a書評

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書名:ジル・ド・レ論

  ― 悪の論理 ― 

者:ジョルジュ・バタイユ 出版社:二見書房 価格:\2600

ハイデッガーが、フランス最高の頭脳と評した真意を、本書で納得した。「愚かさと善意、また悪と知性の対立」この単語の並びに、バタイユの並々ならない知性を感じずにはいられない。このインテリ、確かに只者ではない。 ジル・ド・レとは、青髭の綽名で知られる、大量幼児殺害犯のフランス貴族だが、それ以前には百年戦争で、常にジャンヌ・ダルクの傍らにあった武将でもあった。ジャンヌ・ダルクが捕縛され、異端者として火刑となったことに絶望したジル・ド・レは、神に対して異議申し立てをするかのように、最も忌まわしい幼児殺害という犯罪に手を染めたのだと思っていたのだが、バタイユはジル・ド・レには、思想的な意図など全くなく、犯罪に関わったのは、単に馬鹿だったからだと断じているのだ。恐れ入りました。殿堂入りの一冊。今年最後の一冊が、これかあ…。(2007,12,4)

書名:アウシュヴィッツ収容所

 者:ルドルフ・ヘス 出版社:サイマル出版会 価格:\1300

本書を読み始めて、ヘスの論理的な筆致に、私自身との違いを見出すことができずに違和感を覚えた。ヘスは異常者でもなければ、性格破綻者でもなかった。仕事に忠実で、極めて有能な実務家だった。自身、アウシュヴィッツ司令官は、「心をもつ一人の人間だったこと、彼もまた悪人ではなかったこと」を、本書を読んで知ることになるだろうと書いている。しかしながら、本書を読み進むうち、私はヘスと私が全く違う人間であることを発見して、心底安堵した。私はヘスにはならない。その結果、殺されることになったとしても、それは仕方のないことだと思うことにした。ヘスになるよりは、殺された方がましだ。 市街地に空爆を命じられたパイロットが、これによって女や子供が死亡するだろうことを理由に、空爆命令を拒否することができたかとヘスは問う。ヒムラーの命令は絶対だった。これを拒否することはできなかったと、ヘスは言うのである。一見、この二つの事象は、大きく違っているように思える。だがしかし、違っているのは、被害者の数だけだということに、気付く必要があるのではないだろうか。アウシュヴィッツ収容所で殺害されたユダヤ人の膨大な数に、山のように放置された死体の数に、誰もが衝撃を受けるのだが、被害者の数ではなく、一つの民族を根絶しようとすることの異常さに、先ず恐怖する感性を持たなければいかんのではないかと思うのだ。 虐殺されたユダヤ人の総数は、200万人とも600万人とも言われている。ルワンダで虐殺されたツチ族は80万人、南京事件で虐殺された市民は30万人、沖縄戦での民間人を含めた死者は20万人、フィリピンのマニラ市街戦での民間人を含めた死者は10万人と言われている。虐殺されたユダヤ人の総数の桁が違っていたら、責任の問われ方が違っていたと考えるのは、欺瞞以外の何物でもない。 この世の中の、或いは宇宙のと言っても良いかもしれない。その宇宙の、ありとあらゆる存在が相対的であるのに対して、唯一、人の死だけは絶対的なものなのではないかと思う。人は、統計データの数値で表現されるものではない。そのことに、ヘスは、人類は気付くべきだった。哀しい、哀しい、とても哀しくなった…。 (2007,11,17)

