| Kabuki Review by Sekidobashi Sakura |
か が み や ま こきょうの に し き え
加賀見山旧錦絵
| 2005年10月歌舞伎座 |
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1782(天明2)年に初演された 容楊黛 の人形浄瑠璃を、歌舞伎に移した時代物。加賀騒動を素材にした作品だが、別名『女忠臣蔵』として知られているように、奥女中の仇討ち事件を脚色した作品でもある。劇中お初が尾上に対して『忠臣蔵』を引き合いに出し、塩冶判官のように短慮を起こしてはいけないと意見する場面があるなど、作者が『忠臣蔵』を大いに意識して書いた作品であることが推察される。現在は、加賀騒動を素材にした部分は省略され、奥女中の仇討ち事件の顛末を描いた、六、七段目が上演されていることを考えると、『女忠臣蔵』の異名は妥当なものと言えるだろう。加賀騒動については、別項をご参照いただきたい。 1724年、江戸虎の門にあった松平周防守邸で、奥女中による殺人事件が勃発した。中老みちが、局沢野の草履を間違えて履いてしまった。これを知った沢野は、みちに草履を投げつけ、その屈辱に耐えかねたみちは自害した。みちの下女だったさつは、沢野を殺害してみちの仇を討った。事件のあらましは以上のようなものだったが、関係者は全て武家出身の女たちだった。容楊黛は、中老みちに当たる尾上を町人の娘に設定することで、事件を単なる武家社会の女の争いから、武家と町家の対立という構図を作り出した。これが当たった。観客は。武家代表の岩藤が、町家代表の尾上を苛め抜く様子に、現実の階級社会の理不尽さを重ね、一気に形勢を逆転させる、お初の仇討ちに喝采したのである。 歌舞伎の作品を分類するカテゴリーの一つに、「お家騒動物」がある。お家物、お家狂言とも呼ばれているが、大名家の相続を巡る騒動を描いた作品群を指す。そのお家騒動物の中で、伊達騒動を素材とした作品の代表作が『伽羅先代萩』であり、加賀騒動を素材とした作品の代表作が、この『加賀見山旧錦絵』だ。江戸幕府は、実際に起こった事件や事故を、脚色上演することを厳しく禁じていた。そうした中、劇作家たちは平安、鎌倉に時代を移し、登場人物の名前を変えることで、観客の興味と好奇心に応えてきた。大名家のお家騒動などという事件は、町人社会にとっては、本来知ることの出来ないものだったが、社会が安定して来るにつれて、武家社会に対する反感が顕在化し、そうした事件に対する興味は拡大する一方だった。『加賀見山旧錦絵』は、大名家のお家騒動の顛末と共に、武家社会の女たちの闘争を、仇討ちまで盛り込んで描いた作品なのだから、人気を博したとしても不思議はない。 時代物で、サディズムに根差した女悪人を演じるのは、通常女性を演じる女形役者ではなく、男性を演じている立役者である。岩藤はその代表格で、今回は菊五郎が嫌味たっぷりに演じ、桐島を始めとする腰元たちも、男らしい風情を残していた。菊五郎に拍手。苛められ役の尾上は、玉三郎がたおやかに、しかし誇り高く演じ、尾上に仕えるお初を可憐に演じたのは菊之助だった。お初が岩藤の横暴に憤慨する場面では、観客は息子が父親に対して不満を感じている様子を重ねて見ている様子だった。まあ、良いけど…。 そりゃ、まあ、岩藤は悪役だったけど、死体を草履で打ち据えるってのは、どうかと思う。この場面では、現代の観客も拍手喝采なんだよね。岩藤の悪党ぶりに、大いに感銘を受けた私としては、正義の仇討ちには疑問の余地が残る。松平邸で仇討ちを果たしたさつは、その後どうなったのかは分からない。お初がそうしようとしたように自害したか、殺人犯として死罪となったか、いずれにしても平穏に生涯を終えたとは考え難い。仇討ちは、どんな場合でも哀しみを再生産するだけの仕業である。私は、岩藤と尾上双方に、感情移入することも、同情する気持ちにもなれないが、現在の観客は、江戸期の女たちの苛めの構図を、どのように捉えているのだろうか。簡単には納得できない社会の縮図が、舞台の上で展開されたように感じた。幕。(2005,10,8) |
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