| Kabuki
Review by Sekidobashi Sakura
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と ぎ た つ |
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野田版・研辰の討たれ |
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2005年5月歌舞伎座 |
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1827(文政10)年6月、現在の香川県、讃岐の国で、仇が町人、討手が武士という珍しい仇討ちがあった。女房が馬回りの武士と不倫をしているのを知った研屋の辰蔵が、相手の武士を殺害し、仇として狙われて、諸国を逃げまわった挙句に討たれたという。『研辰の討たれ』は、この事件に取材した、木村錦花原作の世話物で、1925(大正14)年12月歌舞伎座で初演された。2001年8月野田秀樹が脚本・演出を手掛けて、大評判となったが、今回はその再演。初演の出演者が揃って登場するが、しかし、随所に新しい演出を取り入れ、同じ芝居でありながらグレード・アップした作品となった。 私は常々、仇討ち、復讐には、意味がないことを論じてきた。仇討ちは新たな殺人に相違なく、かつて仇討ちの当事者だった遺族を、仇討ちの標的へと変える結果をもたらすに過ぎない。仇討ちの仇討ちは、江戸時代にあっても法的には禁じられていた。この事実は、仇討ちの正当性を、真っ向から否定している。しかしながら、法がどうあれ、仇討ちを巡る捩れた螺旋の構図は、失意と無力感による諦めでしか断ち切ることができないのだ。『研辰の討たれ』では、一貫して仇討ちの不条理が示唆されているが、野田版では時代を赤穂浪士の討ち入り直後に設定するなど、仇討ちに対する勘違いが頂点に達した時期に設定しており、更にその不条理さを際立たせている。仇討ちは、変わりなく過ぎていくはずの日常に、突然勃発した非日常だった。人々は、それぞれの方法でこの事件を受け止めるが、仇討ちという言葉の響きは、常に凡庸な人々の憧憬を誘う危険を孕んでいる。 自身のしくじりから、図らずも仇討ちの標的となった辰次が逃げ回る様子は、滑稽という以外に言葉がないが、同様に思いがけず仇討ちの当事者となった平井兄弟の追跡行には、次第に無常観が漂うようになる。追い詰められていくのは、辰次ではなく、むしろ平井兄弟ではないのかという疑念を、辰次の嘘が言い当てているわけだ。仇討ちという大義に追い詰められた平井兄弟は、既に重荷と化したその大義から逃れることしか考えることができない。それには、辰次を殺害する以外に方法がなかったというのは、理不尽ではあるものの、当時の武士であれば当然のことであろう。平井兄弟にとって、辰次の殺害は、既に仇討ちではなく、自分たちの解放を意味する通過儀礼の様相を呈していたと言っても過言ではあるまい。遂に辰次が捕まった時、武士でもなく、剣術の心得もない自分を殺害することは、仇討ちではなく単なる殺人であると訴えると、平井兄弟はたじろぐのである。 アルベール・カミュの死刑廃止論文『Reflexious Sur La Guillotineギロチンについての考察』を読了した5月4日の夜、私は『野田版・研辰の討たれ』を観劇した。日本には、死刑がある。死刑存続論者の主要な論点は、死刑の犯罪抑止力の有効性にある。しかしながら、死刑を廃止したヨーロッパの国々で、死刑を廃止したことで凶悪犯罪が増えたという統計は見当たらない。死刑が抑止力となるのは、凶悪犯罪者が死刑を宣告された後のことなのだ。それ以外の犯罪者にとって、死刑とは、越えてはならない一線を明確に示すものであり、彼らは自分たちが死刑にならない程度の罪を犯すことを躊躇わない。 4月21日大阪府東大阪市の公園で、幼稚園児の男児がハンマーで殴打され重傷を負うという事件があった。殺人未遂容疑で逮捕されたのは17歳の少年で、人の死体が見たいが戦場には行けないので、通り魔のようなことを試みたが、思っていたより人が簡単に死ぬわけではないことが分かり、自分が未成年であるから死刑になることはないと考えて自首したという。この一件だけでも、死刑が凶悪犯罪を抑止するものではないことが明白であろう。 殺人の予防にもならず、ただ罰するだけの死刑は復讐であり、その本質は法による算術的な報復であると、カミュは言う。更に、どこの国の刑法も、予謀殺人を突発的な殺人より重罪であると判断している。そうであれば、法廷で自身の殺人を宣告され、その後の数日、あるいは数年にわたってその時をひたすら待つという精神的苦痛を与えるのは、第一級の計画殺人と言えるのではないか。 仇討ちもまた同様である。辰次は、仇討ちという名の死刑を宣告されたため、逃亡したのである。逃亡途上、常に死の恐怖が辰次と共にあった。辰次の言うように、抵抗の意思がない辰次を殺害するのは、明らかに殺人であり、平井兄弟もまた、それを認識していたことを考えると、復讐からは何も得るものがないという持論の正当性を確信せざるを得ない。平井兄弟は、自分たちが犯した殺人を、生涯にわたって悔いることになる。否、仇討ちの正当性を、毎日のように自分に言い聞かせながら、決して納得することがないという自己矛盾に陥り、精神の均衡を失うに違いない。 以前、オランダ人のメル友に、日本には死刑があることに驚いたと言われて、深く恥じ入った。世界の常識は死刑廃止にある。日本における死刑の存続は、偏に市民の無関心に追うところが多い。人を殺してはいけないのだという絶対的な命題を無視する法律の存続を、単なる無関心から許容することは、日本社会と日本人の本質的な未熟さを世界に知らしめる結果をもたらす。死刑が犯罪を予防することもできなければ、犯罪者を威嚇することもできないことが明白であるにも関わらず、強大な軍事力が世界平和を維持するのだという暴論が、今日に至るまで世界情勢の均衡を支えているという現実がある。その強大な軍事力が、物量では圧倒的に劣る勢力による、昨今のテロリズムの多発を招いていることを世界は正しく認識すべきだろう。 1873(明治6)年、明治政府により、法的に仇討ちが禁止された。(2005.5.4)
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