像や感情に色づけされる。

上記の事を全て分かった上で、“私”(これも説明できない)に繋がれば、神についてもっとよい理解ができる。知性の範疇にいるときよりはずっと神を体験できるからだ。しかしそのような体験を説明することはまたできない。

なぜ、静かになってあなたの内側へ入ると神をもっと知ることになるのか。この物質次元は知性によって作られている。時間、空間、二元性世界(次元または現実)は知性によって常に創造され続けている。知性は素晴らしい想像力を持つ。何もないところ、または静寂から物を生み出すだからあなたが注意を静けさへと移したとき、知性はそれに耐えられず力を失う。時にうるさくして(考え、イメージ、音など)戦いを挑むだろう。

もし注意を無(完全な静けさ、イメージも感触も匂いもない)に向け続ける事ができたら、知性はその足場を失い、消え去り、制限が消える。すると本当のあなたがもっとよく見えるようになりもっとよく、もっと近くに神を感じる事ができるようになる。

現実という錯覚が姿を消し始めると、真実、真の神との結びつきを感じ始める。しかしまた知性の次元に戻ってそれを説明しようとしても、やはりできないのだ。なぜなら知性は制限と共にあるからだ。その制限はあなたの中の完全な静けさで消し去る事が可能だ。

そのような経験をすると神についてもっと分かるようになる。しかしその体験が深ければ深いほどそれについて語る気がしなくなる、なぜなら通常の経験の範囲を超えたものを説明するのには言葉だけでは足りないのだ。

ポーランドのことわざ:「話すことは銀、沈黙は金」




光の感じ方



この物質世界に対応した表現をするなら、光は、最高レベルの波動体と言えるだろう。ほとんどの人がいつも感じるわけではないにしろ、人間は全ての波動を感知できるようになっている。人体の全てが波動でできており、波動の影響を受けている。

光が感覚(有形、または無形)で感知される時、人体はその使う感覚によって、感じ方も、解釈も異なる。受け取り方の強さ、その人の信念、知識、知恵によってそれぞれ光の表現方法は異なってくる。下に掲げる感知感覚の強度は人によって異なり、十分強くなければいけないということではない。
まず始めに、感覚が、十分な強さで光を感じないと、はっきりそれだとは分からない。よくある特長の一つは(どの感覚が使われ、どれくらいの強度かにかかわらず)喜びの感じである。

光を感知する感覚器官を以下に述べる:

  • 視覚
    (人が想像できるもののうちで)最も強烈な光現象。
    白銀金の光を放つとても強い輝き(まぶしいものではない)。目が光を捉えるはじめの段階で、色とりどりのきらめきが現れる。

  • 聴覚
    (人が想像できるもののうちで)最も素敵な音。
    ナディ(nadi)または「天界のコーラス」、「天使の歌声」、マントラオームなどと呼ばれる。耳が光を捉えるはじめの段階では、しばしhum(ブンブン鼻歌)、whiz(ヒュー、ピュ−)、buzz(ブンブン、ガヤガヤ)と表現される(心地よい)音を聞く。

  • 触覚
    (人が想像できるもののうちで)最も快い感覚。
    (オーガズムよりもずっと気持ちの良い)例えられないほどの温かさ、安らぎをもたらす。触角が光を捉えるはじめの段階では、振動の波が体を流れる(心地よい震え、興奮)とよく表現される。

  • 味覚
    (人が想像できるうちで)最も嬉しい食の経験をさせてくれる。
    「天界のネクター」、マナ(manna), am(a)rita, 蜜とも表現される。味覚が光を捉えるはじめの段階で、ほんのちょっとの食べ物を口にしただけで気分がはっきりと変わる、「エネルギーのほとばしり」を感じる。長いこと断食をしている人や不食の人は、そのような感覚をよく理解できるはずだ。

  • 嗅覚
    (人が想像できるうちで)一番の香りをもたらす。
    バラやらベンダーの香水のように。嗅覚を用いて光を感じるはじめの段階でさえ、香りはとても強く離れたところからでも、または壁の向こうからでも匂いを感じとることができる。
  • そのような、また似たような方法で、感覚は光を解明する。ではあなたはこう聞くだろうか:本能はどのように光に反応するのか。その反応はもっと単純だ。本能は知性がするような解釈をしない。境界を作らないのだ。本能は感受性で反応し、そんな状況の中で人は無条件の愛(=神の愛)を経験する。もしあなたが、愛を感じて経験した最も素晴らしい恍惚感の瞬間(他の誰かと誰か結ばれた時であっても、肉体的存在ではないものとそうなった時であっても、臨死状態にあった時、瞑想時またはその他の時であっても)を思い出せるなら、本能が光にどう反応するか分かるだろう。

    以上の説明でこう結論づけられる。愛は光である──と。
    もっと正確にいえばこうだ。
    愛は、感覚が光を感知する時に、人が感じる全ての感性であると。
    光は最も強いエネルギーであるから、それを感じそのエネルギーを取り入れることで、リビングオンライトは現実のものになる。

