名水の種類 |
Last Updated at : 11Jul1999
●自然科学的分類 |
一口に名水といってもこれはいろいろあります.そしてその分類方法自体もいろいろあります.ここではひとまず,数多くの名水をいくつかのパターンに分類し,詳しい解説を試みてみましょう.
●湧泉 |
地下水が自然状態で地表に湧き出てくる地点のことを湧泉(ゆうせん)といい,この湧き出た水のことを湧水(ゆうすい)といいます.両者は本来全く意味が異なる言葉なのですが,実際には両者とも「湧水」と呼ばれることが多いです(実はこのサイトもあえてそうしてしまっていますが,学術的には正しくありません).
いわゆる名水と呼ばれている水の大半は,この湧水です.では,湧水あるいは湧泉というものには,どのような種類があるのでしょうか.
水文学の教科書に出てくるような湧泉の分け方(凹地泉,接触泉など)は,基本的には湧出機構に着目した分け方です.思いっきり単純に言えば,「湧出点より高いところで降った雨あるいは高いところに在った地表水が地下に浸透し,なんらかの機構で地下を流れ,そしていつか地表に顔を出す」という水の旅の中で,比較的「出口」に近いほうに注目した分け方であるともいえます.
そのような分け方が悪いとは言いませんが,私はいつももうすこし変わった目で湧泉を見ています.先ほど述べた水の旅のなかで,入口である高いところがなぜできたのか,途中のフローパスがどのように形成されたのか,という点をよく注目します.つまり湧泉そのものではなく「湧泉の後ろにあるもの」を見つめていると言っていいと思います.
そういうことばかり考えているのですから,湧泉をその湧出機構で分けるよりは,地理的にどんな場所で,どんな地形に支配されて湧泉(帯)が出来ているのかという目で分けたいと思うのです.というわけで,湧泉の分類は「火山」「カルスト」「段丘」「扇状地」といった湧泉の背景を用いて行ってみました.なお,地下水・地表水に関してはあまりオリジナルなわけ方は(まだ)していません.
このように「湧泉の背後」というものに着目して,どのような地理的位置にあるかという点を考えたとき,湧泉のうち半分くらいは次のように分類することができます.
解説:「ブナ林は緑のダム」といういい方があります.この表現は,比喩あるいは文学的表現としてはともかく内容の正確性はまだ充分確かめられてはいません.一方,「火山は黒いダム」という(あまり知られていない)言葉は内容が正しいことが現段階ですでに確実であり,まさに言いえて妙という表現です.確かに火山は,火山があることが原因となってそこに大量の水を貯め得るのです.
火山体は.穴が多く空いたり割れ目が極端に多いといったスカスカ岩が多くある一方で,逆に水をほとんど通さないガチガチ地層も分布します.そしてこれらが互層をなす(数種類の地層が変わりばんこに下から重なっていく)ことがしょっちゅうあります.このとき,ガチガチ岩が不透水層となってその上にあるスカスカ岩の中に水がたまります.これらの水はただたまるだけではなくて,ポテンシャルの高いほうから低いほうへ,流れてきます.そして麓のほうでは,
等々の様々な「手段」によって,麓のほうで湧泉となります.
というわけで,聳え立つ火山の麓には,たいてい湧泉が出現します.「独立峰に名水あり」と巷間言われますが,独立峰は火山である場合が少なくないので,根拠のないことではありません.この湧泉はほぼ同じ標高のところにズラリと並ぶ例が多いです.また,大規模カルデラ火山では,山麓のみならずカルデラ内にも規模の大きな湧泉地帯が発達する場合があります.ちなみに,日本の巨大湧泉のタイプを調べたところ,毎秒1トン以上の湧出量があるという横綱級のものは95%以上が火山山麓湧泉でした(→公開文書「日本の巨大湧泉」参照).
