Kabuki Review by Sekidobashi Sakura

し  ん  さ  ら  や  し  き  つ き の  あ ま  が さ

屋舗雨暈

魚屋宗

2005年1月歌舞伎座

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成仏するのは未だ早い

怨念を発動せよ!

1883(明治16)年江戸市村座で初演された、河竹黙阿弥作『新皿屋舗月雨暈』の一部。全三幕の世話物で、人形浄瑠璃『播州皿屋敷』の怪談を踏まえた構成になっている。宗五郎の酔態が見所という、些か苦手な部類の芝居。幸四郎が、酒乱の宗五郎に初役で挑んだ。

人形浄瑠璃『播州皿屋敷』は、ご存知のように、自身が壊したため一枚足りなくなっている重宝の皿を、一枚、二枚と数える幽霊が登場する怪談である。『魚屋宗五郎』は、これを下敷きとして物語が構成されているので、ヒロインお蔦は、預かっていた磯部家の重宝の茶碗を割った罪を、岩上典蔵に着せられて殺害されてしまうのだ。

そもそも、お蔦は、岩上兄弟に説得されて妾奉公に出ることになるのだが、これは磯部家横領を企む岩上兄弟一派が、当主主計之助を酒色に溺れさせるという作戦の一部だった。主計之助は、酒乱である。次は女というわけで、お蔦が餌に選ばれたのだった。お蔦は岩上兄弟の企みを図らずも知ることになり、その口封じのためにと、家宝の茶碗を割った冤罪に加えて、家老の御曹司との不義まででっち上げられてしまう。主計之助の前に引き立てられた時、既にお蔦は精神的にぼろぼろだったに違いない。

その時、酒乱の状態にあった主計之助は、お蔦を拷問にかけ、肉体的にもぼろぼろにするのである。最終的に、逆上した主計之助はお蔦を手討ちにし、その死体を古井戸に突き落とす。主計之助は、明らかに酔っ払っていた。しかしながら、酒乱は殺人の言い訳にはならない。その後、お蔦の幽霊騒ぎが起こるわけだ。

今回の上演では、お蔦が登場しない。ヒロインが不在という、奇妙な芝居だが、歌舞伎の上演には珍しいことではない。お蔦の死によって、と言うより幽霊への恐れから、大いに酒乱を反省し恥じた主計之助は、屋敷に押しかけてきた宗五郎に対しても殊勝に謝罪するが、この場面で、些か気に入らない台詞があった。主計之助は、側用人岩上兄弟の不正を明らかにし、自らが成敗するつもりなので、お蔦も成仏してくれるだろうというのである。お蔦を拷問した上、斬り捨てたのは、明らかに間違いではあったが、不正を誅殺するのであれば、殺人も許されてしかるべきだろう。そういう思考が窺える。反省がない。懲りてないのである。

更に付け加えるならば、お蔦の父親太兵衛は、親に何の断りもなく娘を殺すとは、言語道断であるという。親に断ったら、殺しても良いとでも言うつもりなのだろうか。このような、言い回しだけを覚えて、意味を理解しないまま、不適当な用法で口にする、中途半端な小市民的教養主義が私は大嫌いなのよ。父親が小市民で、兄は酒乱、兄嫁は人が良いだけの普通のおばさんで、全く頼りにならないし、使用人は阿呆だった。こうした人々を、娘故に愛していると思えばこそ、妾奉公などという理不尽な立場に自分を貶めることも、不本意ながら仕方がないと思っていたわけだ。ところが、ふざけたことに、自分を妾にしている旦那も、拷問殺人マニアのサディストで、やっぱり酒乱だったのである。救われないよねえ。

お蔦よ、もっと怒れ!!!  我を忘れるほどの怨念で、祟って、呪って、己を苦しめた愚か者たちに、存分に思い知らせるが良い。もう一人娘がいたなら、お蔦の家族は必ずや同じことをするだろう。もう一人妾がいたなら、主計之助は必ずやその娘も殺すだろう。成仏するのは、未だ早い!!! ありったけの怨念で、馬鹿野郎どもを懲らしめてやりなさい!!!  幕。(2005,1,2)

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