    光についての考えから続いて言える事は、愛は生命を創造するということだ。つまり、生命は最も強いエネルギーである愛から出現した。愛のない創造、生命の存在は不可能である。同時に愛が多いほど、その命は幸福なものとなる。
    無条件の愛で愛するものは全て、光を放ち、光で生きる。光がその生命を通して現れるのだ。その存在は食べる必要も、飲む必要も、息をする必要もない。この世(物質世界)から得たいものは何もない。そして回りの生命たちにとっての太陽となる。
    そしてまた、愛を十分に放つ存在は不死が可能になる。十分な愛(=光)が心から放たれると、肉体はその機能を止めることができなくなる。つまり、体は若いまま、美しいまま、完全な健康状態になる。反対に、愛の欠如(=恐れや恐れが引き起こすマイナスの感情)は体のエネルギーを奪い、病気、老化、そして死をもたらす。

    愛があなたを通じて流れ出るような太陽になりなさい。
    あなたがそのような太陽であると、心の中でビジュアルに(映像として)思い浮かべるだけでいい。そうすれば、不食生活はもっとはやくあなたのものになる。



    砂糖中毒



    チョコレート、ビスケット、カプチーノ、その他いろいろの甘い物が人々に好まれる主な二つの理由:

    1.味覚中毒
    2.砂糖を欲する

    1.味覚の中毒はに関しては説明する必要はあまりない。もう知っているだろう。ではそこからどう自由になるか。一つ簡単なテクニックがある。そのもの(チョコレート、カプチーノ)などを口に入れ、ずっと味に注意を向けながら5分以上噛み続ける。一度かそれ以上味が変わる事に気づくだろう。そしてほとんど確実に言える事はその味が不快なものに思えてきて飲み込みたいと思わなくなる。多くの人がそういう感じを味わうと、もうその嗜癖からおさらばできる。(つまり胃袋に味雷はないのだ。)

    2.実際、サッカリンや砂糖を求めるのはあなたの体ではなく他のものだ:あなたの中に住む細菌、カビまたは寄生体と呼ばれる小さな生き物だ。それらは砂糖が入っているものをあなたが欲しがるようにする。砂糖は彼らのえさだからだ。だからこう考えてみるといい、ビスケットを一口かじる前に、またはカプチーノと一杯飲む前に、あなたはその寄生体の奴隷で、彼らの願う事をしていいのかと。彼らはあなたの赤ちゃんのようなものだから、食べさせてあげる必要がある、そう?そして彼らはお返しに糞をしてあなたの体を汚すのだ。

    その場合、もし砂糖ママの役割をそれ以上演じたくなかったら、水で断食をすればよい。空気だけの方がなおいいが。水断食の場合3週間ほど、水なしだったら1週間でいいだろう。その後、何らかの薬かホメオパシー療法をとったらいい。

    1,2のどちらか又は両方の方法で甘い物を摂る「必要」から解放される。全く甘いものを欲しなくなり、目にも入らなくなっている事に驚くだろう。



    太陽の愛



    まず、私たちが知っておくべきことは、太陽、地球、その他の惑星は、私たちと同じ様に感じ、考え、感情に反応する生命体だということだ。現在、地球上の莫大な数の人々はかなりの量のエネルギーを産出していて、それが地球と太陽のエネルギーと相互に作用しあっている。

    私たちの太陽は直接、娘の地球(我々の母)に反応する。だから地球上の生命(ほとんど人間)はそれを感じている。(同じ様な事が太陽系のほかの惑星でも起こっている)。ほとんどのエネルギーは我々の恐れという感情によって太陽から引き出される。恐れは、いわゆる否定的感情と呼ばれる全てのものの原因である。否定的感情は肯定的エネルギーを必要とする。バランスをとるためだ。だから太陽は愛(明るい光、温かさ)を娘に送る。よって我々がもっと感情を出せば、太陽のフレアももっと大きくなる。

    同時に地球は全ての感情を感じとる。現在は愛より恐れの方がずっと多く人々から放たれているので、太陽はその恐れを燃やすためにより多くの放射(愛)を送る。どんなものも燃やすためには力も注がれ、この力の勢いで地震や深刻な天候が引き起こされる。それらも地球浄化のプロセスなのだ。

    もし私たちが地球にもっと愛を注げば、私たちの母、地球は恐れを燃やす必要が減り、太陽の放射も軽減する。これは地震や天災を減らす最も実用的で最も美しいやり方である。一緒に地球瞑想をして後の地球と太陽にどんな影響が出るか見てみようではないか。

    世界中で立ち起こる愛の地球瞑想。我々生命の質を上げるだけでなく、地球に住む全ての個人の意識世界を広げる実践的な方法。ぜひ一緒にやりませんか?