書名:秀吉神話をくつがえす

 者:藤田達生 出版社:講談社現代新書 価格:\740

著者が立証しようとしている、秀吉の非常に利己的な功利主義的戦術、政策のあれこれは、既に歴史的に評価されていることで、特段目新しい論理ではない気がする。くつがえすほどの神話など、秀吉が持っていたようには思えないんだよねえ。 面白かったのは、島津攻めの時の秀吉軍の主力が、キリシタン大名率いる「十字軍」だったという視点であり、私はこれが「島原の乱」の下地になったのではないかと思った。秀吉について読むうち、強力なライバルであった明智光秀を葬って後、教養人である実務家として有能な官僚の魁であった石田光成を重用することが、必然であったと理解した。支配者として必須の教養や人としての徳、人格を、その貧しい出自故に持ち得なかった秀吉は、光秀と協調してこそ、信長以後の世界を構築できたのではなかったか。また、光秀、光成が、その有能さ故に、仕える主君を見損なったのは、大きな悲劇だったと思う。旧友に薦められた一冊。(2007,10,28)

書名:真景累ヶ淵

 者:三遊亭円朝 出版社:岩波文庫 価格:\900

『牡丹燈籠』と並んで、三遊亭円朝の代表作と言われている本書は、円朝が高座で語った怪談を、速記者が記録したものだ。人間が、これほど惨い事態に陥るというのは、どうにもやりきれない。酒乱の旗本深見新左衛門が、針医で高利貸しの宗悦を斬殺したことから、悲劇は始まる。愚かしい、恐ろしい悲劇だ。因果だの因縁だの恨みだの、そんなことが恐ろしいのではない。その場の気分に引き摺られ、本意ではない行為に及んで後悔する。哀しいなあ。本書の登場人物たちよりも、少しだけ余計に考えるようにしたいもんです。(2007,10,20)

書名:西村朗と吉松隆のクラシック大作曲家診断

 者:西村朗、吉松隆 出版社:学習研究社 価格:\1700

バロックから現代音楽までのクラシック音楽の系譜を、簡単に概観できる。昔の作曲家とは、オペラを作曲して金を稼ぎ、誰も聴いてくれないかもしれない交響曲を作曲する人のことだった。それも、オペラで成功すればの話で、多くの作曲家は貧乏に苦悩しつつ、誰も聴いてくれないかもしれない交響曲を作曲したという。これを現在に置き換えると、オペラとミュージカルの関係に酷似している。オペラという既存の芸術を批判し、知性に重きを置く立場を否定し、ミュージカルがもてはやされる昨今の風潮は、ポピュリズム民衆主義、転じて大衆迎合主義の典型的な例ではないだろうか。旧友に薦められた一冊。自分では、買わないよなあ。(2007,9,27)

書名:キャロライン王妃事件

 著者:古賀秀男 出版社:人文書院 価格:\3900

日本で始めて出版された、イギリス王妃キャロラインに関する本格的な研究書であるという。イギリス王室のスキャンダルについては、いろいろ知られているが、キャロライン王妃事件に関しては、全く知らなかった。時代的に、ナポレオン戦争で盛り上がっている大陸に、興味が集中しても仕方ない時期だもんなあ。とにかく、面白かったね。1821年ジョージ四世の戴冠式が行われたが、キャロライン王妃は、王妃として出席することを拒絶され、その二週間後、失意のうちに病死する。胃の痛みを覚えた王妃は、医師に「毒を盛られたと思うか?」と尋ねたという。悲劇、ここに極まれりという場面だな…。勉強させていただきました。(2007,9,19)

書名:マダム・エドワルダ

 著者:ジョルジュ・バタイユ 出版社:角川文庫 価格:\480

フランス人のインテリって、どうしてこう、誰も彼もがドスケベなんでしょうか? フランス最高の頭脳が書いたエロ本…。本書に収録されている『眼球譚』は、バタイユの処女作で、ロード・オーシェ便所神という偽名で発表された。主人公の少女は、眼球と玉子と牛の睾丸を、エロティシズムの象徴として混同し、独自の論理に基づいた淫猥で残酷な物語が展開する。彼女が目玉親父を見たら、嬉しさの余り卒倒するかもしれない。参りました。(2007,9,3)

