盛夏八月の歌舞伎座では、鶴屋南北の『東海道四谷怪談』が劇場の温度を少しだけ下げた。橋之助の伊右衛門は、色悪とはこうであろうというお手本を見るようだったが、八十助の直助は些か精彩を欠いた印象を受けた。この二人が観客の体感温度を下げたのは事実だが、勘九郎のお岩には、暑苦しい息苦しさを覚えずにはいられなかった。何故か。 多分、お岩は伊右衛門より年上だったのではないかと思う。伊右衛門は、年上のお岩の面倒見の良さ、気配りの如際なさに、居心地の良さを感じたのだろう。これを惚れたのだと勘違いしたのは、果たして伊右衛門だったのか、お岩だったのか。 お岩の父親左門に絶縁された伊右衛門は、日常生活の不都合からお岩との復縁を望む。復縁を果した後、出産によって病気になったお岩は、最早伊右衛門の役にはたたない。一旦は離縁したものの、請われて復縁した伊右衛門の実の子を出産したのである。お岩にとっては幸せな状況が約束されていたはずだった。 お岩は、伊右衛門という一人の男を愛したというより、結婚し子供を産む『女の幸せ』という幻想を愛したのではないだろうか。その幻想が、実存する伊右衛門によって拒絶された時、お岩はこれを受け入れることができない。 混乱するお岩は、自身の居場所を確保するために、伊右衛門が父親の仇討ちを成し遂げるまでは、不実な夫と添わねばならないという言い訳を発明する。ところが、伊右衛門は仇討ちさえ拒絶するのである。お岩には、最早自身が存在する意味さえ認識できず、結果死ななければならない状況に追い込まれることになるのだ。 お岩の死によって、彼女の世界の全てが崩壊した時、伊右衛門に対するお岩の報復が始まるが、この報復は、どう考えても明らかに過剰報復である。その過剰分の怨みは、お岩の抱いていた幻想の大きさに比例して拡大したと言って良い。 お岩は伊藤家から贈られた毒薬によって醜くなったが、それ以前から既に、己の生み出した幻想を喰らう醜悪な化け物と化していたのではないだろうか。そして、その醜悪さを余す所なく演技として結晶させたのが、勘九郎だった。 大詰で、伊右衛門は与茂七と小平の妻お花に斬りつけられて幕となる。伊右衛門が絶命したという表現がないまま、芝居は終ってしまうのである。伊右衛門が死ねば、既に伊藤家が絶滅しているため、お岩の報復は終ったことになる。従ってお岩の怨念も消えると考えるのが妥当だろう。 しかしながら、お岩は決して成仏することなどない。人の世が続く限り、時が流れる限り、お岩の怨念は生き続ける。そのために、伊右衛門が絶命する場面が、作者鶴屋南北によって意識的に削除されたのではないかと思えてならない。果たして、伊右衛門は死んだのか。その答えを知るのは、お岩以外にいない。『四谷怪談』の怖さは、この一点に極まる。
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