    意識的食事法



    意識的食事法(以下、意識食と表す)は不食を目指す人にとって最も効果的な方法である。意識食はあなたの体にとって本当に必要なものを適切量、適切時に与える。

    空腹を感じたとしよう。その時:

    1.しばらくそのままで心と体をリラックスさせて、自分に問いかけてみる。
    「何が欲しい?」と。
    そして答えを感じとる。考えるのではなく。知性より感性を用いると潜在意識がその力を顕すようになる。
    思考(知性、顕在意識)は意識世界の中の小さくて限られた部分なので、心や体を理解するためにはそこを超える必要がある。よって、答えは、感じとるのだ。もはやこの時点で、空腹感が消えている可能性もある。その場合、意識食はここで終わる。
    他に起こりえる事は、感情等が現れることだ。なぜかといえば、妨げられた感情、考え、心理過程などが押し出された時、それはまず空腹感として現れる。そんな状態の時食べると、それらの感情は心の中に押し戻されることになる(食べ物でふたをされる)。

    2. まだ空腹感がある場合次のステップに進む。
    実際食べたい物は何か、自分に問いかける。いろいろな食べ物を目にして、あなたの心を最も捉えるものを感じとる。それが分かったら数秒間それを口に入れた時、またお中に入れた時の事を思い浮かべてみる。
    再び問いかける。「欲しいのは何?」答えを感じとる。
    もし空腹感が消えたら、ここでおわり。同じ様に何らかのイメージや思いが浮かび上がるかもしれない。それらはあなたの事をより理解するためのものだ。それらの思いを喜んで受け入れ、あなたの心や体で十分に感じとったらいい、それらは何を伝えようとしているのか。それを感じとることができたら、もはやそれらのことがあなたを空腹にすることはないだろう。

    3. もし体が本当に食べ物という物質を必要としている場合、この段階では空腹感は消えないだろうから、意識食のプロセスを進める。では……あなたが食べたいと感じるその食べ物を手にする。意識的にする。自分の動き全部を感じながら。どう持ち、どう切り、どう調理など、自分の感情を丁寧に観察する。同じ問いかけ「食べたいのは何?」を続けながら。
    そしてその答えが感じとれるまで待つ。この段階で空腹が消えるかもしれない。又はあるイメージや変わった考えが浮かぶかもしれない。そうでない場合、次のステップに進む。

    4. 今あなたは食べたいものの前に座っている。あなたの全ての動きと体の反応を感じながら、ゆっくりとその一部を手にとる。鼻の前に置いて匂いをかいでみる。その匂いの中で喜びに浸り問いかけを続ける。
    「欲しいのは何?」
    答えを感じとる。前段階と同じ様に空腹感が消え、何らかの感情が浮かび上がったら、ここで終わり。そうでない場合、次のステップへ。

    5. では、その食べ物をかじってみよう。口に入れたまま、その喜びに浸る。頭、心、体、全ての反応を感じながら。考えるのでなく、“感じる”。

    6. 次、一番重要な、長く噛む(3分以上):長ければ長いほど良い。極端に言えば数時間でも良い。普通3〜6分で十分だ。口に入れたものが液状になり、味が変わったら、飲み込む。一度以上は味が変わるはずだ。味が変わる前に絶対に飲み込んではいけない。それでは意識食にならない。考えず、“感じる”ことで観察する。噛み続けていて、まずく感じ、飲み込みたくなくなったら出してしまってらいい。

    7. この方法で一口ずつ、お腹いっぱいになるまで続ける。そして、これが「真に体が求めるもの」であったことが分かる。

    意識食はあなたと食の関係をいつも理解しながら進めていくことができる。空腹感か喉の渇きがこの過程の始まりだ。進んでいくと、実際あなたが欲しているものは何なのかを発見する。
    もしそれが本当に体が求めるものではなかったら無理に体に与える必要はない。体に一番いいやり方は体が真に欲するものを、欲するだけ、欲する時に与える事だ。
    意識食を利用すれば、戦ったり、誤解したり、間違いを冒したりすることなしに、意識的に不食家になることができる。
    あなたの体、地球、とあなたの心の本当の関係に気づくいていく。食がこの関係の中でその役割を終えるとき、食は自然と無用なものとなり、地球生活というゲームの不要品となってあなたから去っていく。

    意識食は真我≠もっと意識させる行為の一つだ。真我≠ヘ、私たちの心や体を通じて具現されるようになればなるほど、私たちの持っている問題は減り、もっとよく見たり、感じたり、理解したりできるようになる。真我≠ヘ意識、光、愛であるから、私たちの心や体を動かすたった一つの要因だ。言い換えれば、本当は、あなたは、何も必要じゃない。あなたが全ての源なのだから:)あなたに必要な事はただ一つ。その源が、姿を現す「ままにさせる」こと

    「普通」の生活の中では真我≠ヘ心の中の知の部分に抑えられている。知の部分は人間のほとんど全てのマインド世界を占領している。意識食や他の意識法で知性の声を静め、直感をいつも感じるようにできる。直感(超意識)は真我≠ニ直接繋がっているから、何でも分かっている。全ての解決法も知っている。あなたが欲しいもの、必要なものももたらしてくれる。