書名:トゥモロー・ワールド

 著者:P・D・ジェイムズ 出版社:ハヤカワ文庫 価格:\760

1999年に出版された『人類の子供たち』を、映画化されたもんだから、2006年に改題新装して、再び刊行されたのが本書である。この改題自体が、人類の行く末を覆う暗雲を示唆しているように思える。商業主義、恐るべし。DVDで映画も見たが、小説とは全然違う。これの前に読んだ『戦場に舞ったビラ』には、 「歴史の研究とは、後ろめたさを感じつつやるべきもの」だとあるが、本書には「未来と向き合うために過去を解釈する歴史学は、滅びゆく種には最も報いのない学問だろう」と書かれてあった。なるほど…。主人公である歴史学者セオは、逃亡する破目に陥った時、拳銃と共にジェーン・オースティンの『エマ』を、コートのポケットに潜ませる。セオは、著者は、何故『エマ』を選んだのか。私も大好きな小説だわよ。まあ、面白かったわね。(2007,8,26)

書名:戦場に舞ったビラ

伝単で読み直す太平洋戦争

 著者:一ノ瀬俊也 出版社:講談社選書 価格:\1700

古い友人と、メールのやり取りが始まった。その友人に薦められたのが本書である。友人は、著者が大坂万博を知らない世代だということに驚いていたが、私の仕事の元相棒なんて、札幌オリンピックを知らなかったぜ。伝単とは、戦争中にばら撒かれた宣伝ビラのことで、本書は日米双方のビラを比較検討することで、太平洋戦争を分析している。江戸川乱歩がこの伝単作りに関わっていたというのは、驚きだった。しかしながら、江戸川乱歩の伝単は、捻りが効き過ぎて難解であるとして、評判は良くなかったらしい。本書のあとがきに、「歴史の研究とは、後ろめたさを感じつつやるべきものなのである」とあった。その通りだと思う。歴史を育んできた、過去の様々な瞬間の人々の感情を、生と死を、そのままに感じることはできない。間接的に知ることしかできない過去からの声を、その声を発したであろう当時の人々の思いを、後ろめたさを感じつつ推測する。それが歴史の研究というものなのだ。そういう意識を持つ著者の論文である。面白く読ませてもらった。(2007,8,22)

書名:甦るヴェイユ

 著者:吉本隆明 出版社:洋泉社 価格:\1400

しばらく前から、抑圧される立場の人が、その抑圧者に対して抗うのではなく、更に弱い人を抑圧するのは、一体どういう構造なのかと考えている。その答えを、ヴェイユは「重力」であるという。つまり、重力と同じメカニックな構造が、そうした力場を作り出し、エネルギーを作用させるのである。そうかと思った。 慢性的な頭痛と、哲学教授という身分を隠し、工場の女工として働く肉体的な疲労に苛まれるヴェイユの苦痛を、吉本隆明は、神経生理的であるというより、存在論敵な痛みであると考える。存在論的な苦痛、それは不幸と同義ではないかと思う。圧倒的に不幸であること。自我を無に帰すこと。自己を完全に抹殺すること。その禁忌な欲求を、言葉にするのは難しい。透明になること。消え去ること。病気だ…。 貴女は幸せでしたか? (2007,7,24)

書名:非-知・閉じざる思考

 著者:ジョルジュ・バタイユ 出版社:平凡社 価格:\1000

「ニーチェとわたしの類似には、ただ単に知的というにとどまらない理由があります」なんてことを、臆面もなく言ってしまえる人物とは、一体どういう野郎なのかと、興味津津で読み進んだ。ハイデッガーが、フランス最高の頭脳と絶賛したのも頷ける。凄い。29歳のバタイユは、アンドレ・ブルドンと会って、互いに反感を抱いたという。何かを知らないと言う時、その知らない何かを知っている必要があり、何も知らないと言えるのは、全てを知った時だけだという論理は、その通りだと思う。最早、私は何も知らないなどという傲慢なことは、言えなくなってしまったわけだ。

参りました。バタイユの他の著作も購入したので、楽しみに読んでいこうと思っている。(2007,7,17)

