チームサイクルマインド実業団
無責任編集 AGEE
- この、ページはクラブサイクルマインド実業団について掲載しています。サイクルマインド全般に
ついては掌握してませんので悪しからず。
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- チームサイクルマインド実業団の生い立ち
1996年に、サイクルマインドメンバーのうちロード競技をやりたいという有志が集まり結成されまし
た。
チームの方針はロードレースを楽しみながらも、できるだけ高いレベルを目指していこうといったところです。
1999年にクラブの方針で、オンロードオフロードを問わず競技部門が独立し(?)チームサイクルマインドとなりました。
実力しだいではささやかながらサポートが受けられます。
メンバーのレベル、年齢、住所、職業にばらつきがあるため全体での集合練習はしてませんが、似たもの同士で集まって練習しています。
- 今後の活動
- 2003年春
木島平を目指して・・・
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- レースの結果
高知国体
スプリント 湯原 3位決定戦敗退4位決定
三谷氏曰く「勝てる能力はあるが檜舞台に立つと負ける精神的な弱さか」
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- 地元開催の2002年全日本実業団TR(8月)
湯原ケイリン8位
- 本命視されたSPは1回戦負け(ハロンの時点からいまいち)
小川村で開催された全日本実業団RR
BR2沢田、BR3安藤ともDNF
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湯原選手国体SP2位
(某
新聞から無断転載。右が湯原)
- 全日本実業団TR
湯原選手 SP3位
ロードBR3にも出たけどDNF、やはり短距離選手か?
東日本実業団TR
湯原選手スプリント優勝
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- 栂池TT
- 64位 沢田雄一 チームサイクルマインド 59'24"8
169位 足木正幸 チームサイクルマインド 1:09'04"9
- その他サイクルマインド関係
- 34位 小笠原裕崇 Testach−Racing 57'25"5
東日本実業団ロード
沢田選手BR2−42位(集団の中のゴール)
境川サイクルトラックレース
(4月29日)湯原
SP1位
詳
細はこちら
(湯原選手のページ)
トラックレース記録会(4
月8日修善寺)
湯原選手 SP8位
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- ニューカレドニ
アの6日間レース(長文です)
- 文:湯原
11月24日
午後5時、レース開始1時間前バンク到着、うわさには聞いていたが悲惨なバンク退避路はなし、計測ラインは平らなところにあるし舗装はか
なり滑りそうだった。走ってみるとさらにオモイ!オモイ!道路と変わらんじゃないか!とも思ったが調子は良くそれなりに走れそうな感じがした。
みんなでステイヤーズラインを2列の周回練習、世界チャンピオンから地元のジュニアまでみんな一緒だ。この時点でかなりうれしくなってしまった。
かなりハイテンションだった僕は、相手が世界チャンピオンだろうがオリンピックチャンピオンだろが、ワールドカップリーダーだろうがかんけいないぜ
〜〜!!ってかんじでした。
最初の種目はスプリント予選、といってもいきなり4人スプリント、相手が誰なのか良く分らず(笑)走る。下バンク一列の3番手から最終1センター、一気に
スパート先頭も合わせて来て運良く2番手にはまる。最後追いこんだが届かず2着、準決勝ではなんと
フロリアン・ルソーとの一対一レース前にルソーが僕のところにきて「このレースは客を喜ばせるためにやるレースだ、だから勝つのは
ルソーかガネかに決まってるんだ。」と言われた。そしてできるだけ接戦にしていわゆる見せるレースをしろと言う。なんとなく納得い
かなかったけどまあいいさ、どうせ勝てっこないし(笑)結局一周先行して最後半車輪差で負ける。
4〜6位決定では思いっきり走って、2着。まあ5位ならいいか(このメンバーなのに)ケイリン予選ではガネの3番手でおとなしく走る。最終バックガネの捲
くりについてって大外回って車輪差3着、決勝へこれには観衆がかなり沸いた。
決勝ではレース前に「キミが先行するんだ」ってルソーに言われた。これはチャンス!と思った僕は一周半の先行態勢一列にしたまま、さいしゅう1センター。
ここからもう一伸びとおもったところで後輪が飛び失速。最終バックで全員に抜かれ結局
6位悔しかったというか怖かった・・・。みんな「You good!!」と言ってくれてなかなか
気に入られたようだった。夕食11時、アーノルドに「クラブメッド行かないか?」と言われたがさすがに疲れていて「きょうはいいよ」と言っておいた。
11月25日
今日も6時からレース、雨が降りそうな天気で選手達は雨乞いの踊りを踊っていた。昨日の疲れがでたのか、走りに切れがない。メンバーも難しい。負けちゃっ
てしかもスプリントの7〜12位決定戦でスタートに遅れてしまった、悪いな〜と思ったので早めに先行しようと思った。一周半前でペースがすごく落ちてたの
で思い切って
スパート、かなり後ろと開いたらしいけど結局追いつかれ10位でも観客がかなり沸いていたのでまあいいかと思った。ケイリンはルソーの番手に入ったがル
ソー不発で4着、う〜んいいとこなしだ!