著名名水中の例:ふきだし(後方羊蹄山),元瀧伏流水(鳥海山),金沢清水湧水群(岩手山),尚仁沢湧水群(高原山),湧玉(赤城山),箱島湧水(榛名山),地獄池(箱根),柿田川湧水群等(富士山),鬼押出し末端湧水群・真楽寺大沼(浅間山),涙の瀧(仮称,木曽御嶽),淀江湧水群(大山),白川水源(阿蘇山),男池(九重山),丸池湧水(霧島山)
余談:日本の川は少々ひでりが続いても水が涸れないことが多いです.これは地下水からゆっくり供給される水があるからです.しかしこのひでりにどれくらい持ちこたえられるかという「能力」には川ごとに大きな差があります(極端に雨が少ない年でもなければ世間ではあまり気にされませんが,水を利用する立場から言うと川の水がどれ以上減らないかという下限を知ることは重要なのです).さて,日本の川で特にこの「保水力」が強いのはどんな河川なのでしょうか?それは「流域の中に火山(特に新しい火山)がある川」なのです.あまり一般には指摘されることがないですが,日本の川の姿というのは上流の地質と深い関わりがあります.その代表が,ここで紹介した「火山山麓の川は水が涸れにくい」ということです.
ただし,すべての火山が同じような「保水力」を持っているのではありません.火山の中にも「序列」があります.ではどんな火山が大きな保水力を持っているのでしょうか?これは博士論文の作成のころから私が調べはじめたところですが,実は火山の大きさそのものはあまり関係なさそうで,どうやらある種のタイプの火山については,「新しい地層がどれくらい残っているか」が重要な鍵となりそうです.
解説:石灰岩はただの水にはたいして溶けるわけではありませんが,酸性の水に対しては実に実によく溶解します.雨はたいてい弱酸性ですし,日本の土壌中の水はほとんどすべて酸性ですから,結局自然界の石灰岩はどんどんとけてゆくことになります.
といってもこれは石灰岩のカタマリが一様に溶解して行くのではなく,溶けやすいところが集中的にとかされて行きます.その結果あまり他では見ることができないような特異な地形が出現します.これがカルスト地形(石灰岩カルスト地形)です.
石灰岩のカタマリの中には断層や節理といった「弱い」ところがあります.こういった所に沿ってまず集中的に溶解が進み,水の通り道ができます.というわけで石灰岩体のなかには地下の水の通り道がどんどんできるわけです(これが人間の入れるくらい大きくなったものが洞穴(石灰洞)で,よく観光地になっていますね).
そういったところを通ってきた水が,いつしか地表に出てくることがあります.これがカルスト湧泉で,石灰岩そのものから出てくる場合と,石灰岩・非石灰岩境界から出てくる場合とがあります.特に洞窟から出てくる水は,洞窟の神秘性とあいまって信仰の対象となっている場合があります.また,石灰岩を溶かした水はカルシウムを多量に含み,独特の味や効果(ある種の紅茶を入れた場合など)を示すことがあります.
著名名水中の例:龍泉洞の水・稲荷穴(岩手県),出流原弁天池湧水(栃木県佐野市),弘法大師のお助け水(岐阜県),天の岩戸湧水(三重県),草間の間歇冷泉(岡山県),別府弁天池湧水(山口県),観音水(愛媛県),垣花樋川(沖縄県)
余談1: カルスト湧水はみんな水質のいい水でしょうか?これは難しい質問です.これは一つには,水がどこから来たかに大きく左右されます.土にしみこみ,そして石灰岩の岩体にしみこんだ水がやっとこさ出てきた水なら,それなりの濾過作用は受けているでしょう.しかしそれとは別に,上流の大きな川が一回石灰岩の洞窟に入り,別の口から出てくるというものもあります.上流の川水が汚れていて,しかも洞窟の規模が大きくてほとんど濾過作用が働かない場合,出てくる水はあまりいい水質だとは期待できません.