書名:プリンス近衛殺人事件

 著者:V・A・アルハンゲリスキー 出版社:新潮社 価格:\1800

終戦直後シベリアに抑留されて、帰国することなく病死した近衛文隆の、死の謎に取り組んだ意欲作だ。ご推察の通り、主人公文隆は、戦前三度首相となった近衛文麿の嫡男である。イズベスチヤの記者だったロシア人の著者は、KGBの機密文書を始めとする断片的で僅かな記録の隙間を、推測に基づくフィクションで埋め、過酷なシベリア抑留の真実を伝えている。これほど酷いとは思わなかったというのが、率直な感想であった。シベリアの氷原に、二度原爆が落とされたくらいの死者が出たと著者は書いている。著者は、近衛文隆について語ることで、自国の犯した罪を告発し、跪かんばかりに許しを乞うているのである。帰国できなかった、日本人抑留者の皆さんに、合掌…。(2007,7,11)

書名:冬の旅人

 著者:皆川博子 出版社:講談社 価格:\2300

『総統の子ら』と同じく、お友だちが貸してくれた皆川博子の作品。油絵を描きたいがために、革命前夜のロシア帝国に、単身渡った17歳の環さんが、波乱の人生を送るのだが、展開が激動し過ぎ…。何しろ、絵の修行をしている修道院から脱走するし、シベリアまで流刑囚に付いて行ったり、自身が投獄されたり、そうかと思うと、ユスーポフ家で叩きのめされたり、皇帝の離宮に出入りしたり、ラスプーチンを助けたり、助けられたり、などなど…。盛り込み過ぎの感は否めない。 読み始めた時、女性が主人公だと感情移入し辛いと感じたものだが、読み進むに連れ、主人公の支離滅裂さ加減が、どうも私自身の感情の起伏の激しさを連想させるんだな。お友だちのソーニャは、環が夢中になって絵を描いていると、周りが大変だと考える。以前友人に、同じ事を言われたっけ…。同族嫌悪という奴かも…。そう考えると、どうにも…。環さんは、何者かでありたいと思う。人類が自我を獲得して以来、何処に帰属するかということよりも先に、自分は何者であるのかを常に自分自身に問いかけてきた。私も、何者かでありたい。でもねえ、なかなか何になったら良いんだか、今でも見つからないんだな。「不惑」は死んだわ。惑いっ放しだもん。しっかし、凄い物語だよなあ…。(2007,7,1)

書名:総統の子ら

 著者:皆川博子 出版社:集英社 価格:\2800

お友だちが貸してくれたのだけど、いやあ、参りました。題名の通り、第二次世界大戦前から敗戦までの激動の時代、ナチスのボーイスカウト組織、ヒトラー・ユーゲントから、親衛隊SS将校となった主人公とその周辺を描いた意欲作である。これは、今まで読んだ同テーマの翻訳小説の印象を霞ませる出来栄えだ。一貫してドイツ側からの視点で、重層な物語は展開するが、ドキュメンタリーやノン・フクションに匹敵する迫力で、一気に読ませる筆力には感服する他ない。凄い。 終戦間際、激しい空襲を避け、登場人物たちがベルリンからドレスデンへと疎開する。ドレスデンは、パリや京都と並んで、軍事施設のない美しい古都として知られ、爆撃されないと誰もが信じていた。でも、嗚呼、駄目よ。19452月に、イギリス空軍が無差別爆撃をやるのよおお!!! ドレスデンに向かう登場人物一人一人に、そう叫びたかった。そして、皆死んでしまったのだ。嗚呼、何てこったい。面白かった…。(2007,6,25)