    意識食、意識的睡眠、意識的会話、意識的……何であれ、それらはあなたをもっと意識的にし、あなたの意識世界を拡げる。それが十分に拡がった時、全てが理解できるだろう。もう問題となるものも何もない。そんな状態になった時、ブレサリアン、ライタリアン、無呼吸生活、気温の影響を受けない生活など、もはや手に入れたも同然である。



    道具を使うことによる経験



    「光で生きる」、「ブレサリアリズム」、「不食」、呼び方は自由だが、基本的にこれらは食べものにこだわっているわけではない。あなたが食べるか、食べないか、食べたとしてそれがどれくらいか、それは二の次のことだ。食べててもあなたはブレサリアンと言える場合もあるし、全く食べなくても、ブレサリアンとはいえない場合もある。

    大切なことは:
    1.組織が本来の機能を保っていること
    2.何にも依存していない状態であること
    組織は、「物質世界」と我々が呼ぶ世界の経験をするための一種の道具である。もし、それらの道具が正常ならば(完璧に機能しているなら)この上ない経験を得ることが可能だ。しかし、それらのうち一つでも上手く機能していなければ、経験は限られたものになってしまう。

    道具のうちの一つは、消化機能だ。もし、消化機能というものを持っていないとしたら、それに関わる経験ができない、例えば、口に物を入れた時の味、固さ、温度を感じたり、消化器官の中でそれらが動いたり、ストックされたりする感覚、例えば、ゴロゴロ鳴ったり、吐き気を催したり、下痢、痛み、潰瘍、などなど。

    これが、食べたもののうちほとんど100%が排泄される理由である。経験後は、もういらないということだ。あなたの組織を作るわけではない。

    物質世界を体験する道具はまだまだある。それらのひとつは音、と我々が呼ぶもの、その他、香り、光、などなど。

    道具は、普通に、または、過度に使われる。それらを長く使いすぎると、我々の意識はそれらなしで生きられないと思い始める。例えば、コンピューターゲームをやめて数分もいられない人たちがいる。彼らは、見ること(道具:目)依存症だ。タバコをすわずにいられない人達は、におうこと(道具:鼻)依存症。ラジオ、寝ている時でさえ、聞かずにいられない人達は、聞くこと(道具:耳)依存症といえる。

    そして地球上で一番の依存といえるものは、味わう(道具:消化器官)ことである。

    要するに、依存とは、ある道具を過度に使わずにはいられないという、その人の感覚と確信である。ある人が、何かに依存していて、そのものを失った時、その人は、苦しむ。極端な場合、身体の機能が停止する。(死)

    あなたの組織が何にも依存していない状態になって初めて、最大の体験ができると言える。そんな状態の時、食べることは、経験するためであって、「生きるために体は食べものが必要」というわけではないのだ。

    そのように、体が食べることから自由になれば、食べても食べなくてもどちらでもよくなる。クッキーを食べることを選ぶのは、それを楽しみたいからであって、そんな体験をしたくないなら、何も食べたり飲んだりせずに、数日、数ヶ月、数年、またはずっと、いていいわけだ。そんな状態にいれるなら、ブレサリアンと呼べる。

    これらのことが、いわゆる「霊的マスター」が食べる理由、我々が消化器官を持つ理由、この地球に食べられるものがたくさんある理由、そして最後に、全く食べものを摂らずに、なお身体は完全な状態にある人たちがいる理由である。

    もっと詳しく説明するには、意識世界のことを言及したいが、かなり大きい主題なので、別の機会にする。

    光で生きる、ブレサリアリズムは、あなたの住む世界を拡げる、ひとつの段階である。


    どれくらい飲むべきか?



    体が芯から求めるものが分かれば、いつどれだけ体に供給したらいいか迷わなくなる。意識食を実践すれば、体に必要な水の量も容易に分かるはずだ。

    適切な水の摂取量

    もちろん場合によってさまざまだ。気温、湿度、その人の活動量、食べるもの、気持ちなど。それらによって、たとえ身長や体重が同じでも必要となる水の量は全く違ってくる。

    よくある間違いは、体が欲する以上の水を飲む事だ。「水をたくさん飲むことが重要」と信じている人はたくさんいる。体の大半が水でできているからだろう。だから必要以上の水を無理に飲む。水をたくさん飲む事で、体は浄化され、腎臓を洗い流すと信じているのかもしれない。

    必要以上に水を飲むと、どうなるか。

    余分な水を体から排出するために、からだは余計なエネルギーを使うことになる。腎臓は余分に働かされる。腎臓結石になる可能性も大きくする。

    水を多く飲んだからといってより体を浄化できるわけではない(体はやかんではない)。逆に浄化プロセスの効率を悪くする。水も多すぎればまた毒素となりえるからだ。体は不必要な水を排出するためにエネルギーを使うため、浄化プロセスは一時ストップする。

    喉が渇いたなら飲みたいだけ飲んだらいい。そうでない場合は飲まない。経験しているかもしれないが断食中に体が必要とする水の量はゼロといってもいい。もし小さじ1〜2杯の水があなたの体を満たすならそれが体にとっての適量だ。