11月26日
昼間、フグ、タケ、ジミ−・キャスパーと一緒に体験ダイビング、船の揺れに耐えられず船酔いゲロゲロ状態にもう吐くものは何も無い状態で体調は最悪
に・・・。しかもウンコまでしたくなってブイのとこまで泳いでいってつかまって用を足した。あのへんの魚に餌付けしてやりました。この様子を見ていたジミ
−とフグはもう大爆笑!!
この事件からみんなの人気者になることができた。悲しいんだか、嬉しいんだか・・・。
レースは最初の20分くらいで雨が降ってきてキャンセル。。たすかった〜〜。。
11月27日
この日は1日中雨降り小降りだったりもしたので一応走る用意をしてバンクへ、結局6時前に中止が発表されて昨日に続いてキャンセル。
日本では雨が降っても大丈夫と思っていたけどこっちのバンクでは絶対無理!!第一乾いていても全開で走ったら危ないのに・・・。僕が危ないと思うスピード
よりも速く突っ込んでいく奴らを見て、力じゃないんだな〜。。と思った。走り方が全然違う。これができるようになればいいのかな〜って思いました。
11月28日
この日からはチーム対抗戦、ニューカレドニア、フランス、フランスエスポワール、その他僕はもちろんその他で、オーストラリアのジェフ、ニュージーのシド
ン達とのチームだ。
一番かったらいけない役回りで悲しかったけど、調子は最悪だったので明日のアップだな位の気持ちで走った。スプリントでは、ルソー、ガネ、地元の選手と4
人で走ったのだがレース前にルソーがきて「スタンディングをするぞ!」という「あまり得意じゃないんだ。」って言うと「じゃあ30秒だ」と言うそこまで言
われたらやるしかないじゃないか!やってみればできるもので一番最初に動いたのは地元選手、そいつがそのまま先行して僕は3着。これはショーなんだからま
あいいか?と思うしかなかった。
そんでケイリン8人でレースこれは怖い怖い。あのバンクではあんなことしちゃダメだ!先行したかったけど前に出れなかった。ずっと後ろにいてそのままひら
ひらと大外回されて結局7位。チームはもちろん最下位だった。
11月29日
ついに最終日、中二日のキャンセルで4日間レースになってしまったが、やる気は充分昨日より体調はいいようだし最後に一暴れするか!っていう感じだった。
最終日だけあって観客の数も多くスタンドは一杯だった。
最初はオリンピックスプリント。僕は2走だった。ここでも2走なのか?と言う感じだったがなんとかなるもんでそこそこ走れたような気がした。タイムは聞い
てないけどフランスエスポワールチームに僅差で負けたようだった。
そのあとカレドニアンレースなるものを走った。一周目はポジションを入れ替えてはいけなくて2周目、ピストルがなったら自由に走って良い、全部で3周の
レース。最後のレースだったので思い切って先行したかったが地元選手が変な動きをしてくれて前に出れずに終わってしまった。調子はまあまあだったので残念
だった。
スプリンターのレースが全て終わったあとみんなでパレード走行タンギやアーノルドが子供用自転車に乗って周ったりしててすごく楽しかった。
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