書名:生きるに値しない命とは誰のことか

ナチス安楽死思想の原点を読む

 著者:カール・ビンディング&アルフレート・ホッヘ 出版社:窓社 価格:\1800

ナチスの安楽死思想の論拠となったと言われている論文である。原題は、『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』というもので、カール・ビンディングが法律家として、アルフレート・ホッヘが医学者としての論評を書いている。題名が示す通り、この論文の骨子は、生きるに値しないと結論された人間を対象とした、第三者による殺人の解禁の必要性を説いている。私は、これほど暴力的な論文を読んだことがない。一般の人々よりも高い人間性と倫理観を求められる職業に携わっている二人の学識経験者が、間違った価値観による、殺人の解禁の必要性を説いているのである。ヴェルサイユ条約によって、第一次世界大戦敗戦国に課された、多額の賠償金に疲弊するドイツで、極めて分かり易い論理が経済性を云々することだったのは理解できるが、安楽死が経済的であるというのは酷過ぎる。これは、驚愕すべき論理ではないのか? この激しい憎悪に、私は戦慄した。クソ馬鹿野郎である。裁断の末、焚書。準備のできていない人は、読んではいけません。(2007,6,16)

書名:名門校・殺人のルール

 著者:エリザベス・ジョージ 出版社:新潮文庫 価格:\800

「だ〜れが殺した、クック・ロビン」という詩が思い浮かんだ。 寄宿学校シュローターベッツには、良心的なロスマリネがおり、自堕落ではない、苦悩するジルベールがいた。上級生ブロウとの事情を知ったセルジュは、ジルベールを庇って、殺されてしまったのである。ロスマリネの部屋の机の上には、ミルトンの『失楽園』が置かれているのだ。食事の度に、聖書を読むロスマリネは、ユリスモールと被る。彼が偽善者と呼ばれていることさえ、懐かしい。イギリスの階層社会、根強い人種差別、寄宿学校の掟、様々な軋轢が、生徒たちを窒息させていく…。オスカーは、エドガーはどこ? 面白くて、面白くて…。全ての複線が、結末に向かって収束する様子は、圧巻だったね。推理小説とは、こうでなくっちゃと感心しましたよ。アメリカ人の友人に薦められた一冊。殿堂入りです。(2007,6,7)

書名:共同幻想論

 著者:吉本隆明 出版社:角川文庫 価格:\540

著者の新刊『真贋』を読んだので、私のバイブル『共同幻想論』を再読することにした。いろんなことを思い出した。やっぱり、凄い人だなあと思う。自分のことを、つらつらと考えてしまったわ。共同幻想は、共同体に属しているという意識がなければ共有できない。異端者には、異端者の幻想があるのか、それとも現実があるだけなのか…。いずれまた、機会があったら読み返してみたいもんだと思う。アメリカ人の友人に、吉本隆明の話をしたら、彼の著作を読んでみたいので、 最初の一冊には何が適当かと尋ねられた。調べてみると、一冊も翻訳されていないことが分かった。娘の吉本ばななの本は、沢山、余るほど、腐るほど翻訳されているというのに、吉本隆明の著作は一冊もない。近頃政府は、アニメが日本文化の輸出商品として有望であるとし、積極的に応援すると報道された。私は高校生の時に、セル・アニメを製作したことがあり、プレステのRPGのアニメ部分の製作に加わったこともある、アニメが大好きな人間だが、アニメはあくまでもサブ・カルチャーであり、他国に輸出するに当たって、日本文化という大看板には適当でない気がする。他国に輸出するべきは、日本独自の文化であり、思想であり、哲学なのではないか。その担い手である吉本隆明の著作が、一冊も翻訳されていないというのは、残念を通り越しているのではないか。関係者の一考を促したい。既に、殿堂入りしてます。(2007,5,29)

書名:真 贋

 著者:吉本隆明 出版社:講談社 価格:\1600

著者は、現代社会が、誰も想像していなかった未来に向かって、急速に進んでいると考えている。だから、考えなくてはいけないのだと、本書は結論付けているが、著者自身が言う以上に、現代社会は速いスピードで進化していると感じた。だがしかし、吉本隆明の思索は、かくあるべしという社会を想像させる。善人という言葉が、ぴったりくる。素敵な人だと、心からそう思える、私の師の一人であることは、今も変わりがない。読んで欲しい一冊だが、やはり、準備の出来ていない人には薦めたくない気がする。(2007,5,16)