    断食中に無理に水を飲もうとするのは間違いである。飲む量が少なければ少ないほど、浄化の効率はアップする。ドライファスティング(水も飲まない断食)は地球で最も効果的な生体浄化法である。


    不食の人・ジャスムヒーンさんが教える
    光(プラーナ)の持つ神聖なる愛のメッセージ


    こんにちは! 日本の皆さん、ジャスムヒーンです。今年3月の訪日では、これから起こるであろう地球レベルでのシフトを視野に入れた私たちのこれからの生き方やビジョンを皆さんと共有でき、とても有意義なワークを行うことができました。 日本の皆さんのサポートに感謝をしています。来年春の訪日では、皆さんと時間を過ごしながら新たな情報を共有し、さらなる自己成長が加速することを願っています。 それまでの間、私が主催する「コスミック・インターネット・アカデミー(CIA)」のレクチャーから今の日本の皆さんに必要な情報をご紹介します。

    楽しく自由なパラダイスへ
    私たちの周波数を上げ共同創造をしていくための処方箋1


    これから数回にわたって、皆さんが毎日の生活のなかで活かせる自分自身の周波数を上げるためのヒント「処方箋」をご紹介します! この処方箋を私たちのアカデミーでは、「FFF(Fabulous【驚くべき、信じがたいほどすばらしい】・Frequency【周波数】・Formulas【処方箋】)」と呼んでいます。個人的な周波数を上げ、さらに日々の生活スタイルを選択することで、周波数の高い幸せと感じる生活を得られるようになります。FFFは、周波数を整え再調整するための処方箋です。

    FFFは、以下の4種類に分けられます。

    ・FFF#1:個人レベルのパラダイスを実践するもの
    ・FFF#2:宇宙の法則を理解し実践するもの
    ・FFF#3:FFF#1とFFF#2を合わせ、「地球レベルの平和のための聖母の周波数 のプログラム」を追加したもの
    ・FFF#4:FFF#1とFFF#2を合わせ、「永遠の処方箋」を付け加えたもの


    幸せレベルを上げる処方箋2 私たちが「素晴らしい!」「気持ちいい!」と感じる喜びや愛の積み重ねは、周波数を上げ生活スタイルをシフトし、毎日の生活のなかで幸せのレベルを上げる小さなきっかけになります。幸せの感じ方は人それぞれだと思いますが、下記の処方箋を例に喜びや幸せを得て、周波数が上がっていくのを感じてみましょう。

    この処方箋は私自身が幸せと感じられるものの一例で、決して無理をしてやるものではありません。あなた自身が喜びを感じるかどうかということが大切なのです。たとえば、下記の処方箋を実践してみたり想像してみてください。一つを実践または想像するごとに一呼吸しましょう。たくさんの喜びを感じられるほどに周波数が上がっていきます。自分の内面の変化を感じられますか?

    1.恋に落ちること
    2.顔が痛くなるほどたくさん笑うこと
    3.熱いシャワーを浴びること
    4.スーパーマーケットで行列がないこと
    5.特別な視線
    6.手紙をもらうこと
    7.素敵な道をドライブすること
    8.ラジオでお気に入りの歌を聴くこと
    9.外で雨が降っている音を聞きながらベッドに横になること
    10.乾燥機から出したばかりの熱いタオル
    11.チョコレートミルクシェーク(バニラでもストロベリーでも!)

    私たちは智恵ある愛すべき量子フィールドに囲まれています。そのフィールドには、私たち自身が神であるという信念が前もってプログラムされています。「望めよ、さらば与えられん」とあるように、私たちが望めばそれは全て良い形で運ばれてきます。

    目覚めや前向きな社会活動は、一人ひとりが輝くことでその証となります。この処方箋を実践することで私たち一人ひとりの周波数が上がり、それによって地球全体の周波数も上がるのです。

    楽しく自由なパラダイスへ 
    私たちの周波数を上げ共同創造をしていくための処方箋2


    2001年9月の911から5日後のブラジル・サンパウロの小さなホテルで、私は神の存在を感じました。数日間、私は深い瞑想をしていました。私たちの周りに常にあり、私たちが神のように感じている叡智の源である量子フィールド、その宇宙にとても強烈な質問を投げかけていました。

    「戦争や暴力をこの地球上から除去するために愛と叡智、そして私たちの持って生まれた素晴らしさを使うことはできませんか? 私たちすべてが団結し、ともに養い、自由を手にすることはできませんか? そうすることによって、私たちはすべて安らかに、裕福でいられますように。もしそうなら、それはいつ、どのように助けがもらえるのですか?」

