西暦二千年と書くと、未だにSFじみた奇妙な印象が拭えない。歌舞伎座において、この記念すべき新春を飾ったのは、『壇浦兜軍記』であった。 芝居には主人公であるはずの景清は登場しない。勘九郎の重忠が、景清に代わる善人としてその場を締め、玉三郎演じる傾城阿古屋が、その心情を美しさと共に観客に堪能させた。三曲の演奏は圧巻であったと言えよう。 さて、『壇浦兜軍記』における主人公平景清は、平安末期鎌倉初期の武将で、悪七兵衛景清と称された平家の侍大将である。源平争乱の中で各地を転戦した後、一一八五年壇ノ浦の戦いを生き延びたものの、一一九五年源頼朝に下り、その翌年断食の果てに餓死したという。 そもそも『平家物語』に登場する景清は、源氏の武将美尾屋十郎の兜の錣を毟り取った時に、「遠からん者は音にも聞け」と名乗ったという記述があるだけで、それほど重要人物という扱いではない。屋島の戦いの際、那須與一は扇を射落とした後、平家方の男を一人殺害している。これに怒った景清他二人が陸に上がり、源氏方を挑発した。引っかかったのが美尾屋十郎というわけだ。景清は名乗りの後、味方の陣に無事戻るが、これ以後源平合戦は総力戦と相成った。 『平家物語』以後の語り物である幸若舞の『景清』は、景清伝説を完成させたものとして知られているが、それによると、壇ノ浦の戦いを生き延びた景清は、源氏への復讐に燃える暗殺者となっている。三十七回に及ぶ頼朝暗殺計画を謀るが、全て失敗した挙句、妻の父親熱田大宮司の元に潜伏する。 頼朝は景清捕縛を厳命するが、景清の行方は杳として知れない。ところが、景清の愛人阿古屋が景清を密告するに及ぶ。これに怒った景清は、阿古屋との間にできた二人の子供を殺害し、逃亡する。忙しい男である。 阿古屋はと言うと、景清を密告したことが頼朝の怒りを買い、簀巻きにされて川に放り込まれるとある。歌舞伎ファンとしては、簀巻きの玉三郎など観たくないというところだろう。 最終的に、景清は源氏への復讐の念を捨てることを決意、自ら両目を抉って頼朝に恭順を誓う。この後、景清が清水寺に詣でると、両目は元に戻り、視力が回復するというオチがつく。 幸若舞の『景清』に限らず、景清の盲目説は数多く、盲僧の開祖を景清としている伝承が、各地に残されている。盲僧と言えば琵琶法師。琵琶法師と言えば『平家物語』の語り部である。その琵琶法師の開祖が、景清であるとする研究もあるという。 壇ノ浦を生き延びた景清は、平家滅亡の有り様を、敗れた平家側から語ることのできるほとんど唯一の有名人だった。『平家物語』は景清が語る一族の滅亡に至る歴史であり、これを後世に伝えたのが琵琶法師であるのなら、その開祖を景清であるとするのも納得のいかない話ではない。 おそらく、壇ノ浦を生き延びた平家の侍大将には、頼朝への復讐の念に縋るしか生きる術がなかったのだろう。更に、生き延びたこと自体が、景清に平家の源氏に対する怨念を一身に背負わせる結果をもたらした。景清は自らの意志に関わりなく、悲劇のヒ−ローとして、後世に生き延びることを余儀無くされたと言えるのではないだろうか。 |
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