書名:香 水

ある人殺しの物語

 著者:パトリック・ジュースキント 出版社:文春文庫 価格:\733

映画化され、人気が出たらしく、カバーも一新して、書店で平積みというのは、結構なことだが、本書が人気を博すというのはいかがなものかと、ちょっと心配したくなるような内容だった。『ハンニバル・ライジング』『カニバリズムの秩序』に続いて、『香水』ってのは、どうも人格を疑われそうな選択だが、そりゃ今更ってもんかも…。友人に薦められて手にしたが、面白かったわ。原書で読んだら、もっと面白かったことだろうと思う。原文のリズムを感じさせる翻訳ではあったけどね。主人公の気持ちが分かると言ったら、ちょっと拙いかしら…。(2007,5,3)

書名:カニバリズムの秩序

 著者:ジャック・アタリ 出版社:みすず書房 価格:\3300

『ハンニバル・ライジング』を読み終わったら、次は本書でしょう。などという気軽な気持ちで読み始めたが、これが大変な論文だった。著者のジャック・アタリは元フランス大統領の補佐官だった人物で、経済学者で、思想家だったそうだ。カニバリズムという特異な視点から、人類史を俯瞰した大書である。準備のできていない人には、お薦めしない。ただ、本書の言うとおり、クローン体は別個の生命体であり複製ではないということを明記しておこう。殿堂入り。(2007,4,25)

書名:ハンニバル・ライジング

 著者:トマス・ハリス 出版社:新潮文庫 価格:\514/\514

言わずと知れた、トマス・ハリスの新作である。レクター博士の少年期、青年期が描かれているが、もちろん面白かった。早速映画化されたらしいが、今回はトマス・ハリス自身が脚本を書いているというので、そちらも楽しみだ。著者が、日本の古典文学を、楽しみつつ、極めて深く勉強したことが窺える。翻訳者は、さぞ苦労したことだろう。レクターの保護者となった、フランス在住の叔父が、友人の大叔父に酷似していたのには笑えたわ。(2007,4,1)

書名:

 著者:夏目漱石 出版社:岩波文庫 価格:\360

宗助が禅寺で過ごした時間が10日間だったことから、私は今回の二週間の入院生活を思った。何事もなかったように職場復帰して、仕事を続けている。効果的な治療はできなかったものの、私は二週間の休暇を楽しんだ。実際、私の方が深刻ではあるが、苦しみの度合いは宗助に到底及ばない。それでも、宗助も私も、似たような気持ちだったのかもしれないなあと、ぼんやり思う。何も変わらないのだと、私も宗助もそう気づいたのである。頑張れとは言えない状況に、ただ合掌したい気持ちって、こんな感じなのだろう。漱石先生に脱帽…。(2007,3,31)

書名:それから

 著者:夏目漱石 出版社:岩波文庫 価格:\460

参ったね。ラストがぶつ切れってのは、示唆に富み過ぎて納得がいかないどころの騒ぎじゃないのだが、それを敢えて書かない厳しさであると理解すれば、読者の資質が問われていると解釈できないこともない。登場人物たちのそれからが描かれていないことに、自分の人生が終わっていないことを重ね合わせ、読者は戦慄するのである。嗚呼、ご免なさい…。私は何を謝っているんだか…。 23日に退院しました。(2007,3,25)

書名:三四郎

 著者:夏目漱石 出版社:岩波文庫 価格:\400

う…。思い出してしまった…。再読すると、作品自体は変わらないのに、読者の方が年齢を重ね、経験を重ねているため、その読後感が変わるのだわ。以前は、三四郎に、しっかりせいよと言いたくなったものだが、今回は、三四郎のような青年に、女が何かを望むこと自体が、不合理なことのように思えてくる。私が悪かったわよ。只今、入院中…。(2007,3,21)