    3時間集中した後、私は自分がとても素晴らしい力のフィールド、つまり純粋な無条件の愛とでもいうようなものに囲まれ、祝福されていることを実感しました。

    普通の人が神聖なる存在とともに歩むことに対して疑いはないし、私にとってもそれは誰もが可能であることのように思えます。私が求めているのは地球上に住むすべての人たちにとって、それがどのように起こるのか、偶然ではなく常に“私たちが望んだとき”にどのように起こるのか、ということなのです。メッセージを与えてくれる存在は、常に私たちにインスピレーションと希望を運んでくれているのです。そうすることによって、私たちはそのカルマ的なサイクルから自由になり、私たちが誇れるような世界、「そんなに悪くないよ。うまくやっているじゃない」と言えるような世界が創造できるようになるのです。

    キリストは、その会話のなかで言いました。「この世の天国は、純粋なハートに与えられる」。私はそうであると確信しています。キリストとの会話のなかで、私は特別な使命を受け取りました。それは、私がいま実践していることでもあり、この「素晴らしい周波数への処方箋『FFF』」のなかでも伝えていることです。

    「処方箋」というのは、思考や言葉(メンタルなプログラムコード)、アライメント、そしてアクションが伴っているものなのです。つまり、最初に個人レベルでのパラダイスが創られ、より前向きなレベルを保てば自然に地球レベルのパラダイスに続いていくものなのです。個々の周波数を上げ、さらに日々の生活スタイルの選択によって獲得し、周波数を整え、再調整することなのです。

    処方箋2


    私たちが「素晴らしい!」「気持ちいい!」と感じる喜びや愛の積み重ねは、周波数を上げ生活スタイルをシフトし、毎日の生活のなかで幸せのレベルを上げる小さなきっかけになります。幸せの感じ方は人それぞれだと思いますが、下記の処方箋を例に喜びや幸せを得て、周波数が上がっていくのを感じてみましょう。この処方箋は私自身が幸せと感じられるものの一例で、決して無理をしてやるものではありません。あなた自身が喜びを感じるかどうかということが大切なのです。たとえば、下記の処方箋を実践してみたり想像してみてください。一つを実践または想像するごとに一呼吸しましょう。たくさんの喜びを感じられるほどに周波数が上がっていきます。自分の内面の変化を感じられますか?

    12.バブルバス(泡風呂)
    13.クスクス笑い
    14.ステキな会話
    15.海岸
    16.去年の冬のコートから20ドル札を見つけること
    17.自分のことを笑うこと
    18.4時間話し続ける真夜中の電話でのおしゃべり
    19.スプリンクラーの水のなかを駆け抜けること
    20.全く理由もなく笑うこと
    21.「あなたは美しい」と誰かに言ってもらうこと
    22.秘密のジョークで笑うこと
    23.友達
    24.誰かがあなたについて良いことを話しているのを偶然聞くこと
    25.眠りから目が覚めたとき、あともう何時間か眠れる時間が残っているのがわかること
    26.あなたのファーストキス(本当の初めてのキスと新しい恋人とのどっちも)
    27.新しい友達をつくる。もしくは長い付き合いの友達と時間をともにすること


    上記のリストは、私たちが素晴らしい気持ちになれるためにデザインされた心が軽くなる周波数のための処方箋です。


    楽しく自由なパラダイスへ
    私たちの周波数を上げ共同創造をしていくための処方箋3


    メンタルな部分を再プログラムする基盤として、そして日々の瞑想や祈りなどの生活スタイルの提案として、私は世界各地へとこの処方箋を広めてきました。 これらは、お金をかけずに世界中の苦しみを無理なく解決させるレシピとして、聖母マリアとアセンデットマスターから与えられたものです。「一つの惑星で人々が一つに調和すること」を創造するために私たちは目覚め、前向きな社会活動をし、一人ひとりが輝くことがその証となります。処方箋には、より科学的な視点も含まれていて、宇宙の法則がより実践的に感じることができるでしょう。

    2002年の終わりに私は、とてもやわらかくて愛に溢れ、そしてパワフルなエネルギーに包まれました。一日中、私はブリスベンのオフィスでアヴェマリアを聴きながら、腰掛けていると、突然、地球の映像が目の前に浮かび上がったのです。それは“ほんの小さな優しさよって地球の乱れた調和や苦しみ、ひずみが解決に向かう”というものでした。この衝撃的な聖母マリアと女神たちのエネルギーとワークをすることで、聖母の周波数、地球レベルの平和なプログラムがダウンロードされました。それは、個人レベルと地球レベルのパラダイスの共同創造を確約するものであり、未来の明確なビジョンを持ちながら時間や次元を超え、「今」を完全に生きていくためには欠かせません。最善を創造するための行動をコミットし、DOW(Divine One Within=私たちのなかにある神聖な存在)を常に実感している人のために、この処方箋が必要となります。

    この処方箋は平和を広める役割があり、「完全なアライメントと完全なアクション」としての計画です。次元間、宇宙の法則を網羅し「永遠の処方箋」とも言えるでしょう。この「神聖なる栄養プログラム」は、今年日本で発売予定の著書「神々の食べ物:the Food of God」に書きました。これらすべての処方箋の詳細は、私のホームページでも紹介をしています。