よく地図を読める人か山を知っている人でないと,目の前に出ている水がいったいどこからくるか分かりません.石灰岩の山の場合,上流側には大きな平地があることがあり,そこに大規模な集落が建っていることが珍しくありません.しかしそれは下流側(一見,ものすごく深い峡谷)からでは想像も出来ないことがあるのです.
もう一つ,カルスト湧水の水質については,水の起源のみならず水の通り道も気にする必要があります.たとえば洞窟を通って出てくる場合,その洞窟の中にコウモリグアノ(コウモリの糞およびそれが変質した有機物.洞窟の生態系にとって重要)が大量にたまっている場合があります.たとえばちょっと増水したときにそのグアノが水に混ざらないとも限りません.こういう水を飲む気になりますか?
と脅しておきながら,実は私は飲んでいます.飲んではいますが,それで何が起こっても飲んだ私自身の責任です.皆さんも,カルスト湧泉を飲む場合には,少なくともその水の起源は承知しておいてください.
余談2: 間歇泉というものがあります.地熱の作用により地下の圧力が周期的に変化し,水(湯)が時間をおいて吹き出すというタイプの温泉です.それと同様に降雨の時間変化では説明できないようなパターンで湧出量が変化する(周期的の場合も非周期的の場合もある)のに温泉とは全く関係ないものが.間歇冷泉です.そんなものがあるかというと実はカルスト湧泉にはたまに見られます.地下水の通り道がよく発達し,サイフォンあるいは逆サイフォン状になることが関係すると見られていて,他のタイプの湧泉ではまず見つかりません.
解説:
著名名水中の例:吐玉泉(茨城県・水戸偕楽園),国分寺湧水群(東京都)
余談:
解説:
著名名水中の例:六郷湧水群(秋田県・六郷扇状地),どんこ水(山形県・乱川扇状地),黒部川扇状地湧水群(富山県),安曇野ワサビ田湧水群(長野県・松本盆地周辺扇状地)
余談:
解説:
著名名水中の例:神奈川・秦野盆地湧水群 福井・大野盆地湧水群
余談:
解説:さて,上記にいろいろなタイプの湧泉を書き連ねてきましたが,実はこういう「分かりやすい湧泉」というのは少数派です.多くの湧泉は一見「なんでここに湧いてるんだ?」というものなのです.
その中でも見るたびに不思議だと思わされるのは,「山頂直下に湧く」「岩の割れ目から大量の水が出てくる」といったものでしょうか.
こういう水のいくつかは,その不思議さから信仰の対象となりました.こういった水がもととなって始まった霊場も多数あることでしょう.
山の中の深い地下水の流れについては,近年まであまり研究が進んでいませんでした.最近ようやっと脚光を浴びるようになってきましたが,それでもまだまだ湧泉の謎の解明は遠そうです.
それから人間が「作り出した」水として,トンネル湧水があります.旧国鉄のトンネル工事は,水に悩まされることが大変多かったそうです.山の深部の水の流れはほとんど分かっていなかっただけに,工事は本当に大変だったでしょう.トンネル完成後その水は排水路で捨てられることが多かったのですが,世に自然水ブームが起こったとき,その水を商品として売り出して大当たりになりました.
著名名水中の例:日本水(埼玉県寄居町・岩の割れ目) 穴ノ谷の霊水(富山・トンネル湧水) 大清水(群馬新潟県境・トンネル湧水)
余談:
●名水百選を分類すると |
環境庁選定「名水百選」について,各名水を上記のように細かく分類した例はありません(環境庁監修の公式ガイドでは「湧水」「地下水」「瀑布」「河川」程度にラフに分けており,以後の文献もこの分け方に従っているようです).そこで自分でやってみました.