書名:黒の過程

 著者:マルグリット・ユルスナール 出版社:白水社 価格:\3800

『黒の過程』とは錬金術において、物質が分離し溶解する段階、化金石を実現するのに最も困難とされる段階を意味する言葉だという。16〜17世紀、主人公ゼノンは、その時々に修道士の格好をした医師、哲学者、錬金術師として世間を渡り歩き、その学識を更に深めていく。ユルスナールはこうした知識人がヨーロッパ各地に存在し、様々な事件に別個に関わっているのを、ゼノンという記号を用いて、一人の知識人が混乱のヨーロッパを放浪したという物語に仕上げたのである。この頃の知識階級は、修道院で所蔵されている書籍を読むことができる坊さんに代表される。後に異端者として断罪されることになるにも関わらず、彼らはとりあえず、表面的にではあったにせよ、カソリック教徒であるというスタンスだけは捨てなかった。これは面白い事象なのではないかと思う。キリスト教を始めとして、現在に至るまで生き続けている宗教が存続している最大の原因は、人間が他の動物とは違うという特殊性を明確にしている点にある。自分たちは特別な種なのだと考えることで、神の存在を是認することを、自我が許すのである。面白い…。殿堂入りです。(2007,3,18)

書名:盲者の記憶

 著者:ジャック・デリダ 出版社:みすず書房 価格:\3800

素描・デッサンを、視覚障害者、及び視覚障害の経験と関連付けつつ、一つの記憶論として展開させていくのが、本書である。 見ることと、それを示すこと、語ることの間には、通常時間差が生じる。見ながら示し語ることが、不可能だからだ。TVの報道番組で、特派員が現地でレポートするという状況は、実生活の中ではありえない。視覚障害者を描いた絵を題材に、その時間差の意味と、記憶の錯誤の捩れた糸の玉を解きほぐしていく。 幾何学の目的が事物の比率の分析であるのに対し、素描は事物の質を問題にしており、その目的は、事物の比率の表象による精神の表現である。また、視覚の対象は、事物それ自体ではなく、既に網膜上に描かれた絵画であり、そこから事物へと遡行して、その比率について判断するのは感覚ではなく、精神であると主張する。恐れ入りました。難解極まりないが、面白かった。(2007,3,13)

書名:ツァラトストラはこう言った

 著者:フリードリッヒ・ニーチェ 出版社:岩波文庫 価格:\660/\700

3月9日から入院したのだが、入院する時には、ワグナーの『ワルキューレの騎行』を持っていくことにしている。眠れない深夜、『ワルキューレの騎行』を聴きながら、病室の窓から新宿副都心の夜景を眺める。今回持参した本書には、この『ワルキューレの騎行』がぴったりくる。もちろん、作曲の『ツァラトストラはかく語りき』という楽曲があるのは周知の通りだが、映画『2001年宇宙の旅』のイメージが定着しており、これを聴くと、ゴリラの骨叩きや、HAL-9000の悲哀を思い出してしまうんだな。ニーチェを読みながら、ワグナーを聴く…。眼前には、新宿副都心の夜景が広がるという贅沢…。お薦めできないけど、こういう楽しみもあるってことを知っていると、病気になった時に、落ち込み方が違ってくるかもしれない。 古代ペルシアに生きたツァラトストラは、同時代人には受け入れられることがなかったが、現在はどうであろうかと、ニーチェが生きた19世紀末に向かって問う。21世紀で本書を読んでいる私が、「未だ、無理…」と答える。ツァラトストラの思索は、時代に関わらず理解されることはない。す〜っと、無理…。永遠に無理…。文句なく、殿堂入りです。(2007,3,11)