    幸せレベルを上げる処方箋3


    私たちが「素晴らしい!」「気持ちいい!」と感じる喜びや愛の積み重ねは、周波数を上げ生活スタイルをシフトし、毎日の生活のなかで幸せのレベルを上げる小さなきっかけになります。私がオススメする40余りの処方箋の中から、いくつかをご紹介します。幸せの感じ方は人それぞれだと思いますが、下記の処方箋を例に喜びや幸せを得て、周波数が上がっていくのを感じてみましょう。

    この処方箋は私自身が幸せと感じられるものの一例で、決して無理をしてやるものではありません。あなた自身が喜びを感じるかどうかということが大切なのです。たとえば、下記の処方箋を実践してみたり想像してみてください。一つを実践または想像するごとに一呼吸しましょう。たくさんの喜びを感じられるほどに周波数が上がっていきます。自分の内面の変化を感じられますか? 

    お家に来たばかりの子犬か子猫と遊ぶこと
    誰かにあなたの髪の毛で遊んでもらうこと
    素敵な夢をみること
    友達とのロードトリップ(ドライブ旅行)
    ハーモニーを響かせ合うこと
    素敵な見知らぬ人と目が合うこと
    あなたの大切な誰かと手を握り合うこと
    友達と長い付き合いになって、その関係は(良くも悪くも)ずっと変わらないと気づくこと
    誰かにその人が欲しがっているプレゼントを渡し、その人がそのプレゼントを開ける瞬間の表情を見ること
    朝日を見つめること
    毎日ベッドから起き上がって、新しくて美しい一日のために素敵な自分になること
    誰かがあなたに会いたがっているということを知ること
    あなたのとても大切な人から抱きしめられること
    誰がどう考えようと、あなたが正しいことをしたのだと知ること


    実践すると必ず、とても気持ちが良くなります。特にリストの最後の部分です。これらのすべての処方箋を日々実践することで、皆さん一人一人の周波数が上がり、生活が豊かになっているはずです。そうなっていることを願っています。


    愛の法則&ミラクル・メーカー(奇跡を起こす人々)の法則@
    【ジャスムヒーンの秘訣とそのアクション】


    キリストの存在とともに生きていくことはミラクル(奇跡)なのでしょうか? それは可能なのでしょうか? 私たちは、肉体を伴うこの三次元の世界にキリストが存在していないことを理解していますが、そのキリストが持つエネルギー周波の存在は、多くの人々が認めています。その輝くエネルギー周波は、高次の領域から宇宙の創造の源であるグレート・セントラル・サンを経由し、さらに太陽を通して私たちの元に届くのです。このエネルギー周波には私たちがアクセスし理解できる、ある特定のコード(暗号)が含まれています。それは、この時代に奇跡を創造するもの。私たちは、その目撃者となることで進むべき方向性を示す青写真を得られるのです。

    私たちが存在する時代は、真に素晴らしく、無限の可能性を秘めています。古代の錬金術の知識が解き明かされ、私たちが地球上にキリストの楽園を共同創造するためのツールを手にすることができるのです。キリストのエネルギーは純粋な無条件の愛であり、ブッダのマイトレーヤ、シャンバラを通して輝かされる愛。それは、神なるスパーク(火花)の叡智を追求するすべてのハートを通して注がれるものです。

    奇跡の持つ本質とその可能性を理解するとき、私たちはキリスト意識のエネルギー周波に常に包まれており、その存在のなかに完全に浸っているということに気づくことでしょう。それがキリストによって継続的に実践されているシンプルな愛の法則であり、その法則に基づいた純粋なハートの奇跡が日常の経験となるのです。

    奇跡を探求する者たちの生活は、私たちの西洋化された社会生活とは、かなり異なります。彼らはさまざまなものを持っていますが、とにかくオープンハートです。彼らは観察者となることにオープンで、受け取ること、知ること、楽しむこと、流れにまかせること、成長すること、すべてに対して寛容な心を持っています。彼らにとって、それらを実践することは愛の法則にアクセスし、オープンな心を育むための行動で、次のステップを踏んでミラクル・メーカーとなるために必要な特質です。奇跡を追求、発見、経験し、それを楽しみながらクリエイトすること。それは私たち自身が所有しているもので、さらにそれを発展させることで、人生における行動へとつながっていくことでしょう。

    次回、ミラクル・メーカーの人生がどのような形態をとっているかを詳細に解説していきます。


    愛の法則&ミラクル・メーカー(奇跡を起こす人々)の法則A
    【ジャスムヒーンの秘訣とそのアクション】


    前回に引き続き、私たちが奇跡を探求し、奇跡を創造していくための秘訣を一つずつご紹介していきます。

    奇跡の探求者たちは、観察すること、受け取ること、知ること、楽しむこと、流れに任せ成長していくことに対してオープンさを持つことで、愛の法則にアクセスします。そして実践していくためにさらなる行動を促し、次のステップを踏んでミラクル・メーカーとなるのです。その具体的な行動をご紹介していきます。