まずは自然科学的分類からです
| タイプ | 名称(*は複数の分野にまたがるもの) | 個数 |
|---|---|---|
| 火山山麓湧泉 | 北海道:甘露泉水(利尻岳),ふきだし(後方羊蹄山),ナイベツ川湧水群(支笏火山) 岩手:金沢清水湧水群(岩手山) 山形:月山山麓湧水群 福島:磐梯西山麓湧水群,小野川湧水(吾妻連峰) 栃木:尚仁沢湧水(高原山) 群馬:箱島不動の湧水(榛名山) 新潟:龍ヶ窪の湧水(苗場山) 山梨:忍野八海(富士山),八ヶ岳南麓高原湧水群 静岡:柿田川湧水群(富士山) 鳥取:天ノ真名井(大山) 岡山:塩釜冷泉(蒜山火山群) 長崎:島原湧水群(雲仙眉山.扇状地湧泉的性格もある) 熊本:白川水源,菊地水源,池山水源(阿蘇山・九重山) 大分:男池湧水群(九重山黒岳),竹田湧水群(阿蘇火砕流台地) 宮崎:出ノ山湧水(霧島山) 鹿児島:丸池湧水(霧島山),清水湧水(シラス台地) | 24 |
| カルスト湧泉 | 岩手:龍泉洞の水 栃木:出流原弁天池湧水 岐阜:菊水泉(*) 三重:恵利原の水穴 滋賀:泉神社湧水 奈良:洞川湧水群 山口:別府弁天池湧水 徳島:剣山御神水 愛媛:観音水 沖縄:垣花樋川 | 10 |
| 扇状地湧泉 | 秋田:六郷湧水群 山形:小見川どんこ水(*) 富山:黒部川扇状地湧水群 長野:安曇野山葵田湧水群 | 4 |
| 段丘崖湧泉 | 東京:お鷹の道真姿池湧水群 | 1 |
| 盆地型湧泉群 | 神奈川:秦野盆地湧水群 福井:お清水 | 2 |
| その他湧泉(いまのところ分類不明のものも含む) | 青森:冨田清水,渾神清水 宮城:桂葉清水 秋田:力水 茨城:八溝川湧水群 埼玉:日本水(*) 千葉:熊野の清水 新潟:杜々の森湧水 富山:穴ノ谷霊水,立山玉殿湧水,瓜裂清水 石川:弘法池の水,古和秀水,御手洗池 福井:瓜割瀧 長野:猿庫の泉,姫川源流湧水 岐阜:宗祗水 三重:智積養水(*) 和歌山:野中の清水,紀三井寺三井水 島根:天川の水,壇鏡滝湧水(*) 岡山:雄町冷泉,岩井 広島:出合清水 山口:桜井戸 徳島:江川湧水 香川:湯船の水 愛媛:杖の淵 高知:安徳水 福岡:清水湧水 佐賀:竜門の清水(*) 熊本:轟水源 宮崎:綾川湧水群 鹿児島:屋久島の水 | 36 |
| 地下水 | 滋賀:十王村の水(本来は湧泉) 京都:伏見御香水 大阪:離宮の水 | 3 |
| 自噴井 | 山形:どんこ水(*) 愛媛:うちぬき | 2 |
| 浅井戸(地下水面深さ10m以浅) | 京都:磯清水 兵庫:宮水 福岡:不老水 | 3 |
| 河川 | 宮城:広瀬川 福井:鵜ノ瀬 岐阜:長良川中流 愛知:木曽川中流 兵庫:千種川 広島:太田川中流 高知:四万十川 | 7 |
| 渓谷・渓流 | 埼玉:風布川(*) 東京:御岳渓流 神奈川:滝沢川(*) 山梨:尾白川 兵庫:布引渓流(*) 山口:寂地川 佐賀:竜門の清水(*),清水川(*) 長崎:轟渓流 大分:白山川 | 10 |
| 瀑布 | 神奈川・洒水瀧(*) 岐阜:養老瀧(*) 兵庫:布引渓流(*) 島根:壇鏡瀧(*) 佐賀:清水川(*) | 5 |
| 用水 | 群馬・雄川堰 三重:智積養水(*) | 2 |
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