書名:わが世界美術史・美の呪力

 著者:岡本太郎 出版社:みすず書房 価格:\3000

友人が誕生日の贈り物として選んでくれた本だ。「芸術は爆発だ!」という言葉だけが独り歩きをしている印象の強い岡本太郎だが、このように言葉で表現できる人物であったとは、驚きだった。一体、メディアは岡本太郎の何を伝えていたのだろうか。ピカソ、ダリ、ジャコメッティ、レジェ、ル・コルビジェ…。そんな名前が、当たり前のように登場する。岡本太郎は、彼らを知り、彼らと共に時代を生きた。ル・コルビジェが建物の均衡について、黄金分割の理論を駆使して語るのを聞くことができたなら、他に望むことなど何もないだろう。岡本太郎はこれを聞き、下手くそなル・コルビジェの油絵に対して、均衡は必要ないのかと言って困らせる。何という贅沢。 こうした、見事なまでに凄みはあるものの、不思議と華やぎを感じさせない、岡本太郎の人物相関図の中で、最も私に強く迫ってきたのは、アンドレ・ブルドンと交流があったという事実だった。凄い…。私は善き友人を持った。どうもありがとう!!! 今年のノンフィクション大賞は、これに決まりかなあ〜。(2007,2,23)

書名:華麗なる一族

 著者:山崎豊子 出版社:新潮文庫 価格:\819/\781/\743

以前読んだ『亡国のイージス』は、女子高校生が読むような内容だったが、本書は、少女漫画のような物語だった。これが面白かったんだな。今日の晩餐はフランス語で、明日は英語で…。ル・コルビジェ風の邸宅に住み、お手伝いさんを使って、毎夜の晩餐をコースで楽しむ。そうしたお金持ち家族の御曹司が、普通の家庭の娘に恋をする。そんな漫画が山ほどあった気がする。また、 昔、経済ネタの小説を沢山読んでいた頃を思い出した。欲深な年寄りどもが、寄って集って大嘘をつきまくり、純粋な若者の理想を打ち砕く。長男鉄平が、心身共にずたぼろになっていく様には、涙が出たわ。(2007,2,11)

書名:金閣寺

 著者:三島由紀夫 出版社:新潮文庫 価格:\552

何度目だか忘れてしまったが、何度読んでも、その文章の美しさには心を奪われる。この作品を、原文で読むことのできる幸せを感じずにはいられない。しかしながら、44歳の誕生日を目前にしたこの時に読んでみると、以前とは違った印象も新たに加わった。金閣寺に相対する「醜さ」を、敢えて醜く描くことは不要だったのではないかと感じたのである。主人公は自身を醜いと思っており、そのため彼にとっての「美しさ」の象徴である金閣寺を焼失させることに執着する。しかしながら、主人公は真実醜くなくても、或いは、自身を醜いと思っていなくても、良いのではないかと思ったのだ。三島由紀夫のペン先にかかれば、普通の人々は既に醜い存在ではなかったのか。(2007,1,28)

書名:

 著者:フランツ・カフカ 出版社:白水社 価格:\1400

カフカの『城』を読み終えた。主人公に新たな展開が始まる予感を読者に与えた直後、(中断)という言葉で物語は終わっている。中断だとおおお!? この焦燥感をご理解いただけるだろうか? ちくしょおおお!!! ちゃんと結末まで書いてくれないと、読者は欲求不満で死んでしまうほどの、苦痛を味わうことになるじゃないか!!! 結末には至らなかったものの、『城』は面白かった。『失踪者』『審判』『城』は、「孤独の三部作」と呼ばれている連作で、『城』はその最終巻に当たる。最終巻の結末が明らかにされていないというのは、読者にとって最低の作品には違いないが、面白かったので、カフカなので、結核で死亡したので、無理やりではあるが勘弁してあげようと思う。←かなり傲慢。(2007,1,17)

書名:審 判

 著者:フランツ・カフカ 出版社:白水社 価格:\1200

今年最初の書評が、『審判』ってのは、なかなか示唆に富んでいる気がしないこともない。あけましておめでとうございます。突然逮捕され、起訴され、犬のように殺されてしまう。殺されることは論外だが、理由も分からないまま、責任を問われる状況には覚えがある。共通の法則が見出せなければ、問題の解決は困難だ。不幸としか言いようがない状況だが、これがナチス・ドイツの登場を示唆していると言うよりも、人と人との間の不信感が、いつの時代も存在していることを描いているような気がしてならない。(2007,1,2)

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