鎌倉六国見山山麓
岩瀬広場の上総掘り井戸
(名前は仮称,神奈川県鎌倉市.2002年12月探訪)
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以前名水大全表紙でお伝えしたように,神奈川県鎌倉市には,ほとんど無名ながら住宅地の中に多数の上総掘りがあります.その事実を「発掘」し,自噴井戸リストの作成と水辺環境の保全にあたっている団体がありまして,その名も鎌倉市民同窓会と言います. さて,その鎌倉市民同窓会が大胆なことを考え付きました.平成の世になおも各地に残る,人手だけで上総掘り井戸を掘る技術をもつ人・そこで使われる道具を持っていたり今なお作れる人たちを集め,ここ鎌倉市北部の岩瀬青少年広場(丘陵を刻む谷の谷底平野の山すそ.写真左参照)に新たに井戸を掘るというものです. 井戸掘りは2001年1月から始まりました.途中で数回,実際に井戸を掘るところを見学するイベントが開かれ,筆者も参加しました.ちなみに鎌倉市長も訪れ,ヒゴ車を回したそうです. ヒゴ車を回す人も,長く継いだ竹ヒゴを通して岩を穿つ人も,かなりの重労働の全身運動です.しかし実際に掘削作業にあたった人(かつて実践経験を持つ方々)は,それほど数多く集まったわけではありません.潤沢とはいえない人的資源制約のもと,桜の春も,炎暑の夏も,身体じゅうに粘土を浴びて作業は続きました. しかし,なかなか水脈にあたりません.時間ばかりがむなしく過ぎてゆきます.あきらめムードも漂い始めます.このまま続けるかどうかで紛糾した会合もあったそうです.しかし気持ちをなんとか奮い立たせながら,もくもくと作業は続きます.まるでプロジェクトXの世界です. しかしプロジェクトXならば最後は成功物語になります.今回はどうだったしょうか? 実は局面を一気に変えたのは2001年9月に関東地方を襲った台風だったそうです.この台風が豪雨をもたらしたまさにそのとき,掘削開始から160日にして突如水が湧き始めました.そして台風の雨がすっかり去ってしまった後も,水は毎分6リットル程度の量を保ちつづけたということです. 結局現在この井戸は,いかにも上総掘りらしく常滑焼きの筒がつけられ(写真右),流れ出た水はすぐ横の池に導かれ水辺環境を作っています.すっかり立派なものになりました.2002年7月にはそれまで関わった方々や水辺環境の保全に携わっている方を招いて大々的にお披露目会が開かれました. 鎌倉に台風がやってくるのはそれほど多いことではないそうです.あきらめムードが頂点に達しかけたときにやってきた恵みの嵐だったというわけです. (詳しい位置等については名水大全神奈川県編参照.) |