    ■そうなるがままにさせること (許すこと 委ねること)
    ミラクル・メーカーは、自分たちの探求と認識への可能性を委ねています。そうなるがままにさせることは、宇宙のなかで起こる魔法や奇跡に対してオープンであり、問いかけ、そして招きよせることです。委ねることは、宇宙のなかで起こる魔法や奇跡が私たちの領域に入ってくることに対してオープンでありながら、きちんと識別できる心を持つためのスペースをつくるということです。

    ■アライメントとアクション
    アライメントとは、私たちが十分に楽しめるようになることで、定期的に奇跡を起こせるということです。それは、私が行っている”the Luscious Lifestyles Program”の中で実践しています。このプログラムは、私たちのエネルギーフィールドを神の愛にチャンネルを合わせ愛の法則を通して、より意識的に発動させることができるよう構成されています。ミラクル・メーカーは、神の愛にチャンネルを合わせることで、あらゆる奇跡を自然な形で起こすことができます。

    ■認識と経験を通して受け入れること
    多くの人にとって、与えることはたやすく、受け取ることはたやすくはないのではないでしょうか。私たちの人生において奇跡に対してオープンでそれを受け取ることは、認識し経験する上で必要不可欠なことです。例えば、私たちは奇跡を経験することによって、より奇跡に対してオープンに受け取ることが容易となります。さらには奇跡をより多く経験することができるようになのです。愛と知識をもって量子フィールドで生きることを認識し受け入れることが、自由へのゲームにおける基本ステップです。

    ■感謝とバイオフィードバック
    ミラクルメーカーは、常に感謝の姿勢を持っています。感謝の姿勢を持つこととオープンになることで、より奇跡を受け取ることができるのです。もちろん、私たちの目の前にある恩寵(the flow of Grace) や奇跡に対しても感謝することが大切です。感謝することにより、私たちは今を生き、ここに存在でき、意識レベルにおいて、アクティブなバイオフィードバック(注1)にコミットできるのです。エネルギーフィールドに耳を傾け、それを読み込んでいくことが、ミラクルメーカーを成長させ、それによって起こる相互作用に感謝することにより、より深い層への進むこともできるのです。

    ■デモンストレーション
    ミラクル・メーカーは自らの人生の中で奇跡を立証することができます。しかし彼らが認識する奇跡とそれ以外の人々が認識する奇跡には異なることがあります。もし、病人を快方に向かわすことができたとしたら、病気のない人生というものは奇跡だという人々がいるでしょう。また、外見が若返ったり、身体年齢のテストで老化の進行がとまったりしたら、それを奇跡だという人々もいるでしょう。

    ■ダウンロード
    ミラクル・メーカーは、奇跡を創造するために必要なすべてのデータをダウンロードする能力を備えています。彼らはそのデータを宇宙意識やその青写真に直接コンタクトしてダウンロードすることができるのです。また、こうしたダウンロードは第6感や第7感レベルの直観や認識を通して、私たちが学習し身につけ、それらの領域から答えを取り出し、認識する能力を使ってできます。

    ■方向づけとフィールドの活性化
    ミラクル・メーカーは、思考・意志を通してエネルギーの方向づけをするという創造性を学んでいます。そして特定の領域のエネルギー・グリッドを変化させたり、活性化したり、強化したりして結果を確かなものとします。領域とは私たち一人ひとりが選んだ結果、旋律や周波数の中で生きている現実です。自然科学・生物体の領域や次元においては、すべての生あるものは調整可能な周波数を発しているとされています。

    ■結果を夢みること
    ビジュアライゼーションを創造することと新たな現実を夢みることは、ミラクル・メーカーにとって人生におけるツールのひとつです。ミラクル・メーカーは明確なビジョンを持ってフォーカスして、エネルギーレベルでサポートするという行為が持つパワーを知っています。また、人生のすべての青写真をサポートするためにより大きなビジョンと連携がとれるように手放すという行為の持つパワーも知っています。

    注1)バイオフィードバック:普段は気づかない生体の様々な情報を集め、それをフィードバックさせることにより認識し、自己コントロールすること。

    【ジャスムヒーン】プロフィール オーストラリア人。メタフィジックス(形而上学)について20冊以上の本を出し、プラーナの栄養について調査し、国際的にレクチャーを行っている。この十数年間、ほとんど食事をとらず光(プラーナ)だけで生きている。邦訳著書に『リヴィング・オン・ライト〜あなたもプラーナで生きられる〜』(ナチュラルスピリット刊)が日本では発売されている。

    | 第1回 | 第2回 | 第3回 | 第4回 | 第5回 |


    「聖なる栄養のプログラム」
    マドンナの周波数と神々の食べ物 ― イブニングセミナー 

    A.イントロダクション
    B.驚くべき自由な状態にどのように達するか?
    C.プラーナで生きるという事
    D.老化を防ぐテクニック
    E.内なるガイダンス
    F.情報にアクセスする為の方法
    G.自分の周波数を変える! 
    H.メディテーション